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報告 国連障害者権利条約成立

弁護士 永野貫太郎

「国連障害者権利条約草案」が、2006年8月の会期で合意され、同年12月13日の国連総会で採択された。この条約の起草に当たっては、当事者を含むNGOが全面的に参加し、意見を述べるという他の条約起草過程には見られなかった特徴がある。しかもこれまで障害当事者といえば身体障害者であったが、精神障害者と知的障害者の実質的な参画が得られたことが今世紀に入って条約制定がされた意義の一つと言われた。
 この条約では差別の定義において、一般的差別の規定の他に「合理的配慮(reasonable accommodation)」の否定も差別に該当するとしている。
 さらに条約の国内実施を監視するための国内機関を常設し、「国内人権擁護機関に関する原則(パリ原則)」に沿ったものであることも義務であるとされている。もちろん、他の条約と同様、条約による委員会が設置され、政府報告書の提出を定期的に行うことと、それを審査して委員会の見解と報告を出すことになっている。またこの条約の選定議定書として個人通報制度を導入している。

日本でも批准される日は近い!?

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「精神障害者退院支援施設を考えるシンポジウムの集い」に参加して

饗場哲夫(精神医療ユーザー)

2007年1月31日(水)に「精神障害者退院支援施設を考えるシンポジウムの集い」が参議院会館で開催されました。私は一人の精神医療ユーザーとして参加しました。
シンポジストは川名紀美氏(朝日新聞論説委員)、澤温氏(さわ病院院長)、原昌平氏(読売新聞記者)、水島広子氏(精神科医)の4名。コーディネーターは藤井克徳氏(日本障害者協議会常務理事)、加藤真規子氏(精神障害者ピアサポートセンターこらーるたいとう)の2名でした。

私の目にとまった発言を、いくつか挙げてみましょう。(順不同)
①帯広ケアセンターを核とする、地域ぐるみの取り組みの紹介
②退院支援施設は、医療内福祉である
③社会的入院は、人権侵害である
④財務省主導の面があり、厚労省のみ批判しても、問題は解決しない
⑤「障害者自立支援法」を成立させた以上、障害者を隔離させない必要がある
⑥マスコミで、精神医療について取り扱われる事が少なすぎる
⑦「社会的入院」の話が、一人歩きしている
⑧長期の入院は、退院する意欲をなくさせ、日常生活をしていく能力を失わせる

私は、「病院内敷地内退院支援施設」の発想が、いまだに理解できずにいます。グループホームなどの、社会的な資源を充実させるのを優先させるべきです。
障害者自立支援法の第1条と第3条を忘れてはならないと思います。
今回のシンポジウムは、精神障害者退院支援施設の問題に、社会的入院解消の問題や財政上の問題が加わり、さらに、介護保険との統合が見込まれる障害者自立支援法の問題も絡んで議論が混乱し、明確なまとめに至らずに終わった印象を持ちました。
当事者が声をあげ続けていかない限り、状況は悪い方向へ向かっていくと感じています。

