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つながりたい・会いたい・伝えたい ~各地の精神医療人権センターが集まり、発信した理由~(前編)

上坂紗絵子(京都府立大学/元大阪精神医療人権センター事務局)

 

 私は2004年から2022年に大阪精神医療人権センターの活動に事務局として携わってきました。入院中の方、退院した方、大阪のセンターで活動を続けてこられた先輩方、新たに活動に参加する方、大阪以外の同じ思いの方、活動を応援する方とのやりとりがありました。どれだけたくさんの方にお世話になり、励まされ、力をいただいていたのだろうと思います。遠距離通勤で育児をしながらでしたが、このつながりが私自身の支えとなっていたことは間違いありません。

 「おりふれ通信」は約20年の読者ですが、このたび、「原稿を寄せてください」とのメールを受け取りました。お世話になってきた東京の方々を思い浮かべると到底断ることはできません。こうやって人と人とのつながりで「おりふれ通信」は続いてきたのだと身をもって知ることができました。原稿のお題は、「日本精神保健福祉士協会全国大会のプレ企画+権利擁護の分科会をどういう流れや思いで呼びかけたか、結果としてどうだったか」です。流れや思いは2つあります。1つ目は「つながりたい&会いたい」、そして2つ目は「伝えたい」です。

<つながりたい&会いたい>

各地のセンターが集まることの意味~同じ思いをもつ人が全国にいることを感じる~

1.築かれてきていたつながり

 各地のセンターのつながりは、私が大阪のセンターに入職した20年前にはすでにできていました。さかのぼると1984年の宇都宮病院事件発覚を契機として各地で精神医療人権センターが設立されましたが、センター間の交流会開催や日本病院・地域精神医学会等で交流をもってきたと聞いています。また、精神保健福祉資料(630調査)の開示請求など、個々の活動についてもメールや電話で情報交換が行われていました。私も他地域でどうなっているのかやセンターごとの工夫などを教えていただいてきました。

2 全国検討チーム(現:ネットワーク会議)の立ち上げ

 そのような中、助成事業の関係で、2019年に大阪のセンターが主催となり、兵庫・神奈川・埼玉のセンターとの共催で各地で面会活動参加者の養成研修を実施しました。研修では、それぞれのセンターの取り組みの紹介とともに、大阪で行ってきた面会活動参加者養成研修の内容も紹介しました。活動を学び合う場となり、またお顔の見える関係にもなり、以前よりもお互いのセンターを身近に感じる機会となりました。この流れで交流がさらに活性化すると思った矢先に起こったのが新型コロナウィルス感染症の流行です。

 精神科病院での面会活動も実施できない、また各地のセンター間の行き来もしづらい状況となりました。そこで、「今、できること」を考えた結果立ち上げられたのが、「全国検討チーム」です。zoomで定期的な集まりを持つようになりました。互いの自己紹介に始まり、活動での悩みなどを出し合う場となりました・・・

<全文は、おりふれ通信437号(2024年10・11月合併号)でお読み下さい。ご購読(年間3,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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精神医療国賠訴訟の第一審判決のご報告

弁護士 長谷川敬祐

 

1 はじめに

 伊藤時男さんを原告とする国家賠償請求訴訟は、2020930日に東京地方裁判所に提訴し、約4年間の審理ののち、2024618日に結審となり、2024101日に第一審判決がなさました。その第一審判決の結果を皆さんに報告させていただきます。

2 第一審判決の概要

 第一審判決では、原告の請求は棄却されました。その理由は、要旨、①原告の入院形態の立証が十分とは言えず、同意入院、医療保護入院、任意入院といったそれぞれの入院形態を前提とする原告の主張は前提を欠く、②原告の入院が長期化した原因は原告側の事情にあり、また、ある時期からは入院が原告自らの意思選択されたものであるから、原告が必要もないのにその意に反して長期入院を強いられたと認めることはできない、というものでした。もう少し詳しく説明します。

 まず、第一審判決を理解する前提として、原告側の主張の要旨を改めて整理します。原告側は、前提事実として、原告の入院形態が当初は同意入院、医療保護入院であり、後日、任意入院に切り替わったもの、入院の長期化によって退院の意欲を奪われ、長期入院を強いられたことを主張しています。そのうえで、①同意入院及び医療保護入院制度は、その目的の合理性、判断能力要件の不明確性、手段が最小限のものではないこと、強制入院の要件の不明確性、適正手続きの不十分さ等から、憲法18条、31条、33条ないしは39条、22条1項、13条、14条に違反すると主張し、さらに、②任意入院制制度も、真の任意性を担保する仕組みがないこと、退院制限規定も存在すること、処遇も制限されるものであること、にもかかわらず審査等が不十分であることから、憲法18条、14条等に違反すると主張しました。また、③いわゆる精神科特例制度についても、適正な医療を受ける権利を侵害するものであり、憲法13条、25条、14条に違反すると主張し、さらに、④それ以外にも、国のこれまでの精神医療政策によって長期入院者の権利侵害状態が生じていることを主張しました。そして、上記①や②の違憲状態が明らかであるにもかかわらず、法律の条文を改廃しなかった国会議員は国家賠償法1条1項の違法の評価を免れないとし、また、上記③の精神科特例の廃止をしなかった厚生大臣等は、医療法の法令における厚生大臣等の裁量権を逸脱したものであり、国家賠償法1条1項の違法の評価を免れないとし、さらに、上記④に関し、国の先行行為によって憲法上の根幹的な人権の重大な侵害が生じているのであるから、厚生大臣等は、これを解消するために、入院中心医療から地域中心医療への政策転換義務、精神病院に対する指導監督義務、入院治療の必要性がないのに入院を強いられている人に対する救済義務を負うにもかかわらず、これを怠ったのであり、国家賠償法1条1項の違法の評価を免れないと主張しました。これらの国会議員や厚生大臣等の義務が履行されれば、原告が早期に退院できたことは、原告の病状や現状等から明らかであるとし、国は原告に対して賠償義務を負うと主張しています。

