相模原の事件についての見解

【編集部から】
 7月26日未明、相模原の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件には、衝撃で言葉を失う思いです。しかし、その後の政府の素早い措置入院見直しの動きは、池田小学校事件の後の医療観察法成立への動きを彷彿とさせ、言葉を失ってはいられません。また、精神科医療業界の一部から「このような事件の抑止のための方策を対外的に表明する」必要が語られることもありました。これらの動きに対して、にしの木クリニックで出した見解を紹介します。

                                                          2016.8.6
にしの木クリニック 伊藤 朋子

相模原の事件について、現在加害者の精神鑑定が行われているかどうかも不明な段階であり、5カ月前の措置入院歴をもって、犯行と精神疾患とをすぐに結びつけ、「本件は精神科医療と深く関わっており」「患者様のケアの問題であり、措置入院、再発予防、地域連携の問題であり」と断定するのは、私としては不可解です。
政府が厚労省に対し、措置入院制度の見直しを指示し、かつて加害者の措置入院した病院に調査が入ったそうですがこれも解せません。措置入院制度にも、医療観察法の制度にも、地域連携のシステムにも、問題が山積していることは事実です。しかし、本件と関連づけて議論すべきではないと考えます。

マスコミ報道によると、加害者は「障害者は生きている価値がない。よって殺すのが正義である」という差別思想(ネット上ではあふれかえっている言説ですが)をもち、計画的に犯行に及んだ確信犯であるようです。そうであるならば精神疾患があろうがなかろうが、いわゆるヘイトクライムであり、精神医療によってどうにかできるものではないように思えます。
この事件に対する反応として、「措置入院をもっと長期にしていればよかった」「措置入院の退院後も医療が関わっていればよかった」という見方が多くあるようですが、現時点でそのように言える根拠はどこにあるのでしょうか。

にしの木クリニックに通院する患者さんには、この事件によって、かつての暴力被害がフラッシュバックした人もいれば、お子さんを重度心身障害者施設に入所させており、「他人事でない」と恐怖を語るお母さんもいます。そして措置入院歴のある患者さんの中には、「自分もあの加害者と同じような、何をするか分からない危ない人間として、退院後も監視されるべき者として社会に見られるのか」とショックを受け、恐怖を感じている方もいるのです。

事件と加害者の精神疾患との関係について不明なうちから、本件一件をもって、「措置入院した者は厳重に司法、行政、精神医療関係者で監視し、重大犯罪を抑止しなければならない」と一般化して動くことは、結局のところ精神障害者を社会から排除しようとする考え方であり、本件の加害者の語っているとされる思想と同根のものだと思います。

精神医療関係者の仕事は、患者さんの治療をし、精神的な健康を守るためのサポートをすることであって、社会の治安を守ることではないと思います。厚労省から「日ごろから警察等関係機関と協力、連携につとめ」云々という文書が出ましたが、医療関係者が第一に守るべきものは守秘義務であり、このような要請は患者さんとの治療関係・信頼関係を傷つけるものであり、治療の妨げになったり、治療や障害福祉関係につながることへのハードルを高くしてしまうのではないかと危惧します。

したがって東京精神神経科診療所協会として「このような事件の抑止のための方策を対外的に表明する」ことには反対します。


| | トラックバック (0)

今求められる「権利擁護者」とは何か

弁護士 姜 文江

 2016年1月23日、日本弁護士連合会は「精神保健福祉法の改正に向けて ~権利擁護者について考える」と題するシンポジウムを行い、私はこの中のパネルディスカッションのコーディネーターを務め、事前質問や打ち合わせも行いました。今回は、この準備段階から当日までに聞いて考えた、私の個人的な「権利擁護者」についての意見を書かせていただきます。

 権利擁護制度を巡っては、様々な案や研究が聞かれますが、私には「本当に入院している患者さんにとってそれが最優先で作られるべき制度なのだろうか?」と思われるものばかりでした。そこで、今回、外部のパネリストの方に「入院している患者さんにとって権利擁護が必要な場面とはどういうときか」ということを事前に質問しました。その結果を私なりにまとめると、こうなります。
① 不安な時、話を聞いてくれる人がいないとき、これは時期的に、
 ①-1:納得できない入院をさせられた直後
 ①-2:その後の不安や疑問が生じたとき、  に分かれます。
② 暴行など虐待が発生しても放っておかれるとき
③ 退院したくても支援してくれる人がいないとき
④ 隔離処遇され不安なとき、病院と交渉する人がいないとき

