「いのちのとりで裁判」 ~大阪地裁判決から生活保護を考える~

元生活保護利用者 和久井みちる

 

1.大阪地裁判決

「勝った!」

その時、大阪の弁護士さんからSNSに第一報が投稿されました。

2021年2月22日は大阪地裁で、生活保護の引き下げは違法だ・・ということを争う「いのちのとりで裁判」の判決が予定されていた日でした。私も判決が気になって、今か今かと報告が投稿されるのを待っていたのです。

「勝った!」とは、つまり「生活保護の引き下げは違法だ」という主張が認められたということです。

 

2.「いのちのとりで裁判」

「いのちのとりで裁判」は、2013年から実施された生活保護費の引き下げはおかしい、これは違憲だ・・という主張をして、全国で当事者の方1000人近くが原告となり、国を相手に争ってきた裁判です。残念ながら、私はこの裁判が始まったとき、すでに生活保護の利用者ではなくなってしまっていて、原告として一緒に参加することはできませんでした。その裁判は今、日本中で繰り広げられています。そして、今回は2020年6月25日の名古屋地裁判決に続く、二つ目の判決でした。名古屋判決が、偏見に満ちた無理解な判決だったので、大阪地裁の判決を聞いた人たちは飛び上がって喜びました。抜けるような青空の下、大阪地裁前で若手弁護士二人が「勝訴」「保護費引き下げの違憲性 認める」という旗を掲げた映像は、新聞やテレビのニュースでも大きく取り上げられました。

 

3.大阪地裁判決

 大阪地裁の判決文は100ページを超えるほどあり、法律的な文言は私には理解しきれないこところもいくつもあります。しかしそれでも、判決を読んでみて、裁判官が当事者の声をしっかりと聴いてくれていること、その上で引き下げの決め方のおかしさ、違憲性を指摘してくれていることはよくわかりました。さらに、「健康で文化的な最低限度の生活」は、ただ「健康な最低限度の生活」とは違う・・とも言っています。「死なない程度に生きていればいい」ということではなく、「文化的」なのだ、ということです。それはつまり「人間らしく」と言い換えてもいいと私は思います。この判決を考えるにあたって、裁判官自身が「健康で文化的な最低限度の生活」とは・・を自分の中に問い、考えた証なのではないでしょうか。そう考えると、「世論がそうだから」「与党がそう考えているから」とも受け取れるような名古屋判決は、本当に薄っぺらな、思慮のない判決だったと今さらながらため息が出てしまいます・・・

<以下、全文は、おりふれ通信400号(2021年4月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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当事者活動するようになった理由

当事者 小峰盛光

 お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません。

 私は精神保健法第27条の規定に基づく診察の結果、同法第29条の規定により、1994年4月14日措置入院になりました。あれから入院退院を繰り返し、通院していました。昼はサウナ、夜は合コンをして何気ない日々を送っていました。しかしある日社会保障改革が始まり、支給額が下がり、手帳の等級も下がり、生活ができなくなりました。困りました。まず、なぜこんな風になるのか、まったく分からなかった。同じ病院に何十年と通院していて、他の当事者との繋がりもないため、これは外に出るしかないと思い、ここから病院探し、医師探しが始まりました。当事者にとって何十年も行っていた病院をやめるということは本当にどうなるか不安だったが、外に出たおかげでいろんな方に会うことができた。

 

 2016年3月、精神医療国家賠償請求訴訟研究会に入会しました。ちょうど精神医療国家賠償請求訴訟研究会のパンフレットができた時期だったので、各集会、当事者会などに配りにいくことになった。ある時、生活保護引き下げ裁判、医療観察法裁判などがあることを知り、東京地方裁判所に傍聴に行き、裁判終了後の報告集会に知識が豊富で発言力のある当事者の方々が来ていて感動した。今までは当事者は病院と医者の言うことを聞くしかないと思っていたが、闘う当事者がいることを知り、「これだ!」と思いました。自分は文句やいちゃもんをつけるのは得意なので、これは楽しいと思うようになりました。これが元気回復プランだ。国が教えてくれない本当の病気回復プランだと思うようになりました。各所を回るのが楽しいです・・・

<以下、全文は、おりふれ通信399号(2021年3月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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考える葦からの出発

