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精神科医療ユーザーとして、精神保健福祉士として ~これまで、そして、これから~(前編)

 私が精神保健福祉士の存在を知ったのは、6年間在籍した大学の卒業が決まってその先のことを考えている時だった。何年も精神科に通院していたが、ワーカーに出会ったことはなかった。正確に言うと、関わってもらったことがなかった。インターネットで資格を検索していて偶然見つけたのが精神保健福祉士だった。自分の病気のことも制度のことも、地元で情報を得るのは大変だった。そこで、専門の勉強をしたら何かわかるのではないかと思って通信教育科の精神保健福祉士養成課程に進んだ。

 その進学先の大学で、私は今も信頼して連絡を取っている先生に出会った。私の暮らしている県では自分のことは隠さなければならず、精神科医療にも疑問を感じていることがあった。家族や主治医の反対があったので最初は病気ではないと大学に嘘をつくしかなかったけれど、私の病気のことに先生が気付いて声をかけてくれて、徐々に自分のことを話せるようになった。そして、長い間、どんなに辛くて苦しいときも一人で抱えて一人で耐えて、一人で声を押し殺して泣いて一人で我慢してきた私には、「東京とあなたの住んでいる県は離れているけれど一緒に頑張っていきましょう」と声をかけ続けてくれる先生の存在が心強かった。在学中は、スクーリングで体調を崩したり、試験中にフラッシュバックを起こして薬を飲んで寝てしまったり、先生方には本当に迷惑をかけてしまった。私がどんな状態になっても、先生は励ましてくれて否定せずに話を聞いてくれて一緒に考えてくれた。私の強みを指摘してもらえる初めての経験は、本当に新鮮で、嬉しかった。だから、私も精神保健福祉士の資格を取って、専門職として仕事をしたいと思うようになった・・・

 以下、全文は、おりふれ通信307号(2012年6月号)でお読み下さい。
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