家でもなく、病院でもない第三の居場所を

根間 あさ子

 

私が応援している、クライシスを入院せずに凌ぐ場所を作った精神保健福祉士と看護師の二人の私財を投入しての取り組みが、クラウドファンディングによって、あともう1年は続けられそうな見通しが立ちました。

 

家でも病院でもなく

第3の安心できる居場所を提供することで

じぶんらしく生活を続けてほしい

新しい可能性に出会ってほしい

既存のサービスや制度で解決できない

・もっとこうだったらいいのにな

・こんなサービスがあったらいいな

に寄り添える活動を目指しています

(マヤッカのいえfacebook 4月20日)

 

「マヤッカのいえ」の小さなパンフレットです

小さく折り畳んだパンフレットを広げていくとあなたに当てたメッセージが現れます

そこは「マヤッカのいえ」という、築50年以上の昭和な一軒家です。みんなでおしゃべりしたり、一緒にシナモンロールを作って食べたりできる茶の間があり、縁側から小さなお庭を眺めることも出来、疲れたら横になれるお部屋もあり、安心して相談できる応接室もあり、というこころ安らげるおうちです。この家には、混乱した人の話をゆっくりとていねいに聴いてくれる人がいて、大概の人は、2、3日過ごせれば、落ち着きを取り戻すことが出来るのです。

私達はたしかに時には混乱します。そういう時は、普段とは違う場所で、誰かに守られて過ごす時間が必要です。私自身も厳しい状況の時に、多摩総合精神保健福祉センターでのショートステイを利用し、家から距離を取る時間が助けになりました。休息入院を使うことも選択肢でしょう。でも、今のような精神科病院が混乱した全ての人に合っているとは思えません。ちょっとだけいつもの場所から離れて休むだけで十分な人もきっと多いと思うのです。

そういう意味で、この二人がやろうとしていることは現代においては時代を先取りしていると言えます。しかし、西洋医学がはびこる以前の日本では、地域において精神的な危機状況にある人を支えてくれる諸々の取り組みが、全国どこでも普通にあったことを私たちは思い出すべきかもしれません。

参考文献「精神病の日本近代」兵頭晶子2008 「洛北岩倉と精神医療」中村治2013

月に1、2回カフェが

開かれています

自分で作ったシナモン

ロールの味わいは

何とも言えない

美味しさです

2

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さんきゅう秋祭りと新生存権裁判東京

さんきゅうハウス 神馬幸悦

 

私は現在週3回の人工透析を受けているため、どうしても病院中心の生活にならざるを得ず、普通に働くことはできません。そこで、立川市にある「さんきゅうハウス」という生活困窮者に住居や食事提供等のサポートをしているNPO 法人で働いています。

そこで毎週土曜日、お弁当(他にレトルト食品、お菓子、パン、飲み物)を配布しています。毎回20数食から多い日は30食出ます。

 

10月21(土)11時から15時にてさんきゅう秋祭りが行われました。焼きそば、バーベキュー、コーヒー、ジュース等を提供しました。最後は、恒例のビンゴゲームを行いました。お天気にも恵まれ、スタッフとお客様合わせて5 3人の参加者。またカンパも30,000円を超えるほどいただきました。本当にありがとうございました。

予定していたにもかかわらず相談に来れなかった方がいたらしいのですが、逆に予定してなかった新たな相談者も来たらしいです(申し訳ございませんが、神馬はこの日体調悪くて欠席しました)。いずれにしても相談者は毎月絶えることなく何人か訪れてくる状況が続いております。これから年末年始に向けて生活がいっそう厳しくなる人が来るかもしれませんので、みんなで対応したいと思ってます。

 

10月16日に行われた新生存権裁判東京で神馬は意見陳述をしました。

この裁判は、年内12月121330分より最後の裁判(結審)が東京地裁103法廷室で行われ、判決の日が決まります。

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「滝山病院への偽装による強制入院~所沢市の事件から   医療保護入院を考える」に参加しました

