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静岡県における精神科病院監査結果の開示請求について

心の旅の会 寺澤暢紘

 私達の会は心の病を抱えている人もそうでない人も、精神病や精神病院に関心のある人たちのささやかな会です。定例会では心の病を抱える当事者の、病気、障害による生きにくさや、日ごろの悩みを話し合うことが中心になっています。

 定例会で、会員家族の精神障害当事者が身体拘束を受け、主治医から納得できる説明がないまま、退院になったとの報告がありました。そのことをきっかけに2017年に精神病院アンケートを行いましたが、5病院からの回答(15%)に止まりました。

 そこで、精神科病院が安心して治療が受けられる状況にあるのか、精神科病院監査の公文書開示請求を行いました。精神科病院の不祥事や、病院職員による違法行為は、安心して治療が受けられない精神医療の一面です。誰もが安心して受けられる精神医療であるための、精神科病院監査であってほしいと願うものですが、今回の監査結果の開示状況は納得のいくものではありませんでした。

 2017年実施の「精神病院アンケート」

201710月に行ったアンケートで、9月中の身体拘束の有無を尋ねましたが、5病院の回答はなし又は回答なしでした。また、精神保健福祉法の規定以外での拘束の状態として考えられる項目として、2病院で「異食」を上げていました。

回答のなかった29病院に、電話で回答の協力要請を行いました。その結果の概要は以下の通りです。

1 行政、行政関連以外のアンケート等はすべて辞退します。

2 公的病院として回答を控えさせていただく旨の判断となりましたので、今回は見送らせていただきます。(県立こころの医療センター)

3 公的機関でないので、回答すべきものでないと判断した。(PSW

4 上のものが居なくて分からない。本部に問い合わせ中。事務長不在で分からない。

5  アンケートがいっぱいあるので分からない。分かる者が不在・・・

<以下、全文は、おりふれ通信396号(2020年11/12月合併号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ> 

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障害者ダービー 知的VS精神

馬野 ミキ 

三十代後半、

アルコール中毒の診断を受け、区内の依存症の施設に通っていたことがあった

建物の上から下までアルコール、薬物、ギャンブルその他の依存症の患者がひしめき合い

それぞれの階にてゾンビのようにミーティングやカリキュラムをこなしていた

アルコール中毒者は、アメリカから輸入されたAA(アルコホーリクス・アノマニス)という自助的な手法を取り入れていて、それぞれがアルコールによる失敗談を語り、それを他の参加者たちは批判せずに聞くというものがあって

自分は割とその時間が好きだった

俺たちは毎朝、列を作りそれに並んでシアノマイドを飲んだ

このシアノマイドという薬を飲んでアルコールを入れると、立ってはいられないくらいのダメージが肝臓にくる

自分も何度かチャレンジし、のたうちまわったことがある

 

生まれてきた罰だ

 

この巨大な依存症の施設にはスポーツリクリエーションがあり一通り見学したあと

サッカークラブに入部した

高校を辞めるまで中学から四年間サッカーをしていた

総勢10人弱のメンバーで半分くらいが経験者で

週に何度か室内でストレッチをしたり、日によっては近所の公園に出かけた

ある日、関連する知的障害者施設の練習相手として俺たちは選ばれ

知的障害者と精神障害者による障害者ダービーの日取りが決まった

このフレンドリーマッチの目的はあくまで知的障害者チームの大会に備えたシュミレーションであり

コーチは全力を出さずに戦うように俺たちに指示した

俺たちは「はい!」と返答して

全力を出した

我々、依存症精神障害チームは、華麗なパス回しで知的障害者チームを翻弄し

ゴールを量産した

最初は身振り手振りで本気を出すなと怒っていたコーチもやがてあきらめて静かになった

躁的な状態になっている二人のストライカーに俺はスルーパスを送る

ほとんどのパスは通り

彼らは次々とゴールネットを揺らして帰ってくる

誰も自分たちをコントロールできなかった

 

10分ハーフのミニコートでのこの試合は26-0で幕を閉じ

15得点をたたき出した若者は鼻血を出してグラウンドの真ん中で倒れていた

依存症チームは額の汗をぬぐいシャバの水道水に代わりばんこに口をつけた

知的障害チームの数人はすっかり自信を失ってしょげて

うつむていた

 

俺は悪いことをしたのだろうか

でもだとすれば俺はどこにボールを蹴るべきだったか

 

知的障害チームと依存症チームのコーチは互いに笑いながらしばらく談笑していた

十年後、東京で開催される予定であったオリンピックは中止になった。  

 

 

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投稿「自史1971→2020」

すぎなみ151 森重寿一

19713

神経症発症 病因はSHOCKによる。

19719

福岡県二日市市白藤神経科に入院した。

19726月位

白藤神経科を脱走して強制退院した。

19747

統合失調症発症。

19762

福岡県小郡市蒲池HP入院した。県内で一番クスリが少ないし、白藤神経科は県内で一番クスリが多いからとの父親の意向で同病院に行った。306号室だった。9人部屋。僕が気がついたら同院内の詰所に。つぎに気がついたときBEDにいてそのとき夜8時。僕が夕食食べてないのに気づいた看護師が気を効かして豚骨ラーメンを出前で。28日の夜。寒い中、出前をしたラーメン屋の店員を看護師がねぎらいクスリをのみ寝た。翌日起きたら病気が軽くなったのに気づいたらバンザイしていた。ハイテンションだった。病室の窓から朝もやの中庭が清浄を感じさせる。昼は週に一回か二回中庭でバレーボール。金網で周囲を囲ったグランドでソフトボール。二塁手の僕は長打をみんなもガンガン打ちまくって乱打戦が常だ。同年5月祖母と叔母さんが面会室に。ソフトボール中に看護師に呼び出され祖母が別れ際に僕の胸に顔をうづめて「かわいそう」と涙していた。