 これに対して、第一審判決は、前述のとおり、原告の診療録等に入院形態が記載されていないこと等を理由に、同意入院、医療保護入院、任意入院といった入院形態の原告の立証は十分ではないとし、医療保護入院、任意入院の憲法適合性を判断する前提を欠いている旨を判断しました。すなわち、同意入院、医療保護入院、任意入院の違憲性について、これを全く触れずに原告の請求を棄却したことになります。また、第一審判決は、原告の主張を「結局のところ、国会議員又は厚生大臣等の不作為により、必要もないのにその意に反して長期入院を強いられたことをもって、国賠法上の違法と主張しているもの」と解したうえで、次の理由をもってそのような事実は認められないとしました。すなわち、(ⅰ)約40年間のうち、カルテ上における、わずか2回程度の原告が妄想を自認する行為や、1年に1回なぜか(体調が)悪化するといった記載、今年は去年のように急性増悪がないといった記載、1989年と2004年に隔離措置が採られた記載があることをもって、「原告には、統合失調症によるものと考えられる妄想等の症状があり、周期的に病状の悪化と軽快を繰り返し、時に症状の急激な悪化があった事実が認められ、入院の長期化は、こうした原告の症状のためであった可能性がある」とし、さらに「統合失調症などの精神疾患を有する患者については、他の疾患と異なり、その症状・病状による影響で判断能力自体に不調を来すことがあり、患者本人が適切な判断をすることができず、自己の利益を守ることができないと医学的な見地から認められる場合には、本人の利益を守るために、本人の同意がなくても入院が必要になる場合があり得ることは公知の事実」であるから、原告の症状のために入院が長期化したのであれば、それで制度の問題とも精神医療政策の問題であるとも言うことはできないとしました。また、(ⅱ)原告の退院について、カルテ上の記載において家族が消極的な意向を示していることをもって、病院が退院先の調整ができず、退院の手続がとられなかった可能性があるとし、それが原因で入院が長期化したのであるとしたら、それも制度の問題とも精神医療政策の問題ともいえないとしました。さらに、(ⅲ)原告がカルテ上の「退院して働く夢はもう、なくなりました。栄養作業するより、毎日レクやOTをして楽しく暮らそうと思って」等の記述を引用し、原告の入院の選択は、消極的なものであったとしても、原告自身の意思によるものであり、加えて、退院したいとの意向を病院職員に伝えていたものの、退院請求等の救済を求めていないとし、上記(ⅰ)から(ⅲ)のとおり、国会議員又は厚生大臣等の不作為によって、原告が必要もないのにその意に反して長期入院を強いられたと認めることはできない、と判断をしました・・・

<全文は、おりふれ通信437号(2024年10・11月合併号)でお読み下さい。ご購読(年間3,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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精神国賠研と私

根間 あさ子

 幼い頃に辛い入院経験を持つ私は紆余曲折した人生を送ってきたが、60代になってようやく穏やかにのんびりと地域のNPOで精神障害を持つ利用者さんと布小物を扱うB型事業所で楽しく働くことが出来ていた。

 その頃、病棟転換型居住施設というとんでもない施策が打ち出されて、私は人生でやり残しをしていることを思い出した。

 私は長い引きこもりから脱して夜間大学で学びながら働いていた80年代の精神病院で、長期社会的入院者と出会い衝撃を受けた。そしてこの国の精神医療の劣悪さ、精神障害者への偏見と差別に満ちた精神医療の構造に立ち向かう力のない自分に見切りをつけた私は、まずは自分の人生を生きることを選んだ。彼らと出会うまでは自分に当たり前の人生を生きる資格などないと思い込んでいたのだ。いずれ再発したら自分で自分がわからなく前に死ぬと決め込んでいた。しかし精神病院に、20年、30年と閉じ込められている彼らの人間性に触れて、私は、精神障害は人間性を損なう病ではないと知った。その過去の自分を思い出したのだ・・・

<全文は、おりふれ通信437号(2024年10・11月合併号)でお読み下さい。ご購読(年間3,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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