東京地業研 山本則昭

923日、浦和で開かれた会は、埼玉県精神医療人権センターが主催し、話題提供者は相原啓介弁護士と藤井千代医師でした。

この事件は、所沢市の職員が、家族がいるにもかかわらず市長同意で滝山病院に医療保護入院させたというものです。その方は、精神疾患の治療と共に人工透析も受けていて、精神状態が不穏となり人工透析を拒否しましたが、他の受け入れ透析機関が見つからないということで透析可能な滝山病院に入院させられたのです。この方には家族(姉)がおられますが、「家族は音信不通」と嘘の文書を作成して市長同意の医療保護入院としました。市の生活保護(生活福祉課)と障害福祉(保健センター)の職員7人が書類送検されています。これは、その方の退院支援に相原氏が関わったことで判明しましたが、そうでもなければ闇に葬られたのでした。

相原氏も当日話しておられましたが、どれだけ透析の受け入れ機関を探したのか、強制入院という形をとらなければ透析治療の継続が不可能という判断をどのようにしたのか、文書の偽造までしたのは何故か、入院先は滝山病院でなければならなかったのかなど疑問は尽きません。残念ながら、当日の会でもその疑問は晴れることはありませんでした・・・

 

<以下、全文は、おりふれ通信427号(2023年11月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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滝山病院事件を地域で考える学習会を開催しました

社会福祉法人プシケおおた 青木範子

 

2023年9月9日、社会福祉法人プシケおおた内実行委員会主催で「滝山病院事件を地域で考える学習会」を開催しました。

私の働く社会福祉法人プシケおおたは大田区にあります。主に精神障がいをお持ちの方の支援をしており、生活支援センターⅠ型、グループホーム、B型作業所、地域生活安定化支援事業、自立生活援助事業を行っています。私はその中のこうじや生活支援センターにて地活Ⅰ型業務と計画相談、地域移行、地域定着支援を行っています。

学習会ではNHK「ルポ死亡退院~精神医療・闇の実態~」にて退院支援をされた弁護士の相原啓介先生、NPOトモニ代表で滝山病院退院支援連絡会の細江昌憲さん、横浜市コトブキ共同診療所医師の越智祥太先生、社会福祉士と精神保健福祉士の常数英昭さんが登壇してくださり、108名の方が参加してくださいました。

 相原先生と細江さんからは滝山病院内での違法行為や事件の現状を教えていただきました。今回の報道により社会的非難が集中していることや遅々として進まない退院支援について、また滝山病院でたくさんの方が亡くなっている現状に対して、1日でも早く退院をするためには地域の支援者が協力していくことの大切さを実際に退院支援されているおふた方からお話しいただいたことはとても力強く、切迫したものでした。

越智先生からは現在の勤務地で透析治療を受けながら精神科の外来通院をされている方の実例を挙げて、地域で支えていくことについてや「目の前からいなくなれば安心」という心理が働き「手っ取り早く」解決を求める効率主義と適応主義が人権の軽視を生んでしまうこと、常数さんからは長期入院をされている生活保護受給者の支援や生活保護法に基づいた制度等お話しいただきました。今回の学習会では様々な立場から見える滝山病院問題について考えることができるきっかけになったと思います・・・

<以下、全文は、おりふれ通信426号(2023年10月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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投稿 患者会・患者自治会の必要性 その4(最終回)

京都市伏見区前進友の会やすらぎの里作業所 入退院5回

コテコテの躁うつ病 キーさん革命の鬼えばっち 江端一起

 

 オレだけ生き延びてしまった、、、、あの信州の精神病院からオレだけが生き延びてしまった、しかもあの病院から運よく生きて出られた患者の中で、『前進友の会やすらぎの里』と出会うことが出来て、またもや、運よくオレだけが『キーサンとしての生きがい』を得て『キーサンの人間関係』の中でオレだけが『生きている実感』を感じているのなら、ソレは恐るべきことである、とソウ想う。許されることではないと想う。だって、えばっちだって『病者運動ボスの活動家』ナンだから、、、

