コーディネーター日記 精神病に罹患した死刑囚に死刑執行の停止を

東京精神医療人権センター  小林 信子

 アムネスティー・インターナショナル(AI)は、人権擁護団体として死刑制度に反対している代表的機関である。その中でもとりわけ社会的な弱者ー女性・子供・精神障害者への死刑執行には特に強く反対している。そのAIが9月11日に新たに誕生した日本政府に対して、改めて死刑制度廃止と、精神病にかかっている死刑囚の死刑執行停止の勧告をした・・・

 以下全文は、おりふれ通信281号(2009年9月号)でお読み下さい。
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東京精神医療人権センター第23回総会開催

事務局 尾藤昌子

 2009年6月17日、弁護士会館にて標記総会が開かれた。参加者は10名。冒頭、永野代表より昨年度から東京都の財団の補助金を返上したため資金の減はあるが、活動はできるところまで続けていくという挨拶があった。
 続いて2008年度の活動報告・方針の検証がされた。
主な内容は、①医療観察法の問題と今後の行方:国立精神・神経センター(武蔵)病院への定期訪問は継続している。人権センターは今後も武蔵病院へ訪問しながら監視を続けていく。なお武蔵病院以外の医療観察法病棟は通常年に2回のみの外部評価委員会の開催で、どれだけ外部監視の役割が果たせるか疑問である。
②身体合併症の問題:滝山病院入院者から初めての電話相談があり、訪問した。結果として、ご本人の力と保健師など地域の受け入れスタッフの協力で退院に至ったが、人工透析を必要とする患者さんの受け入れ先がない中、透析設備をもつ滝山病院(マンパワーに乏しく、死亡退院率68%の劣悪病院)が多くの精神病院から転院先として利用されている。入院者の高齢化が進む現在、身体合併症治療の整備は大きな課題である。
③精神医療審査会の問題:群馬県で・・・・

 以下全文は、おりふれ通信279号(2009年7月号)でお読み下さい。
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大阪精神医療オンブズマンその後

編集部 木村朋子
 大阪精神医療オンブズマンについては、橋下知事の財政削減対象となったことから、本紙では昨年3・4月号で緊急の存続要望署名を呼びかけ、9月号で廃止、しかし府議会本会議で全会派の議員紹介による存続請願書が採択されたことから、2009年度予算で請願の意向に添う形で折衝が行われる予定と報告しました。
 その後、今年6月24日「精神科病院に入院中の人に対する人権の尊重に配慮した、より良好な療養環境の維持・発展」を目的とした「大阪府精神科医療機関療養環境検討協議会」規約が確認されたとのこと。その職務は「必要な病院への訪問活動を行い、その報告をして検討協議に資する」・・・

 以下全文は、おりふれ通信279号(2009年7月号)でお読み下さい。
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東京精神医療人権センターからー精神医療審査会問題と取り組んでいます

東京精神医療人権センター 小林信子

長いことご無沙汰しています。情報の発信をしていないので焦っているのは事実です。
 でも、「人権センター」は少し活動量が落ちているとはいえ、細い水脈のように確かに存在しています!昨年12月には多くの支援者からカンパも頂き、それを半年間の活動費に当てています。皆さん、本当にありがとうございました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
 今回は久しぶりに、「センター」しか扱わない地味なテーマ、目下“闘争?”継続中の精神医療審査会と県の事務局が引き起こした問題について報告します。

 群馬県在住の元患者さんからの訴え
 医療保護入院中に退院請求を出し、審査会の結果は“入院継続”となった。しかし結論が出る前に退院となり、結果通知は保護者である夫には届いたが、申請者である自分には来ず不審に思った。後日たまたま市が主催する「精神障害者の権利講座」に出席し、精神医療審査会の仕組みを知って驚いた。入院中、自分には審査委員による事情聴取が行われていなかったということに気がついたのだった。自分を入院させた夫の意見はちゃんと聞いていたのに。早速、県の担当者に電話で何回か問い合わせたが、相手にされず、しかも時間も経過していたため、「それはもう時効である・・・」と突っぱねられた、ということで「センター」に相談があった。
 今年の1月「センター」は代理人となって、①審査委員がどういう構成で何人、何月何日の何時頃、本人を訪問したのか。②審査結果の通知は当然本人にも送付されるわけだが、それがなされなかった理由は何か、と文書で質問した。
 数日後、県の心の医療センターの次長と名乗る人からセンター」に電話があった・・・

 以下全文は、おりふれ通信276号(2009年3月号)でお読み下さい。
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大阪精神医療オンブズマン廃止とその後

編集部 木村朋子

 今年3・4月合併号で、大阪府の精神医療オンブズマン制度(正式名称は「精神障がい者権利擁護システム事業」)が財政再建案で廃止の方向となったこと、大阪精神医療人権センターが存続のための緊急要望書を出したことを伝え、存続を求める署名用紙を同封して読者の皆さんにも協力をお願いしました。
 署名は1万8千筆以上集まり、全会派の議員紹介による存続の請願書が、府議会本会議で可決されたとのことで、大阪精神医療人権センターから編集部宛に、おりふれ読者による協力お礼のファックスをいただいたことをご報告します。
 ところが、7月23日の本会議で採択された2008年度予算にオンブズマン制度は載っておらず、7月31日で打ち切られ、つまり制度としてなくなってしまったとのこと・・・・・・

以下、全文は、おりふれ通信273号(2008年9月号)でお読み下さい。
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コーディネーター日記

東京精神医療人権センター 
            小林信子

 2008年4月から、設立当時の資金なし「センター」に立ち戻ったとたん、とても荷の重い相談事案に遭遇して四苦八苦しています。その中で、今まで私たちが告発してきた精神科医療の不備は、日本の医療崩壊のさきがけだったのだということに気がついている日々です。以下、膠着状態にあることを書いてみます。

1)身体合併症のある精神科患者の治療の問題
 これは何も新しい問題ではないのですが、入院患者も高齢化している現状で、いろいろ身体病を併発するのに、治療はどうなっているのかとても心配になります。昨年も書いたかもしれませんが、身体症状の強いうつと診断された高齢者が東京足立病院に入院させられて、心身ともに症状が悪化したという訴えが家族からあり、その仲介に参加したことがありました。
・・・・・・・・

2)精神科のセカンドオピニオンについて
 このことについて具体的に考えざるを得ない相談がありました。この相談自体についての詳細は書けませんが、精神科のセカンドオピニオン(S/Oと略す)と他科のそれとは原則的には差異はないだろうと思いたいところです。
・・・・・・・・

3)医療観察法の指定医療機関等に関する省令改正案について
 国立精神・神経センターの医療観察法病棟に定期訪問をしている中で、地域資源不足で社会復帰ステージの人達の退院が進まない現実はみています。当然予想されたことですが、定点観察をしているとよくわかるので辛いものがあります。
・・・・・・・

全文は、おりふれ通信272号(2008年8月号)でお読み下さい。
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東京精神医療人権センター第21回総会報告

 6月18日、弁護士会館で上記の会がこじんまりと開かれた。
 昨年度方針にはNPO法人化があげられていた。それは東京都の福祉財団が助成の条件としたためであったが、法人化に伴う事務量等のデメリットを考え、あえて実現はしなかったことが報告された。その他の昨年度方針は今年度にほぼ引き継がれ、2008年度の活動方針は、
1.専従不在になったことから、全員態勢で相談活動を継続する。
2.入院者権利擁護パンフレットの改訂を、助成金獲得も含め、引き続き検討する。
3.医療観察法運用の監視。そこから見える精神保健福祉法の問題にも取り組みたい。
4.拷問等禁止条約、障害者権利条約、その他の国際人権条約と精神医療との関わりの強化、及び政府への勧告の利用を考える。
5.反貧困問題に関わる団体との連携を深める。
これに伴う予算は昨年度より290万円の助成分を減額した117万円、人事は昨年度同様と決議した。
 討議では方針4にある障害者権利条約について、DPI日本会議の宮本さんから「早い批准より、よい批准」をめざし、雇用とインクルーシブ教育をめぐる国内法の改正を条約の批准に先行させたいとの考えが紹介され、これに対して、国内法改正を目指していては批准が遠い先になってしまう。早く批准した上で、条約上の義務となる政府報告書などを使って条約の履行を迫っていく方がよいのではないかとの意見が出された。その他昨年度から続く活動、とりわけ医療観察法運用の監視などについては、小林事務局長を中心に本紙で現状を発信していくことが合意された。
 また反貧困関係では、福田首相宛に社会保障費2200億円削減中止を求める要望書に人権センターとして団体賛同することを決めた。
センター利用者かつ賛同者である立場から、引きこもりがちな人をグループホームに解放して会話の援助などをする活動の提起もあった。        (文責:事務局 木村朋子)

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精神医療審査会について都知事宛質問状提出その後 ー処遇改善請求を積極的に行おうー

東京精神医療人権センター

前々号(No.266)、前号(No.267)で東京都の精神医療審査会は、患者の権利を制限していることを取り上げてきた。前号で報告した2月6日付け質問状に対して、2月26日都から都立中部総合精神保健福祉センター所長名で以下の回答があった。

 ご質問を拝読いたしました。当センター職員が、電話で十分にご理解いただけるようご説明できなかったことに対し、お詫び申し上げます。
退院及び処遇改善の審査請求につきまして、その事務の実際を十分にお伝えできなかったと思われますので、改めてご説明申し上げますとともにご指摘の趣旨を踏まえ、こらからも丁寧かつ適正な事務を心がけてまいります。
1 東京都精神医療審査会では、退院請求申請を却下されてから6ヶ月後でなければ、新たな申請を受け付けないということはございません。また、頻回に請求される方につきましても、そのつどお話を十分に伺いながら対応いたしております。
  処遇改善請求におきましても同様の取り扱いをしております。
2 同じ方が短期間で別の入院施設から新たな退院請求をされた場合については、以前の請求とは別個のものとして対応しております。
3 殊遇改善請求の内容は、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第37条第1項の規定に基  づき厚生労働大臣が定める基準」(昭和63年4月8日厚生省告示130号)に準拠して対応しておりますので、隔離、拘束の事項だけを審査するということはございません。
4 東京都精神医療審査会の運営については、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」及び「精神医療審査会運営マニュアル」に準拠し、適正に行っており、ご質問の1~3については、東京都と東京都精神医療審査会との話し合いで合意しているという事実はございません。

この回答に対して人権センターとしては、電話で告げられたようなことないという確認をし、改めて詳細について確認をするため、3月17日付けで再度センター所長宛の以下の質問状を提出した。

前略 ・・・・その回答を今回は書面で頂くのではなく、あらかじめ質問事項をお知らせした上で、ぜひ川関所長以下、担当者の方々と話し合いの機会を設け、そこで回答を回答をいただきたいという要望をいたします。・・・後略

1 回答にあったごとく、「6ヶ月後でなければ新たに申請を受け付けないということはない」というのであれば、退院および処遇改善の申請があるならば、法の精神に則りできる限り速やかに受理し、審査にかけると解釈してよいのですね
2 処遇改善請求の内容は厚生省告示第130号に準拠して対応しており、隔離・拘束の事項だけを審査するということはないとのことですが、隔離・拘束以外に具体的にはどのような改善請求を受け付けているのでしょうか
3 中部センター平成19年度事業概要(p77)にある18年度東京精神医療審査会実績には、「相談、苦情」1,858件とありますがこれはどのような内容でしょうか?大まかな内訳をご提示下さい。
4 このうち、退院請求の受付、受理を拒否または保留した事例は何件ありますか?
あるとすれば、その理由はどのようなものですか?
5 同様に処遇改善請求について受付、受理を拒否または保留した事例は何件ありますか?あるとすれば、その理由はどのようなものですか?
6 このうち書面による申し立てを、拒否または保留した事例がありますか?

 上記質問状を提出の後、電話でのやりとりの結果4月24日中部センターで話し合いをもった。出席者は、中部センターから所長、広報援助課長、医療審査係長、医療審査係員2名の5名、人権センターから3名であった。
 広報援助課長から私共の質問状にそった回答があり、その合間に改めての確認や質問をやりとりする形で話し合いは、進められた。

◎ 質問1に関して
 退院請求申請の半分以上は、入院後1ヶ月以内の人。審査会の決定が出てから次の申請受理までの期間は、今までで一番短い例で1ヶ月以内があった。一般的にいわれている3ヶ月経過しなければ申請を受理しないということはない。ましてや6ヶ月経過しなければということはない。
*確認事項・・再申請の待機期間というものはない。必要ならば審査会の決定が出た直後でもあ りえる。
◎ 質問2に関して
処遇改善請求の内容が隔離、拘束だけということはないが、処遇改善請求自体が少ない。処遇改善請求の内容の中には、病院指導の分野に入るものもある。任意入院の人からの請求も受け付 けている。
*確認事項・・退院請求と処遇改善請求は別のものである。処遇改善請求として対応する。
*要望事項・・人権センターは、入院中の人達の要望の多くは処遇改善請求に該当すると考えている。電話での苦情や相談の中に含まれていると思われるので、それらを処遇改善請求として取 り上げていただきたい。
◎ 質問3に関して
1,858件の内容・相談984件、苦情217件、その他674件。またその中身は退院・処遇に関すること859件、審査会のこと366件、病院内の人間関係のこと210件、入院形態のこと197件、院内の生活と治療のこと136件、その他107件であった。処遇に関することの多くは、電話の制限に関することであった。院内の生活と治療のことの中身は、たばこ、カルテ開示、入院費、他院への通院,薬のこと等であった。
*要望事項・・院内の生活と治療に関する相談や苦情の中に処遇改善請求として取り上げるべきことが多く含まれているのではないかと思われる。その中身をもっとよく見てください。メモとして残されている相談・苦情に関しても審査会で報告して頂きたい。
*確認事項・・審査会は非常に多忙でメモまで検討する余裕はないが、年一回の合同部会で報告することはできる。
◎ 質問4,5,6に関して
拒否、保留は今までない。文章や文字が不明で返却したことはある。
◎ その他
*要望事項・・東京都の人口に比して審査会の部会が6部会しかないのはあまりに少ない。
もっと部会数を増やして処遇改善請求にも積極的に取り組んでいただきたい。

 以上が話し合いの報告である。東京都の精神医療審査会は、入院者数22,000人に対して6部会のみ。一部会当たり単純に計算して3700人の人権を守らなければならない。書類審査だけでも大変な量となっている。審査委員の内訳も法改正で医師2・法律関係者2・学識経験者1でも良いこととなったが相変わらず医師3・法律関係者1・学識経験者1と医師の意見が強い構成のままだ。しかし、多忙なことを理由に退院・処遇改善請求を制限することは、許されることではない。今回の話し合いで、そのようなことは、東京都の場合には、絶対ないことを確認した。改めて、積極的に請求を出す活動をしていきたい。
 東京都以外の地域でも請求を積極的に行うことを呼びかけます。

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大阪精神医療オンブズマン制度の存続を求める緊急署名に協力を!

