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あと出しジャンケンの弁ⅩⅡ 「医療観察法体制」の全面展開としての「省令改悪」(承前)

岡本省三

「結局のところ、私たちにとって問題であることだけが問題なのだ。ということになりはしないだろうか」(岡真理『椰子の木蔭で』2006)

 前稿発表後の新知見に基づき、「二、予備的考察[A]法律論的検討」について次の2個所の修正・敷衍を行う。
①「本法の小さなトゲ」=附則第二条に関するカッコ内の全文を削除する。大杉光子氏の教示によれば。同条を存置したままで既に本法は憲法第39条(遡及処罰の禁止・一事不再理)の「鉄のクビキ」からほぼ「自由」である。
②上記により更に挙例(イ)~(ハ)を次の通り変更する。
(イ)3行目「『再び・・・対象行為を行』わない『保証』・・・」→う恐れが
(ロ)(ハ)は以下に変更。
(ロ)すべてひと度『対象者』とされた人物はその全生涯にわたり、およそ何度でも、例の「恐れ」を認定(でっち上げを含む)される「恐れ」から免れ得ず、死のみがこの驚異からの唯一の「救済」である。
(ハ)「切れ味のよい治安法」としての本法の本質は、その先例をかの「治安維持法(1925~'45)」に求めることができる。その運用は、「洗練の極」において「被予防拘禁者」を獄門から解放した瞬間、直ちに「予防拘禁」することを反復する、完璧な「無期限拘禁システム」へと到達していた。
 さて本法をこの域に達せしめるにあたっての大きな制約である、例の「施設整備の立ち遅れ」(これヤッパシ「破綻」ですか?)を解消させる劇的手段こそが「省令改悪」に他ならない。(もっとも私は、何も本法がそのまま「治安維持法」を指向しているなどとは夢にも考えてはいないことをお断りしておく。)

三、省令改悪は何をもたらすか(承前)
[A]既存の精神病者像=イメージの劇的かつグロテスクな変容・肥大化とその増殖
 本法は、その「定義」により「殺人・放火等の重大な刑事犯罪を起こしただけでなく、又繰り返す恐れのある精神病者群」なる前代未聞の人間類型を「創造」あるいは「発明」した。
 それは更にパラフレーズされて、「身の毛もよだつ凶暴・凶悪な人殺し、放火魔の気狂い」それこそ正真正銘の想像を絶するような極悪の「社会の敵」へと「昇華」されて「地域住民」を心底から震え上がらせ、必死の施設建設反対へと駆り立てる。(ここで野暮を承知で付言する。「地域住民」はおよそ「本法に反対」などしているのではない。分かり切ったことを申し上げた) さて、ことは「地域住民」に限定されはしない。この「新種オバケ」はあちこちへジワジワと浸透して、ニホン人への「体感治安」悪化デマキャンペーンに一つの実体らしきものを提供する。(精神病者への在来のいわれなき漠然とした恐怖・警戒感がこのプロセスを容易にする素地を準備していることは言うまでもない。)

[B]「対象者」たちの真の姿
 私たちは、いや私たちだけが、知っている。この「新種オバケ」はその余りと言えばあんまりの「完璧な架空虚構性」において例えば「アラジンの魔法のランプ」からヌーッと現れる大魔神(これは善玉ですが)だの、ゴジラやキングコングに匹敵する「想像力の傑作」であることを。
 (私は大分以前、陽和病院の同じ病棟で、母親ごと我が家を焼失させ、何度も銀行強盗をしでかして措置入院していた、物静かではあるが容易に人を信頼することのなかった青年と何年も一緒に過ごしたこと、そしてこの病棟が開放病棟だったことをなつかしく想い出すのである。)
 そうだ、私たちだけは知っているのだ。巨費を投じておったてられた高規格・超重装備の、「脱出不能」の拘禁施設で飼育され、「理想的」だそうである「医療&観察」を受けている「社会の敵」がその他の全ての私たちの仲間と全く同じ、せいぜい社会慣れに未熟、生きることに不器用な(それ自体が一定の社会的規定の所産である)仲間だちなのだ、ということを。
 そして、こんな非常態勢などおよそ不必要なのだということを!(前稿[B]医学的検討を参照されたい)
 (一般的精神科医療の「底上げ」とやらの「規範」をこの凶暴で犯罪的な「浪費システム」に設定することの皮相・浅薄・無定見から訣別しなければならない)
 これによって本法の「完璧な虚構性」・「土台なき空中楼閣性」が改めて明らかにされたであろう。

[C]「省令改悪」=「一般精神病院への行政命令による対象者の割り当て、配分」の「医学的妥当性」
 前稿を含むこれまでの記述によって、「対象者」の「医療&観察」用特殊マニュアルを処方する本法が「医学的」には一切の妥当性を最初から喪失していること、そしてSSTで、OTで、多分「開放病棟」ですら大体差しつかえがないことは明らかであろう。この限りで、そしてこの限りでのみ(この限定については次項[D]が明らかにする)「医学的」には「省令改悪」は一切差し支えない。

[D]「医療観察法」の3年は総てを変えたー「省令改悪」が真にもたらしたものは何かー
(イ)しかし[A]に立ち戻って事態を直視するならば、すべてが逆転・暗転してしまっていることに慄然とせざるを得ないのだ。 本法は私たちすべてを、そこで生きなければならないこの世間にとって、「絶対脱出不可能なところ」に閉じこめておかなければ、「野放し」!にでもしようものなら、いつ何時どこでどんな凶悪犯罪を又しでかすか知れたものではない怪物に仕立て上げることに成功しつつあるのではないか。
(ロ)一般精神病院の一部を現状のまま「特定医療施設」だの「特定病床」だのに指定し、拘禁施設の代用品にするためには、厚労省は単に行政命令を出せば足りる。最早住民説明会や周辺地域住民の敵意や妨害を鎮静させるなどの超難事業、いやほとんど「不可能事」は自動的にあっけなくクリアされているのだ。
 施行以来既に5ヶ月が経過した。いつ何時にでも、他ならぬ陽和病院、またあなたがいる病院に、「おたくは5人」「キミのところは8人」てなアンバイで「対象者」が「配分」されてくることであろう。私たちには、それは一向に差し支えのないことである。
 だがしかし、道路の向かい側の「周辺住民」にとっては、いや全国津々浦々に隈なく散在する一般精神病院の「周辺住民」、そして必ずやこの大事件を次々に、徹底的にタレ流して止まぬであろうマスメディアに24時間被爆している「全国民」にとっては、事態は一体どんなことになるのであろうか。
 そしてその後、私たちには一体全体何が待っているのであろうか。

[E]結論
(イ)医療観察法そのものは、純然たる白日夢、「巨費」は「恣意性」の生んだ壮大なムダ。そうだ、すべては「虚構」なのだ。
(ロ)しかし「医療観察法体制」は? そして省令改悪は?「現代超管理・超監視“治安”国家」実現の不可分の環・「切れ味のよい治安法」として、まさに立法者の当初の意図をも超えて、無類の「貢献」を成し遂げつつあるのだ。


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