 『当事者運動家』諸氏よ『当事者活動家』諸氏よ『国家資格専門職人権擁護活動家』諸氏よ、それでいいのか、、、本当にそれでいいのか、、、イマの今時にこそ『ピアカウンセラー養成講座』『ピアサポーター養成講座』を批判し尽さなければならない、なんとなれば、このママでは障害者間に最大の『生きがいの格差』をもたらすであろうから、、、すまし顔の猿のようにスーツを着て人前で得々と法律のハナシを語る『当事者』ほど、この『生きる喜びの格差』を意識的に拡げる存在はなかろうに、、、『パラリンピック』を批判し尽さなければならない意味がココにある。『パラリンピック金メダリスト』ほど障害者間の『生きがいの格差』を見せつける存在はなかろうから、、、とすると、精神病患者にとっての、或いは『所謂言うところの発達障害者』にとっての『パラリンピック金メダリスト』とは、ドンな存在であろうか、、、そう、みなさん御想像のとうりであろう、、、

 ソウなのである、すなわち、自分の活動と論文と国会と外国旅行のために、自分が味わったこともないような、精神病院のコトや精神診療所、閉鎖病棟や保護室や五点張りや電パチや、看護士精神医の暴力や、クスリ飲んでない奴がナンで大量投薬や大量減薬の害を言いつのって、まるで自分がやられたかのように喋る、これは、もはや同じ『病者なかま』を『利用』し尽した『生きがいの搾取』であろう。そう、もはや、『無仁義病者運動ボス』の『利用』し尽くす『オモタい病者なかま』への『生きがいの搾取』である。コレはひょっとすると『良心的一所懸命のスタッフ』達の『モノ言わぬ通所者』『依存してくる利用者』側への『必要とされる実感の格差拡大』よりも、悪辣極まりないことかもしれないと、想うのである。だって『酷な』言い方かもしらぬが『一所懸命やる良心的スタッフ』は確かに、病者のセーカツを支えてはくれてイルのだから、、、特にPSW系は、実質のセーカツの糧を入れ込んでくれるわけなのだから、、、

 とすると、『無仁義病者運動ボス』の『利用』し尽くした挙句の『オモタい病者なかま』への『生きがいの搾取』とは、、もはや『生きる実感いのちそのものの盗人』であるとシカ言いようがない、、、倫理的に許されることなのであろうか、、、酷な言い方ではあろうが、『精神病者解放運動の本筋』がコレに為ってシマッてきたのが、精神の当事者運動の不幸の一つだと想うのだが、ドウであろうか、、そして遂には『無仁義病者運動ボス生きがい搾取者』『精神病患者の生きる実感盗人』とシカ言いようのないような者までも登場である。コンな者までもが、登場したのである。怖ろしいことだ。しかも、しかもである、『被害』の実態を公表し批判することも出来なくなり掛かっている、コンなていたらくだから、とにもかくにも『活動家は喋らない方がいいに決まっている』と叫びたくなる。

 

