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630調査埼玉県情報公開審査の経験からその2

編集部から:埼玉県では630調査2017年分の情報公開請求非開示決定に対し、不服申し立て、審査会の開催・口頭意見陳述の後、一部を除き非開示の裁決がされました。東京では口頭意見陳述の場も開かれない可能性大という状況があります。前号村田京子さんの「『情報を守る』ことが『人を守る』ことになるのだろうか」につづいて、同じく意見陳述に参加された星丘さんの体験記を掲載します。

埼玉県の精神医療を考える会  星丘匡史

埼玉県疾病対策課が埼玉県知事上田清司(当時)の名前で、埼玉県情報公開審査会に出した意見書(令和元年6月20日)には、「早い時期に設置された病院には、長期にわたり入院している患者もいるが、近年設置された病院には審査請求代理人が指摘するような長期入院患者は基本的には存在しない。献身的に治療を継続したが入院患者の回復が伴わず、結果的に長期入院になったにもかかわらず、不適切な医療行為が行われているとの可能性を内包して、一般市民に知らせるのは、公平性に欠ける(1)。」とある。

また、『「〇〇症で、X年Y月に医療保護入院になり、現在も入院中の10代の女性である」という情報を、実際に入院に同意した親権者が見れば、自身の子の情報ではないかとの推察が働くことは否定できない(2)。加えて、〇〇症にあたる主診断名が、入院患者の主診断の多くを占めるものでなければ、個人識別まで至る。また、当該情報を身近な者が目にした場合においても、識別まで至る可能性が低いとは言えない。病院への入院や主診断名は、守られるべき個人情報である。その個人情報が、第三者に流出する危険性は、回避すべきである。』とある。

(1)から、埼玉県の精神科病院に対する気の使い方が尋常ではないと感じた。献身的かどうかを判断するのは誰だろう。どの病院を選ぶかは、一般市民が公開された情報をもとに判断することだ・・・

<以下、全文は、おりふれ通信391号(2020年5月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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詫び寂びおじさんの徒然日記 その11

来世におけるあなたの運命は、あなたが現在のシュミレートされた現世で、どうふるまったかによって決められるかもしれない。

 ニック・ボストロム

こんにちは。今日は526日です。東京でも「緊急事態宣言」が解除されましたね。さあこれからどうなるのでしょう。コロナに関しては、おじさんは何を信じてよいのかさっぱり分かりません。今はマスクをしていない人からできるだけ離れる。避ける。これだけは続けようと思っています。ジョギングしている人も怖いです。マスクせず、大きな息をしながら追い越していきます。もしも無症状の感染者だったら、大量の飛沫を浴びる羽目に陥ってしまいます。

もちろん感染している人間が悪いのではなく、悪いのは「ウイルス!」なんですが。

 さてと。世の中驚くようなことばかり起きています。黒川さん。逮捕もされず、懲戒免職にもならず、自己都合退職で退職金5900万円ゲット! おめでとうございます!!

内閣支持率も27%へと落ちてしまいました。ここはひとつ、ぜひ三原じゅん子氏には「恐れ多くも安倍サマを批判するなど許せない!」とツイッターで発信されては如何でしょう?・・・

<以下、全文は、おりふれ通信392号(2020年6月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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大阪精神医療人権センターの活動を聞いて、感じたこと

松本葉子(埼玉県精神医療人権センター)

 2020年2月23日、埼玉会館にて、「大阪精神医療人権センターの活動から~精神科病院に入院中の方の権利擁護活動の拡充に向けて~」というテーマでの公開講座が開催された。

大阪精神医療人権センターは、1984年3月に発覚した栃木県宇都宮病院事件をきっかけに1985年11月に設立された。宇都宮病院事件は、入院中の精神障害者を看護者が金属パイプで殴打するなどした傷害致死事件であった。大阪精神医療人権センターは、この宇都宮病院事件をきっかけに、人権侵害から精神障害者を救済する活動を展開することを目的として、電話・投書による相談をはじめたそうだ。35年の年月で活動の幅は広がり、現在では、三つの活動を柱としているとのことだった。

