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基幹型地域生活支援センター“ゆう”の施設見学を終えて

溝口雅子

 東京にクライシス・センターをつくりたいと考えている仲間で、8月17日“ゆう”の施設見学を行った。2008年秋、岡山市で開催された日本病院・地域精神医学会で“ゆう”の活動がパネル展示や分科会で発表されるとユニークな活動として全国的に大きな評価と関心が寄せられ、以後多くの方々が施設見学に訪れているとのことだった。私たちも似たような経過で、今回の施設見学となったのである。
 施設見学の前に、“ゆう”が岡山の地域精神医療のシステムの中でどのように成り立っているのか、利用状況、経営基盤等、8項目について質問し、それに対して文章と資料での回答を得て臨んだこともあって、現地での意見交換や見学が順調に行われ、多くの課題も一定程度共有することができた思っている。私個人としてクライシス・センターのイメージが少し鮮明になったような気がしている。

 以下全文は、おりふれ通信280号(2009年8月号)でお読み下さい。
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長澤康寛さん『吾が生涯』後編

「さくら会のお知らせ」から要約・転載

前号からのつづき

<17年間の長期入院>
 昭和44年、33歳。冬場になると季節労働者が集まるので仕事を見つけるのが難しくなり、その冬は立川の紙仕切り屋へ働きに行った。ある日近くの喫茶店へ入ったが、疲れて身体がフラフラしているのを店主が怪しみ、警察へ連絡。取調べを受けて、そのまま東京のはずれにある青梅厚生病院に移送された。入院してすぐ年配の患者に「最低3年間は絶対出してくれない」と聞き、逃げねばと決意。20日目に決死の脱走。立川で1日働かせてもらい、もらった金がなくなり戻ったところを、病院からの手配でまた連れ戻された。以後、気の遠くなるような長いながい閉鎖病棟での17年間。とにかく、ひどい病院だった。

 入院患者は80人。畳の大部屋に10人が寝起き。すべては院長の命令一下、正直に話をしたり要求したら即懲らしめの保護室である。私は身寄りがなかったから、17年間誰も面会に来てくれなかったが、他の患者は家族が来る。その時は院長、看護婦が必ず同席し、「早く帰りたい」とか、病院の待遇の不満などをちょっとでも言おうものなら、後ですぐ強い薬を飲まされ保護室へ。退院できる状態になっている人でも「治療中」と院長に言われ続け、家族もその言葉を信じ、ただ無為に閉じ込められていたのである。そのうちの何人かの人が絶望して、自ら命を絶った。
 けれど私は何度も何度も院長に「出してくれ」と訴え、その度にもちろん保護室であった。また私のように身寄りのない福祉の人間は、病気が回復していても、なおさら退院などということはあり得なかった。

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反-貧困ネットワーク 09年選挙目前! ~私たちが望むこと~

東京地業研 木村朋子

 7月31日、「選挙目前!私たちが望むこと集会」が総評会館で開かれた。参加者は380人。集会ではいつものように奨学生、シングルマザー、障害者、外国人労働者、非常勤公務員などの立場から、さまざまに切実な当事者発言があり、各党議員による3分間スピーチも選挙前ということで熱がこもっていた。その場で反ー貧困ネットワークの政策要求が提起された。
 それは、「貧困率測定調査を行い、貧困削減の数値目標をかかげる」「社会保障費を削減せず、穴だらけのセーフティネットを再構築する」を筆頭に、生活保護、住宅、年金、雇用・労働、女性、子どもの貧困・教育、母子家庭・父子家庭、外国人、医療、介護、障害者、DV問題、多重債務問題、ホームレス問題、税・社会保険料と、多岐にわたっている。

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