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おりふれ編集後記 2008年

 今年は精神の業界(?)にもジワジワと、あるいは急激に自立支援法の影響を感じた一年だった。
  支援費制度を知らず、応能と応益の区別も分からず、もともと少ない支援しか得難い環境の中に居たので、勉強不足もあるけれど、支援法の不穏な空気を感じつつ、現実的には今までとの違いがよく分からなかった。私の場合、生活保護を利用しているので、そのせいもあるだろう。でも、気がつくと、やたら手続きが増えたり、私自身や身近な仲間たちが居場所を失ったり、通う場所を作るのが困難になったり、はっきり形に現れずとも、なんだか作業所が前より管理的になったように思うという声が出ている。そして時に「○○さんは、もうここには来てないよ」と聞く。個人的な問題なのか、制度の影響か、私達は分からないまま、仲間との繋がりを知らぬ間に分断されていないだろうか?病院でも施設でも、そこを辞める人達は理由を言わずに辞めていくことがほとんどだ。残されたもの達は「なんでだろう?」と疑問を感じつつも、様々なシーンでこういうことに慣れているから…「なんかあったんでしょう」と、見て見ぬフリが常套だ。この技が精神の業界で生き残るため必要だったりするのだもの。
  でも、そろそろこのサバイバルスキルを違うものに変えていきたい。じゃないと生き残れないと感じるからだ。私の中で「このままではヤバい!」「なんだかいろんなことがヤバい!」と強く感じている。孤立を何より恐れる私。おりふれを通じて繋がっている方々に感謝です。来年もよろしくお願いします。  石井真由美

 全文(他の編集部員の後記)は、おりふれ通信275号(2008年12月号)でお読み下さい。
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2008.10.31全国大フォーラム・集会に参加して

トマトハウス 小川誓順+メンバー

 ・・・・・障害者施設の東京都と地方との格差、「支援法」により少しはましな施設運営が可能になり、すでに「移行」した施設もある。東京では、「移行」すれば現在なされているサービスが出来なくなるし、職員のリストラもしなければならないといった事情から「移行」せずに、ひたすら「見直し」に期待している施設もある中で、「撤廃」を可能にする方策はあるのだろうか。
 集会の当日、「トイレの利用にも、お風呂入るにも・・・応益負担、納得できません!」と全国各地で訴訟が起こされた(文末にアピール掲載)。これからはさらに訴訟者の人数を増やして、司法の場でも「自立支援法」の中味が争われることになる。
 行政闘争・司法闘争を積極的に取り組むこと、そして、何よりも自身の生活している地域の市民の人達へ訴えていかなければならないと思う。・・・・・

以下、一緒に参加したメンバーの感想
1.野党の政治家が「ダメだ、ダメだ」と言っていたが、政権がない中、本当にやれるのか。与党でさえやる気があるのか解らない。集会に参加して変化があるのか?
2.議員が来ていたが、自分の政党のピーアールが主で自立支援法については、熱意が感じられなかった。
3.去年と変わらず政治家が自分の言いたいことを言うだけで、当事者の話を最後まで聞いていなかった。話を最後まで聞いて欲しかった。
当事者の発言の時、精神障害者の方は立って下さいと言われた。一緒に参加した仲間と立ち上がったが、立ち上がるときにためらいがあった。
4.なぜ障害者だと胸を張って立ち上がることに抵抗や違和感があったのか。障害というものに偏見を拭い去ることができないからなのだろうか。それとも時が経てば病気が完治するかもしれないという期待があるからなのか。
(後略)

障害者自立支援法訴訟の勝利をめざす会アピール
いよいよ闘いの始まりです。
 世界は障害者権利条約を実現している状況において、わが国では、応益負担を核とする障害者自立支援法が、障害関係者や障害関係団体の強い批判にもかかわらず、施行されています。障害のある人が、トイレに行くにも、食事をするにも、買い物をするにも必要とする支援サービスを、「利益」とみなされ、「応益」負担が強いられています。この応益負担の仕組みは、障害が重ければ重いほど、負担も多く求められるという、ノーマライゼーションとは正反対のものです。
 また障害者自立支援法は、在宅サービスへの国庫負担義務が盛り込まれたものの、市町村への補助基準が定められてしまい、その基準以上のサービスを市町村が行おうとすると、市町村の持ち出しとなってしまいます。これは、支援サービスの上限が設定されたにも等しく、必要なサービスを受けられない仲間が増え、地域生活の存続が危ぶまれる事態を迎えています。
 このような状況の中で、全国約30人の仲間が、障害者自立支援法の不当性・違憲性を司法の場で問うていこうと、勇気を持って立ちあがろうとしています。原告それぞれには、それぞれの生活があり、事情があり、家族もいます。私たちは原告一人一人の勇気と行動に対して、深く敬意を表するものです。
 私たちがおさえておく必要があるのは、この闘いは、原告30人だけの問題ではなく、障害のある人すべての生活と権利、そして人間の尊厳に関わる重要な意味を持つ裁判で、すべての障害のある人が原告です。そして、障害のある人の問題は、すべての人たちの人権確立のための闘いなのです。
 「持続可能」のかけ声のもとに、障害のある人の人権までもが値切りされることが許されるのでしょうか。障害のある人にも“生存権”や“幸福追求権”が憲法で保障されており、“法の下の平等”も明記されているのです。
 多くの困難な状況が立ちはだかる中、私たちは本日、“障害者自立支援法訴訟の勝利をめざす会”を発足させ、原告の仲間とともに、この訴訟を闘い抜いていくことを誓います。同時に、多くの関係者や市民の皆様に物心両面にわたるご支援を訴える次第です。
              2008年10月27日
              障害者自立支援法訴訟の勝利をめざす会 発足集会参加者一同
              同会のウェブサイトは http://www.normanet.ne.jp/~ictjd/suit/ 

