映画『どうすればよかったか』感想
当事者 Y
時間が巻き戻せるならば、私たちは悩んだりはしない。多くの苦悩と後悔を重ねて、ようやく私たちは障害を受容する。この映画には、多くのifが果たされなかったこと、分岐するifの世界を生きることができなかった姿が描かれている。それは、当事者である「姉」であり、また家族と監督の「弟」であった。
統合失調症の幻覚や妄想という症状によって、「姉」は人生の時間を家の中で過ごすことを余儀なくされる。適切な治療と支援によって回復可能であるとされる現在の病の認識から遠く取り残されてしまった家族と当事者の姿は痛ましく、観るものを当惑させ、混乱させずにはいられない。
家族という厚い繭cocoonに、私ならばどうしただろうかと何度も反芻した。そこには、ともに悩み、苦しむ他者の存在が欠けていたと私には思えた。家族が望んだことと「姉」が望んだこと。それは果たして同じものであったのであろうか。希望とは他者から投げられた眼差しによって、そしてその眼差しを投げ返すことによって生まれるものではないだろうか。喪失を描いたこの映画が今を生きる人々の希望へと変わるかどうかは、「姉」の眼差しを私たちがどのように受け止め、眼差し返すのか、ということに賭けられている。
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