大阪精神医療人権センターの緊急要望書を転載します。(編集部)

2008年4月21日

大阪府知事 橋下 徹  殿
「精神障がい者権利擁護システム事業(精神医療オンブズマン制度)」
の存続に関する緊急要望書
NPO大阪精神医療人権センター 代 表   里 見 和 夫

大阪府が4月11日に発表した「財政再建プログラム試案」に「精神障がい者権利擁護システム事業」の廃止案が盛り込まれました。しかし、本事業は、府が独自に実施している施策であるところ、その中身は試案の「改革の内容」(目標額設定の考え方)にある分類(イ)「府民の生命に関わる緊急性・重要性の高い事業」に該当し、今後より一層強化することが求められているものですので、当センターは本事業の存続を強く要望します。
以下、本事業創設の経緯および本事業が分類(イ)に該当する根拠について述べます。
【本事業創設の経緯】
「精神障がい者権利擁護システム事業」は、1997(平成9)年に大和川病院事件がマスコミ等で大々的に報道され、同病院における精神障害者に対する重大な人権侵害の実態が明らかになったことを受けて創設されたものです。大阪府および精神科医療関係者は、大和川病院事件を深く反省し、二度とこうした事件を生じさせないために、新たな、より強固な権利擁護システムの確立が不可欠であることを確認しました。そして、精神保健福祉法上の機関である大阪府精神保健福祉審議会において議論を取りまとめ、同審議会は、2000(平成12)年8月に「精神病院内における人権尊重を基本とした適正な医療の提供と処遇の向上について(意見具申)」を大阪府知事に提出しました。これに基づいて本事業内容が具体化され、2002(平成14)年9月、同審議会の承認を得て、2003(平成15)年度から本事業が正式にスタートし、現在に至っているものです。
本事業は、13機関(大阪府、大阪精神科病院協会、大阪精神科診療所協会、日本精神科看護技術協会大阪支部、大阪精神保健福祉士協会、大阪弁護士会、大阪精神障害者連絡会、大阪精神医療人権センター、大阪府精神障害者家族会連合会、大阪府社会福祉協議会、大阪府保健所長会、大阪市、堺市)と学識経験者で組織する「大阪府精神障がい者権利擁護連絡協議会」(事務局:大阪府こころの健康総合センター)の下で運営されており、過去5年間にのべ76病院を訪問し、院内での権利侵害の疑いがある事例の改善等に多大な貢献をしてきています。
【本事業が分類(イ)に該当する根拠】
精神科医療では、その閉鎖性が常に問題となり、数多くの権利侵害事件が起こってきました。  それを防ぐために、行政監査や精神医療審査会等のチェック機能が法的に位置づけられています。しかし、大和川病院事件の教訓は、法に基づいたチェック機能だけでは権利侵害の防止には不十分である、ということでした。これは先に述べた府の精神保健福祉審議会の場でも確認された内容です。
当センターは、本事業が始まる以前から、大阪府下の精神科病院に入院している精神障害者の人権を擁護するための活動の一環として、精神科病院を訪問し、第三者の視点でその病院内の療養環境を視察し、行政監査や審査会では見落とされがちな人権侵害の疑いのある事例に つき病院側に改善を求め、入院患者の声を聞く活動を続けてきました。ただ、これらの活動を通じて明らかになった改善を要する事項について、当センター、当事者団体、家族会、サービス提供者側や行政が同じテーブルについて議論し、改善の方向を検討することのできる場はありませんでした。しかし、この病院訪問活動が府の事業として公的に保障され、上記13機関と学識経験者で構成される連絡協議会のもとで本事業が運営されることにより、それが可能となり、その結果、本事業は、「府民の生命に関わる緊急性・重要性」を有する多くの権利侵害事例を未然に防止し、療養環境の改善をもたらすなど大きな成果を挙げてきました。
本事業により改善された事項の大半は、法に基づくチェック機能の役割を与えられている 行政監査や審査会の審査では、残念ながら見落とされてきたものです。
本事業がスタートしてから5年間で、大阪府内の精神科病院入院中の患者が人としての誇りを失わずにすむ具体的な改善がなされてきました。本事業によるこれらの改善は、治療機関が「こころの安定と自信の回復」の場として機能できるようにし、結果として長期入院の減少および医療費の削減にもつながっています。また、本事業による病院訪問活動で出逢う入院患者には、大阪府の退院促進事業などの紹介や地域の福祉施策ができていることを伝えるなど、本事業は、病院外から病棟内への情報伝達役の一部も担ってきました。本事業は、今後より一層強化するよう求められることはあっても、その役割が小さくなることはありません。
このように本事業は、年間約160万円弱の業務委託料をはるかに超える効果を生み出してきています。何よりも本事業が入院中の患者の尊厳を尊重し、「府民の生命に関わる緊急性・重要性」を有する権利侵害事例を未然に防止するなどの成果をもたらしたことは、高く評価されるべきです。
本事業は、入院中の精神障害者の権利擁護システムとしては、わが国で初めての制度であり、国の「精神病床等に関する検討会」でも数度取り上げられるなど、全国的に高い注目を集めています。
また、本事業は、2006(平成18)年12月に国連総会で採択された障害者権利条約の趣旨にも合致していますので、より一層強化発展させることが求められており、廃止はその趣旨に逆行するものです。

 以上のとおり、本事業は、その創設の経緯、目的、実績等のいずれの点からしましても、分類(イ)「府民の生命に関わる緊急性・重要性の高い事業」に該当しており、かつ、今後更に強化すべきものであることが明らかですので、当センターは、あらためて、本事業の存続を強く要望致します。
以 上

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東京精神医療人権センター 精神医療審査会について都知事宛質問状提出

 前号巻頭「精神医療審査会はこっそり患者の権利制限をしている」で、東京精神医療人権センターの小林事務局長が報告した問題について、人権センターでは、2月6日付で、以下の内容の質問状を石原慎太郎都知事宛に提出した。2月末までに文書による回答を求めている。

<人権センターから都精神医療審査会事務局への電話質問で明らかになっている問題点>
1.退院請求申請が却下されてから6ヵ月後でなければ、新たな申請を受け付けない。退院請求の審査時に処遇改善の要求も含んで審査するので、処遇改善請求も6ヶ月経過後でなければ新たな申請を受け付けない。
2.措置入院中に退院請求をしたがほどなく退院した(審査が間に合ったかどうかは不明)人が、直後に再び別の病院に措置入院になり退院請求した件についても、前回の申請から6ヶ月以内の場合は、原則として1と同様であるが、その申請者の様子を見てケースバイケースで取り扱う。
3.処遇改善の中身は、隔離・拘束の2つの事項だけを審査する。
4.1~3は都と審査会との話し合いで合意しているが、明文化はしていない。

<これについての質問>
都と審査会の明文化されていない申し合わせなるものは、
イ)何時なされたものか。
ロ)審査会との申し合わせというが、審査会のどのような機関との間の申し合わせか、審査会の意思形成は何時、どのようになされたのか(当会で直接問い合わせた審査会委員は全く承知していなかった)。
ハ)上記申し合わせなるものは、精神保健福祉法、同施行令、同施行規則、省令通達等の如何なる法的根拠に基づくものか。
ニ)審査会の運営については、2000年3月28日障第209号各都道府県知事・各指定都市長宛、厚生大臣官房障害保健福祉部長通知「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第12条に規定する精神医療審査会について」に付された精神医療審査会運営マニュアルが発せられている。同Ⅴ1「退院等の請求の受理について」の項において、全ての退院請求、処遇請求等について請求のあった場合は、請求者に対する意思確認をした後、速やかに当該請求を受理した旨請求者、当該患者、保護者等、病院管理者に対して書面又は口頭により連絡するものとされている(同項2(1))。そこには如何なる期間の制限もされておらず、上記のような東京都の取扱いは、明らかに運営マニュアルの同条項に反するものと考えられるが、知事としての見解は如何か。
(ホ)処遇改善請求の中身を隔離・拘束の二つに限るとする根拠は何か。
 なお、法37条第1項の規定に基づき、厚生大臣の定める処遇の基準は隔離・拘束だけではない。1988年4月8日厚生省告示第130号では、第一に「基本理念」を定め、第二に通信面会についての基準を定めた後に、隔離と拘束についての基準を定めている。このような基本理念に反する処遇や、面会・通信の基準に反する処遇について、その処遇改善請求を排除する前記申し合わせは、明らかに法38条並びに法37条に反すると考えられるが、知事としての見解は如何か。

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精神医療審査会はこっそり患者の権利制限をしている

東京精神医療人権センター 小林 信子

 発端は「人権センター」への相談から
 今日の脆弱な精神保健福祉法の患者の権利保障が、私たちの知らないうちに審査会と行政の馴れ合いで制限を受けているのである。
 措置入院中の患者さんが、退院請求をしたが却下された。納得がいかないので再度、退院請求と外出も希望しているので処遇改善請求をするために審査会係(中部総合精神保健福祉腱センター)へ電話したところ、窓口担当者から以下のような説明を受けたというのである。
1.都と審査委員との話し合いで、退院請求が却下されてから6ヶ月経ないと新たな申請は受け付けないことにした。また、退院請求時には常に処遇改善も同時に行なっているので、すでに退院請求をした患者の処遇改善の受付も6ヶ月を経ないと新たな申請は受け付けない。
2.処遇改善請求については、隔離・拘束のみの事項だけを審査する。このことは、都と審査会との話し合いで合意されているが、明文化はされていない。

現状を説明する
「人権センター」に退院請求などの相談が寄せられる場合、初めての場合は、申請用紙が添付されている「センター」発行の患者の権利擁護パンフレットを患者さんに送り、それを利用して患者さん自身で請求を行ってもらっている。ご存知のように、日本の精神医療審査会は行政が行っているのと同じで、司法の場合のように三審制を取っていないから、却下されても上告できない。そして、「センター」の知る限り、病状が回復していないがための却下なので、約3ヶ月の機関を置いてから再請求を受け付ける、という行政側が設定したルールをこの間ずっと相談者には説明してきた。この期間自体も厳密に言えば、国連人権規約や「原則」に違反しているのではないかと私たちは思っていた。
さて、1,2のことを確認すべく翌日、審査会担当者に電話で聞いてみたところ、相談者の言うとおりであり、さらに以下のことが付け加えられた。
3.措置入院中に退院請求をし、結果が出る前に退院したり、また短期間で再び措置入院になり、再び退院請求をした場合、前回の申請から6ヶ月以内の場合は、申請者の様子を見てケースバイケースで扱う(入院先が同じ病院か別の病院かにはかかわりなく・・)というものだった。

・・・・・・・・・(中略)

 情報をください
 6ヵ月後の申請といい、処遇改善請求の項目についての制限といい、これでは患者の人権は護れない。私たち「センター」が監視を怠ってきたということもある。大いに反省しているが、各地の「人権センター」と連絡を取り合って情報収集をすると同時に、この「おりふれ通信」読者の住んでおられる自治体における精神医療審査会の1と2の運用実態の情報をお寄せください。

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2007年後半 コーディネーター日記 ―製薬会社の脅威―

東京精神医療人権センター 小林 信子

 年令を重ねると1年が早いといいますが、本当ですね。精神病院に関する記事が今年もありました。東京練馬区の陽和病院で看護師が患者に刺殺されるという事件と群馬県太田市の武蔵野病院で看護師による患者殺人という痛ましい事件でした。後者は精神病院の伝統的体質の事件ですが、前者は、社会が変化しているし、病院も新たな局面を迎えていることを示しているのでしょうか。精神病院ではこういう事件があると、管理を厳しく、閉鎖的にするのが常ですが、陽和病院はどうなのでしょうか。例は悪いですが、佐世保の一般病院で人違い殺人?がありましたが、病院とは本来そのくらい外に開かれているということですね。 
さて、「センター」が4月に事務所を移転したことはお知らせしてあると思いますが、不便さを乗り越え、通常の活動―相談業務・国立武蔵病院医療観察法指定病棟への月2回訪問、そして松沢病院の長期入院者病棟への月1回の訪問―を続けています。松沢病院の定期訪問は、相談者がこれ以上増えたらどうしようと春頃心配したのは杞憂だったようで、定例の3人プラス1人ぐらいに落ち着いてしまいました。展望がもてない辛い仕事ですが、長期入院中での患者さんの“ゆれ”をゆっくり受けとめて話を聞くことは一過的な支えにはなるという感じはもちました。
 今年はゆっくり仕事のはずが予想に反して次から次へと記事や報告書を書かなければなりませんでした。自由人権協会の会員として、協会創立60周年記念の出版物「市民的自由の広がりーJCLU人権と60年」(新評論社)で精神医療の部門を担当したのです。それから、国連の拷問等禁止委員会による日本政府への報告書審査のジュネーブでの様子や結果報告が「改革を迫られる非拘禁者の人権」日本弁護士連合会編で現代人文社(2500円)から出版され、その分担作業にも関りました。どうぞお買い上げください。
 おもしろい経験としては・・・

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東京都精神医療審査会の審査について

 1998年度から2006年度まで9年間の退院、処遇改善請求の審査件数をみる機会があったのでその感想を少し。
退院請求については1998年77件から2003年281件と請求件数は増加、しかし、それから減少し、2006年は183件となっている。9年間1555件の請求の内40%近くの602件は請求の取り下げあるいは事由消失となり、実際の審査件数は890件となっている。事由消失の内容が請求後退院となったものなのか、取り下げは、病院の圧力が在ったためなのか興味があるところだがそれについては触れられていないので判らない。審査の結果34人が退院を認めらている。たったの3.8%。入院形態の変更が79人8.9%。
処遇改善請求については1998年の0件から2005年23件まで増加したが2006年には6件とまた減少している。退院請求と同様29件と40%近くが取り下げ、事由消失で審査件数は、45件となっている。処遇は不適当とされたのはたったの2件、4.4%。処遇のどんなことを改善してほしかったのか是非知りたいもの。
 もっと多くの請求が出、多くの退院者や処遇改善が行われることを期待したが残念。審査会が第三者機関でないこと、医師中心ということが問題と最初から指摘されていたが。      飯田記

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拷問なき明日へ:拷問等禁止条約委員会と第1回日本審査

東京精神医療人権センター  小林信子

 2007年5月、ジュネーブで第38会期拷問等禁止条約の日本政府報告書の審査があり、5月18日には「拷問等禁止委員会」の結論及び勧告が出た。(まだ政府はこれを正式には発表していない) 
 読者の皆さんにはこれまで「センター」が拷問等禁止条約のNGOによるオールタナティブレポート作成に参加したことを系統的には報告していなかったので、報告をしておく。

1)これまでの経過 
 日本は1999年6月29日にこの条約を批准した。(おりふれでは同年10月~合併号で、永野弁護士による解説文掲載)この条約は被拘禁者の拷問や非人道的な処遇等禁止で、精神病院もその対象に入っているという重要なものである。批准国は1年以内に委員会に報告書を送らなければならないことになっているが、政府は5年以上たってもそれを履行していなかった。
政府レポートの提出をにらんで、それに対する代替レポートを作成しようという運動がNGOである監獄人権センターや、アムネスティー日本委員会によって進められ、被拘禁者の人権擁護という共通項目で「センター」も参加を要請された。受刑者問題を扱う監獄人権センター、入管問題を扱う入管問題調査会そして私達の「センター」のこじんまりとしたネットワーク、拷問等禁止条約の頭文字をとってCAT ネットを約2年前に結成した。2ヶ月に1回の会議は、私よりずっと若い人たちが人権問題に精力的に取り組んでいている様子からとても刺激的で有用だった。2005年、国がやっと政府報告書を作成し、公表した。私達も2006年から毎月会議を持ち、外務省や日弁連とも連絡を取りながらこちらのレポート作成準備に入ったのだった。