 弁護士の目から見ると、②はそもそもあってはならないことであって、外部の人が自由に出入りできれば防げることです(少なくとも弁護士が出入りできれば虐待の相談を受けられます。)。そしてこれは障害者虐待防止法の対象に病院が含まれていないことと関係しますので、精神保健福祉法の権利擁護者制度の議論からは分けておくこととします・・・

 以下、全文は、おりふれ通信348号(2016年3月号)でお読み下さい。
ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

| | トラックバック (0)

障害年金 -精神の障害に係る等級判定ガイドライン(案)とパブリックコメント-

福冨一郎


 精神障害の障害年金認定において地域差があるので是正する目的で、等級判定ガイドライン案が厚労省から出されました。しかし、その内容は主治医が書く診断書に「日常生活能力の判定」という7項目の4段階評価と「日常生活能力の程度」という5段階評価で等級の目安をつくり、それによって事務官がだいたいの振り分けをして、認定医が総合評価をして認定するというものです。たとえば、生活能力の程度が3で、生活能力の判定が平均すると2.5から3未満くらいの場合、今まではほとんどが2級の判定でした。しかし、ガイドラインによると3級の可能性が高いです。このガイドラインがそのまま決まれば、認定の公正化とは逆方向に向かう可能性があります。
 精神福祉が医療モデルから社会モデルへと移行しつつある中、本人に会ったこともない認定医が診断書の内容だけで判定するという、究極の医療モデルになっています。社会モデルでの判定をするなら、本人にかかわる支援者や家族、主治医、雇用主など、多くの方々の意見をとりまとめて、いろいろな分野から選ばれた認定委員が判断すべきだと思います。そもそも、このガイドラインを話し合っている委員9名のうち8名が精神科医で、当事者は誰もいないそうです。議論の内容の偏りが懸念されます。以下、ガイドラインで特に気になった項目について書き出して、意見を述べます。

 1.精神障害の項目の気分(感情)障害について書かれた部分。「適切な投薬治療などを行っても症状が改善せずに、入院を要する水準の状態が長期間持続したり、そのような状態を頻繁に繰り返している場合は、2級以上の可能性を検討する」とあります。これって今までだと1級と判定される状況だったと思います。ガイドライン作成委員の中に気分障害に理解のない精神科医がいるような気がします。入院を要する水準ではなくても、日常生活に支援を要する2級に該当する場合はいっぱいあります。入院が2級の判定条件だとも捉えられかねない表現になっています。そうでないことを明確にすべきです。

 2.共通項目の家族の日常生活の援助や福祉サービスの有無を考慮するという部分。「独居であっても、日常的に家族の援助や福祉サービスを受けることによって生活できている場合は、それらの支援の状況を踏まえて、2級の可能性を検討する」とあります。いやいや、独居で家族の支援がない人の方が、年金が必要ですよね。福祉サービスを受けられてない人にも、様々な理由があると思います。もしかしたら、年金がもらえたら、福祉サービスを受けたいと考えている人もいるんではないかと思われます。

 3.共通項目の相当程度の援助を受けて就労している場合は、それを考慮するという部分。「就労系障害福祉サービス(就労継続支援A型、就労継続支援B型)による就労については、2級以上の可能性を検討する。就労移行支援についても同様とする」「一般企業(障害者雇用枠を含む)で就労している場合でも、就労系障害福祉サービスにおける支援と同程度の援助を受けている場合は、2級の可能性を検討する」とあります。就労していることをもって、日常生活能力があると捉えられることがありそうです。そんなことはないです。身体障害のような外部障害の場合はわかりやすいかと思いますが、精神障害に関しても配慮があれば就労できる状態がそのまま日常生活は問題ないとは言えないと思います。実際に、生活はままならないのに外面だけは何とか保っている方もいっぱいいます。また、就労系障害福祉サービスと一般企業の記述を分ける必要があるのでしょうか。一般企業で就労系障害福祉サービスと同等の援助は難しいのが現状です。たまたま、就労において一般企業に縁があった方もいらっしゃると思います。こと就労に関しては、それを理由に障害年金の等級を下げたりすることのないようにお願いしたいです。

障害基礎年金の2級で月におおよそ65000円くらいしかもらえません。これでは、就労するか、生活保護か、しかありません。そもそも年金とは何か? そのあたりから考え直してもらいたいところです。厚労省では、障害年金のガイドラインについてのパブリックコメントを募集しています。どれくらい聞き届けられるかはわかりませんが、何も言わないよりは何か意見を書き込んでみた方がいいと思います。9月10日、17時までです。

精神の障害に係る等級判定ガイドライン(案)とパブリックコメント 9月10日まで
http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495150111&Mode=0


| | トラックバック (0)

