私たちにできることを問い直す① -コロナ禍でのこらーるたいとうの活動-
特定非営利活動法人こらーるたいとう 加藤 真規子
1.はじめに
大型クラスターが多発する精神科病院。「腎不全をおこしている」「排便の処理さえされておらず、何日も下着を変えてもらえなかった」「床ずれがひどく、深い傷跡になっている」患者さんたち。もっと早く気づけばよかったと思う。しかし彼らがいたのは治療の名のもとに成立しているはずの精神科病院だ。
「精神障害者を社会の保安のために入院させているんだ。精神科病院がその役割を果たさないと困るのは警察と保健所だ」と言い放つ日本精神科病院協会会長の山崎学医師。
隔離収容主義のもとに成立する精神科病院は、狭く、閉ざされていて、精神科特例で人的配置も一般科に比べて少ない。コロナ感染症が猛威をふるう条件が揃っている。しかし忘れてはいけない。インフルエンザの流行のときも、この精神科病院の悲惨な状況はあぶりだされていた。「いい精神病院が成立するためには、周縁に悪い精神病院を必要とする」という真実は、宇都宮病院事件(1983年)の当初からいわれていることだ。どうしたら、この犯罪的ともいえる人権侵害を繰り返す精神医療、精神医療行政を変えることができるのか。わたしたち障害者がなすべきこと、自分ができることは何かを問い直したい。
2.こらーるたいとうの活動
こらーるたいとうの活動は精神障害者ピアサポートセンターを中心に、精神科病院訪問活動をして、一人でも良いので退院してもらいたい、仲間としての相談活動やアドボケイト、生活支援を行うことだ。その活動から就労継続支援B型「こらーるカフェ」、「グループホームがじゅまる」を作ることになった。本を自費出版したり、勉強会や集会を開いたり、障害者運動も展開してきた。
こらーるたいとうは障害の種別はさまざまだが、社会的入院をさせられた方々が多い。ほとんどの方々が生活保護を受給し、単身生活を送っている。なかなか声を社会へ届けることができない当事者が声をあげていくこと、それに耳を傾けることは、大切なこらーるたいとうの活動の基盤である。
①H.Mさんの体験
H.Mさんは43歳だ。病気になったのは、24歳の頃だ。恐ろしい妄想や幻覚幻聴があるという。Hさんの夢は薬剤師になることだ。しかし家庭の事情と病気のため、小学校5年生までしか行けなかった。大人になって父親からのDVに耐え切れず、母親と弟とシェルターへ逃げた。そしてやっと新しい生活が始まると思ったら病気になり入退院を繰り返した。こらーるたいとうのグループホームがじゅまるに来るまえのN精神科病院は平気で患者さんを虐待する病院で、Hさんは4年間も入院した。Hさんは夜間中学へ通い、卒業したら医薬品登録販売者の資格をとって薬局薬店で働きたいと思っている。「登録販売者ならば学歴関係なく働ける。身体に無理のないように頑張りたい。母と弟にも幸福になってほしい」。とても難しい専門用語がでるけれど頑張りたいHさんだ。そしてHさんがそれ以上に取り組んでいることが、病気ともっと上手に向き合うことだ。学校へ行ってないだけで馬鹿にされることはとても辛かった。「学歴より人間性だと私は思います」…
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