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上妻病院(精神科)が民事再生法の適用を申請

東京地業研 飯田

 11月14日、東京都町田市の上妻病院を運営する「天紀会」が民事再生法を申請したというニュースが流れた。借金14億円を抱え診療報酬も差し押さえられてこのままでは病院経営が出来なくなるためとあった。このニュースを知って私は、都内の精神科悪徳病院の一つがなくなり、入院者の退院・転院がされるだろうと思った。ところが都は何回か立ち入り調査をしたが重大な違反はないため、業務停止などの措置はとらず再生計画の作成を待つらしい。
 「東京精神病院事情」に沿って上妻病院について報告する。
 第1版(1989年)では、「2病棟200床、保護室4床。全閉鎖、自由入院もなし。224人が入院しており、定員オーバーである。コメディカル職員は一人もいない」となっている。この当時院長は、町田市の長者番付に毎年のごとく載っていた。
 第3版(1997年)では、「94年に200床から395床に増床した。任意入院率93.4%。病床数が2倍になったにもかかわらず、常勤医は3名から4名にふえたのみ。コメディカルスタッフは0である。この間特に目立つのは死亡退院の急増。この病院に対して、東京都がなぜ病床倍増を許可したのか理解できない。ワースト・テンに入る病院として、緊急に改善を指導されてしかるべきである。」97年には看護職員の水増しで1億4千万円以上の返還を求められた。
 第4版からは、病院訪問調査をした病院のみを報告する編集となったため、上妻病院に関しては訪問を断ってきた経過のみの記述となっている。第4版(2000年)では、「2回の調査依頼に返事なし。事務長宛に電話するが『調査?覚えがない。色々あってとても調査なんか出来ない。遠慮させて頂きたい』とこちらが何も言わないうちに電話が切れてしまう。」2000年には死亡患者の改印届けを勝手に作成して預金を下ろそうとしたことが発覚。2001年には精神科作業療法に関して不正請求をしていた疑いで社会保険事務局と都が立ち入り調査をしている。2002年個人経営から法人化「天紀会」となったが院長が借金を抱えていたため院長が所有していた土地と建物を法人名義に変えられず、法人は院長個人に借地・借家料を支払っているらしい。
 第5版(2005年)では、「回答が無かったので電話する。事務部長が依頼の資料を見てないとのことで再送付。その後電話すると事務部長が『トップの考え方も聞いたが役所の方のことは全部協力しているのでそれで充分と考えている。最終的には辞退する』と断られる。」2006年に入ると多くの看護師、医師が一斉に辞めていった。

劣悪な精神病院はいつになったらなくなるのでしょう。
全文はおりふれ通信12月号でお読み下さい。ご購読連絡先:FAX03-3366-2514、新宿区西新宿7-19-11児玉ビル301 おりふれの会

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2005年6月現在の東京の精神病院統計をみて

東京地業研  飯田文子

1 全都の精神病院について
 2003年6月と比較しての変化は、病床数が減少していることと入院者数が減少してきていることである。2003年からの2年間を見ると25,546床から25,071床、23,091人から22,262人となっている。
 2002年厚労省が全国72,000人の社会的入院者の退院を10年間で達成するという目標を掲げている。単純に5倍してみるとこの数字で見る限り努力次第では、可能な数字にみえる。(最も2005年から現在までの2年間の統計を目にしていないので全く的はずれかもしれないが)
 ベッド回転率は、1995年107.3%、2005年160%となっている。単科精神病院のみを見ると1995年95.4%、2005年129%で、単科精神病院もそれなりの変化を見せている。
 しかし、単科精神病院の統合失調症入院者のみのベッド回転率は低く、長期に社会的入院を強いられている人達の存在は大きい。
 一方、入院者の内任意入院者の占める率は1998年72%、2005年64%と減少し、閉鎖病床の全精神病床に占める率は、1998年の12,349床、47%から2005年13,829床、55%と増加している。任意入院にもかかわらず閉鎖病棟に入院している人も増加し、任意入院者中閉鎖病棟に入院している任意入院者閉鎖率は、2003年4722人、31%から2005年6014人、42%となっている。また、6月30日現在拘束されている人の数も2003年660人が2005年823人と増加している。(統計にはないが、向精神薬の点滴時の拘束、電気けいれん療法の増加もいわれている。)

2 単科精神病院について個別に見ると
ベッド回転率の高い国立武蔵病院309%と低い高尾厚生病院15%とその格差に改めて驚く。また、死亡退院率(1年間に退院した人の中で死亡による退院者の占める率)を見ると滝山病院の64%という数字に愕然とする。
ベッド回転率、死亡退院率と医療従事者の数は相当に相関関係があると考えられる。回転率の高い病院は、常勤の医師、看護、コメディカル(作業療法士・PSW・臨床心理技術者)の数がベッド数に比して多いところが目立つ。特にコメディカルの数との関係が目立つ。
反対に回転率の低い病院は、全ての従事者が少ない。
 死亡退院率の高い病院も従事者の数が非常に少ない。

詳しくは、おりふれ通信2007年1・2月合併号でお読み下さい。ご購読お申し込みは右下「メール送信」で。
また「東京精神病院事情」については、http://www.arinomama.netをご覧下さい。

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