エモーショナルCPR(eCPR)体験記

松田 博幸

◆ eCPRとは?
 エモーショナルCPR(eCPR)は、人がクライシス、つまり、心の調子が崩れて自分でなんとかしようとしたがどうにもならない状態にあるときに、周囲の人たち(友人、家族、近隣の人、専門職者、警察など)がどのように本人に関わればよいのかを身につけるためのプログラムである。2008年にアメリカで、精神障害をもつ当事者たちの手によって生み出された。それ以前に、2001年にオーストラリアで作られた「メンタル・ヘルス・ファースト・エイド」がアメリカに紹介されていたが、それが診断名にこだわった医学モデルに縛られたものであることに違和感をもった当事者たちが自分たちの手で生み出したのがeCPRである。CPRというのは、つながること(Connecting)、エンパワーすること(emPowering)、蘇生させる(Revitalizing)という3つの過程を表すと同時に、心肺蘇生法という意味をもつ。つまり、ある人がクライシスにある際に、周囲の人が本人と心と心のつながりをもてば、本人は情緒・感情的に息を吹き返すが、そのようなかかわりがないと命を落とすことにもなるということである。実際、警官から暴行を受けて亡くなるということが北米でも日本でも起きている。また、強制医療を通して命を落とす人もいる。

 私がeCPRに関心をもち、その開発者の一人であるダニエル・フィッシャーさんを訪ねたのは2010年のことであった。ダニエルさんの自宅でeCPRの説明を受け、その根底にある考えがわかってきた。人は、他の人と心と心のつながりをもっている間、自分の心と頭とがつながった状態を維持できるが、トラウマや喪失体験によって心と心のつながりが断ち切られると、自分の心と頭とが切り離されてしまい、それぞれが働かなくなるという考えである。クライシスをそのような状態としてとらえ、人と人との間の心と心のつながりを取り戻すための方法を身につけるためのプログラムがeCPRである・・・・


 以下、全文は、おりふれ通信342号(2015年8月号)でお読み下さい。
ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ


| | トラックバック (0)

住宅扶助基準引き下げにどう対抗するか?~あきらめないで!闘うすべはある!

徳武聡子(司法書士、生活保護問題対策全国会議事務局次長)

1.住宅扶助基準引き下げ
厚生労働省は、平成27年7月1日から、生活保護の住宅扶助基準を大部分の地域で引き下げることを決定しました。これにより影響を受ける生活保護世帯は、全体の約3割の44万世帯といわれています。                   
いずれも大幅な減額ですが、特に2人世帯の住宅扶助基準の減額は「生活破壊」とも呼ぶべき深刻なレベルです。
ただ、この住宅扶助基準は一斉に実施されるのではありません。平成27年7月以降に次の賃貸借契約の更新が来るまでは、引き下げ前の現行基準が適用されます。契約に更新時期の定めがない人は平成28年6月まで猶予されます。なお、平成27年7月以降に申請する利用者には、新基準が適用されます。

Photo
(1 2-6 7の数字は世帯の人数。家賃の単位は万円)

2.引き下げに至る経緯
 住宅扶助基準は、史上空前の規模の生活扶助基準引き下げが断行された直後、平成26年3月から厚労省社会保障審議会生活保護基準部会で検証作業が始まりました。
当初より、住宅扶助基準額(支給上限額)が低所得世帯の家賃平均額よりも高額だという屁理屈をこねた財政制度審議会資料を示すなど、引き下げありきの結論が導かれるのではと危惧されていました。
しかし、厚生労働省が平成26年夏に実施した生活保護世帯の居住実態調査では、生活保護世帯の劣悪な居住実態が明らかになりました。
例えば、国は住生活基本計画(平成23年3月閣議決定)で健康で文化的な最低限度の住生活を保障する基準として「最低居住面積水準」を定め、全世帯での達成を目指しています。この最低居住面積水準の達成が、生活保護の単身世帯で46%、2人以上世帯で67%と、一般世帯よりも大きく下回っていました。また、腐朽破損物件の割合、建築基準法不適合、エレベーター等の設備の有無、駅からの距離など、いずれも一般世帯より居住環境が劣悪であることも判明しました。
一方、家賃額について、生活保護世帯では住宅扶助基準額ギリギリに設定されがちであるとの厚労省(財務省)の言い分に対し、近隣同種の住宅より明らかに高額な家賃かどうかについてのケースワーカーの回答は、疑義ありが0.6%と、明らかにおかしいケースは1%にも満たない結果でした。
これを受けて、生活保護基準部会の報告書では、住宅扶助基準引き下げありきではなく、「単純に一般低所得世帯との均衡で捉えるのではなく、実質的に健康で文化的な最低限度の生活を保障しているかという観点から、検討・検証を行っていく必要がある」「より適切な住環境を確保するための方策を検討することが必要」として、むしろ生活保護世帯の住環境を改善する必要性を示唆していました。
ところがこの報告書が提出されたわずか数日後に、厚生労働省は住宅扶助基準の引き下げを含む予算案を発表したのです。住まいは人権、ということを、全くないがしろにした対応です。

