投稿 患者会・患者自治会の必要性
京都市伏見区善進友の会やすらぎの里作業所 入退院5回
コテコテの躁うつ病 キーさん革命の鬼えばっち 江端一起
やぁやぁ、【おりふれ通信】のみなさま、わたくしは、京都の精神病患者会前進友の会の江端一起と申します。『当事者自治会や患者会の必要性について書いてほしい』とのこと、タイヘン、光栄です、ありがとうございます。長くなるかもしれませんが、たくさん書きたいことがアリマス、、連載に為ると想います、、、お付き合いくださると、、嬉しいです。【おりふれ通信】に書かして頂けるとは、本当にありがたいことです。
まずは、えばっちが知っている限りの、また、実際に交流したことのある患者会をココに羅列的にでもご紹介させてください、六花出版の「精神障害者問題資料集成 戦後編第十巻患者会運動」のアル章を増補改訂したものなんですが、とにかく、ドウしても残して置きたいのです、、全国にコレほどたくさんの、そして特色ある精神病患者会がアッタ事を遺したいのです。地を這うようにアツタことを、宜しくお願いいたします。そして現実の患者会のコトから、えばっちの想う「患者会」「自治会」必要性を書けていけたらと想います。
愛媛松山の【ごかい】言わずと知れた「わしらの街じゃあ」「天上天下病者反撃」のキーサン患者会の親分である。キーサン患者会、地を這う患者会の希望の星であった。解散してしまい、、ツラく哀しい、ショックである。カチコミの時含めて本当に何度も泊まらせてもらって、交流が深かった。ココの食事会は300円食堂と言って、カレーが美味しかったなぁぁー独特のムカシながらの味だった。
京都伏見の我が【前進友の会】1976年に十全会病院を脱走した病者、命からがら退院した患者、アルバイトスタッフだった学生たちで結成した。初期のころは学生部隊の反十全会闘争と多彩なレクに特徴があった。85年に立ち上げ88年に認可された、患者会が設立母体で運営主体である共同作業所も運営している。ウチの食事会も凄いですよ。毎週火曜金曜です。「前進友の会えばっち」と云うフェイスブックに必ずメニュー写真上げています。一度食事会に交流に来てください。
静岡藤枝の【藤枝友の会】地元の精神病院内の患者自治会から発展して地域患者会として作業所に変化も拒否し、徹底して会員の会費だけでたまり場を維持し続けている類まれな患者会である。何度も泊まらせてもらって、よく駅前のカラオケにみんなで行ったなぁぁー、丼ものの駿河親子は絶品だった。もう一度食べたいなぁぁぁーー
神戸の【ニューカトレア会】阪神三人衆と言われたカチコミの親分達が言っていた、山本深雪氏が大阪人権センターだの大精連だのと目立ち始める前は、ここにパラシュートして来て元々から居るような顔して、クスリ飲んでるとこなんかいっこも見たことない、と。一緒によくカチコミをした。前進友の会にイチバン泊まりに来られたのではないかな。懐かしい。
博多の【福岡わらびの会】わらび家と云う作業所を運営している。現在に至っても手書きの会報を発行し続けている凄いトコロである。泊まらしてもらったときにみんなで食べた手作りの博多水炊きはサイコーだった。もう一度食べたいなぁぁぁーー。
東京亀戸の【新松橋亭】(しんまつと親しみを込めて呼んでいた。東京の下町で、「天上天下病者反撃」を読んで感動して作ったのだとのことで、クボタクリニック脱藩組の支援者たちもナカナカの人物で、、悠遊舎、遊歩舎と云う作業所を運営しつつ、しんまつを支える会を構成している。よく泊まらしてもらった。ココの食事会のメニューも凝っていて、美味しかったなぁぁーー。
大阪高槻の【灯会】言わずと知れた精神病患者会の老舗中の老舗、光愛病院から出発し俳句を作り続けている。堺の【ガンバロー会】全国各地にあった精神病院の患者自治会出身の会の1つである。このころは、浅香山病院、岩倉病院、光愛病院、駒ヶ根病院、陽和病院等々の全開放を目指した病院には、もれなく入院患者自治会があったものである。院内で喫茶店などを運営していた。
住吉の【旅立ちグループ】松江の【つぼみ会】【麦の会】山形の【こまくさ会】飯田の【プチノマド】松本の【ひなたぼっこの家】今作業所に為ったのかな、また行ってみたいなぁぁーー。広島の【モスク】南座を惜しむ好き者の会の頭文字をとったそうである。ビックリするよね。【ほいじゃけん】もあったなぁぁぁ。名古屋の【雑草会】病者集団の大野萌子氏のお膝元で、独自にガンバッていたなぁぁーー。スゴい事ダッタ、イロイロアッタだろうと想う。清瀬の【一寸五分の会】ここの会報は毎回すっごく面白いものだった。岡山の【すばる】確か、ドキュメンタリー映画「キチガイの一日」の主人公が居られた会と想う。鹿児島の【わかち会】土佐の【西風の会】牧師さん中心の会だった。北海道の【すみれ会】回復者クラブと自称し始めた最初だと想う。道回連も名乗っていたかも。その後セルフヘルプグルーブだのマインドだのと、イロイロな名乗りがうまれたが、その後どうなったのだろうか。但しココは、セーカツの匂いはとてもしていたと想う。交流してみたいなぁ。東京の【友の会】患者会の元祖かもしれない。伝説化していました。富山の【ルナの会】福井の【らばの会】いや【ろばの会】だったか記憶が定かではない。少し交流がアッタのだが、、、
キリスト教系を前面に打ち出した【心の泉会】各地の教会に集う月一くらいのたまり場をたくさん網羅していたので、考えてみれば、ココこそがある種実質的な全国的連合体だったかもしれない、と想います・・・
<以下、全文は、おりふれ通信418号(2023年1月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>
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