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<追悼>

金松直也医師へ 

 金松医師が1110日になくなったという知らせを受け取りました。

 私が、何の問題意識もなく、食べるために公務員―東京都保健所の精神衛生相談員になったとき、仕事の相棒として東京都立精神衛生センターから派遣されてきたのが、金松医師でした。精神医療・福祉について全く何も知らない新人の私は、金松医師が言ったり、行ったりすることに、いちいち疑問をいだき、質問していました。例えば「この人はてんかんだから・・・」「この人は精神分裂病だから・・・」と言われると、「てんかんだからと言ってどうして?」「精神分裂病だからってどうして?」みたいなことを。そんな私に対して、金松医師は「あなたはおへそが曲がってついている」と言っていました。それが1967年のことです。今は2023年。56年経ちました。

 金松医師は、その後東京都を辞めて、長野県立木曽病院で長らく勤務医をしながら、長野県の地域精神医療に携わっていました。その後も「おりふれ通信」読者として、ずっとお付き合いが続いていました。

 コロナで人付き合いが疎遠になる少し前に、久しぶりに昔の仲間と長野県で飲み会をもち、酔っ払ったのが金松医師に会った最後でした。

金松先生、いろいろありがとうございました。  飯田文子

 

追悼 中田智子さん

おりふれ通信の購読者であり、立川市の精神保健福祉に尽力された中田智子さんが亡くなられました。中田さんは、市内の精神障害者の草分け的な作業所を長く運営されました。作業所の連絡会(立精連)を立ち上げたり、市の自立支援協議会などの委員も務めたりと立川市の精神保健福祉に大きな役割を担い続けた人でした。中田さんの語った作業所運営の理念として印象深いのは「学ぶ、働く、遊ぶ」というもの。それは精神障害者に限らず、社会に生きる人間として大事なことと思われます。また、食の大切さにもこだわっておられました。何より、楽しそうに活動されていた姿、ユーモアあふれる物言いが想い起こされます。大事なものを沢山残してくれた中田さんに感謝です。   山本則昭

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