2)レポート作成までの顛末
 まず、政府のレポートを入手して読むことから始めなければならない。政府レポートは厚いものだったが、その2/3は、条約に関連する国内法を紹介しただけというお粗末なものだった。私たちNGOもそれぞれに対応してレポートをただ書けばよいというものではなく、短く簡潔に、委員に読んでもらう工夫が不可決なのだ。それらの研究をしているイギリスのNGOの解説書や、個々の知人のネットワークを活用してレポート作成法を研究することから始めた。CATを専門に扱うNGOがジュネーブにあったり、アムネスティ日本やインターナショナルに助言をもらったりと「日本のNGOもすごいなあ・・」と感嘆しきりの日々だった。作業プログラムを作りそれにしたがって、日本文、今年の1月にはその英語化と進んでいった。3月には、委員会のメンバーであるグロスマン氏が京都に来るし、しかも日本担当かもしれないというので、日弁連とともに会いに行ってプレゼンテーションをして“印象付け”?作業もした。私のスペイン語もちょっと役立った。
 そういう経緯で私も5月4日にはジュネーブへ行く予定にしていたのだが、入院中の父がその2日前に危篤となりやむなくキャンセルしなければならなかった。大きな機会を失ったし、複雑な精神医療問題は取り上げられないだろうと敗北主義が頭をもたげたが、そうでもなかった。ジュネーブからはCATネットのメンバーが電話やメールで連絡してきて、「精神の質問が出ましたから起きていてください」という命令や、「外務省のデータとこちらのものと食い違いがあるのだけれど」と8時間の時差を越えてやり取りをした。というわけで、現地でのNGOミーティング前後の3日間はオンコールしていた。

3)「センター」が主張してきたこと
 1条 拷問の定義 精神的拷問を含むことの意義と公務員によるものであること→日本の精神病院は90%以上が私立病院。そこに働く精神保健指定医は、精神保健福祉法(法)に従って遂行する業務のみを“みなし公務員”と規定し、強制入院(拘禁命令)や行動制限の判断をする権限を与えている。これが拡大化している。医療保護入院における指定医の役割は、臨床現場の実際とは異なって、強制権限を行使していないから、みなし公務員でないとされている。
*昨年からの法改正で「特定医師」は12時間のホールディングパワーが可能となった→法の根幹にかかわること。今後どうしても議論しなくてはならないし、自由権規約でも追及しなければならない部分
 10条-1 拷問の禁止について、関与する医療職員、公務員等に充分訓練されること→そもそも精神保健指定医登録には、医学的研修カリキュラムしか義務付けられていない。人権教育や拷問禁止の教育は、登録後の指定医研修カリキュラムにも取り入れられていない。
 11条 抑留又は拘禁について、体系的な検討を維持する→隔離・身体拘束は精神保健指定医の判断のみによって行なう行動制限と考えられている。医者性善説に基づく法体系
 13条 拷問を受けたと主張する者が権限のある当局に申立てを行い迅速かつ公平な検討を求める権利確保→不服審査のための精神医療審査会というものがあるが機能していない。上級機関へのアピールが出来ない。特殊な日本の精神医療制度のため、審査委員メンバーと利益相反があるのではないか?
 16条 第一条に定める拷問には至らないが、残虐な、非人道的な又は品位を傷つける取扱いに当たり、かつ公務員その他の公的資格で行動する者により又はその扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行われるものを防止することを約束→最も重要。身体的な「拷問」は影を潜めたかもしれないが、精神的「拷問」も大いに存在している。公立・私立を問わず精神病院の入院手続き・入院中の処遇や環境自体が「非人道的で品位を傷つける」ものにたくさん該当する。
刑事施設・入管・精神病院に共通な環境は、少ない人員と少ない予算で多人数を管理することが日本の特徴だから。 

4)委員会最終勧告の意義
 5月21日に公表された「結論と勧告」では、NGOの主張やそれ以上のものが盛り込まれた。慰安婦問題や代用監獄についての勧告を、新聞でお読みになった方も大勢いるだろう。精神医療については残念ながらたった1項だが、根源的なことを以下のように言及している。

勧告25.委員会は、私立の精神病院で働く精神科指定医が精神的疾患を持つ個人に対し拘禁命令を出していること、及び拘禁命令、私立精神病院の管理・経営そして患者からの拷問もしくは虐待行為に関する不服への不十分な司法的コントロールに懸念を表明する。
 締約国は公立及び私立精神病院における拘禁手続きについて、実効的かつ徹底した司法コントロールを確保するために必要なあらゆる措置を採るべきである。

 日本の精神医療制度は、国際的に見て先進国の間でも特異なものである。日本の屈折した歴史を背負い、メディカルモデルが支配する、私立病院に働く医師が行政の代行をして患者を拘禁していることは、理解できなかったのではないだろうか。
民事収容において、司法が関与しない制度を持つ国はイギリスと日本だけである。(アジア諸国は日本の精神保健法を移入したので除く)国際人権保障に合致した入院手続きについて論争を国内で再燃させる必要がある。
精神医療にとって拷問等禁止条約が重要なのは、中立公正で迅速な審査機関の設立や拷問防止のために国内・国際機関の立ち入り検査の制度保障と同時に、何をもって「非人道的で品位を傷つけるとり扱い」とするかという根源的な議論が要求されているからである。
なお拷問等禁止条約の解説書として「拷問等禁止条約をめぐる世界と日本に人権」監修:村井敏邦・今井 直(明石書店)をお勧めする。

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「東京精神医療人権センター」第21回総会報告

東京精神医療人権センター  小林信子

 6月13日、「センター」の第21回総会が日弁連会館で例年のごとくこじんまりと開催された。総会だけで会う人や、数年ぶりの懐かしい顔もあった。
 永野代表の挨拶に続き、事務局長の小林がこの一年の振り返りを行なった。福祉財団からの補助金を10年間受領し、不足はカンパ頼みという「センター」の運営方針は、2年前から迷走を続けてきた。財団からの補助金最後の年である今年も申請予算をほぼ半額にして、事務所移転や人件費削減で乗り切ることになった。
活動総体としては、「センター」21年の歴史の中で、その活動の原点だった電話・手紙による相談活動は、最近では数として頭打ちになっている(もちろん、ひどい病院ほど患者の「センター」へのアクセスをさせないという厳しい現実は依然として存在するが)。一方この間、都立松沢病院の長期入院者の多い病棟内での患者権利擁護活動を約10年余継続し、訪問の実績を積み上げることで現場での承認を得ることに力を注いだ。国立武蔵病院の医療観察法指定病棟に月2回、権利擁護者として訪問している。これらの活動を次にどう広げていくのかということも含め、2007年度に引継がねばならない。
 尾藤による決算報告が承認され、以下の2007年度の活動方針が提示された。
1.NPO法人化を今年度中に行なう-財団助成金の申請条件なので
2.時代遅れになった患者の権利擁護パンフレットを作成しなおす。助成団体を探す。
3.医療観察法問題  
4.他の団体と合同で「障害者権利条約」勉強会
5.拷問等禁止条約委員会勧告の利用を考える
6.反貧困問題にかかわる諸団体との連携強化
 地域で生活するユーザー達は、ますます力を蓄えていくであろうが、「センター」は精神病院とそこに入院している人たちの人権擁護に関わり続ける。そして、国際人権条約を遵守する精神医療を実現するために、今後も広く他の団体と連帯していくことを確認し、今年度予算案、運営委員人事案とともに承認された。

全文はおりふれ通信 5・6月合併号でお読み下さい。ご購読連絡先:FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会

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東京都も病院施設内「退院支援施設」に反対を

<編集部から> 多くの反対にもかかわらず「退院支援施設」は4月1日施行となり、現在各都道府県自治体に「退院支援施設」を実際につくらせないよう要求する運動が繰り広げられています。東京精神医療人権センターも、昨年8月25日付け厚生労働省に「退院支援施設」案取り下げを求める声明に続き、東京都に対する下のような要望書を出し、6月18日当事者団体等とともに東京都との話し合いに参加しました。東京都は今のところ「精査中であり、現時点では申請があっても受け付けない」とのこと。今後大阪、福岡・・・のことなども紙上で報告していきたいと思います。

            
2007.5.29.
東京都知事 石原慎太郎様
東京精神医療人権センター代表 永野貫太郎

要望書
東京都も病院施設内「退院支援施設」に反対を

 東京都がこれまで全国に先がけて、作業所、グループホームなど地域で精神障害者を支えるための施策に予算を投じてこられ、退院促進のモデル事業を各地域で進めると共に、グループホーム拡充の方針も明らかにしてこられたことについて、高く評価しております。
 私たち東京精神医療人権センターは、1987年以来、主に都内精神病院の入院者からの「退院したい」「入院に納得できない」という相談を受け、訪問・面会、入院患者の権利パンフレット作成・配布、都内精神病院訪問調査と病院情報公開のための出版活動などを行ってきました。活動を通して入院患者の権利とは、十分な治療とケアの保障はもちろんですが、できるだけ早く退院して自らの地域での暮らしに戻ることであると痛感しています。
 このような立場から、昨年突然問題化した病院施設内「退院支援施設」構想を取り下げるよう声明を出し、精神障害をはじめ身体・知的障害を含む当事者達と共に厚生労働省に対し働きかけを行ってきましたが、同省は一方的に話し合いを打ち切り、4月1日強行実施を決定しました。
 今回の反対運動に多数参加した身体・知的障害者の実践からも、海外の精神障害を含む「脱施設化」の経験からも、収容施設内社会復帰訓練の実効性は否定されています。私たちの都内病院訪問調査によっても、東京都が情報公開している精神病院統計で見て病床回転率の高い病院はコメディカルスタッフなどマンパワーの充足度も高く、実際に訪問してみると病院生活のアメニティがよく、入院患者のためのグループホーム・作業所の見学会や、地域社会資源との連携など、退院にむけた具体的な努力・工夫がされているのを見ることができました。またそのような病院が敷地内に社会復帰施設を設けている例はほとんどなく、ハードウェアに依存した試みより、地域との交流・退院促進プログラムなどソフト面での取り組みが重視されていました。一方、都内にも依然として長期入院中心の、アメニティもマンパワーも低い精神病院が残っているのも事実です。それらの病院が今回の退院支援施設を設置し、形を変えた社会的入院を継続させることがあってはならないと思います。
 東京都におかれましても、「退院支援施設」の設置に協力されることなく、今後ともこれまでの正攻法
の社会復帰施策をより一層推進されますよう強く要望いたします。

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東京精神医療人権センター声明

                                                        2006.8.25.
自立支援法適用の精神障害者社会復帰施設案は、精神障害者差別である!
「地域移行型ホーム・退院支援施設案」は取り下げを!

                  東京精神医療人権センター  代表 永野貫太郎

 過去の精神医療行政の中で、現れては消えていた「精神病棟の転用による中間施設」が厚生労働省によって、全国課長会議の席で提示された。国は遂に日本の精神医療施策の禁じ手を使おうとしている。
 いわゆる「社会的入院者72,000人」の解決策として、「地域移行型ホーム・退院支援施設のあらまし案」を提出した。いずれも自立支援法に基づく運営であるが、今回突然示された精神障害者退院支援施設は、病院敷地内で可、4人部屋まで可、定員20~60名、病棟をそのまま転用できるというもの。おまけに病棟転用の費用まで国の補助が出るという驚くべきものである。
 この案の公表後、当事者団体は素早く反応して三障害団体が一致して反対署名を提出したが、厚労省は彼らからの意見聴取等に十分な検討時間を設けないまま、全国課長会に提示し、10月1日からの適用に邁進している。
 そもそも心神喪失者等医療観察法案が議論されていた2004年の国会で、当時の坂口厚労大臣が、法案の通過と引き替えに「精神障害者の社会復帰は、病院の敷地内ではなく、地域で生活するものとする」と答弁したのだから、上記病棟転用構想は明らかな国の約束違反であり、厳重に抗議する。
 さらに海外の実践経験からも、日本の身体・知的障害者の経験からも、社会復帰には効果がないとされている時代遅れの中間施設施策に私たちは反対する。とりわけ、病棟の転用という最悪の提案は絶対に受け入れられない、撤回すべきである。
 行政は患者の苦痛や悲しみを理解せず、その顔は依然として精神病院団体に向いていることを暴露している。
 社会復帰促進のためには、地域資源の質・量拡大に限られた予算をつぎ込むべきである。そのための議論にはまだまだ時間が必要であり、拙速な実施はすべきではない。
 世界一の精神病床をかかえ、国は不名誉な状況をかわす小手先の手段に走っているのであり、あまりに精神障害者の尊厳を傷つける施策である。医療では精神科特例という差別を受け、社会復帰においてもこのような差別を国から受けることは、精神障害者という社会的集団への人権侵害である。決して許されることではない。
 私たちは、時代遅れの中間施設施策に再考を迫り、とりわけ病棟転用による新たな収容施設の建設に絶対に反対する。
この施策の10月1日実施をとりやめ、当事者団体との話し合いを続けることを要求する。

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第20回東京精神医療人権センター総会のご報告

事務局会計 尾藤昌子

 2006年5月31日(水)午後6時30分から、事務局員を含め15名の出席者のもと、総会が開かれた。
 まず最初に代表永野があいさつし、前年の総会で、昨年度末で東京都地域福祉振興事業の補助金を取り下げ、活動を縮小する方向を報告したが、精神医療・福祉をめぐる重要な時期に、今年度も補助金事業として継続することの報告と総会決議に反したことのおわびがあった。
 ついで、事務局長小林から活動報告がされた。主な点は、1.医療観察法施行に伴い、国立武蔵病院第8病棟に月2回のペイシェント・アドボカシー(PA)活動を行っている。また小林が病棟の外部評価委員を依頼され引き受けた。2.「東京精神病院事情2005年版」の出版と販売 3.松沢病院定期訪問活動の継続などである。
 特に1の国立武蔵病院内の医療観察法に基づく病棟での権利擁護活動は、精神医療人権センターとして重要、かつ法の機能、問題点を監視する意味でも意義のある活動の一つである。具体的には、1回4~5時間病棟に滞在して相談
を受けており、今後は新規入院者のすべてに必ず弁護士とPAが面会し患者としての権利等を説明するよう病院側に申し入れを行っている。
 全体の相談集計は、電話相談延べ288件、手紙400件、電話相談での依頼による病院訪問は延べ23件、オアシス(東京弁護士会高齢者・障害者総合支援センター)弁護士との同行訪問3件とであった。
 次に2006年度の活動方針と予算が可決された。(ちなみに財団からの補助金決定通知は既に来ている)また来年度補助金事業から撤退し、事業を縮小していくことが再度確認された。
 活動方針としては、1.国立武蔵病院第8病棟への患者権利擁護活動の継続 2.自立支援法の情報収集と監視 3.松沢病院D44棟への定期訪問 4.国連拷問等禁止条約に基づく政府報告へのカウンターレポートの作成などが主なものとしてあげられるが、いずれにしても今年は今後のセンターの行方、人的資金的やりくりなどを模索する1年となる。これまで毎週2回の電話相談は専従の小林が1人で負ってきた状態だったが、今年度当初から分担して転送電話サービス(ボイスワープ)を使いセンター事務所以外の場所でも受けられる態勢に変えており、その分小林がこれまでのまとめを行うことも報告された。
 人権センターを支えて下さる皆様のより一層のご協力、ご理解をお願いいたします。

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医療観察法関連の出来事―2題

東京精神医療人権センター  小林信子

 大きな反対運動が繰り広げられ、収容施設も整わないまま、7月15日ついに「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(医療観察法と略す)が見切り施行されてしまった。かなり時間がずれてしまったが、医療観察法に関連する出来事を2つ報告する。

