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1981年4月、僕は20歳だった。

福冨 一郎

 

おりふれ通信が創刊された1981年4月、僕は20歳の大学生だった。前の年の12月にジョン・レノンが死んだのと、伝説のバンドLed Zeppelin が解散したことで、ひとつの時代が終わったような気分に打ちひしがれていた。そんな中、神戸ではポートピアが開幕し、テレビでは矢野顕子の「春先小紅」が流れていた。このころ、精神保健や医療や福祉関係のことは全くと言っていいほど知らなかった。だから代わりに大学生の生活について記しておく。これが平均的な大学生の生活かどうかは知らないが、僕の場合はこうだった。

理学部化学科にいたので、この年の一大事は福井健一博士のノーベル賞受賞だった。学科の教授たちはみんな自分のことを福井博士の友達だと言い出したのが面白かった。学校生活は理系なので実験などあってわりと忙しかったけど、バブルの少し前の時期でもあり、就職はそれほど心配いらなかった。理系は男女とも就職希望者はほぼ100%就職できるという今では考えられないような状況で、就職活動も4年生の夏から始めるのが一般的だった。奨学金も希望者は無利息のものがだいたいもらえたし、社会全体として、今よりも豊かであったように思う。

 大学生の遊びの王道はマージャンとディスコだった。どこの大学にも近くに雀荘があって、授業が休講になると出かけて行った。夜はディスコで少しでもカッコよく見せようとして、服装に工夫していた。少し前にイギリスで流行していたパンクファッションなども取り入れて、シャツに安全ピンをたくさん付けたりしていた。この年のヒット曲は、キム・カーンズの「ベティーデービスの瞳」やブロンディーなどだった。カルチャークラブやデュラン・デュランなどはもう1~2年あとだったと記憶している。もちろん、ライブハウスや大規模なコンサートにも行った。RainbowやQueenなど観に行った記憶がある。コンサートのチケットは大学生でも買えるくらいの料金だったようだ。今だととても高くてチケットが買えなかっただろう。ローリングストーンズはまだ日本に来ることができなかった・・・

<以下、全文は、おりふれ通401号(2021年5月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

 

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減薬について

アーティチョーク(体験者)

 

「できても、できなくてもいい」

という柔軟性は、統合失調症を生きやすくさせてくれる。とりわけ、減薬をするとき、最も大事だったりもする。途中で、無理かな?と感じたら、止めることが大事だからだ。

私の場合、中止するのは、こんなときだ。

٠  目が油をさしたようにあぶらぎってきた

٠  頭の中が、騒がしい。ざわつく

٠  そわそわする。落ちつかない

٠  言葉の意味が、つかみにくい。文章が分かりづらい

٠  不穏感が強くなった

٠  判断力が落ちた気がする

こうしたとき、「減薬は、また今度」、ということにすればいい。リバウンドの増薬とならずにすむ。

 

減薬は、薬を減らすのだから、減らしたぶん、ホッとすることや、心に効く運動を入れていくのがコツだと思う。私の場合は、

 

٠  好きな物を飲み食いする嬉しい時間をもつ

٠  夫に色々な要求をしないようにお願いし、了解してもらう

٠ 休憩を多めにとりながら、好きな畑仕事で汗を流す

 

それと、私の場合、人薬を入れられたのが良かった。わが家に統合失調症の者が3人いたことは、ラッキーだった。息子と娘のことなのだが、お互いが人薬となれたのは、お陰様である。減薬がゆきすぎていれば、率直に教えてくれたから、「確かにな。今回は、ここまでで、ま、いっか」と、止めることができた。

ちょっと思うのは、減薬をする前に、暮らしの中に細やかな充実を見つけておくのがいいということだ。それなりの楽しみが暮らしの中にあれば、減薬は、やり易い。この病気との付き合いも長くなった今、

「あまり、この病気を嫌わんであげてくれ」

という思いがある。嫌うと、折り合いもつきにくく、減薬もしにくいのではないかと思う。

なお、娘の減薬は、畑仕事でなく、散歩、走る、マインドフルネスを使った。躁を持つ娘にとって、走るというのは、なかなか良かった。

 

減薬ができた、断薬ができたからといっても、もっと大切なことがある。

それは、「私」を回復させること。

そして、状態はどうあれ、あなたが、そこにいること、あなたの今がどうあれ、一緒にやってゆくことこそ、もっと大切なこととして考えてゆきたいのです。

息子も、同病である息子の彼女も減薬を考えない人達だが、今が楽しいのだそうで、それもよしだと思ってきた。

減薬は、慎重であるべきです! 

