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「病院は地域だ」!?

石井真由美

 ある集まりに参加した時、シンポジストの一人が「(精神)病院は地域だ」とおっしゃいました。私はその言葉をきっかけに、ふっと自分の座っている場所から薄い幕がおり、外側と遮断されてしまいました。
 しばらくは思考が止まり、(ものすごくゆっくりと遅くなる)、具体的な考えやエピソードはなく、ただただ膜に包み込まれた感覚に、呆然としているしかありませんでした。それから段々、かつて入院していた病棟の風景が出てきました。私はそんなバラバラに出てくる記憶に包まれ、その後の講演内容はほとんど聞き取れなくなりました。

 外側から聞こえてきた「病院は地域だ」という言葉に対して強い違和感を持ちながら、でもその違和感を言葉にする力もなく、だけど、この違和感を言葉にできたら、私はこのぼんやりを包まれた世界から現実に戻れるのに、と思ったりしていました。

 私が入院していた病院は、住宅地の中にありました。近くにマンションもアパートも民家も喫茶店も学校も病院もパチンコ屋さんも駅もあった。外出許可が出ている時は、一人で買い物をしたり、ただ街中を歩き続けた日もあれば、患者どうしでお茶しに行ったり、看護婦さんと近所の河原へお散歩にも行きました。(看護婦さんは白衣を着て出かけていました。遠距離の時は私服に着替えていました)
私は一番長くて、まる2年間、入院生活をしました。短いものを合わせれば、3~4年間です。
 でもその間、一度も「病院は地域だ」なんて思えたことはないし、だいたいそんな発想すらなかったです。私の中では確実に、「病院と地域」は「あっち世界とこっちの世界」に分断されていました。入院している私には、病院、病棟が「こっちの世界」だけれども、世間にとって「こちら」は「あちら」の世界なのでしょう。いや、私にはもう「こちらの世界」はなく、院内も院外も「あちら」にいってました。
 私は当時の主治医から、あなたは幽霊で、魑魅魍魎(ちみもうりょう)だと言われたことがあるけど、これは私の状態、ここに住まう者達を例えているようで、何の違和感も怒りも感じなかったことを思い出す。いい例えだとも思わないけれど。

 少なくとも私にとっては、「病院は地域ではなかったし、今もないっ!」と頭の中で怒りとともに訴えたら、私はまた自分が今いる場所に戻れた感じがしました。

 私は3~4年の入院生活で、地域の人と一度もふれあったことがありません。近所の人達と道端で、世間話や井戸端会議もしたことがないし、院内以外の人とは挨拶を交わしたことないし、花火大会は格子の内側から見たし、友達もできなかったし、院内に地域の人を招待したこともないし。世間や地域とはバッサリと切り離されていたとしか言えないのです。
     

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アピール詩

小川誓順

第2次世界大戦は人類に何をもたらしたのか?
今、日本中を駆けめぐる「戦後からの脱却!」は何をもたらそうとしているのか?
再び東京オリンピックを誘致して何を鼓舞しようとしているのか?
そうだ、思い出したぞ!
東京オリンピックのために、高速道路を整備し、新幹線を走らせて日本の「復興」を世界にアピールする、そのさなかに日本中に精神病院が建設されたんだ。とりわけ、その開催地東京の山の中に。
収容所でしかない「病院」を今度は「自立支援」の名目をつけて「施設」化することで、何をしようとしているのか?その中で、人権を否定され、活きる希望も力も奪われてしまった人たちへの謝罪も反省もなく、何ができるのだ!
このとんでもない日本の「精神病院」を根本的に改革するためには、はっきりと人権を根底に据えて見直しをしなければならない。
にもかかわらず、病院の敷地内に、さらには病棟を転用して「退院支援施設」などをつくらせることはもってのほかである。
地域から隔絶した収容所では、生活はもとより人権は保障されない。
今だからこそ、改めて精神医料に人権を吹き込み、真に病者への医療を獲得するために立ち上がろう。

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あと出しジャンケンの弁Ⅴ ネオリベラリズムと「福祉」の運命 ー本紙8月号「北九州市生活保護辞退者餓死事件」批判を機縁としてー(上)

岡本省三

「私は屡々激しく鞭打たれる。そして、この鞭がなければ、自分ひとりでは立っていられないのかと、屡々思い危ぶむのである。」(埴谷雄高『鞭と独楽』跋。1957)
「・・・ここで言う『国家意思』とは究極的には『社会保障・福祉カテゴリー』の包摂する全領域の“公的カテゴリーからの解放〔「排除」〕”そのものの意であることは今さら言をまたない」(未発表草稿より2006

一 前置き
 明らかに難題に間違いない本稿のテーマが、たまたま前号冒頭に登場してくれた東京地業研論文(以下「対象文」)の、「特殊北九州市例外説」なる当然放置できない部分を批判することをキッカケにすることで、いわば突然いとも手近に展開できる、との発見が、この試論を成立させた次第である。
 なお、続稿においては、官庁統計、全国的に見出しうる数々の具体的事例の紹介を通じて、積極的反論をした後、こうした事態を白昼公然と強権的に推進せざるを得ないネオリベラリズムなるものの、(元より本紙の許容する限りにおいての、)平明で具体的な本質的解明を試みることとなるであろう。何故なら、事態は今や何らかの理論的検討が不可欠かつ不可避であることを明らかに要請しているからである。