1)国立武蔵病院・第8病棟外部評価委員会について
 「センター」の小林はこの委員に委嘱されました。かねてから国立武蔵病院の医療観察法の病棟スタッフからその旨の打診があり、「センター」事務局会議で承認された後、人権擁護のために受諾しました。「センター」も私個人もこの法律には反対してきて、その考えは変わりませんが、法が施行された以上収容者の人権擁護は必要である、その機会は逃すべきではないと考えたのです。法の不備で廃案にも・・・という期待もなくなり、覚悟を決めたのでした。9月になれば病棟に対象者の収容が始まるので、8月31日、急遽第1回の会議がメンバー顔合わせを目的として、開催されたわけです。
 国立精神・神経センター武蔵病院8病棟(これが正式名称)は、法には制定されてはいないが独自に?外部評価会議規定を設け、その目的は「8病棟の運営状況や治療内容に関する情報公開を行い、その評価を受ける事で新病棟運営の透明性及び医療の質を確保し、もって円滑な病棟運営を行なうこと」である。構成員は、院長や運営局長(総務部長?級)、他病棟の医師1名、8病棟の担当医3人と看護師長、司法研究所長という“内部”委員に加え、保健所と小平市健康福祉部長という自治体関係者(これは半内部に分類されている)、外部から精神医学の専門家1名(中部センター長)、法律関係者1名(池原弁護士)、精神保健福祉関係者1名(小林らしい・・)となっている。私は外部委員のそのまた外部のようだし、委員会も基本的に年2回の開催を予定しているだけとのこと。これでは、何をチェックできるかわからないので、池原弁護士と協働して、できるだけ病棟内部に入って患者さんの相談及び権利擁護活動をする事を病院に申し入れた結果快く受け入れられた。私は「センター」として、池原弁護士と共に月2回、一緒に出張相談をする事にした。この活動を、一般の精神病院へも拡大していくぞ!という野心もあるし・・・。
 検察は措置入院という制度があることを忘れたかのように、全治1週間の怪我など、軽い傷害事件でもどんどんこの法律を適用している。一方で、審判の実態もわからず、国立武蔵病院が開棟第1号なので(花巻病院が10月始動した)、10床の急性期ウイングはすぐに満床になってしまうだろう。現在は、意識が高く手厚いスタッフと環境のよい病棟で、患者の権利も保障されている8病棟だが、問題は退院審判と退院後の処遇だろう。再犯予測だの何のというより、「センター」の経験から見て、地域社会の厳しさと資源の欠如が退院を困難にしているという精神保健福祉法の現実を踏襲するようになるのではないかと私は悲観的な見方をしている。

2)第1回社会保障審議会医療観察法部会傍聴
 医療観察法第95条では、処遇改善請求ができる事になっていて、96条では、その「処遇改善請求の審査」は社会保障審議会が行なうことになっている。というわけで、社会保障審議会の専門部会とでも言うべき医療観察部会が先日泥縄式に制定され、さる9月21日に第1回部会が開催された。厚労省はかなり防衛的になっていて、この開催日をネット上で知らせた翌日には「傍聴は一杯になって締め切り」となっていたが、実際はガラガラだった。構成メンバーは5人、法律家2人はこの法に賛成した大学教授2人(辻伸行氏・岩井よし子氏)と、社会福祉関係はPSWの教授の寺谷隆子氏、医者2人も大学教授(高橋清久氏・山内俊雄氏)という優雅な?メンバーである。行政が「精神医療審査会をお考え下されば・・・」と説明していたが、メンバーは審査会の内容もよく知らなかった。医療委員が2人で、学者の法律家を2名にして審査会とは違いを持たせた小細工が目立った。いろいろなことが不明瞭なまま、行政からの説明と顔合わせで終わった歯がゆい部会だった。議論の中で、精神医療審査会と異なり入退院
はこの部会では取り扱わず、審判で行う事を確認したメンバーからホッとした?笑いがでていた。各自があまり任務を理解できていないように見えた。
 この部会に審査請求をする具体的連絡方法―ダイアルインの番号―もその場では確認されなかったし、委員も質問もしなかった。またこの日、社会保障審議会は原則公開なので私達は傍聴出来たが、今後具体的な処遇改善の審議では、プライバシーの問題があるので非公開になると思われるが、そのことも話し合われなかった。また、医療観察法部会は目下この一斑のメンバーだけで、対象となる入院施設の一つは国立武蔵病院だが、医療委員でこの部会長も兼ねる高橋清久氏は、武蔵病院のOBで名誉総長である。当事者の排除という規定はないのだろうか。
 「きれいな病棟だし、スタッフは厚いし、まだたくさんの患者が入院しているわけではないから・・・」と、処遇改善申し立ては当分来ないでしょう・・・という“お飾り”的雰囲気で終わった部会だった。拘禁的な法律の中だからこそ処遇改善を保障するという緊張感が全く欠如した、先行き心配の多い医療観察法部会の初回だった。
 今後も、それぞれの立場でこの法律を監視してゆきましょう。

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10月1日 やっと出版にこぎつけました!「東京精神病院事情」第5版1998→2003

東京精神医療人権センター・東京地業研 木村朋子

 昨年8月号でお知らせしたように、昨年9月都内精神病院訪問調査を開始した。今年4月、8ヶ月かけて調査が終わり、その結果のまとめ「東京精神病院事情」第5版1998→2003が、10月1日ようやく出版の運びとなった。
 何回か電話や手紙で説明・お願いをした結果今回は、33病院への訪問調査が実現した。前の版からの5年間に、大きな変化を遂げた病院が数多くあった。古い病棟を建て替え、広く明るい病棟に生まれ変わり、ベッド周りのカーテン始めプライバシーやアメニティへの配慮がされて、職員数が増えた病院もある。長期入院者への働きかけに力を入れ、活動性が上がった病院もある。その一方で、残念ながら旧態然とした病院も未だあった。
 本の内容は、前回同様、こうした個別病院の訪問レポート中心に、東京都精神病院統計に基づく全病院のレーダーチャート(今回若干指標・基準を改定)と、1987年以来の点数変化を載せた。訪問を受け入れなかった病院については、交渉の経過を簡単に述べてある。
 もとより33病院では、都内精神科80病院の4割にしか過ぎず、しかも前回(2000年版)の35病院にも及ばず、調査受け入れ病院がもっと増えないと全体像は見えない。今後の課題である。しかし公的な存在ではない私達の訪問調査を受け入れて下さった病院の中には、「日本医療機能評価機構の評価を受けているが、それとは異なる“市民”の目から見た評価を期待し、病院改革のきっかけや励みにしている」、「患者さんのプライバシーの問題はあるが、病院を知ってもらう努力の方が先」などの声もあり、私達にとっても励みになった。
 病院統計のデータで調査協力病院群をそれ以外と比べると、都内の年間入院者約25,000人のうち15,000人、6割がこの病院群に入院しており、回転率も高く、常勤医師、看護者、コメディカル職員数ともに、調査非協力病院群より圧倒的に充実していた。私達のような素人を含む市民・社会に対して病院を開いていこうとする姿勢が、病院の活動性や人的資源の充実、自信と比例している。私達は「訪問調査受け入れ病院が、まずは評価に値する病院」との基本姿勢をもって本づくりをしているが、その姿勢がデータ上裏づけを持つことをあらためて確認した。
 また今回は5年前より、準備段階でも、本の原稿仕上げ(前回は恥ずかしながら誤字・脱字だらけだった)においても、大勢が参加・検討した。そのため本の刊行は予定よりかなり遅れてしまったが、完成度は以前より高いと自負している。
 昨年8月号で宣伝したホームページ
http//www.arinomama.netもその後、データ部分は「工事中」が続き機能していなかったが、今後2005年版の訪問レポートやレーダーチャートを掲載して、メールでも病院体験談やコメントを受けていけるようにしたい。ホームページに2005年版の予告を載せたところ、既にいくつかの注文がきていて、見ていてくれる人がいるんだなぁと心強い。
 おりふれ読者の皆様にもお願いです。この本を多くの人に購入していただきたい。そして周りの人にも宣伝して下さい。                             page002
お申し込みは、
東京地業研       
〒190-0022 立川市錦町3-1-33
TEL/FAX 042-524-7566
東京精神病院事情 1998→2003
東京精神医療人権センター・東京都地域精神医療業務研究会編 A4版 244頁 2,000円

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斎藤病院が弁護人を面会拒否―風化している現場の人権意識―

東京精神医療人権センター 小林信子

 東京都内には、今日でも医者が代理人の弁護士を患者に面会許可しない病院がまだありました。同類の病院はまだあるのでしょうか。
始まりは3月下旬。いつものように電話相談からの患者さんに面会しようと府中にある斎藤病院に出かけたところ、主治医による「医療上の理由」で面会拒否をされたのだ。この病院は日精協の会長もしたことがある斎藤茂太氏が名誉理事長で、“有名”病院である。しかし、入院者から「人権センター」への電話は初めてだったのでリキを入れて出向いたのだった。
弁護士なら面会は保証されているので、相談者の患者さんと直接連絡を取ったうえで、2週間後に永野弁護士と共に再訪した。また待合室で40分ほど待たされ、今回は「保護者の同意がないと面会は不可」という時代錯誤の理由での拒否だった。医者と弁護士の押し問答の末「センター」は、法解釈に都の担当者の見解を求めたが、これが混乱に拍車をかけた。この間都の機構改革で精神病院を含むすべての病院の入退院の苦情や立ち入り検査は医療安全課という課が担当している。その担当者は、「通信は絶対制限できないが、面会は時によっては制限することもある・・・」というお粗末な応答で、病院側は勢いづいた。1988年4月8日厚生省告示第128号の第3項には、《都道府県及び地方法務局その他の人権擁護に関する行政機関の職員並びに患者の代理人である弁護士及び患者又は保護者の依頼により患者の代理人になろうとする弁護士との面会の制限》は「どのような場合でも行うことの出来ない行動制限」の事項として記載されている。事務局会議でことの深刻さが確認され、都の医療安全課への申し入れを決定し、5月23日に永野、内藤両弁護士と共に出向いた。事実経過確認のあと、都医療安全課としての対処は、4月12日と4月26日に病院に対して事情聴取を行い、そのときに病院側が日精協の資料について言及したので、日精協へも事情聴取を行ったとのこと。その上で、「5月12日における都側からの永野弁護士に対する通信・面会に関する電話回答は誤りであった」「保護者同意がなければ面会させないということも法的に不適切である」そして、「いかなる場合も弁護士や代理人になろうとする弁護士と患者の面会は制限してはならないものである」と確認した上で、謝罪があった。
 「センター」は特に入院中の患者さんの法的権利擁護を主として行う団体であり、今回の出来事を深刻にとらえている。かつての報徳会宇都宮病院事件をきっかけに精神保健法へと改正された現場に、「センター」の内藤・永野の両弁護士は直接関わっており、当時厚生省で立法に携わった小林秀資課長から、通信・面会に関する法律家の関わりをきちんと確認してきた経緯がある。刑事事件と同様で、弁護士との面会は決して制限されないということは確認されている。これは現在も当然変わっていない。最近は世代交代などで現場や行政も弛緩してきて、法の基本理念がともすれば忘れられがちになっていることに大きな危機感を持ったことを伝えた。都はそれらを承知し、今後は齋藤病院に対して指導を行うとした(罰則なし)。同時に、法の原点に注意を喚起する意味で都内の精神病院全体に注意文書を配布してもらいたいと要望した。
 後日、医療安全課の担当者からFAXで連絡があり、齋藤病院に指導を行ったとのこと。だが、齋藤病院は納得したのかどうかは不明だった。というのは、当日の面会拒否を正当化するために「代理人が面会要請を文書で行わなかった」という1988年の厚生省課長通知16号というものを後付理由として持ち出してきて、都としてもそれ以上何もいえなかったとのこと。こんな通知は「精神保健福祉法詳解」にも記載されていない。
 さて、気を取り直して5月下旬に今度は委任状を持参しての再訪問。またしても1時間ほど待たされた。理由は「主治医が患者と面談中」とのこと。その後、主治医に弁護士が呼び出され、主治医はその委任状の件を「都に確認するから待ってくれ」といわれさらに待つこと20分余。これは主治医が面会に納得していないということだろう。都は何を指導したのだろうか。
そして、やっと依頼人と面会することができた。「今日の主治医との面談は、予定されてはいなかった」とは依頼者の説明。この依頼者も「センターなどに連絡すると退院が遅くなる」と主治医から言われて動揺した時期もあったが、ともかくも本人の頑張りで面会はやっと実現できた。が、その要望―退院に即答えられるかどうかは、また別のこと、という現実に直面している。
 人権意識などは常に監視していなければ、すぐに19世紀にもどってしまうのだ。監視団体の必要性を改めて痛感した。

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第19回東京精神医療人権センター総会報告

事務局 内山智絵 

 今回で19回を数える総会が5月25日弁護士会館にて開催された。センターが発足して20年を迎えようといている今回の総会では、「事業縮小」というさびしい方針が確認された。
 2004年度の活動報告として、まずは第5刊「東京精神病院事情」出版の準備(病院調査と解析作業)を行ったことが挙げられた。ほかに、精神病者が拘置所で自殺した事件の国家賠償事件の支援をした以外は、電話相談でも事件につなげられる案件もなく、総体的に波乱を感じない一年であった。他機関との協同作業についてもほとんど進展はなく、審査会の代理人についても条件が合わないなどの理由により引き受けるケースはなかった。障害者自立支援法案・医療観察法・精神保健法改正案など激動の社会情勢にセンターとして追いつけていない現状があった。
 センターは2006年度から補助金事業から撤退し、事業を縮小していくことを決定。事務所を閉鎖し専従スタッフをおかず、発足当時の完全ボランティア体制に戻して活動をおこなうこととなった。2005年度は、事業縮小に向け、諸々の整理・これまでの活動全般をまとめ記録として残すという作業につとめることとする。

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精神病院調査に参加して

コミュニティサポート研究所 狩野晴子

 私は精神障害についてはまったくの素人であるが、「治療」を目的とする病院という生きにくい場所でどのような暮らしをしているのか、そこでの問題は何かということを知りたいと思い、今回初めて病院調査に参加させていただいた。いわば市民の目で見た精神病院の感想を以下、思いつくままにあげてみる。
1 精神病院は入所施設である
「わかりきったことを」と思われるかもしれないが、私の最初の驚きはやはりこれであった。「病院」という言葉から連想する「病気が治るまでの一時的な場」ではなく、生活の場としての精神病院を目の当たりにして、ここは他の障害でいうところの「入所施設」なのだと実感した。入所施設であれば、アクセスの悪い山の中にあることも納得できるし、外出が制限されることも(悪い意味で)納得できる。しかし、入所施設にしてはその人らしい生活を実現する努力がなされていない。入所施設と病院の狭間にあるのが精神病院だと実感した。
2 熱心なスタッフでも違和感があるのは何故?
精神病院のおどろおどろしい話を耳にしていたので、どんなに恐ろしい鬼や悪魔のような医師や看護師がでてくるのかと思っていたら、意外にも普通の人ばかりであった。しかも優しく熱心に仕事に取り組んでおりいい人達の様である。しかしよくよく話をきいていると、気持ちは伝わるけどなんだか腑に落ちない、という感じがしてくる。私はどこがおかしいと指摘できるほど鋭くもないし知識もないので、「なんかヘン」「なんか違う」という表現になってしまうのだが、3箇所訪問したどの精神病院でも違和感を抱く。これは知的障害者の入所施設の職員に対して感じる違和感と同じものだ。私がもし入院している立場だったら「あなたの為を思って…」などと言われたら、正直やりづらい。巧妙なやり方に違和感を覚えながらも「自分の方がおかしいのかな」という気になってしまいそうだ。本当に怖いのは鬼や悪魔ではなく、普通のいい人の中に潜む疑いのない善意や思いやりだったりするんだろうなと思う今日この頃である。
3 精神病院の中の知的障害者
精神病院が行き場のない人たちの受け皿になっている実情はこれまでも耳にしたことがあったが、知っているのと実際目にするのでは雲泥の差がある。ある精神病院で、長期に保護室を利用している理由について質問したところ、「知的障害のある人なので」と一言で回答されてしまった時は、知的障害が保護室利用の立派な理由として通用してしまうことに衝撃を受けた。保護室に入れざるを得ないシビアな状況ではあるのだろうが、かたや知的障害者福祉法に基づく施設では保護室は設置されておらず、障害特性を考慮したアプローチが行われている。どこに所属するかで本人の生活が大きく変わってしまうこと、そしてその決定権を本人ではない他者が握っていることに恐れを抱かずにはいられない。
 病院や施設を訪問する時は、自分がそこに住みたいと思うかどうかを基準にして考えている。一つとして入院したいと思う精神病院はなかったが、住まざるを得ない人がいる現実を前にすると、私の言っていることは稚拙で世間知らずの戯言に思える。しかし、そんな一市民でもお役に立てたのならば参加した甲斐があったというものである。

