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DVと共依存(前編)

坂本葉子

 私がこの文章を書こうと思ったのは、おりふれ282号2009年10月号の記事「日本にもあったらいいな。多彩なカナダの精神障害者向け事業」の中の一文「DVの夫との共依存のためかかわることになった警察や裁判所」という箇所に違和感を感じたことがきっかけだ。その記事のテーマとはかけはなれたことだし、たぶん、インタビューの中で、実際に彼女が「共依存」という言葉を使ったのだと思う。だから、記事全体にどうこういうつもりは、別にない。でも、考えてみてほしい。「共依存のため」、警察や裁判所にかかわることになる、なんてことがあるだろうか。「共依存」自体は、警察や裁判所とは無関係のものだ。「DVの夫からの暴力のため」、かかわることになった、と書いたほうが正しいのではないだろうか。「共依存のため」と書いてしまうと、警察や裁判所が関与するほどであった元夫の暴力も、まるで、彼女自身のもつ共依存の病理が原因のような、そして、元夫自身がもつべき暴力の責任が、彼女にあるかのような印象になりかねない。

 普通なら読み飛ばしてしまうかもしれないような(現に、おりふれ編集部も疑問にもたなかったのだろう)細かい表現にひっかかってしまったのは、私自身が、かつてDV被害当事者であり、また、現在は、援助職としてDV被害者に関わることも多い、ということからくるのだと思う・・・


 全文は、おりふれ通信285号(2010年1月号)でお読み下さい。
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