  • 声をきく。入院中の方のための個別相談活動(手紙、電話及び面会)
  • 扉をひらく。精神科病院への訪問活動。
  • 社会をかえる。精神医療及び精神保健福祉に係る政策提言。 

今回は、その3つの活動のうち、特に面会活動についてのお話をうかがうことができた・・・(中略)

*埼玉県精神医療人権センター

電話相談 電話050-68724361 相談時間 毎週土曜日 13時~16

郵便での相談の場合、〒330-0055 さいたま市浦和区東高砂町111 コムナーレ9階B-23宛に。

Email;saitamaseisin.jinken@gmail.com

フェイスブック;www.facebook.com/saiseiijin/

ホームページ;https://saitamaseisinjinken.jimdofree.com/

 

<全文は、おりふれ通信391号(2020年5月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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柏木診療所が閉院しました

医療法人社団東迅会 山本則昭

 

柏木診療所が2020年3月末を以て39年間の活動を終了しました。東京都地域精神医療業務研究会(代表、藤沢敏雄)が「設立趣意書」(次頁に掲載)を公にして全国から100名近くの支援者の方たちから資金提供をいただき、1981年4月柏木診療所を開きました。当初、地域で支える精神科診療活動の他に精神衛生相談の実施、地域の精神障害者の憩いの場の提供、更には「精神医療110番」の設置、精神医療の情報センターの役割を担うことなど多くの目標を掲げました。また、「精神病院医療に対抗して、診療所のネットワークによる地域にひらかれた精神医療を創造する」という構想も持ちました。しかしその後、当初掲げた目標は診療所としては実現困難なものが多く「せめて良心的な医療、入退院に責任を持つ当たり前の診療所であろうとする」方向にシフトしていきました。1984年には立川に「にしの木診療所」(現「にしの木クリニック」)を開設しました。当初藤沢敏雄の個人診療所という形を取らざるを得ませんでしたが、1990年には医療法人化しました。1995年からは長期入院者の退院促進を眼目としてグループホームを開設しました。柏木診療所閉院後の診療活動はにしの木クリニックのみで行っていくことになります。

まとまった総括は後日になりますが、取り急ぎ診療所活動をご支援いただいた皆様方にご報告しお礼申し上げます。

1980年当時の設立趣意書

1980年代をむかえて、人間が人間らしく住めるための条件が、あらためて問われていると、私達は考えています。技術の際限のない進歩の一方では、環境の破壊と人間の無力化が、するどい矛盾となって私達の前にあるからです。

 価値観が多様化していると言われているにもかかわらず、私達の生活は規格化され、管理社会の機構にがっちりと組み込まれつつあるように想います。健康と不健康は私達人間の生活の中で、わかちがたいものであるにもかかわらず、あたかも、それぞれが無関係であるかのように区別され、切り離されるような動きがあります。

 精神医療の現状も、社会の大きなうごきの中で依然として精神障害者を隔離収容する役割をにないつづけているように見えます。

 精神病院はふえつづけていますし、ふえつづけている精神病院の多くは「精神の病」を癒やすには、あまりにも苛酷で心貧しい考え方で運営されているようです。絶望している人々を、さらに深く絶望におとしいれる収容所であると言っても、言いすぎではないでしょう。

 東京の事情もかわりがありません。

 人口の密集する大都市東京は、孤独の中に絶望する人々を包み込むような有効な手段を多様に準備することがないままにすぎて来ており、不幸にして精神に障害をきたした人々を、精神病院に収容することにだけ力をそそいできていると言ってよいようです。 