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水野国賠裁判一審は勝訴、でも闘いは高裁へと続く

東京精神医療人権センター 小林信子

 「おりふれ通信」234号で紹介した「水野国賠訴訟」(交通事故の裁判で東京拘置所に収監された水野憲一さんが、拘置所の精神科医によって、長年服用してきた精神薬(リタリンという覚醒剤に似た薬を含む)を切られ、不調の訴えを聞き入れられないまま自殺。母水野寿美子さんが国家賠償を求める裁判を起こしたもの)の判決が去る1月31日東京地裁であり、完全勝訴した。
 当日の傍聴席は満員。裁判長が入廷し、判決文を読み上げたが聞き取りにくい声だったため、3、4分間傍聴席は静まり返ったままだった。弁護人も「勝った」というアクションを控えたらしく、私も「勝訴」の早とちりかと思って周囲を見渡しているうちに閉廷。廊下に出てから弁護士が「皆さん、勝訴ですよ・・・」と周知をし、支援者は遅まきながら「おめでとう、よかったですね」と喜びの言葉を交わしたのだった。
 その後、弁護士会館に場所を移して報告集会が行われた。原告である水野憲一さんのお母さんと弁護士が司法記者クラブで会見を行っている間に、会見に同席しない弁護士が入手した判決文の解説をしてくれた。 それは原告の主張をほぼ全面的に取り入れたもので、原告側が強調していた以下の3点
①東京拘置所職員(精神科医)が10年以上にわたり憲一氏が処方を受けていた投薬を打ち切った
②医師や職員が憲一氏への適正な自殺防止措置を怠った
③被告の公権力行使に当たり、未決拘留者である被拘禁者の生命・身体の安全を確保すべき義務の懈怠がある
を裁判所もほぼ認め、国に三千数百万円の賠償金を支払うことを命じていた。
 報告集会に合流した原告である母水野寿美子さんはじめ、支援者からの意見表明があった。原告も支援者も強調したように、この裁判はお金の問題ではなく、憲一さんの苦痛を理解しなかった国の非人間的な処遇に対する異議申し立てである。精神障害者に関わる裁判の困難さを私も体験してきているので、一審での勝利は、「日本の民主主義もまだ少し見込みがある・・・」と嬉しがっていたら、弁護団から、「国は、どこをどう争うかはわからないが、何があっても控訴するでしょうから、支援者の皆さんもそのつもりで、気を長く持ってください」と現実的な指摘をされ、一同気をひきしめた。
でも、私はとりあえず地裁で勝利したことを今日一日でも味わいたいと思った。
 控訴期間は14日間で、気になっていたが、予期したように14日目ぎりぎりの2月14日国は控訴してきた。一審判決のどこを争うというのだろうか。あきれてしまうが、地裁判決が高裁でひっくり返ることは日常茶飯事なので残念ながら予断は出来ない。
 原告側が主張する、例えば②については、自殺の危険性があり、いろいろなものを片付けたといいながら雑巾が残されていたという事実がある。また、③の救急救命処置のお粗末さは、憲一さんが意識を失っているのを見て、職員が予断でてんかんのみを予想し、救命処置が適切に行われなかったし、そのトレーニングも欠如していたことが明らかになっていた。また、裁判傍聴で明らかになったことだが、東京拘置所には、職員に准看護師の資格を取らせて配置していて、看護職という専門家の配置ではなかった。
 先の「おりふれ通信」でこの裁判に大きな関心を寄せている上野豪志医師が専門家の立場から①の事項に関わる幅広い批判や解説をしてくれた。その部分がやはり争点になるのだろうか。拘置所の精神科医の証
人尋問を傍聴して私の中に強く焼きついた印象がある。その医師は、証言の中で医者の立場から来たものなのか「リタリンなど飲んでいる人間は罰するべきだ」という思いが隠そうにも隠せなかったようだった。確かに、「僕だってリタリンだったらすぐに切るな・・・」という精神科医の意見も複数聞いている。だが、それは「医療的観察下でのことだけれどね」という条件がついている。亡き憲一さんは、リタリンに出会うまでどんな向精神薬も効果が無く、無気力で寝てばかりいたとの母親の証言があった。リタリンとの出会いにどのくらい医学的必然性があったのか、私の素人考えではわからないが、まだまだ精神病というのはブラックボックスだな、というのが感想である。
 今後、国はどこを争点に裁判を行うのかわからないが、闘いは続く。みなさんも今後のご支援をよろしくお願いします。

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病院調査に参加して

病院PSW
 今回病院調査に参加し、まだ2病院の訪問に留まっているが、その中で感じたことをいくつか述べたいと思う。私は今までにも10ヶ所以上の病院に見学に行っていると思う。(ほぼ東京に限定されているし、見学というとどの病院も良いとこ中心に見せることが多い?)その時々でショックは受けてきたが・・・

感じたこと その1
何でこんな山の中にあるの?
 長い歴史の中でこのような立地条件に建つ病院が多いのはわかっているが、ユーザーにとっての大変さ、本人にとっても社会にとっても障壁だと痛感。具合が悪い時に単独ではとても通えない、外出だって面会だって、物理的に厳しすぎる。こんな場所にあったら退院支援だって、支援する人・車と運転手の二人がかかりっきりでないと無理。公的に特別の人員配置でもとらなければ(特にこの多摩地域のはずれの病院から、病院過疎の23区に帰る場合など)社会復帰支援は充足できない。

感じたこと その2
ソーシャルワーカーって何の職種なの? 
 ソーシャルワーカーと病院の管理者とぴったり息が合っている。病院の理念・管理体制・サービス等がユーザーにとって好ましい状況なのか、利用者の尊厳は本当に守られているか。これらに問題がある時、ソーシャルワーカーがしっかりと病院に意見できているのか?訪問した病院では、ソーシャルワーカーがこういった一番重要な部分で機能できていると感じることはできなかった。

感じたこと その3
許せない扱い!
 病棟の中に廊下と食堂を仕切る柵を付けている病院があった。食事時間に患者さんが殺到するから食事前に柵を閉め、患者さんには廊下で待ってもらうためという。本当に悲しい状況。言葉はすごく悪いけど家畜扱い、人として扱っていない。
 その他院内でのさまざまな制約について病院側の言い分がある。病院に都合の良い合理化はたくさん。聞きたくない。

感じたこと その4
 やっぱり医療従事者以外の一般市民(精神医療を知らない人)の視点が重要だと感じた。医療関係者だと、「当たり前のこと」と鈍感になっていることが多々ある。自分も調査員をしていてそこの弱さをあらためて感じた。そう考えると医療機能評価だって、ある意味国が推進しているにもかかわらず、ユーザーや市民が調査員(サーベイヤー)に参加することはないのだからおかしな話である。

終わりに
 今回はどれくらいの病院が調査、見学を受け入れて下さるのか。何とか大阪みたいに100%近くにならないものか。「事情」本の社会的認知度がもう少し上がらないかとも思う。
 調査して問題のない精神病院はまずない。それでも調査を受け入れ、長い時間を説明と見学に費やして下さる病院にはありがたいと思う。反面、調査を受け入れない病院は、どんなに問題があっても数値やアンケートのみの掲載となるわけだからおかしな状況である。
 他の病院を見ると気になることがいっぱいあるのに、自分が勤務する病院については、自分自身のおさえが甘い、見逃し、目をそらしていることがあるとも感じた。自分にも厳しくありたい。

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東京精神病院「トイレ」事情

内山智絵

 本誌でも進捗状況をお伝えしているように、精神病院調査訪問が昨年秋から始まっている。私も調査員の一員としていくつかの病院を訪問させていただいた。同じ「病院」とはいえ、こうも違うものかと、あまりたくさんの病院を知らない私には驚きの連続だった。 今回の調査の主眼である、長期在院者の退院に向ける取り組みと急性期治療についての意識の違いや、病院スタッフたちの患者さんたちへの対応の違いなどにはもちろん思うところは多々あったのだけれど、今回は「トイレ」についてのお話を。
 私が12月末現在、訪れた病院は4つ。その中には、ぱんぱかぱ~んとそびえ立つ立派なビルディング。正面に施された壁画をあんぐり口をひらいて見上げた病院もあった。こじゃれた内装。ゆったりとした病室。アメニティは抜群。そんな病院では、トイレもまた充実した空間で、扉が「ふつう」なんて当然のこと、おしりもポカポカあたたかい洋式便器だった。
 一方、こころも荒むような鉄格子のある病院。すすけた壁紙には茶ばんだ張り紙。ホールにはきらきら輝くクリスマスの装飾が施されていたが、それだけがやけに浮き立っていて空しかった。そんな病院のトイレはどうか。扉は上下が開いているアメリカンスタイル。アメリカは防犯のためにそうなっているらしいけど。かろうじて鍵はついているものの、扉はオンボロ。患者さんが殴って開けたという穴をガムテープで修繕(とは言えないが)してある。でも「いつ貼ったの?」と思うほどそのガムテープも劣化していた。おまけに職員用として使用されている個室ひとつだけが、扉をちゃんとしたもの(上下が開いていない)に作り替えられていた。なぜその時に一緒に取り替えられなかったのか。思わず扉を殴ってしまう気持ちもわからなくてはなかった。せめてガムテープくらいは張り替えてくださいいいっ!
 精神科ではない病院でも、古く汚い病院はいくらだってある。現在、わたしの知人が入院している病院もそんなところで、壁紙は黄ばみ、ベットの間隔も非常に狭く、車いすなど通れず、手を伸ばせばすぐお隣さんのベットである。しかし、やっぱりトイレが違う。古いながらも清潔感が漂うように努力している姿勢が伺える。当然においはない。
 そう。におい。ニオイ。臭い!病院のトイレが臭いっていうのはいかがなものか。せめて消臭剤とか芳香剤くらい設置できないものなのか。私は戌年生まれのせいか非常に鼻が利くもので、病棟に入った瞬間、その臭いにやられてしまった。トイレの内部に入ったときなど、目に沁みるほどの「何か」に襲われ苦しかった。まさに「暗い(電灯が、という意味でなく)」+「汚い」+「臭い」=「3Kトイレ」。 あんなトイレを毎日使わざるをえないみなさんが気の毒でならない。あれじゃ出るモノも出ないじゃないか。
 「ボロは着てても心は錦」という唄があるように、「トイレはボロでも心は錦」ならば良いのだけれど、病院全体の患者さんに対する姿勢とトイレの様子は残念ながら比例していたように思えた。そうではない病院も存在するのかもしれないけれど。
 マイケルムーア監督の映画「THE BIG ONE」で、大量リストラした企業に表彰状を送ったのを見たが、それを真似てトイレのひどい病院に表彰状を送りたい気分である。便利屋をやっている仲間たちと、精神病院トイレ改修特殊部隊を結成して営業にいこうかと思っているがどうだろう。お安くしときますけど。

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東京精神医療人権センターに寄せられた相談から

編集部より
 東京精神医療人権センターに寄せられた相談からの報告です。以下東京都知事宛にだされたある家族からの抗議文と都からの回答の文書(一部省略)です。

東京都知事殿                2004年11月30日
    ○○○○
娘の措置診察について以下抗議し、説明を求めます
1 診察が本人も記憶していないような状況で行われたこと
 本人は全く診察を受けた記憶がないと言っております。前夜遅く緊急措置入院
 点滴で眠っていたので眠りからまだ覚めていない状態だったと思われます。
 このような状態での診察は、診察といえるのでしょうか。
2 現に保護に当たっている私を診察に立ち会わせなかったこと。その事につい
 てその後貴下に問い合わせたところ「診察は本人のみで家族は立ち会えない」
 と回答されたこと。
 診察の日時は確かに教えていただきましたがその時間にはどうしても行かれな
 いことを伝えてありました。診察時間をずらせていただくわけにはいかなかっ
 たのでしょうか。法律では「現に保護に当たっている者は診察に立ち会うことが
 できる」ということです。本人の今後ことも考えそのような配慮がどうしてなさ
 れなかったのでしょうか。
詳細については次の通りです。(以下略)

○○○○様 平成16年12月14日
東京都福祉保健局障害者施策推進部精神保健福祉課長

  2004年11月30日付けで、東京都知事及び精神保健福祉課長宛に依頼のあった
 件につきまして、以下のおり回答いたします。

平成16年10月5日、東京都立墨東病院(注 実際は豊島病院)において、○
 ○○○様に対して行った措置診察及び措置入院につきましては、精神保健及び精
 神障害者福祉に関する法律(以下、「精神保健福祉法」という。)に基づき適正に
 行っております。
(中略)
措置診察時ひは、精神保健福祉法第27条第3項の規定に基づき東京都職員が立
ち会い、本人を診察できる状態にあるかどうか、指定医の診察が適法かつ確実に
おこなわれたかどうかを確認しています。診察を行う前には「これから東京都知
事の命令による措置診察を行います。2名の精神保健指定医があなたを診察し、
診察の結果によっては措置入院になることがあります」と本人に告知しています。
今回の診察にあたっても、立ち会った職員が告知を行った際に、ご本人が告知の
内容を理解され、口頭で了解した旨応答されるなど、ご本人が診察を受けられる
状態にあることが確認できており、措置診察は適正に行われています。
 精神保健福祉上は、知事が家族に診察の告知をする義務を明記していますが、家
族の立ち会いは義務付けておりません。しかしながら、家族からのお話も伺える
ようにできる限りの調整はしておりますが、診察時間を大きく遅らせた場合、ご
本人への医療的対応が遅くなるだけでなく、他の措置診察への対応が遅れたり対
応できなくなるなど、緊急に医療を必要としている精神障害者に対する措置診察
及び措置入院制度の適正な執行に支障をきたすことになります。
 保護者の役割につきましては、単に救急車の付き添いだけでなく、入院先の病
院において医師に協力することや、入院者本人の財産上の利益を保護するなど、
重要な役割があります。
 東京都の措置制度について御理解をいただきますようお願いいたします。
 なお、時節柄ご自愛くださいますようお祈り申し上げます。