新しい地域活動支援センターを創る会 西澤光治

社会参加というけれど

 新しい地域活動支援センターを、杉並区上井草地区に開設しようとここ数年にわたり、自分の持てる小さな力でもって、奮闘あるいは休み、挑んではみるもののかえって悩みを増やしたり、それこそ力尽きてへとへとになるなど、もし、周囲の皆様が好意を持って支えて下さるのでなければ、既に過去において捨て去られた話題に違いない。

 新しいとは、何が新しいのか? 新しい何かあるのか? すぐ質問の矢が飛んできそうで、即答を求められれば、私の幾十年間の人生を振り返りつつその中からひとつふたつを即座に選び答えとすることとなる。善男善女、社会がこのような人々から成り立っているものと仮定して、それなら精神病を患う人がいないとは、しかし現実にはあり得ることであり、精神病を負いながら社会へ進出を図り首尾よくいくかと言えば、こちらはバラバラで、いく者いかぬ者長くは続かない者、一挙解決ではないことだけは言える。

 かつては、社会復帰と言われた時代を経てきた者で、その旗印が社会参加と入れ替わっても、前後共に、難行苦行を軽くすることはなかった。

 いわゆる当事者活動の経験を少々もつ者で、遠近周囲の何十人かの様子をそれとなく知っている。そのうち、職業に恵まれて傍目にも順調にいったと言えるのは例外といって差し支えない程、すなわち僅少でしかない。大多数にとり、各自の目標とした人生を夢のまま、実情は逆境にあって、更にものも言えない状況で、健康まで害する者がいくらかいる。

 このような思いをしながら70歳にまでたどり着いた者の、現状批判を含めた未来構想が、新しい地域活動支援センターを称するその中にパッケージされている。しかし、もう少し、当事者とその周囲の人との相互関係を見ておく・・・

 

<以下、全文は、おりふれ通信398号(2021年2月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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障害者ダービー 知的VS精神

馬野 ミキ 

三十代後半、

アルコール中毒の診断を受け、区内の依存症の施設に通っていたことがあった

建物の上から下までアルコール、薬物、ギャンブルその他の依存症の患者がひしめき合い

それぞれの階にてゾンビのようにミーティングやカリキュラムをこなしていた

アルコール中毒者は、アメリカから輸入されたAA(アルコホーリクス・アノマニス)という自助的な手法を取り入れていて、それぞれがアルコールによる失敗談を語り、それを他の参加者たちは批判せずに聞くというものがあって

自分は割とその時間が好きだった

俺たちは毎朝、列を作りそれに並んでシアノマイドを飲んだ

このシアノマイドという薬を飲んでアルコールを入れると、立ってはいられないくらいのダメージが肝臓にくる

自分も何度かチャレンジし、のたうちまわったことがある

 

生まれてきた罰だ

 

この巨大な依存症の施設にはスポーツリクリエーションがあり一通り見学したあと

サッカークラブに入部した

高校を辞めるまで中学から四年間サッカーをしていた

総勢10人弱のメンバーで半分くらいが経験者で

週に何度か室内でストレッチをしたり、日によっては近所の公園に出かけた

ある日、関連する知的障害者施設の練習相手として俺たちは選ばれ

知的障害者と精神障害者による障害者ダービーの日取りが決まった

このフレンドリーマッチの目的はあくまで知的障害者チームの大会に備えたシュミレーションであり

コーチは全力を出さずに戦うように俺たちに指示した

俺たちは「はい!」と返答して

全力を出した

我々、依存症精神障害チームは、華麗なパス回しで知的障害者チームを翻弄し

ゴールを量産した

最初は身振り手振りで本気を出すなと怒っていたコーチもやがてあきらめて静かになった

躁的な状態になっている二人のストライカーに俺はスルーパスを送る

ほとんどのパスは通り

彼らは次々とゴールネットを揺らして帰ってくる

誰も自分たちをコントロールできなかった

 

10分ハーフのミニコートでのこの試合は26-0で幕を閉じ

15得点をたたき出した若者は鼻血を出してグラウンドの真ん中で倒れていた

依存症チームは額の汗をぬぐいシャバの水道水に代わりばんこに口をつけた

知的障害チームの数人はすっかり自信を失ってしょげて

うつむていた

 