 
 全文は、おりふれ通信275号(2008年12月号)でお読み下さい。
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あと出しジャンケンの弁ⅩⅡ 「医療観察法体制」の全面展開としての「省令改悪」(承前)

岡本省三

「結局のところ、私たちにとって問題であることだけが問題なのだ。ということになりはしないだろうか」(岡真理『椰子の木蔭で』2006)

 前稿発表後の新知見に基づき、「二、予備的考察[A]法律論的検討」について次の2個所の修正・敷衍を行う。
①「本法の小さなトゲ」=附則第二条に関するカッコ内の全文を削除する。大杉光子氏の教示によれば。同条を存置したままで既に本法は憲法第39条(遡及処罰の禁止・一事不再理)の「鉄のクビキ」からほぼ「自由」である。
②上記により更に挙例(イ)~(ハ)を次の通り変更する。
(イ)3行目「『再び・・・対象行為を行』わない『保証』・・・」→う恐れが
(ロ)(ハ)は以下に変更。
(ロ)すべてひと度『対象者』とされた人物はその全生涯にわたり、およそ何度でも、例の「恐れ」を認定(でっち上げを含む)される「恐れ」から免れ得ず、死のみがこの驚異からの唯一の「救済」である。
(ハ)「切れ味のよい治安法」としての本法の本質は、その先例をかの「治安維持法(1925~'45)」に求めることができる。その運用は、「洗練の極」において「被予防拘禁者」を獄門から解放した瞬間、直ちに「予防拘禁」することを反復する、完璧な「無期限拘禁システム」へと到達していた。
 さて本法をこの域に達せしめるにあたっての大きな制約である、例の「施設整備の立ち遅れ」(これヤッパシ「破綻」ですか?)を解消させる劇的手段こそが「省令改悪」に他ならない。(もっとも私は、何も本法がそのまま「治安維持法」を指向しているなどとは夢にも考えてはいないことをお断りしておく。)

三、省令改悪は何をもたらすか(承前)
[A]既存の精神病者像=イメージの劇的かつグロテスクな変容・肥大化とその増殖
 本法は、その「定義」により「殺人・放火等の重大な刑事犯罪を起こしただけでなく、又繰り返す恐れのある精神病者群」なる前代未聞の人間類型を「創造」あるいは「発明」した。
 それは更にパラフレーズされて、「身の毛もよだつ凶暴・凶悪な人殺し、放火魔の気狂い」それこそ正真正銘の想像を絶するような極悪の「社会の敵」へと「昇華」されて「地域住民」を心底から震え上がらせ、必死の施設建設反対へと駆り立てる。(ここで野暮を承知で付言する。「地域住民」はおよそ「本法に反対」などしているのではない。分かり切ったことを申し上げた) さて、ことは「地域住民」に限定されはしない。この「新種オバケ」はあちこちへジワジワと浸透して、ニホン人への「体感治安」悪化デマキャンペーンに一つの実体らしきものを提供する。(精神病者への在来のいわれなき漠然とした恐怖・警戒感がこのプロセスを容易にする素地を準備していることは言うまでもない。)