編集部より
 東京都の回答は、都職員が適正な診察が行われたか確認していると言うことだが「他の措置診察への対応が遅れたり対応ができなくなるなど・・・・・」と述べられているように措置診察の手配をすることが主と思われる。そのような役割をしている同じ都職員が、第三者として診察を受ける人の権利を守ることがにできるか疑問である。「ご本人が診察を受けられる状態にあることが確認できており、措置診察は適正に行われています。」と述べているが本人、家族にとってはとても納得できるものではないはずだ。
緊急入院時に点滴で眠らせた場合翌日の診察は、朦朧とした状態で頷いたのを理解し、了解したとされるおそれも大きいと考えられる。
また、診察に家族が立ち会う意志がある場合最大限の努力をすることも必要と思われる。

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病院調査に参加して

柏木診療所 看護師   中嶋 康子
 5年間の沈黙(?!)を破って、東京精神医療人権センター・東京地業研が病院調査をすることになり、私も調査員になった。調査の目的は、5年間の変化を相対的に見ること。調査員はそれぞれの病院を評価するのではなく、話をきちんと聞いてくることが課されている。私達より数段上を行く、病院管理者の話に巻き込まれないためのシミュレーションを交えた研修会も行われた。前回を上回る4人体制の調査員配置で、いよいよ調査開始だ。
 医療の現場から離れて早10年(2年前から出戻って医療職で働き始めたが)、病院調査は初めてなので病院をよく知っているとはいえない私だが、比較の対象がない方が見えやすい点も多いと思って参加した。10年以上前、病院の建物はどこもそれほど違わないように見えた。違いはそこのスタッフの働き様だったり、システムであったような気がする。けれど今、病院の違いは拡がっていた。いくつかの病院の中には、時代が止まってしまったような所もあって、「建物は戦前のではないか。」と反省会で話したこともあった(これは間違いで、1960年代のものだった)。そうかと思えば、病院のイメージを払拭するようなところもあった。絨毯の敷いてある廊下、木目調の家具が設置された部屋、暖かいトイレ、バリアフリー(これは病院なら当たり前なのかもしれないが)。調査する私達もつい、建物に目が奪われがちになる。「古い・汚い・閉鎖的」とつい精神病院をステレオタイプでまとめたくなってしまうが、それは違うということを教えられた。  
 建物だけでなく、対応してくれたスタッフもまたいろいろたっだ。「長期の患者さんの退院については医師が決定権を持っている。自分たちは・・・」「病院で自分の身の回りのこともできない人が、退院して生活できるとは思えない。」等々時代が戻っていくような説明をしてくれた人もいたが、全体としては、現状を率直に話し、将来的な展望を持った説明をしてくださった方が多かった。(これは、調査を受け入れてくれる病院の特徴といえるのかもしれない。)ただ、評判の良い病院であっても、地域の福祉施設との溝の深さを感じさせられた。医療からは地域の福祉が何をしているのかわからない。医療は悪で、福祉は善か?という話を聞いた。医療機関と特別な関係を持っていない福祉施設の多くは、医療の現場を知らない。そこから見える医療は、病気に対して絶対的な権限を持ち、必要とあれば強権を発動し地域から連れ去ってしまい、連絡もない。受診の話でも待ち時間の長さは聞くが、充分に話を聞いてもらっていると感じている人は極めて少ない。薬の調整を直接主治医に話せる人の少ないことにも驚かされる。医療機関の担当者と連絡を取ろうと思ってもなかなか話が通らない。等々、福祉の現場から見る医療は、地域と離れた存在に見える。
 今後さらに制度が変わっていく中で、医療と地域、医療と福祉の協力体制は重要になってくる。対立をあおるような考え方もあるようだが、病気を抱えた人が生活していくうえで、両者が対立していては豊かな生活を進めることは出来ないと思う。協力していくことは、一枚岩になることでも、どちらかが擦り寄っていくことでないことはもちろんだが、今のようにお互いのことを知らなさ過ぎることも問題だと思う。地域の人間は医療の現場に出向くこと、医療の事情を知ることを今よりももう少し積極的にやっていく必要があるだろう。医療の現場ももう少し、医療にかかっている人の地域の生活に関心を持つ必要があるだろうし、医療に関心のある人を受け入れる度量の広さを持ってもらえないだろうか。とりあえず、ボランティア団体の病院調査のようなところから・・

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コーディネーター日記2004.12

東京精神医療人権センター 小林信子

―病院訪問途中経過
2004年も終わろうとしています。今年後半の「センター」の活動を振り返ると、目下進行中の精神病院調査訪問の準備に精神的なエネルギーを使ってきたと感じています。今回の調査は、苦情が相次ぐ向精神薬の点滴と身体抑制、保護室の使用を調査するための急性期病棟と、長期在院者の退院と処遇の2つに調査を絞っています。その関連で、「保護室を空っぽにする」道立緑ヶ丘病院の実践を突撃インタビューしてきました。でも東京では、依然として精神病院の門戸は硬く、訪問受け入れ病院の数が伸びていません。「センター」が行うからダメなのかどうか、理由はわかりません。質の高い病院は日本医療機能評価審査を受けているので、評価には慣れていてほとんど受け入れてくれています。これら調査結果は請うご期待ですよ。

―痴呆療養病棟は増加している
それにしても、精神医療の先行きは暗いですね。国は10年間で7万2000ベッド削減といっていますが、その一方で病床が増えていることをご存知でしょうか。医療法のベッド策定数に余力がある地域の話ですが、埼玉県でも精神病院が出来ていますし、宮城県では、ここ1年間で精神科ベッドが1000増加。ほとんどが痴呆療養病棟だとのことでしたが、精神病院であることには間違いなし。本当に痴呆病棟がそれほど必要なのでしょうか。これは精神病床削減施策とどう関連するのでしょうか。これらの人々への権利擁護手段は全くありません。「センター」は誰と、何をどうすべきなのか、大きな課題です。

―歴史から学ぶこと
 来年7月に施行される「心神喪失者等観察法」に対し勉強会を続けています。国立武蔵病院では特別病棟建設の地ならしが始まったとのこと。10月末に神戸で開催された国際社会精神医学会で、このテーマでのシンポジストに招かれました。私の意見は単純に言えば「法になってしまったが、世界一の精神科ベッド数にさらにベッドを増やすこの法に反対」というもので、何の新鮮なものでもありません。この法の持つ曖昧さによる危険性は、私と考え方が異なる多くの人々でも共有されていることがわかりました。日本の司法病棟で働く予定の専門家がトレーニングに送られているイギリスで、司法精神科医であるガン教授が「日本の細かいことはわからないが、始め300ベッドを建設するというその根拠は何から来たのか」とフロアーから質問したところ、司法病棟建設病院となっている肥前病院の村上医師は答えられないままでした。これだけでなく、根拠なき1年半での退院目標、予算計上での誤算からの計画変更、病棟建設と地元との問題などのトラブルそして、何よりも退院後の確たる計画が全く不透明ということ等が、予測されていたこととはいえやっと人々に知られてきたことは、もう手遅れでしょうか。そのガン教授の報告で、イギリスの精神病者と法律の歴史を知りました。イギリスでは1800年にハトフィールド法が制定され、これは王の殺害を企てた人が精神病者で、一般の精神病者とは“別に処遇”された最初のものだとのこと。さらに、今日に至る200年の歴史の積み重ねが紹介されました。雑談時に、私が先進国の司法病棟設立の契機になった事件について調べたいと口を滑らしたら、教授は「歴史を知ることは重要だ。歴史を理解しないとそれがサブリミナルのように現れて、実践や制度に密かな影響を与えるのだ」とおっしゃっていた。そう、歴史といえば、「センター」の創設者の一人、広田伊蘇夫先生の大著作である「立法百年史」(批評社)は、この分野で働く多くの人々にはぜひご一読をお勧めします。過去を知ることで、現在の社会の動きをよく理解できることも多いのです。負の遺産が多いこの精神医療分野では特に必要なのではないでしょうか。
 私にはまだ理解できていない「グランドデザイン案」関連でヒートアップしている32条削減問題も、その出自は1965年の法改正で、医療中断を防ぎ患者を管理する目的だったもの。その大恩恵を受けている診療所関係者が大騒ぎしているのはかなり恥ずかしい。でも、ユーザーにとって起源はどうであれ、恩恵も受けていて背に腹は代えられない、という現実は十分に理解できます。しかし、この予算は精神福祉法からのもの。悲願の三障害統合施策という目標と、法32条の存続を訴えていることに、方針としてどう折り合いをつけていこうとしているのでしょうか。精神保健法改正とリンクさせているのかどうか、私にはわからないのです。法と実践がかけ離れ、行政不信が血肉化している私には、混乱の極みです。ともかく、もっと議論を重ねるべきですね、拙速な立法化には絶対反対します。

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保護室を空っぽにする (2)―道立緑ヶ丘病院急性期病棟の試みー

東京精神医療人権センター 小林信子

4)回答から
質問に応じてくれたのは、病棟の看護師長から、若い看護師まで年代が幅広い看護スタッフで、「保護室空っぽ方針はよいことだと思う」と答えてくれた。S医師も強調するように、スタッフ間にもこの方針への支持に温度差があり一枚岩でないのも事実。でも、当日は質問者に向かってネガティブなコメントをする“勇気ある”スタッフはいなかった。
①なぜこの病棟に保護室を使わないようにするという発想が生まれてきたか。また現状やこの方針をどう思うか について
・考えて見れば保護室って変です。 病棟が閉鎖(これも変ですが)なのだから、二重に隔離するという不自然がある。不自然を早く解消しなければという意識を維持している。
・入院したならまず保護室を経由すること に疑問を持つことが必要ですね。
・保護室に入れられている患者さんは多く の場合人権が侵害されていると思うだろう。患者さんがどう思うかを常に考える。
・自傷他害以外は保護室を使わない。また保護室にいる患者さんとの間に、目的を設定した“契約”が出来れば一般室にすぐ戻している。
・ 特に構えてやっているわけではなく、ごく普通にやっていったらこうなった。
・保護室があればある程便利だから使うという危険性に気づくべきでしょう。
・8割は患者側の要因(比較的安静な患者が
多かった)、1割の看護努力、1割の運・・?
・S担当医は保護室使用が好きではない、使用しても出来るだけ短期間ということをスタッフの前で表明していた。そのことでスタッフ間でたくさん議論をしてきた。
・院内に《個室制限最小化委員会》が出来たが、この4病棟にはそれ以前から、その傾向はあった。
・昔、この病院であったすごく先駆的な活動を経験した看護師たちが、めぐりめぐって4病棟に配置され、保護室使用について疑問をもった。議論を重ねていくうちに医者が載せられたと言う感じかな(S医師)
・精神科の医療現場を席捲している“悲観論”による防衛的な姿勢を上位のスタッフがとれば、若手のやる気を摘んでしまう。
・病棟での議論をしていって、「取り返しのつかない失敗でなければ、失敗するかも知れないけれど、やってみよう」「失敗しても、その反省をすることで、患者もスタッフもお互いに学べる」という発想が多く出てきた。失敗するかも知れないから止めようではなく。
・実務的なこととして、病棟削減で保護室の数が不足するのではないかという危機感があった。それで、保護室の使い方を改めて考えることが出来た。
・前に病棟が閉鎖された時、患者を他の病棟に振り分けざるを得なかった。とても開放病棟では処遇できないと思った人が結構やっていたことで、「やってみなければわからない」のであれば「やってみる」という発想が出てきた。
・急性期の患者さんも自分の病気の情報は知りたいはず。保護室では情報を得られない。

②そのことによる業務量の増加や、付随するストレスが生じたか について
・業務量の増加などない。却って頻繁に保護室に向けていたエネルギーを、デイルームなどでの患者さん同士のやり取りの中でいろいろ観察できて有効だと思う。保護室では患者さんの本当の姿は分からないもの。
・急性期のスタッフが不足で、最初は不安
が先立つこともあったが、最近はそれがなくなった。
・「どうして保護室にはいってしまったの」と疑問を投げかけるスタッフが出てきたことがよかった。

③急性期病棟で、今のところ順調に進んでいる理由は何だと思うか?
・やはり帯広という地域での医療でしょうか。つまり、再発の場合でも、入院してもよくなればすぐに退院させてくれたという経験があるから、あまり精神医療に恐怖を持たず、入院に応ずる。すごく悪化して大暴れというケースが少ないのです。
・外来診療がよく機能していると思う。時間外入院も多くはないし、再入院の顔見知りの患者さんが多い。
・全く初発で、何の情報もない患者さんは医療者としても防衛的になるから、保護室を使うことはありますが(警察官移送で初発の患者さんには保護室を使うことが多いという)、そういう例が少ないのです。
・この病院は、この病棟から退院した人へ、看護師が訪問したりする。その人の生活などが分かっているから、入院してきても安心できる。
・夜間に不穏なことが起きれば他の病棟への応援をいつでも求められるという安心感がスタッフにある。実際はそうしたことはないが・・。

5)総括
 十勝・帯広地域に人権侵害が存在しないということではない。強制入院させられる人はいる。
ただ、まず③の回答に見られる自然のキャッチメントエリアの存在に守られた精神医療が行われているということである。それは長い時間をかけて病院や地域のスタッフと、それらを支えてきた幅広い人々が作り上げてきた、多分、本来の意味でコミュニティを形成してきているのだ。この地域では、「安心して利用できる精神医療」が提供されているのだと思う。利用者は入院しても、入院一般に伴う不便さ以上の苦痛は少なかったし、早く退院させてもらえるという経験を得れば、具合が悪くなっても安心して外来に行けるし、入院をしてもよいという関係性が少なからず出来ているのだろう。見ず知らずの急患が少なければ、スタッフもそう防衛的にならなくてすむ。
2年前の体験入院時に、この地域においては医療と地域がお互いに影響しあう良いサイクルが出来ていると実感したが、それが反映して、保護室を出来るだけ使わないでも急性期病棟が維持できているのだと思う。
 同時に、そこに働く人々の質の問題も避けては通れない。専門家としての倫理や人権教育はもちろん大事だが、それだけでは十分ではない。患者さんが人間扱いされている環境は、スタッフもそれなりに尊重されているという原則は不可欠である。その上で、医療者としての使命が生かされる環境、「失敗しそうだから止める」から「失敗してもいいからやってみる」という肯定的な発想が生み出されるのだろう。
公立病院は人手に恵まれているということの上に、確かに現在、看護スタッフの“潮回りがよく”、経験を積んだ人達が4病棟に集まっているという幸運もあるのかもしれない。しかし、それだけではない何か。 
 一つ分かることは、専門家としての力量を発揮できる環境があり、そこから職業人としての誇りが生まれてきているのではないか。医者や看護は保護室の番人ではない。
この対極にあるのが大都会、特に東京都の救急体制といえるだろう。コミュニティの存在する十勝と東京を比較するのは無理があるかもしれない。東京のことは別の機会に書くつもりだが、夜間の患者は一見さんで何の情報もない人が一晩に数多く運び込まれて来る。一瞬の問診の後の、“医者の判断”による拘束・点滴投薬・隔離室での収容。翌日は担当医の手を離れ後方病院への移送という流れ作業。こういう制度は医療者としての誇りを失わせてしまい、防衛的
な態度となるという悪循環を作り出しているのではないか。世界的に見ても大都市の精神医療が多くの困難を抱えていることは事実だが、制度の欠陥に意義申し立てをせず、「付け」をすべて患者の人権侵害に押し付けていることに専門家として恥じるところはないのだろうか。何から始めて、何をすべきなのか。緑ヶ丘病院の例をみて、専門家も、私達も何かヒントをつかめるのではないだろうか。
 最後に、お忙しい中、お時間を下さった4病棟スタッフにこの場を借りてお礼を申し上げます。と同時に、再発する人が入院という形ではなく、地域でも急性期の危機を乗り越えられる、この十勝ならではのクライシスセンターがあればなあーと、ないものねだりをしながらお話を聞いていたのでした。