俺は悪いことをしたのだろうか

でもだとすれば俺はどこにボールを蹴るべきだったか

 

知的障害チームと依存症チームのコーチは互いに笑いながらしばらく談笑していた

十年後、東京で開催される予定であったオリンピックは中止になった。  

 

 

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GAMの日本への導入を検討するzoomミーティングに参加して

香澄 海

 4月号で松本さんが紹介してくださったGAM2003年版ガイドブックの翻訳が進められている。その概要を聞く機会があり、報告させていただく。今回のミーティングでは、ガイドブックの内容の報告以外、参加者の意見や感想を出し合い、日本でガイドブックをどういう構成で広めていくのかが話し合われた。

 GAM(精神科の薬と主体的につきあう)において、強調されているのは、個人の体験を大切にすること、そして何よりも自分の体験に基づいて薬を自分で選ぶ権利があるのだということを服薬当事者が自覚することだ。多くの服薬当事者は主治医に減薬を言い出せなかったり、勇気をもって言い出しても否定されたりしている。会の参加者にも最近そういう体験をしたばかりという方がいた。何故なのだろう?本人の意見は何故遮られてしまうのか?

 私も向精神薬を服薬して、もう30年近い。当初は医師に言われるままに出されたものを飲んでいるだけだった。薬疹などの副作用があったときには、すぐに変えてもらえた。では目に見えるものなら信じてもらえるのだろうか。SNRIで躁転したときには服薬中止となり気分安定薬にチェンジした。華々しい行動が目立てば薬は変更してもらえるのだろうか。

 さて、この私の疑問の呈し方がそもそも間違っていることにお気づきだろう。GAMでは「主体的につきあう」とある。お任せではないのだ。病気ではなく、人を中心に置く。私も躁状態の時に「おまえの言うことなんか誰も信じない」と言われたことがある。そういう経験をし続けると、自信を失っていき主体的に選択できなくなってしまう。薬の飲み心地や副作用の辛さを知っているのは私なのに、自分で自分を置き去りにしてしまう。 また精神科には強制入院の制度があるので、「こんなことを言ったら入院させられるのでは」という恐れから言い出せない場合もある・・・

<以下、全文は、おりふれ通信395号(2020年10月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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「いのちのとりで裁判」名古屋地裁判決から 生活保護制度を考える

元生活保護利用者 和久井みちる    

1.「いのちのとりで裁判」について

 いのちのとりで裁判は、20138月から最大10%を段階的に引き下げられた生活保護費について、「おかしい、許せない」と言う声を挙げた当事者が原告となり、全国29の地域と裁判所で争われてきた裁判です。全国で最大1021名の生活保護利用当事者が原告になりました。その裁判の最初の判決が、2020625日に名古屋地裁で言い渡されました。

 私自身は元生活保護利用者という立場であり、原告になることはできませんでした。それでも、この裁判に関心をもって見守ってきた一人として、判決について考えたいと思います。

 2.名古屋地裁の判決

名古屋地裁の判決は、極めて簡単に言うと「引き下げは妥当だった、引き下げによって最低生活費を下回っているとは言えない。」という、原告の主張はまったく受け入れられない、

判決でした。私が生活保護で生活していた、引き下げられる前の基準でさえ本当に不自由で、節約のしようもないほどにギリギリの保護費だったのです。それがさらに減額されたというのに、一体、何が「妥当」だったというのでしょうか。

 判決では「生活保護の削減などを内容とする自民党の政策は、国民感情や国の財政事情を踏まえたものであって、厚生労働大臣が、生活保護扶助基準を改正するにあたり、これらの事情を考慮することができることは前記(1)に説示したところから明らかである。」とされています。つまり「(与党である)自民党が財政事情が大変と言っているのだから、厚労大臣がそれを踏まえて引き下げの判断をすることは問題がない」というのです。また、「厚労大臣の判断の過程に過誤や欠落等があるということはできず、その判断が違法であるということはできない」とも言っています・・・

<以下、全文は、おりふれ通信394号(2020年8/9月合併号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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ミーティング~会うこと

