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投稿 「におい」という言葉から見た日本文化論

丘 俊夫


 吉本隆明『匂いを讀む』によると、日本人は「匂い」に敏感であり、匂いについて病的に過敏なと言っていいくらい、微妙な香り、色合い、光の有様を感じ取っている、と述べている。そして『源氏物語』『万葉集』を取り上げて嗅覚の匂いだけではなく、色彩、色合い、雰囲気なども「にほい」という言葉で表現されていると述べている。

  「匂い」とはそのものから漂い嗅覚を刺激するものであり、「臭い」とは「不快なくさみ、悪臭」である。「臭い」は「におい」という読みだけではなく、「くさい」とも読む。空気中に漂う「におい」は古来より日本文化を形成する一要素であり、特に公家社会では重きが置かれていた。しかし現代日本社会でも、空間に漂う「匂い」「空気」は人を分断し、差別化することにおいて大きな役割を果たしている。

 1980年代、日本が高度経済成長を続けているとき、あるテレビ番組で異性に好意を持てるか否かの判断を下すときに「匂い」が重要になっていると指摘した番組があった。経済成長を続けると美容品を製造する化学産業も発展するという背景もあるのだろうが、「体臭」も異性には嗅がれているのかと焦りにも近い気持ちを持ったものだった。昨年のNHK紅白歌合戦では『シン・ゴジラ』を再現させ、ゴジラが渋谷を襲うという設定になっていたが、男性司会者が「臭い、臭いですねえ」と絶叫していたことは今でもよく覚えている。「匂い」とは差別の道具になりうる。それは中学生のいじめでもよくあるように「こいつ、臭い」ということでいじめられ集団から疎外された人を、私は知っている・・・


 以下、全文は、おりふれ通信362号(2017年10月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201おりふれの会へ


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精神障害の娘の転院決定までを振り返って!(前編)

娘の母

1)はじめに
娘は、20才で統合失調症を発症し、今年8月38才の誕生日を迎えた。この春東京N区福祉事務所から転院許可が出て、5月には東京のA病院から関西のB病院へ、私の住む近くの病院へ念願の転入院となり、新たな生活がスタートした。
 
 ここに辿り着くまでには様々な困難があり、到底親の私一人の力では成し遂げられなかった。関西B病院PSWの山田さん(仮名)さん、東京精神医療人権センターの皆さんA病院PSWの田中さん(仮名)らの協力、応援がなければ、今尚家族離れ離れの生活が続いていたかと思う。
昨年3月からの一年間は、固い生活保護行政の壁に少しづつ風穴を開けていく日々だったと、今思い出しても胸が熱くなる。応援して下さった皆様と出会う前から抱えていた問題を、振り返って整理してみようと思う。

2)2011年春、N区より東京都郊外への転院を迫られる! 
 娘は、20代でN区の二つの病院で入退院を繰り返し、最後はC病院に7年間入院したままで、すでに30代を迎えようとしていた。長期入院患者として、都郊外への転院勧告を受けてしまった時の、不安と絶望感は今も忘れられない。

 娘は精神障害1級で、障害基礎年金と生保を受けて長く入院生活を続けていたため、N区には転入院できる病院がなく、不便な遠方、郊外にしか候補がないとのこと。つまり、今までお世話になっていた区内のCとD病院の二つは、どちらも“スーパー救急・急性期対応病院”に変わる為、長期入院者を置いておけないとのことであった・・・


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ブラトモコ@十和田湖

佐藤 朝子

 今回の夏休みは法事のため田舎に帰省しました。私の田舎は青森県十和田市です。十和田市はJRが通っていないので、いつも飛行機で三沢空港へ飛び、そこからレンタカーで30分運転して十和田市に行くという具合です。

 さて、私には姉が一人いますが、この姉がなかなかのおとぼけで法事前日になってから「明日、何を着ていけばいいの?」とか「法事は何時からだっけ?」と確認のメールをよこす強者です。そんな姉と法事の後で初めて二人で十和田湖の温泉に泊まりに行きました。泊まる宿はあの有名な星野リゾートグループ、奥入瀬渓流ホテルです。私の運転で出発です。道中の公園や銭湯(銭湯と言っても温泉です。日帰り温泉が増えました)が変わったことなどを話題にしながらドライブしました。

 十和田市郊外に出るとまもなく奥入瀬川の下流が見え始めます。観光シーズンではないので道路はとてもすいていました。姉から景色を見たいのでスピードを落とすように言われ、制限速度40km/hの道路を30km/hのスピードでノロノロと走り十和田湖入口に向かいました・・・


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