 もちろん、そのような大きな流れの中で安易な収容を避け、障害者を生活の場で支えていこうとする努力も、さまざまな人達によってつづけられています。

 私達は、東京の各地に散在する志ある人々と力をあわせて、現状を批判しつつ、ささやかな実践をつづけてきました。実践の中で感じたことを考え、討論し、言葉にする作業をすすめる中で、東京の精神医療の仕組みを少しでも変えられないものかと考えるにいたりました。そして東京都などに対して具体的な提案を行って、その実現をせまる運動を行ってきました。すべての都立総合病院に精神科の外来と病床を設置すること、都立松沢病院を漸次縮小して数ヶ所の小規模病院に分散すること、都立精神科診療所の設置、良心的な民間精神科診療所の有床化の助成、精神病院に関する情報の公開などが、私達の提案の内容でした。

しかし、東京の精神医療をよくする作業は遅々としてすすみません。これは、日本の精神医療が、病床の90%近くを民間精神病院に依存していてその体質が経営の論理と収容主義によって支配されていること、行政当局もそれをよしとして自ら積極的に改革のための努力をしないできたことによるのですが、私達の市民社会が、「精神障害者」の問題を自分達とは関係のないことと、錯覚しようとしているからでもあります。一般市民がそう錯覚しているのは、これまでの精神医学や精神病院が閉鎖的で、すべてを密室の中で営んできたからだと考えます。

 さて、このような状況の中で、私達は志をあらたにして東京の精神医療改革のために、さらに力強い運動と実践をつくりだしていかなければと考えます。

これまでのように、行政当局に具体的な改革をせまる運動を一層広範囲の人々とともに行っていくと同時に、精神医療が開かれたものとなるために必要な情報公開の努力をつづけていくつもりであります。

さらに私達の力を結集するための新しい診療拠点を創ることを決意しました。東京の精神医療の状況を分析した結果、精神科診療所のネットワークによって地域にひらかれた精神医療をめざそうと考えたからです。その第一歩として私達の診療所をまずつくろうと決めました。 

新しく設立する診療所は、次のような特徴をもつことになります。

  1. 精神、神経科の診療を充分に責任をもって行うだけでなく、ひろく精神衛生相談の様々な要請にも対応できるようにする。
  2. 「精神障害者」に対する医療供給が他科に比べて強い時間的制約を受けていることから、いわゆる時間外の診療体制を最大限確保する。
  3. 病床はもたないが、外来に休養室を設置する。これは急性期に一定時間の睡眠とケアで入院にいたるのをくいとめることが可能な場合が多いこと、入院がどうしても必要な場合でも条件のよい病院への入院を可能にするため一時待つ必要があり、そのための場として利用するためである。
  4. 在宅の障害者で孤立無援な人々が多い。また職業生活をこなしていても、孤独で仲間を求めている人々も多い。そのような人々に憩いの場を提供する。
  5. 関連諸機関、施設との密接な協力のもとに、家族・障害者などの支援を行うために、「精神医療110番」を設置する。当面は主として精神医療についての正しい情報、転院、転医などの相談を主体とすることになる。 

診療所を1ヶ所設置するだけでは、広大な東京の精神医療の変革に挑戦するにしてはあまりにもささやかすぎると言えましょう。しかし、私達は既存の良心的精神科診療所、精神病院と連携をとりながら、第一の診療所の発展をはかり、第二、第三の診療所を東京の各地に設置していく計画を立てており、そのための人材の育成もあわせて検討中であります。

 また、私達の診療所を単に精神医療というせまい枠に限定することのないように、教育関係者、福祉関係者、保健衛生関係者、法曹関係者、ジャーナリスト、さまざまな文化活動に従事する人々などとの交流の場として運営していくことを考慮しており、精神医療が「人間の問題」を考える広汎な人々にひらかれたものとなっていくように努力したいと考えます。 

1980年以降の東京の精神医療への私達のささやかな挑戦に対して深いご理解をいただき、ご指導、ご支援をたまわりますようお願い申し上げます。

19809月 東京都地域精神医療業務研究会 代表 藤沢敏雄

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