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「移送費を削らないでください」

精神医療ユーザー  石井真由美

 私は精神医療にかかって25年、10年位前から生活保護を受け、一人暮らしをしています。その間、様々な理由で医療機関を変えざるを得ないことがありました。先日も精神障害者の自助グループで、仲間と話し合ったばかりですが、信頼できる精神の医療機関や医師を見つけることは、今だとても困難です。
 多くの仲間は、どんなに遠距離でも良い主治医を見つけられれば、可能な限り通い続けます。精神の病気、障害を抱え生きていくには、医師や専門家の影響がとても大きいからです。

 私は5年位前までは、電車で一本の診療所に通っていましたが、そこの主治医が亡くなり、半年がかりで次のクリニックを探し出しました。結果、通院に1時間以上、バスと電車を乗り継ぎ、片道490円かかる医療機関に辿りつきました。そして、私の生活をトータルに支えて貰うため、クリニック近くの地域生活支援センターにも通所することになりました。なので、両方の移送費を合わせると、ひと月、約6,000円かかります。
 今現在、私の住んでいる区では、移送費を支給してくれています。おかげで、自分で選んだクリニックやセンターに通い続けることができています。それにより治療、服薬の中断や入院もせず何とかやってきています。
 でも、もし移送費が無くなってしまったら、症状の出方により、私はまた医療機関を変えなくてならなくなるかもしれません。唯一、通所できている支援センターにも通えなくなるかもしれません。
 生活保護になり、大変でしたがカウンセリングに通うこともあきらめました。狭められた選択肢の中から、何とか必死に築いてきた支援環境が一気に崩れてしまったら、これはもう堪りません。
考えると不安になり無力感で一杯になります。

 移送費がかかる理由で、もうひとつ、精神障害者への差別の問題もあります。やはり多くの仲間が、差別や偏見を恐れ、自宅付近の医療機関は避け、少し離れた病院へ通っています。
私も差別や偏見の目がとても怖いです。
 移送費がカットされれば、私達の行動範囲やネットワークはとても狭まり、分断されてしまいます。これ以上、人間関係や居場所がなくなってしまったら生きていけません。症状が悪化し、孤立したら、かえって多くのサービスを使うことにもなりかねません。

 ほとんどの人達は様々な場所へ移動し生活していると思います。勤め先、学校、病院、友達付き合いなど、全て自分の住んでいる市区内で生きている人の方が少ないと思います。

 重なりますが障害を抱えながら生きることは、今の社会では全てにおいて、選択肢が少ないです。
もうこれ以上、私たちを追い詰めないでください。
必要な医療機関や施設などの移送費は削らないでください。

[編集部から] 
以上は編集部メンバーでもある石井が、国会議員ヒヤリングで発言しようと準備した文である(実際にはもっと短いものになったが)。
 前号巻頭でお知らせしたように、厚生労働省が4月1日に発した「生活保護の通院交通費を7月から原則的に出さなくする」という趣旨の通知に対する抗議と撤回要求の行動が続いている。同じく4月1日に厚労省が発した「医師が生活保護者に薬を出す時は、後発医薬品(ジェネリックとも呼ばれ、開発にお金をかけた新薬発売の一定期間後に、より低価格で販売される同内容の薬)があればそれに限る」という趣旨の通知は、あまりに差別的であるという理由で、すぐに撤回されたが、通院交通費については「撤回しない」と繰り返すのみとのこと。厚生労働省交渉のみではらちがあかず、国会議員を対象とする働きかけもこのところ毎週行い、与党議員の参加も増えている。最近の報道によれば与党議員からも、「毎年社会保障費を2,200億円ずつ減らすのはもう限界」との声が出始めており、何とか全体的な解決が図れればと思う。

 一方で各自治体の動きも気になるところだが東京都は、5月15日付けで都内の福祉事務所宛にお知らせを出した。内容は、1.厚労省通知文中、電車・バスの交通費を出してもよいとする「へき地等」「高額」の解釈について厚労省に問い合わせており、回答がくるまで従来どおり必要最小限の実費を出すようにする。2.厚労省通知文中の「福祉事務所管内(の医療機関を受診すべし)」の範囲は、二次保健医療圏を基準とすることが望ましい、というもので、二次保健医療圏の一覧表を付し、これに近接地域を加えるなどこれまでの給付実績を踏まえた設定も可能であるが、一般世帯の通院状況に比して著しく広範になることがないよう配慮されたいとしている。
 精神科病床は、私たちの要求にもかかわらず、二次医療圏ではなく全県1区で整備すればよいことになっているので、入院施設は多摩地域に偏っており、それをそのままにして通院交通費は二次医療圏内でなければ出さないというのは不当だし、実情にあわない。実情にあわない一律の線引きなどはやらない方がいい。区市の福祉事務所では国の動きの先棒をかつぐかのように「交通費は出なくなる可能性がある」と言い、保護受給者に脅威を与えているところもある。石井さんが言うように既に保護受給者はたくさんの不安・無力感におそわれている。また今回の問題を通じて、交通費が出ることを知らなかった(知らされていなかった)人たちがたくさんいたこと、知っていたけれどうるさいことを言われたりイヤな目に遭う機会をできるだけ減らしたいという理由で請求しないできた人たちも少なくないことを知った。
 今後行政交渉とともに、権利としての生活保護をきちんとしていくためにも、個々のアドボカシー活動が重要と強く主張したい。(木村記)