[B]「対象者」たちの真の姿
 私たちは、いや私たちだけが、知っている。この「新種オバケ」はその余りと言えばあんまりの「完璧な架空虚構性」において例えば「アラジンの魔法のランプ」からヌーッと現れる大魔神(これは善玉ですが)だの、ゴジラやキングコングに匹敵する「想像力の傑作」であることを。
 (私は大分以前、陽和病院の同じ病棟で、母親ごと我が家を焼失させ、何度も銀行強盗をしでかして措置入院していた、物静かではあるが容易に人を信頼することのなかった青年と何年も一緒に過ごしたこと、そしてこの病棟が開放病棟だったことをなつかしく想い出すのである。)
 そうだ、私たちだけは知っているのだ。巨費を投じておったてられた高規格・超重装備の、「脱出不能」の拘禁施設で飼育され、「理想的」だそうである「医療&観察」を受けている「社会の敵」がその他の全ての私たちの仲間と全く同じ、せいぜい社会慣れに未熟、生きることに不器用な(それ自体が一定の社会的規定の所産である)仲間だちなのだ、ということを。
 そして、こんな非常態勢などおよそ不必要なのだということを!(前稿[B]医学的検討を参照されたい)
 (一般的精神科医療の「底上げ」とやらの「規範」をこの凶暴で犯罪的な「浪費システム」に設定することの皮相・浅薄・無定見から訣別しなければならない)
 これによって本法の「完璧な虚構性」・「土台なき空中楼閣性」が改めて明らかにされたであろう。

[C]「省令改悪」=「一般精神病院への行政命令による対象者の割り当て、配分」の「医学的妥当性」
 前稿を含むこれまでの記述によって、「対象者」の「医療&観察」用特殊マニュアルを処方する本法が「医学的」には一切の妥当性を最初から喪失していること、そしてSSTで、OTで、多分「開放病棟」ですら大体差しつかえがないことは明らかであろう。この限りで、そしてこの限りでのみ(この限定については次項[D]が明らかにする)「医学的」には「省令改悪」は一切差し支えない。

[D]「医療観察法」の3年は総てを変えたー「省令改悪」が真にもたらしたものは何かー
(イ)しかし[A]に立ち戻って事態を直視するならば、すべてが逆転・暗転してしまっていることに慄然とせざるを得ないのだ。 本法は私たちすべてを、そこで生きなければならないこの世間にとって、「絶対脱出不可能なところ」に閉じこめておかなければ、「野放し」!にでもしようものなら、いつ何時どこでどんな凶悪犯罪を又しでかすか知れたものではない怪物に仕立て上げることに成功しつつあるのではないか。
(ロ)一般精神病院の一部を現状のまま「特定医療施設」だの「特定病床」だのに指定し、拘禁施設の代用品にするためには、厚労省は単に行政命令を出せば足りる。最早住民説明会や周辺地域住民の敵意や妨害を鎮静させるなどの超難事業、いやほとんど「不可能事」は自動的にあっけなくクリアされているのだ。
 施行以来既に5ヶ月が経過した。いつ何時にでも、他ならぬ陽和病院、またあなたがいる病院に、「おたくは5人」「キミのところは8人」てなアンバイで「対象者」が「配分」されてくることであろう。私たちには、それは一向に差し支えのないことである。
 だがしかし、道路の向かい側の「周辺住民」にとっては、いや全国津々浦々に隈なく散在する一般精神病院の「周辺住民」、そして必ずやこの大事件を次々に、徹底的にタレ流して止まぬであろうマスメディアに24時間被爆している「全国民」にとっては、事態は一体どんなことになるのであろうか。
 そしてその後、私たちには一体全体何が待っているのであろうか。

[E]結論
(イ)医療観察法そのものは、純然たる白日夢、「巨費」は「恣意性」の生んだ壮大なムダ。そうだ、すべては「虚構」なのだ。
(ロ)しかし「医療観察法体制」は? そして省令改悪は?「現代超管理・超監視“治安”国家」実現の不可分の環・「切れ味のよい治安法」として、まさに立法者の当初の意図をも超えて、無類の「貢献」を成し遂げつつあるのだ。


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ティナ・ミンコウィッツさんの話を聞いて

編集部 木村朋子

 今年は「障害者権利条約に照らして見直そう!」という言葉をよく聞いた。一昨年12月に国連総会で決議され、今年5月国際法として発効した障害者権利条約を新たな基準として大きな存在にしたいし、使っていきたいということだった。権利法の遅れている日本では、「頼るべきは、やっぱり国際人権だよね」という考えもある。
 障害者権利条約は今までの権利条約に比べ、策定に当事者団体が関わったことが画期的、かつこれまでの国際障害者運動は身体障害者が中心だったが、今回は精神・知的の障害者も参加した!ということも言われていた。
 それを体現するようなティナ・ミンコウィッツさん(=権利条約の策定に関わり、国連総会決議の後、議場で、当事者代表の一人としてスピーチをしたアメリカ人女性)が先月来日。おりふれ前号でお知らせした「なくそう!差別と拘禁の医療観察法11・24全国集会」でも話をされた。弁護士資格ももつティナさんの話は、ゆったりとして明快で、迫力があった・・・・・

以下、全文は、おりふれ通信275号(2008年12月号)でお読み下さい。
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