« 2016年2月 | トップページ | 2016年4月 »

今求められる「権利擁護者」とは何か

弁護士 姜 文江

 2016年1月23日、日本弁護士連合会は「精神保健福祉法の改正に向けて ~権利擁護者について考える」と題するシンポジウムを行い、私はこの中のパネルディスカッションのコーディネーターを務め、事前質問や打ち合わせも行いました。今回は、この準備段階から当日までに聞いて考えた、私の個人的な「権利擁護者」についての意見を書かせていただきます。

 権利擁護制度を巡っては、様々な案や研究が聞かれますが、私には「本当に入院している患者さんにとってそれが最優先で作られるべき制度なのだろうか?」と思われるものばかりでした。そこで、今回、外部のパネリストの方に「入院している患者さんにとって権利擁護が必要な場面とはどういうときか」ということを事前に質問しました。その結果を私なりにまとめると、こうなります。
① 不安な時、話を聞いてくれる人がいないとき、これは時期的に、
 ①-1:納得できない入院をさせられた直後
 ①-2:その後の不安や疑問が生じたとき、  に分かれます。
② 暴行など虐待が発生しても放っておかれるとき
③ 退院したくても支援してくれる人がいないとき
④ 隔離処遇され不安なとき、病院と交渉する人がいないとき

 弁護士の目から見ると、②はそもそもあってはならないことであって、外部の人が自由に出入りできれば防げることです(少なくとも弁護士が出入りできれば虐待の相談を受けられます。)。そしてこれは障害者虐待防止法の対象に病院が含まれていないことと関係しますので、精神保健福祉法の権利擁護者制度の議論からは分けておくこととします・・・

 以下、全文は、おりふれ通信348号(2016年3月号)でお読み下さい。
ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

| | トラックバック (0)

イタリア・トリエステへ行ってきました

訪問看護ステーション卵 中嶋 康子

~はじめに~
 昨年9月に全国訪問看護事業協会主催の「イタリア・トリエステの地域精神医療システム視察の旅」に行く機会があった。イタリアはご存知の方も多いと思うが、1978年に180号法(バザーリア法)が成立し精神病院を新しく作ることを禁止し、すでにある病院にも入院させることを禁止し、1980年以降は再入院も禁止した。この180号法の成立を強力に推し進めたのが精神科医のフランコ・バザーリアであり、バザーリアが最初に病院を開放化し生活協同組合を作って入院者を正規の労働者として遇したのが、トリエステの県立病院である。
 今から25年前、日本でもトリエステの実践が紹介され私もぜひ研修に行きたいと希望したが、イタリア語が話せないとダメと言われ残念に思いつつ他へ行ったという経験があった。その後、トリエステは気にはなっていたが情報も多くはなくいつしか遠い所となっていた。それが、訪問看護を初めて10年目に今回の機会を与えられて驚きとともに、想いは出会いを連れてきてくれるという気持ちを強くした。

~スケジュール~
 今回の研修のスケジュールは以下のとおりである。
1日目午前:トリエステ精神保健局本部棟
全体の説明・リハビリ(就労)と住居サービス
   午後:精神科診断治療サービス SPDC(市内病院内)
2日目午前:ドミオ精神保健センター(CSM)
   午後:ラジオ局
3日目午前:アウリジーナ・デイセンター
   午後:精神保健局本部棟:最後の質疑・・・・

 以下、全文は、おりふれ通信348号(2016年3月号)でお読み下さい。
ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

| | トラックバック (0)

こんこんさんの兵隊~戦後70年に想う

どさんこ

 日本敗戦の翌年「息子さんは生きていますよ」と、私の祖父母の家に一人の兵隊服の男が現れた。私の父は昭和20年の6月沖縄で戦死、北海道の小さな村で葬儀は済んでいたのだ。家族は初め信じられなかった。だが、父の戦友と名乗るその兵隊は、父のことも、私たち家族のことも、実によく知っていた。玄関に集まった大人たちに混じっている私の頭をなで、語りかけた。「ああU子ちゃんだね、お父さんはU子ちゃんの写真を持っていたよ。間もなく帰ってくるよ」と。疑っていた家族もついにこの兵隊の言葉を信じたのである。そして「息子は(夫は)(兄は)生きていたんだ!」と、家族全員、舞い上がって喜んだ。

 兵隊の来訪は、上官の命令で、体調を崩している私の父の衣類その他を受け取り、急ぎ戻らなくてはならない、というものであった。だが家族は、「せめて一晩、身体を休めて戻ってください」と、その男の手取り足取りして部屋に上げ、泊めた。そして祖父は「息子(九州まで来ているという)のところへ連れて行ってほしい」と懇願したが、軍の規則だからと断られた。また男はこうも語った。「私の妻子はこんこんさん(占い)をして、私の帰りを待っていた」と。大人たちが浮足立っている間、私はその男のあぐらの中に置かれていた。翌日、祖父の差し出す礼金を男は受け取らなかった。祖父はゆっくりと走り出した汽車の窓からその包みを投げ込んだ。

 それから1週間ほどが過ぎ、「詐欺ではなかったか・・・役場で聞いたら他の町でも同じようなことがあったらしい」と、叔父が疑いだした・・

 以下、全文は、おりふれ通信348号(2016年3月号)でお読み下さい。
ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

| | トラックバック (0)

« 2016年2月 | トップページ | 2016年4月 »