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ADAの制定と権利条約、そして20年後のシンポジウム

コミュニティサポート研究所 齋藤明子

「受けた差別を条文にして禁止した」法律=ADA
 ADAはアメリカの障害者差別禁止法(1990年7月発布)であるが、私は1991年6月に現代書館からこの法律の訳本を出版した時『アメリカ障害者法』というタイトルをつけた。内容は差別を禁止する法律だが、私はタイトルに、アメリカの障害者が一丸となって勝ち取った法律という意味を持たせたかった。ADA以降さまざまな国で同様の法律ができたが、何もないところから「くやしかった体験」「人間として扱われなかった出来事」「障害があるというだけで別扱いされたときに感じた疑問」などを出し合って1条1条書いていったのは、ADAが初めてだと思う*。例えば第1章雇用の102項は「事業体は、求人手続き、従業員の採用や昇進、解雇、報酬、訓練、およびその他の雇用条件および従業員の特典に関して障害ゆえに差別してはならない」と書かれている。だれでも雇用、解雇、報酬は思いつくだろう。しかし知的障害のある社員が会社主催の社員パーティーに招かれなかったら「差別だ!」と言える法律(従業員の特典)を作れたのは、パーティーの翌日、他の社員が楽しそうに昨日の話題で盛り上がっているのを横目で見ていた「人間の思い」が条文に取り入れられているからである。
 私は法律に全く疎い。しかし、自立生活運動を通じて友人となったアメリカの障害者から、ADAを作る過程で(1980年代後半)、「この条文は、こういう差別をやめさせるためだ!」と説明を受け、「明日一緒にデモしよう」と誘われた人間として、彼らの熱気に絡めとられるようにしてADA制定後すぐに、現代書館からの後押しもあり、日本語訳を出版した。
 自立生活センターといい、ADAといい、アメリカの障害者はノーベル賞級の社会哲学やシステムを生み出してきた。私はこの世に存在しなかったものが発明され、世に出るのを見るのが好きだ。既に存在するものがどうなるかにはそれほど興味がない。で、ADAについてはその後、ごぶさたしていた。

*1973年成立のアメリカのリハビリテーション法504項に「障害にもとづく差別を禁止する」という規定があるが、
具体的な禁止事項は書かれていない。

ADAと権利条約
 2010年ADAは20周年を迎えた。その間、国連では『障害者権利条約』が成立し、差別禁止法はグローバルなものとなった。『権利条約』が障害者の生活のあらゆる部分をカバーしているのに比べ、ADAは仕事、交通、商業行為、コミュニケーションにおける差別禁止と前記の分野におけるバリアフリーである。教育や住宅、航空交通、福祉サービス、選挙等については別の法律がある。『権利条約』が成立してからは、アメリカの国内事情が強く反映されているADAは影が薄くなった・・・


 以下全文は、おりふれ通信293号(2010年12月号)でお読み下さい。
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