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保護室を空っぽにする (1)―道立緑ヶ丘病院急性期病棟の試みー

東京精神医療人権センター 小林信子
                   
 「夜間パトカーで都立墨東病院につれていかれ、理由がわからないうちにベッドに縛り付けられ点滴され、隔離室に放置された」「警察に府中病院に連れて行かれ、何も聞かれず身体抑制され、隔離室に入れられて怖かった」という訴えが電話相談に4,5件続いてあった。いわゆる緊急措置入院のケースで、人権侵害ではないかという訴えである。東京都は「患者様中心の医療」を掲げているにもかかわらず、問題多い精神科救急の現場では、身体拘束と隔離室使用がほぼマニュアル化されて運用されている様子が見てとれる。しかも、精神病院の日常においても、身体抑制付きあるいはなしでの保護室利用は、ほぼ“治療手段の一形態”とされ、国連「原則」はいうに及ばず、厚生省告示130号にある「(隔離・拘束)以外に代替方法がない場合において行われるものとする」などすっかり忘れ去っているようだ。急性期病棟では、保護室の奪い合いがあるという。急増する隔離・拘束問題への多くの苦情が「センター」に寄せられ続けているが、有効な活動ができずに暗い気持ちの日々を送っている。

 そういう中、北海道立緑ヶ丘病院の急性期入院第4病棟では今年の春頃から保護室

使用ゼロという目標が(もちろん途中のジグザグはあるが)達成されつつあるということを偶然に知った。この病院でもここ10年間は“保護室が空っぽ”という現象はなかったということで、かって私が体験入院した病棟でもあるが、当時保護室は結構ふさがっていたようだった。
2002年4月からS医師が病棟担当医となり、今年になって徐々に保護室使用の減少成果が出てきたというのだ。「何をどうしてそうなったのか?」を絶対に知りたい!S医師にメールであれこれたずねても「そんな特別なことをしているわけではない」と謙遜ばかりでつかみどころがない。
ただ、4病棟担当となったS医師は「個人的傾向として保護室使用は好きではなく、出来れば使いたくないと言う気持ちは強かった」と告白してくれた。今回訪問時に頂いた2003年4月から今年6月27日までの保護室利用日報によれば:昨年の8月が50%台の利用率と低いことを除けば、保護室使用率は今年の1月まで75%前後で推移していた。2月から50%台になり、6月は20%台。当然使用ゼロの日が数日あると言うことになる。4月にはS医師自身で1泊の保護室体験をし、結構騒々しいところで、「静かになれる」空間でもないと実感したとい

う。
「そこです!昨年末から何が病棟で起きたのか。そうなるまでのスタッフや病院の動きが知りたいのです!身体抑制はどうなっているのかも」と私は思わず叫び、メールのやり取りではじれったいし、他のスタッフの意見が聞けない。それではと、渋るS先生を拝み倒して、“実践の特効薬”をつかみに6月末、インタビュー調査をしに病棟に乗り込んだのだった。

 華々しい“理論と実践”の特効薬を期待していったが、それは見つけ出せなかった。見たものは、十勝(帯広)という地域特性とその中の緑ヶ丘病院との長い実践の歴史、それを支えているスタッフの質という当然といえば至極当然なことだった。肩透かしをくった感じもある。でも現実には、日本の精神医療の現状では一番困難なことと痛感している。現制度は心ある人々の頑張りだけでは変えられない。でも、制度の運用次第で患者さんの立場を十分尊重する医療ができるとの思いを緑ヶ丘病院の試みから見たと思う。私のこの報告はデータを省略したアウトラインに過ぎないので、一日も早く、それを実践している当事者たちからの詳細な報告を心待ちにしている。

1)緑ヶ丘病院がおかれた環境
 よい精神保健地域ケアで有名なこの地域は行政的には十勝支庁管内といい、人口は約36万人。精神科総ベッド数は854床(2003.7.1現在)。単科精神病院4、総合病院精神科2(うち病院は外来のみ)、外来診療所は5である。この地域での夜間救急は国立十勝療養所と当番を受け持っているが、緑ヶ丘病院が3分の2を引き受けている。 

2)急性期病棟―4病棟
 この病棟は48床、保護室5床、施錠可能な応急病床1床と個室1床からなっている。(いずれも施錠可能ということ)看護スタッフ17名、病棟担当医2名の構成である。
 保護室のうち1床は、観察室として使用している。保護室から出た患者さんは一般部屋(4人定員)に行くこともあるが、様子を見て個室で施錠せず数日過ごしてもらうこともあるという。私が病棟へ行った日は月曜日だったが、前日に措置入院が1件あって1室は使われていた。全閉鎖病棟で分煙はあまりできていない。

3)病棟での個別聞き取り
 前日に帯広入りした私は、夕方、S医師に時間をもらって、始めた動機、ここまでの経過、看護スタッフとの意識共有化の方法等、思いつくままの質問をして、翌日のインタビュー内容を作り上げた。S医師との事前会見で何か「これが鍵だ!」というものをつかめるかと期待したが、いくつかのキーワードを見つけはしたものの、霞がかかった整理されない頭のまま病棟に行くしかなかった。当日は朝からの訪問で、私の訪問を事前に知らされていたスタッフ達は忙しそうに立ち働いていたが、ナースステーションに入りこんで、S医師、看護師6人に金魚のフン状態でくっつきながら、インタビューを試みたのだった。
<質問内容>
 大まかに以下の3項目で、
①なぜこの病棟に保護室を使わないようにするという発想が生まれてきたか。また現状やこの方針をどう思うか
②そのことによる業務量の増加や、付随するストレスが生じたか
③急性期病棟で、それが今のところ順調に進んでいる理由は何だと思うか?
 これらを、上記の人達に質問していった。

 もらった回答を私なりにまとめたものを次号で紹介したい。
(つづく)

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東京精神医療人権センター・東京地業研の第2回病院訪問調査が始まります!ホームページarinomama.netもよろしく。

      東京精神医療人権センター・東京地業研 木村朋子

<これまでの『事情』>
 1999年から2000年にかけての第1回都内精神病院訪問調査と『東京精神病院事情95→98』の出版から5年が経ちました。個別精神病院の情報がオープンになり、利用者が情報をもとに病院を選択できるようになること、病院そのものが社会に知られ開かれたものになっていくことをめざしたもので『東京精神病院事情』としては、1989年以来4冊めのものでした。

<今回調査のアンケート>
 この春から2回目の訪問調査のために準備を始め、いよいよ9月から病院訪問が始まります。今回も、前回同様都内80の精神科単科病院に、予めアンケート(聞きたいこと)を郵送しておいて、3~4人の調査員で訪問。アンケート回答を確認、質問しつつ病棟を見学してくるという方法です。このアンケートですが、5年前は初めてのこともあり、各職種職員の年齢や病棟の築年数など、知りたいことを盛り込みすぎ総花的に過ぎたという反省があり、今回は次の二点に絞りました。①厚生労働省も方針化している社会的入院者の退院促進に病院としてどう取り組んでいるか ②院内の患者の権利の現状。二点目は、精神保健法施行から16年を経て、通信面会をはじめとする基本的権利が風化していないか(たとえば昨年人権センターの訪問の際、「面会は家族のみ」と入り口に張り紙をしていた病棟があったように)ということと、隔離・身体拘束という強い行動制限が、急性期の向精神薬などの点滴治療に伴って行われているということだが、その治療法についての病院ごとの考え方や実態はどうかということです。身体拘束について、このところ救急搬送や措置診察を含む急性期治療経験者から、縛られて苦しかった、屈辱的だったなどの相談が人権センターに続いて寄せられていることからの質問でもあります。

<調査員への研修>
 前回調査で、チームによって視点にばらつきがあったというのも反省点でした。そこで今回は事前研修を丁寧にする努力をしました。
 4・5・6月と連続講座として、院内患者の権利の現状を見る視点と最近の具体的問題、大阪の病院調査についてなど、東京と大阪の精神医療人権センター専従の小林信子さん、山本深雪さんに、そして長期在院が生じる背景、退院に向かう努力とそれを阻むものなどについて生田病院PSWの三橋良子さんに話してもらいました。講座番外編として今後、今年病院機能評価機構の評価を受けた駒木野病院事務長の神マチさんに、ビジネスとして成り立っている権威ある評価機構と対極にある、私達のような手弁当・草の根グループの外からの目に期待するものを話していただく予定もあります。
 7月には合宿し、2003年度東京都精神病院統計の読み合わせ、アンケートの最終的検討、それと具体的病院の院長役を決め、実際に訪問調査に行ったつもりのロールプレイというか予行演習を、これは8月にも2回にわたってやってみました。
 今回調査の調査員はこれら連続講座と予行演習に出た人とすると条件づけしたところ、地域で働いたりボランティアをしている人、前回より多くの当事者、病院で働くとりわけ若い人など、多くの新しい人々が集まってきたことも頼もしいことでした。

<ホームページ開設>
http://www.arinomama.net/ 
 ところで新しく参加した人達からの前回の本『事情』への批判、注文は、「記述が優等生風に過ぎてあきたらない」「入院してはいけない病院がはっきり分かるようにしてほしい」などでした。しかし訪問調査を受け入れたことをまず評価しようという
私達の基本姿勢、それと受け入れてくれた病院に対して事実の指摘はできても主観的悪口は書きづらい、名誉毀損の恐れもあるなどのことからなかなかむずかしい。そこでホームページを開き、生の体験談をメールで寄せてもらって掲載していこうということになりました。自費出版の本だけより調査結果(病院側のアピール含む)が広く知られることになり、病院にとっても調査協力の動機付けが高まるという期待もあります。
 しかし、私達もこのご時世なので必要に迫られホームページを利用することもありますが、本当は苦手だし、中高年の目にはキツい。そこへ無報酬でもつくってあげようという青年が救世主のように紹介され、トントン拍子に進んだのでした。この青年藤本さんと知り合って、私達のような主張はあるが能はない草の根グループに、技術と時間の提供で協力してくれようという若い力の存在を知ったのも、今回のうれしい発見の一つでした。

<調査の今後>
 調査は9月からですが、8月24日現在、多摩あおば、清瀬富士見、晴和、鶴川さくらの4病院の訪問が決まっています。断りの連絡は、老人病院なので対象外という理由で青梅慶友・聖パウロ病院、精神科医療の素人の訪問調査は断るという理由で成増厚生病院、この3病院からきています。前回80病院中35病院に訪問できたのですが、今回はどうなるか楽しみ、かつちょっと心配な今日この頃です。

<ホームページの最初の頁は下のようなものです。見てみてくださいね>

arinomamatop/topbar

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第18回東京精神医療人権センター総会報告

東京精神医療人権センター 事務局  内山 智絵


 5月26日(水)東京精神医療人権センターの総会が弁護士会館で開かれました。参加者は13名。
 昨年から代表になった永野さんの「センターは古くなってきているがなかなか発展せず望ましくない状況ではあるが、昨年は活動活発だった。」というあいさつで始まりました。
 事務局長の小林さんからの2003年度活動報告は「相談数は減少傾向にあるが、いろいろと結果の出た一年」と、①上妻病院で知らない間に借金ができていたため退院できなかった人が無事多摩センターへ移ることができた。②狭山ヶ丘病院の長期在院者が他院へ転院して現在は援護寮へ移る予定。③友部病院の看護師の性的虐待事件は逆転勝訴し病院と県への申し入れも行った。④松沢病院でのセンターの訪問面会拒否も、申し入れの結果、面会自由などの基本的な権利の見直しがなされ、新しい病棟案内が作られたこと、以上4つの事例の報告がありました。
 昨年度の活動方針の検証をふまえ、2004年度の活動方針は「基本的に前年度の継承」ということで、
 1.弁護士会への働きかけ:医療観察法が来年3月施行に向け着々と準備されている状況。弁護士との関わりは今年の大きなテーマである。
 2.松沢病院への関わりを続ける:病棟案内は新しくなったが、「主治医の…」との併記もあるので今後とも監視が必要。D40棟の隣に建設中の急性期病棟へ風穴を。今後ともオンブズマン導入など積極的に働きかけたい。 
 3.カルテ開示請求の奨励:カルテ開示の相談が続いた時期があった。都立病院はコピーOKだが、私立(国立武蔵もそうだった)はカルテを見せるだけ。事例を通して追求していきたい。
 4.審査会へ弁護士ではない代理人を:当センターが受任することの実践も引き続きおこなっていきたい。
 5.都の急性期医療について:墨東病院での拘束、警察からの移送の問題。苦情はいくつか来ているがアクションできていないので、今年度は積極的に取り組みたい。
 6.5年ぶりの「精神病院事情」出版:東京地業研と共同で、都内の精神病院調査と「精神病院事情」出版をおこなう。病院調査を秋から開始。事前に勉強会やロールプレイなどをおこない、前回よりも調査員のトレーニングを念入りにすすめる。
 7.センターの将来の見極め:センターも、あと2年で20周年。リニューアルしたい。世代交代できれば…。東京都の組織改革があり福祉局と健康局の合併により、現在もらっている福祉局の外郭団体からの補助金が継続してもらえるかどうかがわからない。そうなれば資金的にも難しいため、2006年の創立20周年を機に人心の一新を図りたい。
 と、7つの方針が挙げられました。

 討議では、5番目の方針「急性期医療」について、センターに寄せられた3件の苦情の報告を受け、「マニュアルの入手・実態をつかむ努力」を行うことが確認されました。
 
 「センターの将来ついて。。。」という問題は、ここ数年ずっと継続して語られてきた問題で、資金・人事ともにこの先維持できるかどうか見通しがたたないと言われてきました。 メンバーは発足以来の体制で、それは永野さんの「センターも古くなった」のあいさつにあらわれています。小林さんや飯田さんの「若い人が現れれば…」という言葉を聞くたびに、私は思わずまわりをきょろきょろしてしまうのですが、右を見ても左を見ても私よりも新人がいるはずもなく、何とも重いものを肩のあたりに感じてしまうことも…(ちょっとだけ)。ともあれ、せっかく創立したメンバーと一緒に活動することができるわけですから、「生の声」が聞けるうちに(私にとっては「戦争体験を聞く」ということと同じような感覚かもしれません…)、センターの歴史をいろいろと聞くだけでも価値があることだなぁと思っています。一緒に「生の声」を聞く新しい仲間を探さねば。