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「自己表現展」報告

本城一信

 今年も平川病院の造形教室の「自己表現展」(15回目)が八王子の中央図書館の地下展示室で開かれた。連休だったせいか、人の出足は今一つだったが、内容的には充実していたと思う。
 どうやら絵を描くという行為には、人の心を癒す力があるらしい。・・・

以下、全文は、おりふれ通信269号(2008年5月号)でお読み下さい。
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または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

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投稿詩 「生きていこうよ」

水村伊織
“生きていること”ってね
意味だけじゃないんだよ
理由があるから “生きている”んだよ
みんなそれぞれ違うけど
探せばきっと 見つかるはずだよ
たとえ ひとつでもいい
理由があるから “生きてゆける”んだよ
苦しみの山を下れば
楽しみや癒やしの谷が やってくるよね
それが“生きていること”だと思うなー
自殺はしないで・・・
“生きてゆこうよ”
みんな みんな “生きてゆこうよ”

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本の紹介『精神科のくすりを語ろう 患者からみた官能的評価ハンドブック』

保健師 橋本みどり

 ウェブサイト「精神科医 熊木徹夫の臨床感覚の広場」内の掲示板に書き込まれた記事に熊木氏が加筆修正編集しメールマガジンに掲載したものをもとにした本だそうです。

 精神科の薬を実際に服んでみた感想というのをなるべく多く知りたい人にはちょうど良い本だと思います。

・・・説得力ある服薬体験談を多く集めたことで、同じ薬であっても本当に多様であることがこの本の興味深いところだ。・・・

以下、全文は、おりふれ通信269号(2008年5月号)でお読み下さい。
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あと出しジャンケンの弁Ⅹ ネオリベラリズムと「福祉」の運命 -ネオリベラリズムは「福祉」を極小化する-(補論その2)

岡本省三
 
    「私が本当に信ずるのは、批判的精神の存在、および専門家の特殊利害や常識論的見解を超越して        その批判精神を発揮する能力と意志をもつ市民の存在である」(E.W.サイード 『イスラム報道』2003)

「Beers Criteria日本版」批判その2ー「ダメな薬」はわずか70種類?!ー

[読者に]
①前稿中の手書き原稿との異同のうち、文意を甚だしく損なう三個所のみその「正誤」を示す。(イ)8頁18行目「Beers Criteria日本語版」の「語」を削除 (ロ)8頁下から13行目「未知の述語」→「術語」(ハ)9頁下から2行目「代表制」→「性」②この種のPolemik(論争)での対象論文からの長短の引用は「」で示されねばならない。また私がその随所に打ち込んだ[!][?!]の類は批判を一層効果的なものとする「薬味」として重要な役割を果たす。更には、私の(良かれ悪しかれ)凝縮され、かつ漢字熟語を多用した文体においては、しばしば読者の集中力を保ち、特別の記銘を求める手段として「」または“”も意図的に用いられている。これによる論旨の明快化、通読の容易化は明らかである。従って「活字バージョン」がそれらの多くを「消去」しているために読者に無用の困難を課していることにつきその寛恕を請うものである。

[前置き]
 予告の「リストの紹介」は、行文の示す通り今回はその「解釈」によって代えられる。なお対象論文は次の「国立保健医療科学院」のHPで見ることが出来る。http://www.niph.go.jp 

[一]課題の設定
 対象論文は自ら、「単純化され過ぎ」の「批判」の余地、更に「非網羅的」「代表」的なものへの「限定」を認めつつもなお平然として、わずかに70種類(一般名)の「リスト」を以て「わが国の専門家委員らのコンセンサスにより、高齢患者における不適切な薬剤処方の基準が示された」と「国際的(?)な研究グループ」の名において「宣言」することを躊躇していないのは実に驚嘆に値する。
 この大胆不敵・自信満々が、実は「リスト製造」自体、彼らが時には公然と、時にはdefacto(事実上)承認している如く、「高齢者医療」の絶対的劣化・解体作業過程で不可避的に生ずべき事態に正面から対決しうる「最良のツール」の「開発」を直接の目的とし、「特命を帯びて」片付けた“お仕事”であることを既に知る我々にとっては十二分に納得できることである。いかほどスカスカであろうとなかろうと、左様なことは彼らにしてみれば一向に差し支えがないこと、それを深く銘記するのがここでの我々の役割である。でも、いや、それにしても彼らのあまりといえばあんまりな、カエルの王様モドキの「自信」のカラクリは、ここで全面的解明を要する課題であろう。