3.引き下げにどう対抗する?
上記のような経緯で引き下げられた住宅扶助基準ですが、いくつかの例外措置等が定められており、これをうまく活用することで、引き下げ前の住宅扶助費の支給を受けることができます。
(1)特別基準の設定
「世帯員数、世帯員の状況、当該地域の住宅事情によりやむを得ない」場合には一般基準の1.3倍~1.8倍の特別基準を設定してもらうことができます(「保護の実施要領について」局長通知第7の4(1)オ)。従って、①多人数世帯の場合、②車いす利用等でもともと特別基準を設定されていた場合、③都市部等で新基準の家賃で借りられる適切な物件が近隣にない場合などには、この特別基準の設定を求めて福祉事務所と交渉してみましょう。
(2)例外措置の適用
(ア)通院又は通所をしており、引き続き当該医療機関や施設等へ通院等が必要であると認められる場合であって、転居によって通院等に支障を来すおそれがある場合
(イ)現に就労や就学しており、転居によって通勤または通学に支障を来すおそれがある場合 (ウ)高齢者、身体障害者等であって日常生活において扶養義務者からの援助や地域の支援を受けて生活している場合など、転居によって自立を阻害するおそれがある場合
これらの場合には、引き下げ前の基準が適用されます。特に(ウ)では「場合など」と規定してますので、個別具体的な事情から「転居によって自立を阻害するおそれがある場合」には、幅広く旧基準の適用を認めることができると解すべきです。

こういった例外措置に当たると思われる場合には、理由などを書面に書いて「申入書」などの形で福祉事務所に提出するのも一つの方法です。
なお、生活保護問題対策全国会議では、住宅扶助基準引き下げに対する対抗法について、Q&Aを発表しています。厚労省の各通知や福祉事務所への申入書ひな形なども掲載しています。公式HP(http://seikatuhogotaisaku.blog.fc2.com/blog-entry-244.html)をご覧いただき、どうぞ居住の安定のためにお役立て下さい。


Qa


| | トラックバック (0)

道交法「改正」後の運用上の諸問題 ー 運転適性相談窓口、質問票、診断書について ー

みのクリニック 三野 進
Photo_2

はじめに たにぐちさんへ
たにぐち万結さん、11月号の「精神病で運転免許を返上しなくちゃいけないの?」を拝見しました。十分な説明もなくたにぐちさんが免許停止に至ったことに憤りを覚えますし、改定後の運用の折衝に関わった精神科医としても責任を感じます。お怒りはもっともです。
たにぐちさんには、実際の免許更新時の実体験を警察、主治医とのやりとりなど順を追って正確に記載していただきました。二度とこのようなことが起こらないよう、貴重な前例として問題を整理して対処の仕方を考えてみます。
たにぐちさんは今まで運転免許を保持されており、病気を原因とした事故もなく運転適性があると判断されているのであれば、たとえ昨年入院治療を受けていたとしても免許の制限をされる所以はありません。なのに、どうしてこのような目にあわれたのでしょうか。
免許停止に至った原因を3つ挙げてみます。第1に、道交法の運転免許欠格規定の欠陥と、その矛盾をさらに顕在化させている道交法改正後の運用上の問題があります。第2に運転適性相談窓口(以下、相談窓口と略します)が本来の機能を果たしていない問題、第3に主治医の判断と診断書の記載内容の問題が挙げられます。道交法の欠格規定に根本的な誤りがあり、その上に幾つかの事情(工夫によっては回避できたかもしれません)が重なって、残念な結果になったのだと思います。
一番目の問題は、精神疾患については病名をあげて欠格とする医学的根拠はないのに、危険運転にいたる症状も明記せず、運転適性の判断を自己申告と主治医に委ねている現行道交法に責任があり、欠格事由を撤廃ないし改正しなければ解決できない問題です。二番目の窓口の問題は以前からありましたが、今回の罰則規定新設によって相談者が増えたこと、都道府県によって間違った広報と運営をしていることから、更に深刻な事態を呈しています。
3番目の精神科医と診断書に関する問題は、精神神経学会と警察庁の合意がなり、診断書記載様式が大きく変更されたことで一定の改善が図られたと考えている部分です。たにぐちさんが更新申請をされた6月半ばには間に合いませんでした。質問票への虚偽記載への罰則などを定めた道交法改正部分が施行されたのが6月1日、それに伴う混乱を避けるための折衝(主治医判断の基準、診断書書式改訂)が終わり合意に至ったのは6月中旬、各都道府県公安委員会に新診断書、学会ガイドラインも含む新たな運用基準が配布されたのは8月、運用が新制度に移行したのは9月1日からです。つまり、6月から8月末までは統合失調症や躁うつ病にある人の免許保持に大きな脅威を与える法改定があったのに、運転適性があると証明できる主治医診断書という防具なしで当事者の方々は立ち向かわなければならなかったのです。日本医師会はじめ関係団体とも協議しなければならず時間がかかったという事情もあったのですが、新しい運用基準の施行が遅れたことでたにぐちさんのように理不尽な目に遭った方が多く出たことについて、お詫びいたします。

