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追悼 池辺進さん

大石正文

 突然逝った池辺進さん
 君という親友を失って、僕はこれからどうしていけばいいのでしょうか。
 君は生活を共にする、僕の無二の親友でした。もう君の顔を見ることもなくなった、もう君からの電話もないと思うと、限りない寂しさが僕をおそいます。

 君との思いでのひとつは、旅行です。一緒に金沢に行きましたネ。さらに沖縄旅行は、ひとつのエポックでした。あの飛行機搭乗拒否事件ー。あれで日弁連が動いたことにより精神障害者の権利に関する問題の深まりが見られました・・・

岡本省三
 故池辺進氏は、私が生涯決して忘れることのないであろうほどの、強烈な印象を残してこの世を去られたお方である。
 今はただこれだけを記し、ここでは氏に由縁の2枚の写真を読者に紹介して、以て私の晩年の氏への不義理へのつぐないとしたいと思うのである。
Ikebe
落ち着き払った表情の池辺氏の右隣で至極リラックスのご様子の大柄なお方は、池辺氏の献身的な「支援者」であり、また池辺氏とすっかり意気投合しておられた熊谷憲之氏。30余年以前から今に至るまで、夫人であられる川上敦子氏とともに山谷・釜ヶ崎etcのドヤ街などで大活躍してこられ、'84年山谷闘争のさなか、集会に現れた池辺氏を知って以来、ことに氏の最晩年を全力で支えた力持ちの快男児であられる・・・


以下全文は、おりふれ通信294号(2011年1・2月号)でお読み下さい。
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浜田 晋先生を悼む

東京地業研 飯田文子

 昨年末12月20日に浜田晋先生が亡くなられたと聞き、突然のことで驚きました。昨年9月病に伏されたということでした。浜田先生と最後にお会いしたのは、一昨年5月の「藤澤敏雄先生とのお別れの会」。そのときには、昔より恰幅もよくなられ、お元気でした。久しぶりの再会で、「先生は元気ですね」と話した覚えがあります。

 初めて先生と出会ったのは、私が東京都の保健所で精神衛生相談員をやっていた40年前です。浜田先生の著書「私の精神分裂病論」を拝見すると、その頃先生は、病院の医師から地域の医師になる過渡期でした。都の精神衛生センターの医師として、地域で生活している患者さんへの訪問は、毎日新たな驚きと発見であるとともに、大変な疲労と挫折感の連続だったようです。その中で医師の役割は、保健所の役割は・・・と、疑問や不安を持ちつつ考えられたようです。その結果が下町での診療所開設、その後の診療活動でした・・・

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