デイケアから作業所へ
共同作業所Hot Job利用者・陽和患者協会会員 大石正文
私は24才で医者にかかって以来ずっと精神障害の世界で生きてきました。これは全く否定することのできない事実です。
二十代は殆ど入院生活でした。32才で井之頭病院を退院してから少しして杉並西保健所デイケアに通い出しました。
デイケアはソーシャルワーカーHさんを中心として、担当保健婦はMさんでした。月・水・金と週三回行われ、東京23区内では歴史の古い方だったようです。デイケアでは私の加わった頃は時計の組み立てとか細かい手作業をやっていました。それがだんだんレクリエーション的なプログラムに変わっていきました。ある人が、この時期と作業所が各地でできて仕事を始めたのが重なったのではないかと言っていました。
以下、全文は、おりふれ通信272号(2008年8月号)でお読み下さい。
ご購読のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ
| 固定リンク
最近のコメント