 だから、『選ばなければならない』と想うのである。『選べる』状況がセッカクにイマの今時に出来得かかっているのであれば、、、、もちろん、『選び得る』状況が事態が出来得ていることが前提なのである。だから『イマの今時の良心的素晴らしい福祉』の場でこそ、、、なのだけれど、、、特に特に『支援者』はドウするのか考えないといけない、福祉の大学なんかでは教えてくれないのだから、、、『契約関係』のママでいいのか『人間関係』を目指さなくても良いのか、『サービスの供給専門職』のママで『サービス提供者』のママでいいんですか、、、『スタッフダチンコ』を目指さなくても出来てしまえるのか、、、『する側』『される側』を踏んまえた上で、で考えてもらいたいと、そう想う。そう、キビし過ぎるかもしれない、だから、ココは強くは言えない、、、でもチョットだけ、、『利用者』としては『サービスの受益者』のママでいいのかい、『キーサントモダチ』を目指さないのかい、『群れて』『支え合って』『助け合って』『キーサントモダチ』を目指さないのかい、、、『問い詰める』ようなことに為ってはゼッタイにダメだ、だって、『自分の意向』を聞いてはもらえなかった人生なんだから、、だから、ゴメンよ『問い詰める』ようなことになってはいけないゼッタイに、、、したらアカンとそう想う、、でもでも『患者自治会』を目指して『キーサントモダチ』に為りませんかと呼びかけ続けたい、、、『問い詰める』ようなことに為ってシマワないように、、、『サービスの受給者』のママで『サービスの受益者』のママで『サービスの利用者』のママで『サービスの量と質の奪い合い』のママでいいんですか、、、

 だがしかし、でも、一方で、ココは、再度再度大声で叫んでおこう、特に特には特に『病者運動ボス』はドウするのか『パラリンピックの金メダリスト』に為ろうとするのか『キーサントモダチ』を目指そうとするのか、、、ともあれ『無仁義病者運動ボス生きがいの搾取者』『精神病患者の生きる実感盗人』は在り得ない外道の所行と想うが、、、

 

<以下、全文は、おりふれ通信425号(2023年9月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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投稿 患者会・患者自治会の必要性 その4(中)

京都市伏見区前進友の会やすらぎの里作業所 入退院5回

コテコテの躁うつ病 キーさん革命の鬼えばっち 江端一起

  『必要とされている実感』がなければ、『必要とされる場』が無いと、ヒトは生きてはいけない。だから、『役割』を見つける。『必要とされる関係』をこしらえていく。『支え合って生きる』と云う『役割』を自分たちでこしらえていく。それぞれが必要とされる場を自分たちでこしらえていく。必要とされている実感と人間関係を場を共にしながらこしらえていく。『支え合って生きる』だからコソのキーサントモダチなのである。ヒトは、特に弱いものは『群れ』ることでしか生きてはいけない。ヒトは一人では生きてはいけないから。『本物の生きがい』が必要だから。『本物の生きる実感』を求めるのだから。『人である限り生きなければ』ならないのだから、、、『よりよく生きなければ』ならないのだから、、、『右肩上がり』ではなく『社会復帰路線』『働く権利』ではない、の、だけれども、そう『よりよく生きて』いきたいのである。ソレを奪ってほしくないのである。『本物の生きがい』を見い出して『生きていきたい』のである。

 でも、だからこそ、『一所懸命ガンバッているスタッフ』側からの「今、これだけ充実しかかっている精神福祉の中で、私たちの実践の中に、今何故にココに必要があるのか」と云う問いに答えなければならなくなった、、、、、生き延びて生き延びて生き延びて『やっとこさココにたどり着いて優しいスタッフに囲まれて生保も年金も貰えるようになったし、訪看の看護婦さんもヘルパーさんも来てくれるようになって優しいし、ご飯も作ってくれるし、もうコレでいいやと感じている通所者利用者』側からの「今何故にココに必要なのか」と云う問いに答えなければならなくなった、、、

 そう、『素晴らしいよくやるスタッフ』と『通所者』が『福祉サービスの供給者受益者』に為ってしまった時に、『スタッフ側の愛とやりがい』に囲まれてしまった時に、取り返しのつかないようなことがおきてしまうのである。『通所者』『利用者』側の病者にナニが惹起されてしまうのか、ナンと「前進友の会やすらぎの里作業所みんなの部屋」でナニがひきおこされてシマッタのか、えばっちは、見てきたからなのである、、、病者間に『支え合って生きる』ではなく『足の引っ張り合い』がおきてしまうのである。そう『スタッフ側の供給するサービスの質と量の奪い合い』が始まってしまうのである。

