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浜田 晋先生を悼む

東京地業研 飯田文子

 昨年末12月20日に浜田晋先生が亡くなられたと聞き、突然のことで驚きました。昨年9月病に伏されたということでした。浜田先生と最後にお会いしたのは、一昨年5月の「藤澤敏雄先生とのお別れの会」。そのときには、昔より恰幅もよくなられ、お元気でした。久しぶりの再会で、「先生は元気ですね」と話した覚えがあります。

 初めて先生と出会ったのは、私が東京都の保健所で精神衛生相談員をやっていた40年前です。浜田先生の著書「私の精神分裂病論」を拝見すると、その頃先生は、病院の医師から地域の医師になる過渡期でした。都の精神衛生センターの医師として、地域で生活している患者さんへの訪問は、毎日新たな驚きと発見であるとともに、大変な疲労と挫折感の連続だったようです。その中で医師の役割は、保健所の役割は・・・と、疑問や不安を持ちつつ考えられたようです。その結果が下町での診療所開設、その後の診療活動でした・・・

 以下全文は、おりふれ通信294号(2011年1・2月号)でお読み下さい。
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