黒木という27歳の青年と仲良くなり黒木さんは佐賀大へ向けてラジオ講座のtextを勉強をしていた。僕も朱に交われば赤くなるでラジオ講座のtextで学習した。僕は数学がへたの横好きで受験雑誌「大学への数学」を母親に電話して本屋から購入してもらい同室の京都大学医学部卒で内科医の古賀さんがスラスラ解いていた。ラジオ講座の英語もスラスラ英文和訳していたのには感心した。同年夏院内の別室でスポーツ新聞に1970年に数学のノーベル賞と言われたフィールズ賞を受賞した広中平祐教授が来日したことの記事を読み戦慄したことを記憶している。数学は16歳から63歳の現在まで勉強して思うことは数学の雑誌「数学セミナー」に記載されていたがココロの病に効くと思う。理系人間なら理解できると思うがココロが癒されるんだ。数学とは相性が合うしある種の勉強療法だと思う。僕は勉強が大好きだし数学を感覚的に把握すること。後に福岡工業大学工学部へ入学後。数学は具体例が命。無味乾燥な数学の理論に具体例をあてはめれば美しさを感じること。数学の専門書を頻りにヨムこと。のちに古賀先生に数研のyellowのテキストをまた赤チャートを贈ったこと。こうして僕の青春は精神医療ユーザー体験として終わる。あの19713月の敬虔な恐怖にさいなまれた僕はやがて下関市内の工員となり19868月に退社して東京都世田谷区上北沢の実家に住み松沢HPに通院して198810月すぎなみ151という地域活動支援センターを1996年に仲間と「ヒューマン・クリエイション」設立。

202011月東京都内の当事者会のよこの繋がりの会「ハートピアサポートセンター」の初代代表になる。おりふれの会との繋がりも大切にしたい。ココロの病を治すことで精神革命する。そして、社会変革していく。結局は内なる変革から始まるのだ。

19774

蒲池HP退院おめでとうと仲間たちに言われた。

最高の幸福である。


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詫び寂びおじさんの徒然日記 その12

 辛(しん)に一を足すと幸になります

私達は発展するために生まれてきているわけではありません。幸せになる為にこの地球に生まれてきたのです。人生は短いし、すぐ目の前を過ぎてしまいます。命より高価なものは存在しません。

―10月20日 政界を引退したホセ・ムヒカ元大統領の言葉

 ご無沙汰しました。おじさんです。今日は11月24日です。あと1週間で師走です。空気も乾燥してきました。コロナが心配です。皆様お身体温かくしてお大事になさって下さい。

 さて今年の夏。有名人の自死が相次ぎました。自殺者数が例年よりも増加したのは、明らかにこの影響によるものだと思われます。心が痛みます。

 この自ら命を絶つ行為を、なにかしてはいけない邪悪なことと思い込んでいる人がいます。自死というのは悲しく痛ましい悲劇的な出来事です。第三者が非難めいた口調で語るのは、辛い思いをして亡くなられた人を貶める行為ではなかろうかとおじさんには思われます。おじさんも長い人生、生きてきて「死ぬよりも辛いこと」にも何度か遭遇しました。ほんとに人生、辛いことが多いです。さて、この「辛」という字に一を加えると「幸」になってしまいます。「幸」という文字は「若死にを免れる」を意味する象形文字なんだそうですね・・・

<以下、全文は、おりふれ通信396号(2020年11/12月合併号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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さいたまの630調査情報公開について ~奈良の小林さんからのお便り

編集部から:先月号で、東京、大阪他では全面開示となった2019年630調査が、埼玉県では隔離・拘束数非開示、さいたま市ではでは全面非開示であったことをお知らせしました。これについて、旧マインドならの小林時治さんから以下のような励ましのお便りをいただきました。ありがとうございました。さいたまでは、不服申し立ての準備が進んでいます。またおりふれ紙上で報告してもらいます。

 

埼玉県、さいたま市の情報公開のこと、10月号で拝読しました。

以前にも申し上げたと記憶しますが、京都の運動体が平成9年に京都府に対して630の開示請求をして、10年京都地裁で「精神科の病院は身体拘束など、一般医療とは異なる強力な権限を付与されているのだから、透明性を確保しなければならない。当該法人等の利益を損なう恐れがあるというが、それは受忍の範囲である」との判決が確定しています。京都府は控訴せず、様子見をしていた京都市も開示に応じました。

ずいぶん古い話です。平成10年代に私はこの判決文を「振り回し」て、奈良県や県内の幾つかの市に対して毎年開示請求をし、630だけでなく、審査会委員や手帳の審査をする委員、障害程度認定に当たる委員の氏名など、いろいろ開示を受けて「マインドなら」で紙面化しました。

個人情報とか、「のおそれ」というのは、臆病で自信のない行政のいう決まり文句ですが、「のおそれ」も、具体性がない、牽強付会に過ぎないとしてしりぞけた、情報公開審査会(自治体の)もあります。

訴訟にかかわった弁護士さんは大津市で事務所をお持ちで、いまも地元の障害者運動にかかわっておられるようです。

判決文は、マインドならを廃刊してから地域のスタッフに渡しましたので、いま手元にありませんが。

訴訟までしなくても、情報公開審査会でも最近は常識的な判断をしてくれますし、臆病な行政も審査会のお墨付きがあれば、開示に応じるとおもいます。

私の経験では、行政に対しては媒体(おりふれ通信など)の力をせいぜい活用されたらと思います。

小林時治

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