 そしてついにはそう、まるでまるで『ホストクラブのホストの奪い合い』か『キャバクラのお姉さんの奪い合い』のような『福祉サービスの量と質の奪い合い』のヨウなコトに為ってくるのである。『キーサントモダチ』ゆえの『ニクマン』とは似ても似つかないような、、、それでいてスタッフ側は、『やりがい』『生きがい』『働きがい』にまみれて亢進につぐ昂進のあげくに『燃え尽き』の様になりながら、ついには、『依存されることに依存』していく仕儀と為る。詳しくはもうココでは語れない、、、もう嫌なのだ。シンドイのだ。そう、だから、コンな場合に備えて、『福祉サービスの提供の公平性と平等性』を担保せんがためにこそ、『専門職能性』『国家資格』『契約関係』『適正化委員会』『第三者機関』が必要に為ってくるのである。それと、ありとあらゆる『ピアサポート』ダノ『オルタナティヴ』ダノ『アドヴォカシー』ダノ『オープンダイアローグ』ダノ『ノーマライゼーション』ダノ『ラップ』ダノ『アクト』ダノ『リカバリー』ダノと『片カナ用語的おためごかし』が必要に為ってくるのである。ナニかが、決定的に欠如しているのが分からないのか、、、

 逆だ、逆に為らないと、タイヘンなことに為ってしまう。ナニもかもが失われてしまうんだ。『運動的積み上げ』すらも、すらも、失われてシマウコトに為るのに、ソコに気が付かないのか、、、『制度』ダケが『法律』ダケが立派に為って、、、、『本物の人間関係』『本物のトモダチ』を『本物の人と人との本物の関係』の中で、『本物のはたらきがい』を、、『本物の生きがい』を、、、なかまとともに、見い出そうとするジッサイのセーカツのなかでしか、、、『本物の生きることそのもの』を、、、『本物の生きる喜び』を、、、ああああぁぁぁドウ言えばいいのか、、だから、「キーサンセーカツ列伝」で書き綴ったような、ボクたちもそリゃあーーイロイロと、ホンとイロイロはアルんだけれど、アリながらだけれども、コンなカンジの『雰囲気』の『与太話』や『レク』や『旅行』や『関係性』や『ニクマン』や『食事会』や『生きざま』が『死にざま』が『トモダチがい』がみなさんの場にアリますか、と言わなければならないのか、、、こんな『与太話』しながら『ニクマン』まみれになりながら『愉しく』ながらも『シンドく』ヤッていますか、と、、こんな『食事会』やってますかと、、、、

 

<以下、全文は、おりふれ通信424号(2023年8月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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生活保護基準引き下げ違憲訴訟について思うこと

いのちのとりで裁判埼玉支援者 永山淳子(ながやま・あつこ)

 

3月29日、約9年間継続した生活保護基準引き下げ違憲訴訟さいたま地裁判決が言い渡されました。結果は、引き下げの違法性が認められ、一応勝訴ということになりますが、原告の主張の肝心な部分、すなわち、引き下げの根拠とされたデフレの算出方法は違法であるという部分が否定されたため、大いに不満が残る内容でした。

とはいえ、判決を法律の素人である私が適切にまとめるのは難しく、すでに適切な報告が出ていますので、この場では触れずにおこうと思います。

私がいつも理不尽に感じるのは、行政訴訟は概して長期化しがちで、結論が出るまで原告は長い間落ち着かない状態で過ごさなければならないことです。特に、今回の生活保護基準の下げ幅は、平均6.5%、最大で実に10%という数字です。

月々の生活扶助費は地域や世帯構成等により変化しますが、多めに見積もってもせいぜい10数万円ですから、そこから6%以上も減らされたら生活は大ピンチです。そのような扱いが不当と認められるまで、埼玉県では、9年もにわたり実に30回以上の口頭弁論が重ねられました。その間の当事者の気持ちを想像すると、何ともやるせない思いです。

