侘び寂びおじさんの徒然日記 その5
生きることを許されなかった赤ちゃん
あっちら
寒くなりました。風邪は万病の元といいます。マスクが手放せないおじさんです。皆様もお体ご自愛なさってください。
11月に入り、松永正訓医師(小児科医)の読売新聞のコラムが物議を醸しています。
食道閉鎖と口唇口蓋裂(俗に言うミツクチ。差別語です!)の障害を持って生まれてきた赤ちゃんの話です。赤ちゃんの両親が、松永医師の必死の説得を、頑として聞き入れず、手術を拒否した結果、赤ちゃんはミルクを一滴も飲めないまま餓死したそうです。手術がうまくいけば当然助かった命です。口唇口蓋裂の方も、現在の技術をもってすれば目立たないようにすることが可能なはずです。赤ちゃんを、いわば見殺しにした両親には何の法の咎めもないそうです。何よりも生きることを許されなかった赤ちゃんが、おじさんはかわいそうでなりません。
おじさんが考えるに、どうも優性思想(もちろんこれは人間の悪を体現した邪悪な思想ですが)とかいうよりも、日本社会に広くはびこっている「世間」とか「世間体」が影を落としているように思えてなりません。「世間」というものは、言葉を変えれば「社会通念」にほかなりません。いわゆる「常識」というものですよね。どうも長々と理屈っぽくなってごめんなさい。おじさんには、この「常識」というものが、とても厄介なもののように思えます。作家の森巣博(惜しくも日本から逃亡)が、常識とは多数派が持つ「偏見」であると言っています。おじさん、この言葉に諸手を挙げて賛成です。常識は、時として障害を持つ人(おじさんもその1人です)の自尊心をひどく傷つけます。世間に広く深く浸透している「働らかざる者、食うべからず」という常識にとらわれてしまうと、働けない自分がマイナスの存在のように見え、自己肯定感を持てず、不幸な感情に引きずられる日々を送るという悪循環から、人生そのものが萎んでしまうという人が少なくありません。せっかく生まれてきた人生です。これでは寂しすぎます。大変な苦労を背負って生きるということは、とても立派なことなんです。えらそうなことを言うようですが・・・
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