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こんこんさんの兵隊~戦後70年に想う

どさんこ

 日本敗戦の翌年「息子さんは生きていますよ」と、私の祖父母の家に一人の兵隊服の男が現れた。私の父は昭和20年の6月沖縄で戦死、北海道の小さな村で葬儀は済んでいたのだ。家族は初め信じられなかった。だが、父の戦友と名乗るその兵隊は、父のことも、私たち家族のことも、実によく知っていた。玄関に集まった大人たちに混じっている私の頭をなで、語りかけた。「ああU子ちゃんだね、お父さんはU子ちゃんの写真を持っていたよ。間もなく帰ってくるよ」と。疑っていた家族もついにこの兵隊の言葉を信じたのである。そして「息子は(夫は)(兄は)生きていたんだ!」と、家族全員、舞い上がって喜んだ。

 兵隊の来訪は、上官の命令で、体調を崩している私の父の衣類その他を受け取り、急ぎ戻らなくてはならない、というものであった。だが家族は、「せめて一晩、身体を休めて戻ってください」と、その男の手取り足取りして部屋に上げ、泊めた。そして祖父は「息子(九州まで来ているという)のところへ連れて行ってほしい」と懇願したが、軍の規則だからと断られた。また男はこうも語った。「私の妻子はこんこんさん(占い)をして、私の帰りを待っていた」と。大人たちが浮足立っている間、私はその男のあぐらの中に置かれていた。翌日、祖父の差し出す礼金を男は受け取らなかった。祖父はゆっくりと走り出した汽車の窓からその包みを投げ込んだ。

 それから1週間ほどが過ぎ、「詐欺ではなかったか・・・役場で聞いたら他の町でも同じようなことがあったらしい」と、叔父が疑いだした・・

 以下、全文は、おりふれ通信348号(2016年3月号)でお読み下さい。
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