[二]「スカスカリスト」の“魔法が解ける・・・”(『夏の夜の夢』から)
[A]第一に次の圧倒的事態を確認しなければならない。即ち、いかにスカスカであろうと、この「リスト」が「高齢患者」用「処方箋製作家たち」のおよそすべてに対し「絶対的な自己規制力」を行使することである。(ご自身の安泰、「安全安心」に無関心な御仁が万々一おられれば話は別ですが)とにかく「リスト」からだけは絶対に処方してはならぬ!のだ!! 「その逆に」(前引)このことだけを肝に銘じておきさえすれば、およそその余のありとあらゆる薬剤(ゴマンとあり)は全部OK。「不適切」ではないことを、この「国際(?)研究グループ」はその身に負ったおよそすべての「権威」によって「保障」しているのである。例の「処方時における医師の自由が制限される」(原文)ことも心配ご無用である。
[B]ただ一つ肝腎なこと。それはNLの究極目的(既述の通り)に良く「奉仕」するための(「出来合い」でケッコウ)「権威の太鼓判」つきの「何か」がただ「存在」することだけ。「“存在”が自己目的」、必要なことのおよそすべてであって、その「良し悪し」など二の次、三の次、正しく「第二義的問題」に過ぎない。かくして今「リスト」は「存在」してくれるのだ!ヤッタア!というものであろうよ。
[C]ここでようやく「対象論文末尾謝辞の残り」をご披露する刻が来た。「本研究は文部科学省研究費補助金の一部およびファイザーヘルスリサーチ振興財団の研究助成金の研究費により行われた」
 グローバリゼーション(NLの同義語)のこの時、苛烈な国際競争に勝ち残り、そして(例の)「報いられる」こと。それは何よりもこの「先端科学」(だそうです)領域にも「国家プロジェクト」を集中させ、最優先の予算配分を行うこと・・・。この「リスト」はその「成果の結実」のまずまずの一例である。あの方々の大言壮語・自信過剰(たしかに!)・鼻息の荒さ・勇み足の数々、皆さんもうぜーんぶ納得!でしょ。(要は「産官学協働一体化」!)
[D]次に進もう。もうオサライするまでもなく、「国益」=「ビジネス・マネー」。ここにその“系”(corollary)がある。「ビジネス」=「巨大製薬資本」今国際的合従連衡もただならぬ「戦さ世」。「わがクニ」勢は劣勢と伝え聞くが、とにかく頑張レ!! という訳で、その「弱点」のイロイロを官学民挙げて克服中である、曰く、「治験」に時間がかかりすぎる。曰く、「単純化」が遅れている。曰く、M and Aが少ない。もっとTOBで「規模拡大」を。曰く、とにかく「改革」をもっと進めよ。ペースダウンしてる!
 かくして「頑な」の悪評を流されていた某学会もようやく「理事会企画シンポ」で「治験問題」を正面から採り上げるところまで進んできた。また、「治験」のリーダーが「薬事審議会」を牛耳っているのも、要するに「泥棒が自分の裁判官を務める」のも「時代の要請するところ」であり、俯仰天地に愧じるなし、だ!(皆さんチト風呂敷が拡がりすぎデス)
 本論に戻って。巨費を投じて「開発」に成功したせっかくの「薬剤」が「不適切」?「冗談じゃない!」。かくして「わずか70種類」のシロモノが目出度く誕生したのである。
(「その2」終わり)

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精神障害者にとって 今のサービス、必要なサービス、希望調査のその後

東京地業研

 昨年12月号に、「精神障害者にとって 今のサービス、必要なサービス、希望調査」のお願いと用紙を掲載したところ、何人かの読者の方から記入したものを返送していただきました。ありがとうございました。中でも新座市で精神保健福祉ボランティアをされている村田京子さんは、個人的に交流のある当事者の方などに依頼して25人分ものアンケートをまとめて送って下さいました。
 以下、アンケートに添えられた村田さんのお手紙を紹介します。
・・・そもそも私が、今回の調査に参加する動機、感じる意義は、以下のようなものでした。
①当事者が声を出すこと(そのこと自体が自立の一歩かも。それを受け取る、つなぐ場があること)
②当事者が(支援者も)希望を持つことになろうか。なったらいいな。・・・

(まだアンケートは受け付けています。用紙は昨年12月号のおりふれ通信に(このブログにも)ありますが、必要な方はご連絡下さい。) 

 以下、全文は、おりふれ通信269号(2008年5月号)でお読み下さい。
ご購読のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で 
または FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

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投稿 本の紹介

「ピープルファースト 私たちはまず人間だ ――障害者人権条約と日本の実態」 精神科医療治療・生活・社会 (シリーズ「社会臨床の視界」 第2巻)

山本真理

「差別・偏見」にまみれた精神科医療の近代・現在の現場から、その諸問題を描き出す。精神医学と社会との関連を描き、その医療状況の変遷をたどる。そして、そこで分けられ、治療される者の現場の声を紹介する。・・・

 ・・・特に、「第2章 精神病院医療はどう変わってきたのか」の赤松昌子さんの東京足立病院の変遷は必読。・・・
現代書館 (2008/04)刊 3000円


以下、全文は、おりふれ通信269号(2008年5月号)でお読み下さい。
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