道交法の欠格事由の問題と質問票
たにぐちさんが今回の免許更新で適性相談窓口に向かわれたのは、案内ハガキに
「下記の病気にある方は、症状によっては、免許が取り消される場合があります。不安がある方のために相談窓口を設けております」と書かれていたからです。免許センターや交番などいたる所に、病名を明記してこれらの方は事前に相談してくださいと勧めるポスターが張られています。また、免許センターに行けば、「病気の症状の申告欄は正確に記載して下さい。虚偽の申告については罰則があります」と赤字で書かれた説明が掲示されています。
運転に問題がない人でも病気に該当すると思われた方は誰もが不安に思い、相談窓口に行けば免許更新が可能か、判定してくれると思うのは自然の流れです。しかし、相談窓口に出向いてどのような症状が免許欠格となるか相談しても、少なくとも精神疾患に関しては判断してくれません。詳しく病歴や受診歴を尋ねられそれを事細かく記録し、最後は診断書を主治医に書いてもらうよう渡されるだけです。これは、窓口の係官が怠慢であるからではありません。道交法では幻覚のある統合失調症と躁うつ病は、原則全て免許欠格とし「自動車の安全な運転に必要な能力を欠くこととなるおそれのある症状のないもの」だけ免許を与えるとしています。「おそれある症状」については何も規定しません。なので係官に病気に関する知識があったとしても、法的には窓口で判断することができないのです。政令と運用基準で、この判断は主治医か専門医(警察嘱託医)が行うよう規定されているので、窓口で通院していると申告されたら診断書を主治医に書いて貰うよう言うほかないのです。これは、道交法の欠格規定の本質的な欠陥であり、法改正以外に対策はありません。
では、実際の免許更新(新しく免許を申請する場合も同じです)時には、どのような行動をとればよいのでしょうか。運転免許センターに行くと、免許更新申請書と質問票の必要事項を記入しなければなりません。この質問票の質問に対して「はい」か「いいえ」に✓をつけることが「病気の症状の申告」となります。5つの質問のうち、精神疾患の症状に相当するのは「5.病気を理由として医師から運転免許の取得又は運転を控えるよう助言を受けている」の項目です。免許更新の際の病気の病状申告はたったこれだけで、病名を問われることはありませんし、これ以外の症状を申告する必要はありません。
「医師の助言」は、更新時点で有効な助言だけで考慮すればよく、過去の助言で撤回されたものは考慮する必要はありません。現時点での「医師からの病気を理由とした運転禁止の助言」があるか否かで回答すればよいのです。また処方薬の眠気等に関する通常の注意は、運転禁止の助言から排除してもよいとの回答を警察庁から得ています。処方薬に関する運転禁止助言を有効とすれば、高血圧や不整脈、アレルギー、感冒などの治療薬も運転禁止とされていることから、一般の薬物治療を受けている人の半数近くがこの質問にハイと✓しなければならなくなるからです。
言うまでもないことですが、「病気であること」を申告しなかったら罰則の対象となるわけではありません。質問5への「虚偽の回答」として罰則対象となるのは、医師からの運転禁止を忠告されていたのに「いいえ」と答えた場合のみです。「病気の症状を申告しなければ罰則の対象となる」という脅しに近いフレーズは、該当する人たちにとって大きな脅威となっており、正確な表現に改めるべきです。
統合失調症、躁うつ病(うつ病を含む)にある人については、そう遠くない過去から現在までに、主治医から「病気の症状があるので運転してはいけません」と言われていなければ、質問5の「いいえ」に✓をいれて、免許更新を滞りなく終わらせるべきです。通院されていない方はどうなるのかという疑問は残りますが、少なくとも定期的に通院されている方にとっては、この質問に答えることは容易であろうと思います。今までの長い治療経過の中で、主治医から受けた助言を思い起こせばよいのです。精神症状があっても安定した社会生活を送っていて、今までも症状が原因で事故を起こしたことがない、病状が悪化したときには運転を自制できるという方は、質問5については「いいえ」としてよいはずです。
これだけでは不安なので警察のお墨付きが欲しいと考えて相談窓口に行かれても、警察は独自の判断をせず主治医の診断書を求められるだけなので、窓口に行く労力と診断書料をとられるだけの骨折り損に終わります。相談窓口に行くことなく、主治医と相談することを強くお勧めします。