【人事】運営委員は昨年の20名全員が留任となりました。 事務局:永野(代表)・飯田(代表)・小林(事務局長)・内藤・吉沢・木村・尾 藤・梅林・内山 監 事:岩田

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コーディネーター日記

東京精神医療人権センター  小林信子


 2004年ももう半分過ぎてしまいました。
体調を悪くさせる梅雨の季節ですが、いかがお過ごしでしょうか。「コーディネーター日記」を書けという指令ですが「センター」はこの間何をしてきたのか・・考え込んでいます。緊急事態は起きていず、力量に合った淡々とした活動でした。
でも国際、国内社会は大変動、地殻変動が起きているから、それに煽られてうつ的だったような気がします。
 イラクにおける3人の人質事件と週間文春の記事差し止め事件に触発されて思いをめぐらせたことがありました。
 人質事件で出てきた、3人へ向けられた日本社会の妬み・嫉みとフラストレーションには心が凍りました。これらは、犯罪を起こした精神障害者へ向けられるものとそっくりな構造があります。さらに、「自己責任」論が出てきましたね。自己責任というけれど、国家というものは国民を護る義務がある。まあ、在留邦人の多くは、何かあったら日本国政府が自分を護ってくれるとは思ってないでしょうが、国家の義務があるから、パレンス・パトリエ(国父的保護主義)によって、自己決定権を奪われて、意思に反した入院、つまり措置入院をされる人々ー精神障害者がいるのです。人道的活動をしている日本人を危険な事態に巻き込んだ政府の責任は不問。すごく頭にきました。そんなに自己責任というなら、整合性を持つために措置入院は廃止しろ!と一人で叫んでいました。
 最近、日精協の有力者で諮問委員にもたびたび登場して横車を押しているせのがわ病院(広島)津久江一郎院長所有で、自らも乗り込んだプレジャーボートが、呉から小笠原経由でサイパンに向かう途中南硫黄島付近で座礁し、海上保安庁に救助を求めたという記事がありました。この場合遊びに行ったのだし、金持ちだから自己責任を果たし、税金を使う公的救助などしないほうがいいのではないか・・・という意見はないのかしら。(八つ当たりでしょうか)
 「週間文春」の田中真紀子さんの娘の記事自体にどうのこうのという元気はありません。知る権利とプライバシーの権利の相克です。これが憲法に共に明記されているからどちらが優先というか、常に混乱があるとさる識者もいっていました。私達がよく聞くのは、精神障害者の人権擁護の基本の「面会」を妨害する口実として“患者のプライバシーを護る”という憲法の引用?です。でも精神病院の場合多くは、医療者が患者本人に成り代わって勝手に“プライバシー”を判断しているから、先の議論とは似て非なるものなのだけれど、あまりにも堂々と主張されると唖然としてしまいます。ひどい例では患者本人が望んでいても「家族がプライバシーを侵害されるから、他人は面会できない」と主治医に珍説を展開されたこともありました。言葉だけが独り歩きして都合よく使われ、同時にその概念も情報化時代とともに変化をしてくるのが「プライバシーの権利」と「知る権利」ではないかとチョッと考える機会になりました。
 松沢病院定期訪問は今までどおり行っています。D-44棟は4月から病棟担当医が替わりました。松沢病院には新任の医師で、初顔合わせのご挨拶をしました。どうぞ前任者のように1年余で替わるのではなく、じっくりと患者さんに向き合って治療して下さいとお願いしました。こちらも初心に戻って関わろうと思いました。
 良いニュースとしては、埼玉県の狭山ヶ丘病院で、17年間一切外出もないまま閉鎖病棟に入院させられていた患者さんが埼玉県弁護士会人権擁護委員会に属する弁護士さんの3年越しの熱心な努力によって、3月中旬に県内の開放的な病院に転院することが出来ました。その後1ヶ月半ほどして面会に言ったら、同一人物とは思えないほど笑顔が出て、動きもしっかりとしていて一緒に散歩を楽しみました。その病院は1部屋8人でベッド生活(仕切りカーテンはあり)という現在では決して心地よい環境ではないのですが、にぎやかで明るい雰囲気の病棟でした。近くまで買い物に行くという彼女と一緒にバスに乗り合わせた私は、楽しそうに同行の友人とおしゃべりする彼女を眺めながら、閉鎖処遇の犯罪性を改めて思い知らされました。現在彼女は、退院に向けて援護寮への申し込みに意欲的です。
 最後に、「センター」は年々資金繰りが悪化の一途です。活動維持のため皆さまのカンパをお願いいたします。

振込み先:郵便振替
     00170-6-5131
      東京精神医療人権センター

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全日空精神障害者搭乗拒否事件に日弁連が警告

編集部 木村朋子

 おりふれ通信2002年2・3月合併号に池辺進さんが、「飛行機搭乗拒否事件と精神障害者差別問題」を投稿されて以来2年が経った。友人と沖縄パック旅行を終え空港で帰りの飛行機を待っていた時、突然「あなた方二人は精神病者。精神病者は飛行機に乗る資格がない」と、搭乗拒否され、抗議もしたが、翌日東京からの家族の迎えを得てようやく帰ってこられた。東京に戻って調べてみると、全日空の社内規定では、精神障害者は「搭乗不可旅客」とされ、例外として(1)医師・看護師の同伴がある(2)専門医の診断書があり付添者がいる場合には搭乗を認めると書いてあり、許せない差別!と問題にしたものだった。マスコミにも訴えて取り上げられ、その後全日空の社内規定は、精神障害者を搭乗不可とする文言を廃止、かわりに「自身に危害を及ぼす恐れのある行為を行う者」「他の旅客に不安感もしくは不快感を与える言動をする者」などの表現に改定された。このことは、本紙編集部のメンバーでもある陽和病院患者協会の岡本さんが「社内規定は非公開」とする全日空に公開を迫り、ようやく閲覧を認めさせて、2002年11・12月合併号に報告している。

 池辺さんらは東京精神医療人権センターとともに2002年4月、日弁連に人権救済申立をも行っていたが、去る3月29日付けで日弁連から結果報告があった。結論として、日弁連は全日空に以下の2点を警告している。
1「精神障害者」を「搭乗不可旅客」とする当時の社内規定に基づく搭乗拒否は、憲法で保障された移転の自由を差別的に制限する違法行為なので池辺さんらに謝罪すること 
2全日空は、その後改定された現行社内規定においても池辺さんに対する搭乗拒否は正当だったと主張していて、再び同様のことが起こるおそれがあるので、精神障害者の移転の自由を差別的・過度に制限しないよう社内規定の解釈、運用を改めること
さらに石原伸晃国土交通相宛に、同様の差別的搭乗拒否事件の再発防止のため、全日空に対して現行の社内規定の解釈・運用の指導を行うよう要望書を出している。
 この警告書・要望書の根拠として添付されている調査報告書は、池辺さんらの主張に始まり、全日空とパック旅行を主催した近畿日本ツーリストの担当者への事情聴取や、那覇航空の現地視察を含む20頁に及ぶものである。一読して、素人にもわかりやすく、弁護士会は時間はかかっても、丁寧にきちんと仕事をしてくれるものだと感心した。

 それにしても驚いたのは、差別と偏見がいかにささいなことを問題視し、かつその内容を伝言ゲームのようにゆがめていくかということである。旅行社のツアーコンダクターは、業務終了時、池辺さんらから二人が分裂病とうつ病であると聞いたこと、およびツアー中のできごと=ツアー2日目池辺さんがトイレに行って戻ってきた際、片足がビショビショに濡れていた・ツアー参加者から「(池辺さんと思われる人が)夕食のバイキングを手づかみで食べていた」と聞いた・朝食の時カフェテリア方式のコーヒーをカップに注いだその場で飲んでいたなど、を特記事項として報告したという。池辺さん達の行動は、もしかしたら他の参加者達の間でユニークであったのかもしれない。しかし「コーヒーをその場で飲んだ」ことまで特記して報告されるのでは、ツアコンの監視が恐くておちおち旅行も楽しめない。
 さらに全日空側は、帰路便の出発前、旅行社から「他の客とトラブルを起こした」「精神分裂病だと言っている」「バスの中で失禁した」という報告を受けたという。(他が全部実名入りの日弁連の調査によっても、この連絡をした旅行社社員が誰かは不明で、またトラブル・失禁の事実も確認されていない。)この報告を聞いた全日空社員が二人に会いに行くと、「喫茶店のテーブルの上をティッシュペーパーなどでゴミの山にしていて、通常ではないと感じた」、「何かはっきりとした異臭を感じ、その時はわからなかったが、後で失禁した尿の臭いであることがわかった」という。
 全日空は、搭乗拒否の決定は主治医と連絡を取り、病気であることがはっきりしたので当時の社内規定に基づいて行ったという。しかし沖縄まで迎えに来るよう要請された池辺さんの家族は「朝食の時手づかみで食べ、バスの中で放尿した」と聞かされたとのことである。

 より一層問題なのは、日弁連の調査に対し、全日空がこれらの予断と偏見に満ちた対応を恥じることなく、「(池辺さんは)ゴミを散乱させたり、異臭がしたり、意思疎通が困難であったことから、改定された社内規定でも、機内で他の旅客に迷惑もしくは不快感を及ぼす可能性が認められる者として、付添人なしでの搭乗を拒否することになる」と開き直っていることである。日弁連報告書は、全日空が根拠としている「ゴミの山」「異臭」は、「搭乗拒否行為を正当化するため、あるいは『精神障害者』に対する偏見のため、誇張されたものと解さざるを得ない」という。社内規定の「機内で他の旅客に迷惑もしくは不快感を及ぼす可能性」も、より細かく「運行の安全を脅かし」あるいは「機内秩序を著しく乱す」行動が予想されることと、定義規定を設けており、これに照らして今回の搭乗拒否は到底認められないはずとする。
 結論として、「社内規定を外側の形だけ変え、精神障害者に対する差別的搭乗拒否を継続しようとする全日空の態度は強く非難されるべき」と警告を発することになった。強制力を持つものではなく、しかし日本の弁護士全員が加盟する団体の重みはあるものなので、多くの人が知り、航空会社を見張り、同じような目にあった場合の反論材料にする形で活かしていかねばならないものと思う。
 池辺さんらには、全日空からお詫びと「引き続きご利用いただくようお願い」の手紙が送られてきたという。 

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東京都への公文書開示請求について

東京精神医療人権センター 飯田文子

昨年10〜12月、都に対して幾つかの公文書を開示請求した。その内容は以下の4点である。  
①都精神医療審査会の委員名簿
②都立松沢病院の各病棟の入院案内書ある いは説明書、各病棟の見取り図、各病棟 の看護者数、医師数
③都立松沢病院に関連した訴訟の内容と件 数(過去5年間)
④措置入院のための移送に関する事前調査 及び移送記録票(現在までの件数)、医 療保護入院及び応急入院のための移送に 関する事前調査及び移送記録票(現在ま での件数と結果)

①、②、③については、東京精神医療人権センター(以下センターという)が松沢病院入院中の方を継続して訪問しているが昨年8月突然病院側から訪問拒否された。(これについては本紙2003年10,11月号に掲載)センターは、9月精神医療審査会に「処遇改善請求」をした経緯がある。この中で精神医療審査会、松沢病院について私たちももっと知っておかなくてはならないこととして請求した。④については、昨年秋警察から都立墨東病院を経由して入院となった方達から移送途中手足を縛られぐるぐる巻きにされたという訴えが何件か続いた。その頃群馬県では、県議会で移送について県警と県保健予防課が対立していた。それは、精神保健福祉法の改訂により2000年4月から通知「精神障害者の移送に関する事務処理基準について」が出され、「移送は、都道府県知事の責務、都道府県職員が移送の対象者に同行する」「必要に応じて補助者を同行させることができる」「移送の体制は、都道府県知事の責務で整備する」とされた。群馬県は、午後10時以降翌朝までは、移送業務を警察官が代行し、3年後に見直しをすることになっていた。3年後の2003年4月に県が出した案は、午後5時15分以降翌朝まで警察官の代行とする通知の内容とは更にかけ離れたもので、それに県警が反発したのであった。墨東病院関連の訴えを含め都の移送の実態はどうなっているのか知りたいと考え請求した。

情報開示請求の窓口で4件の請求をしたところ①については、開示請求に該当するが②、③、④については開示請求に該当しないので各行政担当者と折衝することとなった。その結果は、以下である。
①開示請求をしたが名簿の氏名と所属を黒塗りしたものが開示された。ちなみに私達が知る範囲では長野県、埼玉県、奈良県、大阪府が審査委員名簿を公表している。
②各病棟の入院案内書については、本紙2004年1,2月合併号で報告したものが手に入った。病棟見取り図、各病棟の看護者数、医師数については松沢病院事業報告書を閲覧・コピーした。
③今年3月末、都病院経営本部より回答があった。5年間の訴訟数は6件、全て民事、全て原告敗訴。原告は、入院していた当事者3名、家族3名。訴訟内容は、誤診1件、過剰な投薬等1件、貧困な治療2件、後遺症1件、自由の制限1件。
④今年3月初旬、都健康局より回答があった。2000年4月から2003年12月までについて質問したが、回答は、2002年3月までのものであった。2000年4月以降についても移送の実施体制に変更はないという回答であった。センターの知るところでは、2003年4月から一部の警察署へ診察班の派遣を始めたはずだが、それは変更には当たらないのか。また、2000年の法改訂を都はどう受け止めているのか改めて聞きたい。

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松沢病院の病棟案内が整備されました!

東京精神医療人権センター 小林信子

 2004年は「センター」にとって幸先よいスタートとなりました。「おりふれ通信」222、223号で取り上げていた都立松沢病院と当「センター」との面会拒否に対する“抗争”は、とても建設的な結果を生み、患者権利擁護団体としてのチャレンジは成果をあげました。
 まあ、「センター」がしつこく食い下がり、新聞記事にもなってしまったし、それよりも社会の変化を感じた松沢病院が「変わらなくちゃ」と言う意識が全スタッフに生まれ(そう信じたい)、松沢病院として統一した「病棟案内」作成を昨年末から着手していました。今まで各病棟は一国一城そのままで、「病棟案内」もまちまちだったり、患者さんへのお知らせもろくに配布されていない病棟もあったのです。
年末に医事課長と入手の約束をかわし、今年一月中旬に病院側から「完成」の連絡をくれるという思いもかけない親切があり、受け取りに行きました。
 正式な製本前のものですが、各病棟の個性?とPCを駆使した装丁で、ディルームなどに常備しておくものということです。 この中から、患者さんに配布が必要な事項を抜き出して渡すと言う取り決めになったそうです。
 28病棟あるので28冊もあります。平均17,8ページ仕立てで、まず「松沢病院運営理念」があり、次いで都立病院全体で定めた理念不明の「患者様の権利章典」があり、それから病棟の見取り図を含む紹介や規則説明になっています。この規則には未だ理解不可なのものも見受けられますが、それは今後順次取り組みましょう。
「権利章典」についても異議ありです。患者の権利章典なのに「責務」が記載されているのを後存知ですか。例えば9項「納得できる医療を受けるために、医療に関する説明を受けてもよく理解できなかったことについて、十分理解できるまで質問をする責務があります」となっています。この文面では、結果について疑問を持ったり、治療法が正しくなかったのは、患者が理解していないのに質問しなかったからだと言い抜け出来るようになっています。患者というものを知らない傲慢な医療者の態度が反映されています。
「おりふれ」でもこの「章典」に警告を唱えた記事を出しましたが、特別な取り組みをせず反省しています。

 さて松沢病院の「病棟案内」に話を戻し、「センター」が関心を持つ、患者の権利では私たちが主張していたように「面会は原則として(あるいは、基本的には)自由です」という文言が入りました。が、それに続いて「患者様の病状によっては、医師の指示によってご遠慮いただくことが・・・」と続いています。皆さん、家族や友人をどんどん見舞いに行って、この「基本原則」がどのくらい実践されているか「センター」にお知らせください。
 ともかくも、我田引水と言われようが長年「センター」が松沢病院と取り組んできた一つの成果です。もちろん今後も都立病院としての重要な役割を持つこの病院がよりユーザーにとって信頼の置ける病院にするための監視を続けます。

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