まゆみ  

私は仲間とともに月に一度、東京都立川市で精神医療ユーザーの当事者会を開いています。

会員制でもなく、公共の施設も利用していない、とても小さな集まりなので、運営については決まりごとも少なく小回りがきき、グループが継続しやすい形になっています。

なので、この度のコロナの影響による、非常事態宣言中の会の開き方については、会場が利用できなくなることもなく、私達自身の「不要不急」という行動制限の枠の中で、できることは何かなど、自分達で考え続けていました。

結果、この間、消毒薬の準備や部屋の清掃、参加者には事前の体調チェックと、マスクの着用はお願いし(マスクがない方はこちらで用意します)、換気と人との距離を取るために人数制限(6人まで)をして、あとは通常のミーティングを現在まで開き続けています。

この情況でミーティングを開くことに賛成しかねたり、心配される方もいらっしゃいました。でも、リスクを負いながらミーティングを開くことは、私たちにとって生きるために欠かせない行為と今は判断しています。

私自身は、依存症の問題と入院体験によるトラウマ、うつ病を30年以上抱えながら、あらゆる福祉制度を利用して、何とかひとり暮らしをしています。

いくつもの絡み合う症状を抱えつつ、一人暮しを続けるための知恵や体験、サポートづくりの方法と実践は、私の場合、医療ではなく、ほとんど自助グループの仲間により培われていきました。

そして、この経験を土台に、クリニックや治療法を選んだり、どんな支援を何処に、誰に頼むか判断しています。この土台ができないと、私は自分にとっての回復のイメージや、本当に必要な支援など、あっという間に見失ってしまいます。。

なので、私にとって自助グループに繋がり続けることは、生きることそのものと繋がっています。依存症グループの仲間内では「ミーティングは命綱」という合言葉がありますが、まさにその通りです。

いま、電話やZOOMなどの利用も、助けになると思います。まずは孤立しないため、利用しやすい道具を使うことは大事だと思います。情報を得るにはオンラインが役立つそうです。情報はとても大事だと思います。

しかし、環境や技術などが整わず、それらの道具を利用しづらい仲間も多いと思います。電話やZOOMを使えても「やっぱり会って話したい」と願う仲間の声も届きます。

今後、社会や私達自身の情況の変化により、私達のグループもオンラインで繋がる努力が必要になるかもしれません。zoomの問題点を知ることは大事ですが、今までのミーティングの問題点をここで点検し直すのも、今後、安全な場作りなど役に立つかもなと考えたりします。

ただ、今のところ実際に「会う」ミーティングを続けられるよう、アイディアを出し、サポートし合うことに、私は関心があります。迷いや困りごとを相談し合える人や場と繋がりたいです。

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「バリバラ桜を見る会」と2人の訃報

コメディアン、詩人 TASKE 

去る329日、ちょうど志村けんさんが新型コロナウイルスで他界してしまった日、僕はNHK大阪にてEテレ「バリバラ」の「バリバラ桜を見る会」第一部、第二部と二本立て収録だった。自分も「桜を見る会」に因んで、衣装などのコーディネートを考えた。勿論、この時点では志村さんが亡くなった事すら知らなかった。

実は3月中旬にもかつて自分が全国でライブツアーをしてた20代の頃、京都の当時、北大路堀川にあったカフェギャラリー汚点紫(しみむらさき)で開催した人生初の個展「俺の小京都・夏物語」などでよくお世話になってた店主であり友人の柏井銀路君を心臓病の悪化により亡くし、ちょうど収録前日、昨夏に円町へリニューアルオープンしたばかりの汚点紫にて「お別れ会」が行われる事になったので遺影の中の彼に祈りを捧げ、追悼ライブをやった後、名残惜しい気持ちを堪えながら心機一転、そのままNHK大阪へ直行し打ち合わせ&リハーサル。翌日、スタジオで収録。

