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自立支援医療制度にみんな困っている

にしの木クリニックPSW 山本則昭

 昨年4月、障害者自立支援法の施行に伴って「自立支援医療制度」なるものに制度移行した。手続きは更に複雑化し、管理主体の問題は建前と実態の乖離が生じ、その狭間で患者本人が置いてきぼりをくっている。

 制度概要を確認しておく。制度が適用になると、本人の自己負担は、基本的に1割負担となる。社会保険に至っては、本人のものは不要(!)で被保険者(多くは本人の扶養者)の証明書の提出で申請できる。非課税世帯は本人の所得によって負担上限額が2段階に分けられ、課税世帯では課税額に応じて3段階に分けられる。課税世帯においては、更にここで「重度かつ継続」という疾病分類概念が登場して細分化される。そして、生活保護を受けている人と上限額設定なしの人を含めると、世帯の所得と診断名によって、なんと7段階の負担区分に分類されることになる。そして負担区分は、所得区分に連動して変更となる。年度替りで課税状況が変わるだけでなく、加入保険の変更によって世帯構成が変化することもあるからだ。

 制度を利用しようとする人は、主治医に診断書を書いてもらい(数千円の料金がかかる)、世帯員の課税証明書をとり(これも数百円の有料)、区市町村の担当課に申請を行なう。その時、利用する医療機関、薬局、デイケア機関、訪問看護ステーションなどをそれぞれ一ヶ所指定しなければならない。指定した機関以外では制度は使えないのだ。そして、待つこと数ヶ月、「自立支援医療受給者証」が届く。
そして、これらの手続きはあくまでも本人がしなければならない。自立支援医療に限らず、障害者自立支援法では実態、実情を無視した立派な建前が目に付く。建前と実態との乖離は、一体誰がどのように埋めているのか。あるいは、埋められないままなのか。

 一年余り前の制度移行時、医療現場では大変な混乱があった。私が制度移行当時から危惧していることがある。本人の受診の動機付けが弱く、受診をサポートする資源も持たず、そして医療中断によるリスクの高い人がどうなっているかということだ。これは私の杞憂だろうか?最前線としての医療機関のきめ細かな目配りとサポート機能が問われる。そして、ハイリスクでサポートレスの医療中断者にどう関わるか、という地域の力が問われる。

 ここで、もうひとつの問題を訴えておきたい。生活保護の場合、他法優先の指導そのものは妥当であろうが、指導に当たっては、制度利用に必要な支援をするのが当然ではないか。だが、そうなっていない実態が多く目に付く。上限額管理票の取り扱い、複数の機関での自己負担分の積算の調整にかなりの労力を費やす。市と都のいうことが違う。果ては、都の支給決定が間違っていた。などなど。この人件費、通信費は誰が出すのか。悪い制度は早く変えるべきで、2009年の見直しを待たずに改正するよう、各現場(特に行政)から声をあげていかなければ、と訴えたい。長期入院者が地域に戻りやすい条件を整えるという意味でも、より使いやすい公費負担制度を用意しておくべきだろう。

全文は、おりふれ通信 8月号でお読み下さい。ご購読連絡先:FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会

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北九州市生活保護辞退者餓死事件について

東京地業研  木村朋子

 7月10日、北九州市小倉北区で、52才の独居男性の遺体が一部ミイラ化した状態で発見された。この男性は病気のため保護開始となった。が、今年4月2日「自立しますので平成19年4月10日をもって生活保護を辞退します」という辞退届を提出。日記に「せっかく頑張ろうと思った矢先、切りやがった。生活困窮者は早よ死ねってことか」「腹減った。おにぎり食いたい」などの言葉を遺して餓死したという経緯が報道されている。
 北九州では、生活保護申請を拒否され餓死、保護申請しながら受給に至らず死亡する事件が立て続けに発覚しており、市長の声かけで、この2件について第三者による「北九州市生活保護行政検証委員会」が組織され、主に申請権の保障をめぐる検証作業を始めた矢先のできごとだった。
 検証委員会では急遽この小倉北区の問題も取り上げることとし、7月20日の委員会では、「広島高裁判決を教訓にしていたら防げた事件ではないか」という提起がされた。
  検証委員会の委員長は、記者会見で「今の北九州市の体制では、本人が『自立します』と書いてきたら、就職先や収入を確かめることなくそのまま尊重すると、ケースワーカー10人が10人ともそういう回答で愕然とした。私は賛成しない。」と述べている。
 また、北九州市には「保護率を抑えようという組織としてのDNAがある」、「ヤミの北九州方式」などの言葉も記事になっている。石炭産業の衰退などで1967年保護率全国一を記録した北九州では、国から保護削減を命じられた。この結果保護率は1995には15.2に減少。全国的に増加しているその後10年間も北九州市では減少傾向が続いているという。
 7月末から8月にかけて、障害者・患者団体が「北九州市餓死事件の真相解明と改善に向けた周知徹底を求める」申入書を、生活保護問題対策全国会議他でも、再発防止策の策定・公開等の要望と公開質問状を、厚生労働省と北九州市に提出している。厚労省、市とも回答期限の8月20日までに質問状には答えず、8月24日上記全国会議を中心に360人余りが、小倉北福祉事務所長を相手取り、福岡地方法務局に人権侵犯救済申告を、また福岡地方検察庁に「公務員職権濫用罪」と「保護責任者遺棄致死罪」で刑事告発を行った。
 東京地業研でも反ー貧困ネットワークを通じて送られてくる資料を読み合わせるという受動的な形ではあるが、これら質問状や告発に連名し、今後とも監視していく姿勢でいる。

全文は、おりふれ通信 8月号でお読み下さい。ご購読連絡先:FAX042-524-7566、立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会


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「退院サポート活動」を開始しました

NPO わくわくPSW 東谷 幸政

  この6月より、研精会稲城台病院との協働で、長期入院している社会的入院者を地域で生きられるようにサポートしていこうという試みが開始されました。具体的には、①各病棟から社会的入院者をリストアップ、②社会復帰に向けた事例検討を行う。③頻度は月に1回。各回毎に3人の事例を検討する。④時間は1時間半。⑤主な目的は病院でやれること、地域でやれることの整理と使える社会資源の整理。⑥作業所見学等で社会復帰への動機が固まったら、1人に絞った事例検討会を行い、地域化への協働のサポート戦略を練る というものです。
 病棟から上がってきたリストは百数十名。その多さに改めて驚かされます。うれしいのは、病院のスタッフたちが極めて意欲的なこと。僕はこれを「フェニックス計画(プロジェクト)」と名づけています。「病院で死ぬな。人は地域で生きるんだ」というメッセージをこれからも発し続けていきたいと思います。作業所の当事者グループによる退院促進事業とドッキングし、より体系化できる可能性もあります。

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