裁判の長期化は、そのまま原告の高齢化につながります。近年、生活保護利用者の約半数は70代以上ですから、埼玉県でも多くの人が提訴の時点で高齢者でしたが、その人たちが結果的に9年間、裁判を闘うことになりました…

<以下、全文は、おりふれ通信422号(2023年5月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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投稿 患者会・患者自治会の必要性

京都市伏見区善進友の会やすらぎの里作業所 入退院5回

コテコテの躁うつ病 キーさん革命の鬼えばっち 江端一起 

 

やぁやぁ、【おりふれ通信】のみなさま、わたくしは、京都の精神病患者会前進友の会の江端一起と申します。『当事者自治会や患者会の必要性について書いてほしい』とのこと、タイヘン、光栄です、ありがとうございます。長くなるかもしれませんが、たくさん書きたいことがアリマス、、連載に為ると想います、、、お付き合いくださると、、嬉しいです。【おりふれ通信】に書かして頂けるとは、本当にありがたいことです。
 まずは、えばっちが知っている限りの、また、実際に交流したことのある患者会をココに羅列的にでもご紹介させてください、六花出版の「精神障害者問題資料集成 戦後編第十巻患者会運動」のアル章を増補改訂したものなんですが、とにかく、ドウしても残して置きたいのです、、全国にコレほどたくさんの、そして特色ある精神病患者会がアッタ事を遺したいのです。地を這うようにアツタことを、宜しくお願いいたします。そして現実の患者会のコトから、えばっちの想う「患者会」「自治会」必要性を書けていけたらと想います。
 

愛媛松山の【ごかい】言わずと知れた「わしらの街じゃあ」「天上天下病者反撃」のキーサン患者会の親分である。キーサン患者会、地を這う患者会の希望の星であった。解散してしまい、、ツラく哀しい、ショックである。カチコミの時含めて本当に何度も泊まらせてもらって、交流が深かった。ココの食事会は300円食堂と言って、カレーが美味しかったなぁぁー独特のムカシながらの味だった。

 

京都伏見の我が【前進友の会】1976年に十全会病院を脱走した病者、命からがら退院した患者、アルバイトスタッフだった学生たちで結成した。初期のころは学生部隊の反十全会闘争と多彩なレクに特徴があった。85年に立ち上げ88年に認可された、患者会が設立母体で運営主体である共同作業所も運営している。ウチの食事会も凄いですよ。毎週火曜金曜です。「前進友の会えばっち」と云うフェイスブックに必ずメニュー写真上げています。一度食事会に交流に来てください。

 

静岡藤枝の【藤枝友の会】地元の精神病院内の患者自治会から発展して地域患者会として作業所に変化も拒否し、徹底して会員の会費だけでたまり場を維持し続けている類まれな患者会である。何度も泊まらせてもらって、よく駅前のカラオケにみんなで行ったなぁぁー、丼ものの駿河親子は絶品だった。もう一度食べたいなぁぁぁーー
 

神戸の【ニューカトレア会】阪神三人衆と言われたカチコミの親分達が言っていた、山本深雪氏が大阪人権センターだの大精連だのと目立ち始める前は、ここにパラシュートして来て元々から居るような顔して、クスリ飲んでるとこなんかいっこも見たことない、と。一緒によくカチコミをした。前進友の会にイチバン泊まりに来られたのではないかな。懐かしい。

 

博多の【福岡わらびの会】わらび家と云う作業所を運営している。現在に至っても手書きの会報を発行し続けている凄いトコロである。泊まらしてもらったときにみんなで食べた手作りの博多水炊きはサイコーだった。もう一度食べたいなぁぁぁーー。

 