二 対象文の批判
 対象文に即して、(許し難い限定であるが)本稿は論述をほぼ「生活保護(生保)問題」に限ることとなる。
 この国がネオリベラリスト国家としてその遂行を至上の使命とする「福祉」=「社会保障」の全領域にわたる強行的削減(それはその「解体」を究極目的とするのではあるまいか)過程は、ついに「最後のセーフティネット」=「生保システム」そのものをダーゲットとする段階にまで到達した。
 血祭りに挙げるべき最初のエジキは、最小抵抗線に沿って当然にも政治的・社会的最弱者としての老齢者・母子家庭であった。(既に8年目に入って最早解体の最終段階に進んでいる介護保険制度、療養病棟の切り捨てによる棄民化、終焉の場としての〔これまた解体しつつある〕家庭、圧倒的な集中豪雨的増税、医療へのアクセスのハードルの相次ぐ引き上げ→「無医療化」などなどは例示に止める)。そしてそれは周辺弱者諸層へと波及しつつあることは周知の通りである。
 生保削減は、厚労省策定マニュアルによって①既受給者からの「暴力的」(後述)受給権剥奪 ②未受給有資格者の執拗な追い返しによる、新規受給者増の絶対的抑制 ③その他各自治体の“創意工夫”に委ねられた手口によって行われている。
 いわば結論から始められた本稿は、対象文が「信じ難い軽信」(?)によってほとんど鵜呑みにしているとおぼしい、甚だ不出来なデマゴギーネタ(朝日8月15日朝刊)中、唯一「上出来」な個所(デスクの削り忘れ?! )であり、しかもそれが仮に見落とされなかったならば対象文そのものの存在自体が危ぶまれる如き一文、即ち北九州市の実践と成果が『先進的な取り組みの成果(!)として、国や他の自治体から評価されてきた』だけで、いわば具体的な反論を自動的に無用化している故でもある。
 よって以下では①「暴力的」との私の用語の厳密な内容規定の展開を中心とし、②さらに念のため対象文の批判的分析を付け加える。(積極的な反証の提供は次稿以下で行われる。)

 ①について
 自己を超越する至高のイデオロギーとしてのネオリベラリズムの「人格化」として、「その執行者」としてのみ存在の意義と目的をもつ国家官僚は、例えば記述の①強行的剥奪が被剥奪者にとっては直ちに「生活の不可能」→「死」と同義であることなどにはおよそ無頓着なのであって、「専門家」としての所与たる任務である「剥奪マニュアル」の錬磨にのみ腐心することとなる。
 そしてその結果の「完成されたマニュアル」は、次の近似領域に限りなく近いものとならざるを得ない。即ち、(A)密室化してある取調室での虚偽の自白製造マニュアル (B)なかんずく高齢者を好餌として繁盛しているかの悪質サギ商法マニュアル。それはともに、孤立化・ペテン・甘言・延長戦に次ぐ延長戦などによるエジキの無力化、抵抗能力・拒絶能力の損耗と剥奪による「全面降伏」に向けての多彩な手口の組み合わせであって、エジキたる最弱者(それは、生理的要因というより、ほとんどその社会的存在状況=「被規定性」によって生み出され、意識に沈殿・固定化する「自己肯定の困難化」「無価値で無意味な社会的ヨソ者・余計者・存在に値しない存在としての自己規定」「判断力と意欲の低下」などによる“落としやすさ”によって特徴づけられる)に対する無類の心理的攻略術として、或いは多年の錬磨を経て完成・継承されてきたものである。私がこれをもって人間に対する「暴力」と名付けるのがいささかも失当でないことは明かであろう。
 加えて、現場担当者が次第に“非情かつ有能な常習的確信犯”として完成していく歩みにおいて、「弱い者いじめ」自体のもたらす愉楽、そして彼ら自身多くは官僚機構のヒエラルヒーにおける下積み層として蓄積されているウップンを晴らす(抑圧移譲の法則)うってつけの機会としてのカタルシス効果の有効性、もまた同じ立場にあると思われる多くの人々の容易に共感しうるところであろう。削減攻撃は、このマニュアルの全国津々浦々の配下の全自治体への
周知徹底と、権力中枢による直接の指導監督の下に進められる。(また、もとより官僚達の「上昇志向」がこれに加速度を与える。)

②について
 (a)各種「不祥事」の「検証・調査」などなどのための「委員会」の中でも、この北九州市の「検証委」は、○イ 「広島高裁判決を教訓にしていたら防げたのではないか」○ロ「・・・本人が『自立します』と書いてきたらそのまま尊重する」というケースワーカー全員の回答に「愕然とした」などの発言の切れはしのみからも、その「第三者性」ないし「独立性」を大いに疑わしめる。何となれば、例えば「原爆症認定集団訴訟」「水俣病認定集団訴訟」での五連敗、六連敗などでは“微動だにしない”(コイズミ用語)行政の特徴、また使命、そして「先進的モデル」と仰がれ讃えられてきた北九州市の模範的に強固な意思などを指摘すれば足りる。
 こうした見え見えの「装われたナイーブさ=『素人っぽさ』=『無知』」と前引朝日新聞と酷似するスリカエとペテンなど周知の手口は、責任者のアリバイづくり、事態のウヤムヤ化、アイマイ化、結果としての結果責任の免責などの「邪悪な意図」を明白に推測させるに十分であるが故に。
 更に(b)同引「朝日」の「他の16市は・・・辞退の申し出があっても・・・具体的な自立のめどを確認した上で」云々という、まさか「エッ?ジリツ?そんなものなど頭から『確認』などしないでやっているから、いやいやそれどころか『自立』できないなんて分かり切ってるからこそネ、キミ・・・できることなんだ」と本音を新聞発表させるなどおよそあるはずもないという、「これ以上不器用なデッチあげはあり得ない」ネタをお使いになるに至ってはイヤハヤ・・・
(以下次号)

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