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福島に行って想っていること

浜野徹二(元浜野クリニック・精神科医)

 昨年の4月から、多くの人々の支援によって福島県相馬市のクリニックに毎週2泊3日で通わせてもらっています。想うことは多々ありますが、いくつか羅列してみます。
 
 3.11は、津波による大惨事とそれと同時に人災である福島原発の事故とが重なったものです。何万人もの方が津波で亡くなられています。身内や知人を亡くされた方々は、その人を偲びつつ、少しずつ前進して「復興」へと向かわれている面もうかがえます。他方、福島の原発(そもそも福島の原発も柏崎の原発も、東京のために電気を送り、それは私達が消費している電力です。)に対しては、安倍政権や東京電力等により、無責任なまま問題は収束してきたものとして被災者の方々は忘れさられ、棄民として見捨てられてしまっています。

 今春の強制帰還や住宅手当の打ち切りがあり、東電よりの賠償も打ち切られ、あの黒いビニール袋のある土地での生活を強いられています。東電の新社長は、どこが現在帰宅困難とされているのか知らず、また会長は、汚染水は当然海に垂れ流すと言っています。東電や安倍政権がいかに被災者の方々をないがしろにしているのかが、如実にあらわれています。解決済みのこととして葬り去られています。政府や東電等への怒りや憤りは強まる一方です。
この一年半の間のできごとで、私が強い衝撃を受けたのは、広野町の高野病院の院長さんの焼死・憤死です。3.11以後、原発の近くで唯一精神科病院として医療を継続されていました。スタッフ、家族、入通院されている方達の支えはあっても、全く孤立無援の中で闘われた方です。院長が亡くなられて(享年81歳)、はじめて県も姿勢を変えてきています。この国では誰かが犠牲になって亡くならない限り、国も県も全く動きません。4月以降長野県から院長が就任し、いろいろと努力されていると思います。

 相馬市には、3.11以前は精神科病院も精神科クリニックもありませんでした。公立相馬病院に臨時外来をつくり、全国からのボランティアで診療をはじめ、それを引き継ぐ形で翌年の1月からメンタルクリニックなごみを開設して、現在に至っています。当然のことですが、スタッフの多くも被災者です・・・・


 以下、全文は、おりふれ通信361号(2017年8・9月合併号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

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