Photo_3


| | トラックバック (0)

病棟転換政策をめぐる基本的な問題に関するメモ

藤井克徳 


 いわゆる「病棟転換問題」に関する基本的な問題について、以下に私見を述べる。意見等があれば寄せていただきたく、また自由に引用・活用してもらって結構である。

1.立脚点の不純さ
「病棟転換政策」をめぐる最大の問題点は、検討に際しての軸足が「本来どうあるべきか」に置かれていないことである。一貫した立脚点は「病院の経営をいかに守るか」であり、加えて「現実策としてはやむを得ないのでは」「よりましでは」という古くさい論理がこれを後押ししていることである。「本来どうあるべきか」と「病院の経営をいかに守るか」(以下、病院の経営維持論)は相容れるものではなく、それどころか病院の経営維持論が前面に出れば出るほど、本源的な政策が遠のく関係にあるのである。換言すれば、病院の経営維持論に立脚する以上、そこから何が出てこようが(どのような政策ネーミングが用いられようが、仮に、モデル事業と言われても)、それらは病院の経営維持論のカモフラージュ政策であり、病院の経営維持論を手助けする「まがいもの政策」以外の何物でもない。

2.本物の精神医療改革を一体となって
なお、現行の精神医療政策は余りに貧寒である。根本的な改革が図られなければならない。ただし、その際の立脚点は、前述したような、「本来どうあるべきか」を見失った病院の経営維持論であってはならず、あくまでも精神医療を必要とする人のための改革であり、わけても他の診療科目との格差解消を前提とするものでなければならない。いわゆる「精神科特例」の完全解消の実現である。これによって、短期入院処遇を主流とする精神医療が可能となり、さらには通院医療中心の精神医療に道を開くことになろう。こうした方向が本来の精神医療であり、それによってまともに経営できることこそが、本来の病院(医院)経営政策である。
精神医療関係者は、姑息な「病院の経営維持論」にエネルギーを注ぐのではなく、正論としてのあるべき病院経営政策の実現への論陣を張ることであり、それを支持される環境づくりに奔走することが肝要である。むろん、精神障害分野に携わる非医療関係者にあっても、格差医療の解消とあるべき病院経営政策に関心を抱くべきであり、それの世論化・社会化に際して積極的で特別な共同行動を取るべきである。

3.主因を見誤ることなく政策立案を
日本における障害分野の、あるいは医療分野の恥部とされてきた精神障害者の社会的入院問題であるが、問題はその原因が正確に深められていないことにある。より正しくは、原因がおよそ想定されていながら、複合要素から成る原因について、原因(分野)別の関係者による一体的な論議の場が乏しいのである。結果として、主因があいまいになりかねない。主因の見立てに正確さを欠けば、そこから派生する政策は正確なものとはいえまい。
今般の病棟転換政策はその典型と言える。社会的入院問題、すなわち病院から地域移行が成らない主要な原因をあげれば、①地域での生活ならびに就労等に関した社会資源の量と質の面での不備、②家族への負担のしわ寄せ③所得保障や人的支援策を中心とした個人を支える福祉施策の遅れ、④市民社会の無理解、根強い偏見・差別意識、⑤精神科医療機関の経営問題(大量の退院促進政策は病院経営を圧迫し、医療機関従事者の身分を損ねる)、などである。社会的入院問題を本格的に解決しようとすれば、これらを同時に、少なくとも全体を視野に入れながらの論議でなければならないが、現行の縦割り審議方式はそれを許さない。病棟転換政策は、以上述べたいくつかの原因でみると、最後の「⑤精神科医療機関の経営問題」のみに重心を置くものである。全体像を欠き、かつ病院生き残りという利己的な発想に偏っているとすれば、そこから生まれる政策はいびつにならざるを得まい。なお、7万人の社会的入院者の解消を提言した厚労省の「改革ビジョン」について、なぜ実現をみなかったのか、精緻な検証、総括が求められる。