 

<編集部から>

 この文はヒアリング・ヴォイシズ研究会のニュースレター144号からの転載です。同研究会事務局を担われ、おりふれ読者でもある佐藤和喜雄さんが、2019年春おりふれ通信に連載した月崎時央さんの「精神科のお薬の適正使用と回復についていっしょに研究しよう!」シリーズに関連する内容であり、多くの人に読んでほしい良い原稿だからと、目立つことを好まれないアーティチョークさんを説得してくださって転載が実現したものです。

佐藤さん、アーティチョークさん、ありがとうございました。

ヒアリング・ヴォイシズ研究会の連絡先は、岡山県浅口市金光町大谷301-1菩提樹気付 

メールアドレスmbodaiju@mx1.kcv.ne.jp  fax 0865-42-6576

                         

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20年前のこと (体験談)

T.Y.

1.点滴の日にちが切れていること

私が看護婦さんに言うと、「液体の色が変わっていないので平気」それで終わり。

でも1年に1回保健所の監査の時、裏庭の倉庫に運んで入れ、監査が終わるとまた点滴を病院に運んでいた。

 

2.主任看護婦さんに文句を言うと保護室に入れられ、不思議と翌日の朝見ると、体が動けなくなっていて、その日またはその翌日死んで、それで人生が終わり。その人はシンナーで入院。そのときまだ24才。

 

3.重症室で朝の食事の時、パンがのどに詰まり、事務員が私の名前を呼び、掃除機を持ってきて私が口の中に入れてもパンが取れず、そのまま事務員と2人、担架で霊安室に運び、そのとき私が「目がパチパチしてますよ」と言っても話を聞こうともしませんでした。

 

 私が34才の時、生きて社会復帰できたのが不思議です。

そのとき生活保護で入院していたら生きて社会復帰できなかったと思います。

 

<編集部飯田のコメント>

 T.Y.さんが20年前に経験した入院先は、東京青梅市の青梅厚生病院です。私はこの病院を50数年前に訪問したことがあります。この時の印象は、フェンスで囲われた中庭に大きな犬(シェパード?)が我がもの顔で駆け回っていたこと。院内に入ると、100人以上の人が閉じ込められていたわけですから、他の病院では多かれ少なかれ人がいるザワザワした感じがあったのですが、それが全くなし。異様に静かだったことです。

それから50数年たっての2016630日の精神病院統計を見ると、他の病院と比較しても圧倒的に看護者が少なく(精神科特例よりも更に低い「特別入院基本料」を採用)、平均在院日数も3,189日と異常に長い(東京都内精神科病院の平均は217日)。このような病院が未だに残っているのは残念だが、これが現実です。



 

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もう読みましたか?『精神障害のある人の権利Q&A』

齋藤明子(コミュニティサポート研究所)Photo_20211013105701

DPI日本会議と大阪精神医療人権センターが編集し、解放出版社から発行された本である。当然のように障害に対する情報保障は万全だ。まず表紙にテキストデータ引換券付と書いてある。ただこの文章は墨字で書いてあって点字ではない。本を買った誰かが一番最後のページの点線に沿って引換券を切り、小さいので失くさないように密封袋にでも入れて渡してあげないといけない。そうすれば障害の有無や障害種別を超えた連帯が生まれるかもしれない。さらに引換券が印刷されているのは「障害などの理由で印刷媒体による本書のご利用が困難な方へ」というタイトルのページで、営利を目的としない点訳データ、音読データ、拡大写本データなどに複製することを認めている。

 

さて、中身だが、まさにタイトル通りで「はじめに」と「コラム」と「マンガ」を除いて22個の質問(Q)と回答(A)で構成されている。質問は当事者発のいかにも差し迫った叫びのようなもの、「お金に困った時に使える制度にはどのようなものがありますか?」とか、「医療保護入院になりました。親の同伴が無いと外出もできません。退院したいです。どうすればいいですか?」とか「精神科病院に入院中、ベッドに縛られたり、隔離室に閉じ込められたりしました。なぜこんな目にあわなければならないの?」から、「精神科病院では入院中の方の自由や権利は守られていますか?」といった精神科病院の問題点を大所高所から把握しようとするもの、さらには「精神科ユーザーまたは精神障害のある人にとって人権が保障される社会とはどのような社会ですか」という世界人権宣言、障害者権利条約、日本国憲法までを視野に入れた上で、現在、精神障害者が置かれている状況を問い直すものまで広範囲をカバーしている・・・

 

<以下、全文は、おりふれ通401号(2021年5月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

 

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