前夜にスタジオ内を少し見せて頂いた時は、まだ桜の木とかも未完成でまだバリバラ国滑稽中継の議事堂風なセット位しか出来てなかったのにしっかり芝生とかまで出来上がってて、半日も経たずに此処までやり遂げるなんて舞台をはじめとする番組スタッフさん達には本当に頭の下がる思いだ。スタジオ収録は僕を含め出演者多数な上、新型コロナ対策として一席毎に一定の間隔を保つ所謂ソーシャルディスタンスを取りながらだったので、自分みたいに視力も悪く、高次脳機能障害の孕んだ聞き取り能力の低下による形の難聴当事者には厳しかったけど、第一部、第二部共見事にやり切った。この回では政治問題から国籍や女性差別問題などについても触れてたせいか、忖度がどうのこうのとかで第一部再放送が直前差し替えになったり、其処だけが注目され全国の新聞に取り上げられ騒がれたりもしたけど、僕的な見解ではそもそも「バリバラ桜を見る会」ではあらゆる「社会の障害」へスポットを当ててたのではないかと思う。なので、ぶっちゃけ左翼だとか右翼だとか堅苦しい事は然程意識してなかったし、寧ろ騒ぎ過ぎ() ・・・

<以下、全文は、おりふれ通信392号(2020年6月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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精神保健における自律性の獲得と服薬(GAM~ギャム~)

松本葉子(薬剤師)

2020129日に大阪府立大学へ、202022日に東京大学へ、カナダケベック州から、セリーヌ・シーアさんがGAMを伝えに来てくれた。セリーヌさんは、コンシューマー(精神保健ユーザー)であると同時にプロフェッショナルでもある「プロシューマー」というアイデンティを持たれている。同じく当事者であり、専門職であり、そして女性である私を、大阪でも、東京でも、セリーヌさんはずっと励まし続けてくれた。セリーヌさんが私たちに伝えてくれたことは、誰しも、薬を自主的に飲む(もしくは飲まない)権利を持つということの肯定だった。

GAMGaining Autonomy & Medication in Mental Health)は1990年代半ばからカナダケベック州で開発されてきたアプローチであり、オルタナティブ組織連合RRASMQや当事者の権利擁護団体協会AGIDD-SMQ、大学の研究者を中心としたÉRASME研究チームなどによって、つくりあげられてきた。そこでは、利用者との密なコラボレーションがおこなわれているそうだ。2015年には、ケベック州保健・社会サービス省のメンタルヘルスアクションプランでもGAMの重要性が強調されたという。

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GAMは、薬物療法が当事者のQOL(生活の質)をよくするものになるための以下の7つのステップから成り立っている。

1.目覚める(私は人である。権利。意味。)2.自分自身を見つめる。3.適切な人々、情報、ツール 4.決定する 5.計画する&変化に備える 6.(減薬の)10%ルール 7.離脱と感情

 

<以下、全文は、おりふれ通信390号(2020年3/4月合併号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

 

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映画「オキナワへ行こう」を観て思うこと ー「月」ではなく「オキナワ」へー

根間あさ子                       

映画『オキナワへ行こう』(大西暢夫監督)を見た。精神科病院に長期入院する患者の「夢(沖縄旅行に行きたい)」を実現させることをきっかけに,「精神科病棟の長期入院」の現実をユーモラスに描いたこの映画は大阪の浅香山病院で撮影されたドキュメンタリー映画なのだが、登場する患者さんの表情がとても自然で生き生きとしている 。

すったもんだのあげくに行った沖縄で『ふるさと』を歌う途中で感極まった増田さん、帰るべきふるさとを失った彼女のその心中はいかばかりかと思う。旅行もきっかけとなり自信を取り戻して退院していく山中さんのはち切れそうな笑顔も印象に残る。長期入院が精神障害を持つ人の当たり前の生活を奪ってきたということが端的に示されている。この映画をNHKがゴールデンアワーで放送してほしい。一般市民が何も知らないところで酷いことが行われてきたということを伝えてほしい。登場人物の一人で看護部長だった人の「長期入院の責任は病院にある」という述懐は重く感じた。彼女は現在、病院での重い地位を捨て地域NPOを立ち上げて活動している。

 日本の精神科病院の死亡退院はついに年間 2 万人を超えたという。病院で朽ち果てていく人の多さには酷いと言わざるを得ない。そうして私自身だってそうなっていたのかもしれないのだから決して他人事ではない。映画の後のトークライブでの大西さんの話の中で昭和 39 年に入院してそのままずっといた人の話が出て私は胸を突かれた。小学生だった私が無理やりに入院させられた昭和 39 年という年はライシャワー事件のあった年だ。この年は多くの仲間たちが強制入院させられたのだろうか・・・

 

<以下、全文は、おりふれ通信387号(2019年12月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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