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改めて医療保護入院制度を考える ー最近の東京精神医療人権センターへの相談からー

東京精神医療人権センター 飯田文子


 この一年間に、精神科病院入院中の方からの相談で、センターとして病院へ面会に行ったのが4例あった。この4人の方達に多くの共通点があると気づいたので、それを報告する。

1 入院してから、センターに相談電話をするまでの時間が、比較的短い。(2週間1人、2ヶ月前後2人、2年数ヶ月1人)

2 今回の入院まで、精神科治療歴がほとんど無い。

3 診断名があいまいで、いわゆる統合失調症と診断されている人がいない。(①「(脳の画像を見せられて)年齢の割に脳が萎縮しているから統合失調症を発症するかもしれない」と保護者が説明された。②「入院中見る限りでは症状は無いが、同意者が訴えているような症状からは統合失調症疑が疑われ、今後顕在化するかもしれない。必ず治療、服薬継続する必要がある」と本人とセンター相談員に主治医が説明。③拒食症 ④不明)

4 比較的年齢が若い。(20代2人、40代1人、50代1人)

5 医療保護入院という強制入院の必要性が感じられない。

6 人権センターとの面会後約1週間で、3人が退院している。

 これまでの経験では、人権センターに「退院したい」と相談してくる人は、精神科治療歴も入院期間も長く、年齢も割合に高い場合が多かった。また退院に至った人も、そこに至るまでには多くの時間と手間がかかった。それがここに来て何故?と考えてみた・・・・

 以下、全文は、おりふれ通信364号(2017年12月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201おりふれの会へ

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「日本のMattの町をどうする!」参加報告

佐藤 朝子


10月9日、虎の門ニッショーホールでのイベントに参加してきました。午前中は大熊一夫さんが作られた映画上映、午後からはシンポジウムが行われました。

 映画は“精神病院のない社会”というタイトルのドキュメンタリー映画です。夫により警察官通報され、患者本人はろくに話も聞いてもらえずに、夫と警察官の話だけで措置入院させれた患者のインタビューから始まりました。小さい子供がいるから早く退院したいと医師に話しても「ゆっくりしていってください」と言われ、徐々に本心を言ってはいけないんだと悟ります。本当は夫のDVによるトラブルが精神科病院への入院になってしまったらしいのですが、退院後の方がフラッシュバックのように入院生活を思い出し体調が悪くなっているそうです。

 イタリアでは1999年に県立精神病院をすべて閉鎖しました。2017年には国立司法精神病院も閉鎖し、約12万人の患者が地域に退院していかれたそうです。そのことは“むかしMattoの町があった”という映画になりました。精神科医であるフランコ・バザーリアが奮闘し、バザーリア法と呼ばれる法律が制定され、精神科病院を開放化するまでの失敗と成功が描かれています。現在のイタリアは私立精神科病院の5,000床と各州に散った数百人の保安施設があるだけとお聞きしました。それに比べて日本はどうでしょうか・・・・

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侘び寂びおじさんの徒然日記 その5

生きることを許されなかった赤ちゃん    

あっちら

 寒くなりました。風邪は万病の元といいます。マスクが手放せないおじさんです。皆様もお体ご自愛なさってください。

 11月に入り、松永正訓医師(小児科医)の読売新聞のコラムが物議を醸しています。
 食道閉鎖と口唇口蓋裂(俗に言うミツクチ。差別語です!)の障害を持って生まれてきた赤ちゃんの話です。赤ちゃんの両親が、松永医師の必死の説得を、頑として聞き入れず、手術を拒否した結果、赤ちゃんはミルクを一滴も飲めないまま餓死したそうです。手術がうまくいけば当然助かった命です。口唇口蓋裂の方も、現在の技術をもってすれば目立たないようにすることが可能なはずです。赤ちゃんを、いわば見殺しにした両親には何の法の咎めもないそうです。何よりも生きることを許されなかった赤ちゃんが、おじさんはかわいそうでなりません。

 おじさんが考えるに、どうも優性思想(もちろんこれは人間の悪を体現した邪悪な思想ですが)とかいうよりも、日本社会に広くはびこっている「世間」とか「世間体」が影を落としているように思えてなりません。「世間」というものは、言葉を変えれば「社会通念」にほかなりません。いわゆる「常識」というものですよね。どうも長々と理屈っぽくなってごめんなさい。おじさんには、この「常識」というものが、とても厄介なもののように思えます。作家の森巣博(惜しくも日本から逃亡)が、常識とは多数派が持つ「偏見」であると言っています。おじさん、この言葉に諸手を挙げて賛成です。常識は、時として障害を持つ人(おじさんもその1人です)の自尊心をひどく傷つけます。世間に広く深く浸透している「働らかざる者、食うべからず」という常識にとらわれてしまうと、働けない自分がマイナスの存在のように見え、自己肯定感を持てず、不幸な感情に引きずられる日々を送るという悪循環から、人生そのものが萎んでしまうという人が少なくありません。せっかく生まれてきた人生です。これでは寂しすぎます。大変な苦労を背負って生きるということは、とても立派なことなんです。えらそうなことを言うようですが・・・


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