4.気になる当事者不在の政策論議
病棟転換政策に関する検討の過程で、最も気になるのは、一貫して当事者不在で審議が進められていることである。障害者権利条約と関連して馴染みになっている「 Nothing about us Without us (私たち抜きに私たちのことを決めないで)」の精神に背くことは言うまでもなく、この間の「障がい者制度改革推進会議」(内閣府所管、2009年12月発足、オブザーバー2人を含む26人の構成員のうち14人が当事者)の審議方式とも乖離するものである。
政策というのは、しばしば「何をまとめ上げるか」以上に「誰がまとめ上げるか」が重要になる場合がある。事は障害者個々の人生に深く関係する問題であり、人生を台無しにした精神障害当事者の代表がどれくらい参加しようと多すぎるということはなかろう(実際には人数に限りはあろうが、発想としてはこのような観点が大切では)。また、発症して以来、負担と不安を共にしてきた家族も当事者に含まれるべきである。
なお、「当事者の参加」については、関連政策審議への直接参加以外に、正確な実態調査等を通しての間接的な参加も重要となる。正確な実態調査の基本は、精緻なニーズ把握であり、調査の設計段階からの当事者参加が肝要である。「役人は数字を作る」という言い方があるが、社会的入院問題の解消に際しては、こうした感覚を微塵も抱かせることがあってはならない。

5.「二重の不幸」はいつまで続く
病棟転換の下での居住系事業をもって「地域移行」が成ったとすれば、「地域移行」の概念が変質するだけではなく、この国に「院内地域」「院内住宅」という奇妙な概念の形成を許すことになる。国際的に恥をかくことはもちろん、それに留まらず後世からみて「あの頃の関係者は取り返しのつかないことをやってしまった」と、未来の後輩たちにも恥をかかせることになろう。
かつて、呉秀三は、当時(明治期から大正期)として珍しくなかった「座敷牢」に隠ぺいされていた精神障害者をもって、「病を受けた不幸に加えてこの国に生まれた不幸を併せ持つ」と評した。今般の病棟転換政策は、「現代版座敷牢」とも揶揄されるもので、「二重の不幸の恒久化」につながるものと言えよう。なお、先に批准をみた障害者権利条約からみても、病棟転換政策は解せない。権利条約の関連条項(第19条を中心に)に抵触する状態が許されるとすれば、それは条約の無力化も同然で、批准された権利条約の価値そのものを損ねることに他ならない。

6.障害関連政策後退の新たな起点に
既に述べてきた通り、病棟転換という異常な政策は遅れた精神障害者政策をさらなる深い闇へと引きずり込むことになろう。問題は、この異常な政策が独り精神障害分野に留まらないということである。障害関連政策全体の最低基準の引き下げに影響することが懸念される。身体障害分野や知的障害分野に対して、「みなさんは、あのような精神障害者が置かれている状態と比べればまだましではありませんか」と言われかねない。
今、障害分野がこぞって力を入れるべきは、障害関連政策の中の遅れた部分を改善することである。なぜならば、一つでも遅れた部分を残すとなると、それが障害関連政策の最低基準になってしまうからである。換言すれば、遅れた部分の解消は障害関連政策の全体的な底上げに連動するのである。今般の病棟転換政策は、こうした方向とは全く逆で、障害関連政策の最低基準の下方圧力以外の何物でもない。障害関連政策全体としても黙過できない由々しき動向なのである。

7.病棟転換問題を広く市民とともに
さらに言うならば、病棟転換の問題は今日の社会保障政策全体の動向と関連してとらえることが肝要である。生活保護政策の引き下げ強行など、現政権の社会保障政策の後退は目に余るものがあるが、病棟転換問題もその本質は一連の社会保障政策の変質路線に合致する(昨秋の社会保障プログラム法の流れに沿うもの)。そういう意味では、病棟転換問題は今日の社会保障政策全体の後退の象徴的な問題と位置付けられよう。この問題を食い止めることは、少なくとも社会保障政策の改革や後退を許さない運動に大きなエールを送ることになる。社会保障の発展を願う広い市民層と病棟転換を許さない取り組みは十分に重なるものであり、接合面を大きくしていくことに努力を払わなければならない。

| | トラックバック (0)

医療保護入院と家族等の同意

弁護士 内藤 隆

1 はじめに
 保護者制度の廃止、家族等の同意による医療保護入院などを内容とする改正精神保健福祉法が2014年4月1日に施行された。重要な法改正なので厚労省から解説文が出されている。その中に医療保護入院の適法要件である家族等(旧法の保護者)の同意について看過できない解釈の変更がなされているのでその問題点を指摘する。

2 問題の所在
(1)医療保護入院後、入院に同意した家族等が同意を撤回した場合、病院管理者は家族等に退院請求を行うことができることを教示するものとされる(2014年1月24日課長通知)。
 厚労省作成の「Q&A」(2014年3月20日)では、この点、退院させるか退院請求の権利告知をすればよいとされる。
(2)いずれにせよ同意を撤回しても管理者の判断のみで医療保護入院を継続してもよい、換言すれば家族等の同意は医療保護入院の適法要件(本人の意に反する身体拘束=監禁を適法とする要件)ではないとの解釈が示された。
 このような解釈がいつから通用するようになったのか?・・・