東京亀戸の【新松橋亭】(しんまつと親しみを込めて呼んでいた。東京の下町で、「天上天下病者反撃」を読んで感動して作ったのだとのことで、クボタクリニック脱藩組の支援者たちもナカナカの人物で、、悠遊舎、遊歩舎と云う作業所を運営しつつ、しんまつを支える会を構成している。よく泊まらしてもらった。ココの食事会のメニューも凝っていて、美味しかったなぁぁーー。

 

大阪高槻の【灯会】言わずと知れた精神病患者会の老舗中の老舗、光愛病院から出発し俳句を作り続けている。堺の【ガンバロー会】全国各地にあった精神病院の患者自治会出身の会の1つである。このころは、浅香山病院、岩倉病院、光愛病院、駒ヶ根病院、陽和病院等々の全開放を目指した病院には、もれなく入院患者自治会があったものである。院内で喫茶店などを運営していた。
 

住吉の【旅立ちグループ】松江の【つぼみ会】【麦の会】山形の【こまくさ会】飯田の【プチノマド】松本の【ひなたぼっこの家】今作業所に為ったのかな、また行ってみたいなぁぁーー。広島の【モスク】南座を惜しむ好き者の会の頭文字をとったそうである。ビックリするよね。【ほいじゃけん】もあったなぁぁぁ。名古屋の【雑草会】病者集団の大野萌子氏のお膝元で、独自にガンバッていたなぁぁーー。スゴい事ダッタ、イロイロアッタだろうと想う。清瀬の【一寸五分の会】ここの会報は毎回すっごく面白いものだった。岡山の【すばる】確か、ドキュメンタリー映画「キチガイの一日」の主人公が居られた会と想う。鹿児島の【わかち会】土佐の【西風の会】牧師さん中心の会だった。北海道の【すみれ会】回復者クラブと自称し始めた最初だと想う。道回連も名乗っていたかも。その後セルフヘルプグルーブだのマインドだのと、イロイロな名乗りがうまれたが、その後どうなったのだろうか。但しココは、セーカツの匂いはとてもしていたと想う。交流してみたいなぁ。東京の【友の会】患者会の元祖かもしれない。伝説化していました。富山の【ルナの会】福井の【らばの会】いや【ろばの会】だったか記憶が定かではない。少し交流がアッタのだが、、、
 

キリスト教系を前面に打ち出した【心の泉会】各地の教会に集う月一くらいのたまり場をたくさん網羅していたので、考えてみれば、ココこそがある種実質的な全国的連合体だったかもしれない、と想います・・・

 

<以下、全文は、おりふれ通信418号(2023年1月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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なぜ精神障害者は議会の傍聴が出来ないのか(後編)

心の旅の会 市民精神医療研究所  寺澤 暢紘

                    

6 資格・利用制限条項見直し、撤廃に向けた取り組みの経過

精神障害者の欠格・制限条項撤廃に向けた取り組みは、1974年三重県で「精神薄弱者」を理由にした運転免許の取り消し処分をめぐって、欠格条項の撤廃に向けた活動が取り組まれ、裁判で免許取り消し処分が撤回された経過があります。

その後、1981年からの「完全参加と平等」を掲げる国際障害者年を契機に発足した、障害者施策推進本部(総理府)が関係各省庁で所管する63制度の障害を理由とした欠格、制限等について再検討する方針を明らかにした「障害者に係る欠格条項の見直しについて(障害者施策推進本部)」(1999(平成11)年8月9日付)決定し、見直しが行われています。

1972年には東京で「精神病院問題を考える市民運動の会」が、公衆浴場における精神病者の「入場制限」の掲示調査などを行い、その後世田谷区営プールの「入場制限」撤廃の取り組みが行われています。

そして、1981年の国際障害者年を受け、1986年に岡山精神衛生国際障害者年推進委員会が、「これでよいのか『欠格条項』を見て」との小冊子を発行し、欠格条項の問題が社会的に取り上げられる契機となっています。

