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投稿 「におい」という言葉から見た日本文化論

丘 俊夫


 吉本隆明『匂いを讀む』によると、日本人は「匂い」に敏感であり、匂いについて病的に過敏なと言っていいくらい、微妙な香り、色合い、光の有様を感じ取っている、と述べている。そして『源氏物語』『万葉集』を取り上げて嗅覚の匂いだけではなく、色彩、色合い、雰囲気なども「にほい」という言葉で表現されていると述べている。

  「匂い」とはそのものから漂い嗅覚を刺激するものであり、「臭い」とは「不快なくさみ、悪臭」である。「臭い」は「におい」という読みだけではなく、「くさい」とも読む。空気中に漂う「におい」は古来より日本文化を形成する一要素であり、特に公家社会では重きが置かれていた。しかし現代日本社会でも、空間に漂う「匂い」「空気」は人を分断し、差別化することにおいて大きな役割を果たしている。

 1980年代、日本が高度経済成長を続けているとき、あるテレビ番組で異性に好意を持てるか否かの判断を下すときに「匂い」が重要になっていると指摘した番組があった。経済成長を続けると美容品を製造する化学産業も発展するという背景もあるのだろうが、「体臭」も異性には嗅がれているのかと焦りにも近い気持ちを持ったものだった。昨年のNHK紅白歌合戦では『シン・ゴジラ』を再現させ、ゴジラが渋谷を襲うという設定になっていたが、男性司会者が「臭い、臭いですねえ」と絶叫していたことは今でもよく覚えている。「匂い」とは差別の道具になりうる。それは中学生のいじめでもよくあるように「こいつ、臭い」ということでいじめられ集団から疎外された人を、私は知っている・・・


 以下、全文は、おりふれ通信362号(2017年10月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201おりふれの会へ


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