 以下、全文は、おりふれ通信328号(2014年5・6月合併号)でお読み下さい。
ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

| | トラックバック (0)

精神保健福祉法Q&Aについて

東京地業研 木村朋子

 前号でトピックスとして、厚労省が3月20日付で出している、「改正精神保健福祉法施行に伴うQ&A」を紹介し、今号で詳しく解説すると予告しました。
 最も問題を感じた問2-5「医療保護入院の同意は撤回できるのか?」、回答「法律上同意の撤回という概念は存在しない」については、内藤弁護士が今号巻頭で明快に述べています。
それ以外のことでもこのQ&Aは、今法改訂の混乱を浮き彫りにするものです。先に今年1月24日厚労省精神・障害保健課長通知「医療保護入院における家族等の同意の運用について」で、厚労省は、「後見人・保佐人がいて入院に反対している場合はその意見は十分に配慮しなければいけない」、「入院者が未成年である場合は原則として親権者である父母双方の同意を要する」としました。Q&Aではこれに言及しつつも、医療保護入院に同意する人の順位はなくなったので、直系血族と兄弟姉妹であれば誰でもよいとしています。前号で紹介した問2-7にいたっては、「未成年者の入院に母は賛成、父は反対している場合、21歳の兄の同意で入院としてよいが、親権者の身上監護権に鑑み父母の判断を尊重されたい」といい、「配慮」「尊重」という語の無意味さが際立っています・・・

 
 以下、全文は、おりふれ通信328号(2014年5・6月合併号)でお読み下さい。
ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

| | トラックバック (0)

「ピア・サポーター」が取り込まれるとき:従順でないことの大切さ

松田 博幸

 あるコミュニティにおいて、知らず知らずのうちに(あるいは、うすうす気づきながら)身についていく共通の考え方、言葉、感じ方、ふるまい方というのがあると思う。私自身、社会福祉のある現場で職員として仕事をしていたとき、ある種の感覚が皮膚を通して浸透してくるように感じていた。そして、そういった感覚を嫌だと感じると同時に、抗いがたいものを感じていた。当時は、そのような感覚をうまく言葉にすることができなかったが、今、その時のことを思い起こして言葉にすると、以下のようになるかと思う。
●相手を枠に入れて、切り離して、見下ろす感覚。
●枠にはまらないと、あるいは、枠にはめないとダメだという強迫的な感覚。

 私が、これまで、セルフヘルプ・グループに参加している人たちとつきあうなかで、また、自分自身がメンバーとしてセルフヘルプ・グループに参加するなかで学んだことの一つは、セルフヘルプ・グループというのは、人がこのような感覚から解放される可能性のある場だということである。かつてあるセルフヘルプ・グループのミーティングにメンバーとして参加し、他のメンバーの語りを聴いていたとき、セルフヘルプ・グループでの聴き方と専門職者による聴き方が決定的に異なるのだということを実感した。私は、最初、語りを聴きながら、その人がなぜそのような行動をとったのか考え始めた。そして、その人の行動を枠に入れて分析し、その理由を探ろうとした。しかし、そのあと、自分がとても場違いなことをしているという感覚にとらわれた。自分は、その人の語りを枠に入れるのではなく、まるごと受け止め、自分自身の体験と重ね合わせ、響きあう部分を探したほうがいいのだと感じた。セルフヘルプ・グループにおいて対等な関係が尊重されるべきであるということはよく言われているが、どちらかが相手を枠に入れた時点で、たとえば、相手を「患者」「クライエント」「精神障害者」「利用者」「支援者」「親」「子ども」「妻」「夫」「研究者」「調査協力者」などとみなした時点で、その枠は、相手のありようを分析したり管理するのに役立つかもしれないが、対等な関係を作る際の邪魔になるのではないかと思う(ちなみに「仲間(ピア)」という言葉が対等な関係を作るのに役立つとすれば、「仲間(ピア)」という言葉がそれらの枠を揺るがす限りにおいてであろう。私にとって、セルフヘルプ・グループは、他のメンバーを、あるいは自分自身を、「・・・として」みずにすむ、ありがたい場であった。
 近年、精神疾患の体験をもつ人たちが「ピア・サポーター」として事業所等に雇用されるようになってきた・・・


 以下、全文は、おりふれ通信328号(2014年5・6月合併号)でお読み下さい。
ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

| | トラックバック (0)