こうした動きの中、厚生省から都道府県知事あてに「精神障害者に係わる資格制限・利用制限等について」(健医発第881号 昭和62年7月21日付け)が通知され、各都道府県市町村での条例・規則改正の動きにつながっています。

その後、1985年11月に大阪で「大阪精神医療人権センター」が設立され、1988年当時大阪はじめ岡山、京都、滋賀、東京等で制限条例撤廃の活動が取り組まれました。静岡でも1990年6月に三島、沼津を中心とした障害者団体により「議会傍聴制限撤廃の申し入れ」が行われました。(参考:「精神障害者の欠格条項」全家連欠格条項に関する研究会編 1995年発行)

また、「障害者の欠格条項をなくす会」では2009年に公平委員会の傍聴規則改正に向け、自治大臣官房文書課監修の「市町村例規準則集」に掲載されている、「公平委員会傍聴人取締規則」が差別規定であるとして、当時の自治大臣あてに「公平委員会傍聴人取締規則における欠格条項の撤廃を求める要望書」を提出しています。

 

7 公衆浴場法では伝染病患者と同じように精神病者を排除

1972年の東京における公衆浴場における精神病者の入場制限問題は、1920年の「浴場及浴場營業取締規則」が1942年に改正され、「伝染病患者」と「精神病者」が公衆浴場から排除されており、伝染病も精神病も人に感染するからという理解できない規定になっていますが、次元の違うものだと思います。現行の制限条項でも公衆浴場法と同じような文脈で、「伝染病の疾患又は精神に異常があると認められたとき」、「感染性の病気にかかり、又は精神に障害があると認められる者」との表記が存在しています。(参考:「公衆浴場の法的規制における欠格条項の変遷」川端美紀著)・・・

 

<以下、全文は、おりふれ通信417号(2022年12月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

 

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なぜ精神障害者は議会の傍聴が出来ないのか(前編)

心の旅の会 市民精神医療研究所  寺澤 暢紘

                    

 

1 なぜ、今なのか

2022年6月3日付けの秋田魁新報の「障害者の議会傍聴認めない差別的条文 大仙市が修正へ」との記事(https://www.sakigake.jp/news/article/20220601AK0021/)を知り、精神障害者の制限条項の「亡霊」が現れたように感じました。

「亡霊」との思いは、30年前の1991年11月に静岡県内市町村における、精神障害者の入場・利用制限条項について調査を行ったことを思い起こしたことにあります。当時の静岡県内74市町村の内、70市町村で123件の議会や博物館やプール等々の入場・利用制限条項があり、中には「瘋癲、白痴」という用語で対象者を規定している自治体が8件ありました。

なぜ今なのかとの思いは、国連の障害者権利条約が締結され、とりわけ障害者差別解消法が施行されている現況にあります。と、同時に呉秀三の「我邦十何万ノ精神病者ハ実ニ此病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ、此邦ニ生レタルノ不幸ヲ重ヌルモノト云フベシ」との言葉が思い浮かびました。それは、精神障害者への差別、偏見が今も変わらず存在していることの「不幸」を感じたからです。

なお、秋田県だけの問題ではないと考え、全国の自治体の精神障害者の制限条項についてインターネット検索を、「都道府県市区町例規集(https://uub.jp/opm/ml_reikishu.html)」から行いました。

 

2 約四割の自治体に差別条項があり、最多は教育委員会傍聴規則

検索結果は全国1718市区町村(2021年1月1日現在)のうち、351自治体及び58の広域行政機関(参加自治体数324、重複自治体あり)の条例規則に精神障害者を対象とした制限条項が460件存在していました。制限条項が存在している単独自治体数は全自治体の20.4%で、広域行政機関参加の自治体を加えると約4割(39.3%、重複あり)の自治体で様々な制限条項が存在していました。

制限条項が存在していないのは大阪府、広島県、山口県の3府県で、それ以外の44都道府県で460件の制限条項が存在していました・・・

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