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ひとまず撤回―イギリスの新精神保健法案 政府は再提出する模様

東京精神医療人権センター    小林信子

 ヨーロッパで、ごく最近市民の行動で政府法案が撤回になる事例がありました。羨ましいことです(ため息)。
 報道でご存知のように、フランス政府が本会議まで通過させていたCPE(初回雇用契約)を撤回したのだ。延べ300万人の学生・労働者が反対デモに参加し、その主張が実った。フランス革命の伝統は息づいている。若い人たちにこういうエネルギーが存在しているのはすばらしい。

 さて、もう一つは、ドーバー海峡を渡ったイギリスでの大幅な83年精神保健法の改悪を政府が撤回したのである。「おりふれ通信242号」でも少し触れたが、1998年の提示以来、8年ももまれてきた法案は今年3月23日、政府が一応撤回すると発表した。5年前ほど前に日本で「医療観察法案」が突然提示され、デモや集会が続いたが、イギリスでもこの8年間、法案に反対する法曹界、医療者団体、NGOそしてユーザー団体を含む計77団体が「精神保健連盟」を結成して精力的にロビー活動や、街頭行動を繰り広げてきたのだった。「イギリス史上初めて、医者からユーザーまでが一緒にデモ行進した」といわれた。連盟代表は法案撤回のニュースを知って、「勝利宣言」を出したが、喜んではいられないこともすぐ分かった。
 この法案には大きな2つの問題点があり、
①地域強制治療法の導入 ②精神科受診歴がなく、犯罪歴がなくても、重篤な人格障害と診断されれば強制入院させることができるという、患者の管理と治安色を強化するものなのである。国内の人権擁護法にも、ヨーロッパ人権規約にも明らかに違反する法案であるし、イギリス精神保健法に特徴的なtreatability test(治療可能性のテスト)も削除する案も検討されていて、専門家にも多くの反対があったことは当然だったろう。もちろんイギリスのことだから、専門職や圧力団体の意見をとり入れ患者の処遇上の権利を拡大していく法文も盛り込んである。ヨーロッパ人権裁判所で違法と指摘されたMHRT(精神保健審査法廷)の改革や、患者への独立したアドヴォカシーの保障などのポジティブな改革も一緒に葬られたので、この点はMINDなどは残念がっている。ともかく十分に議論する手続きを経てきたが世論の反対に加え、450条からなる膨大な法案になってしまい、実施は無理という事情もあったということ。
 しかし社会不安が煽り立てられる中で、もっとスリムに実践しやすい法案にして、今年の10月か11月には再提出する予定であると政府関係者が表明している。その際、先の2つの危険な条項は必ず含まれるということである。反対運動の戦線を立て直せるのだろうか。国家の“意志”は貫くということか。私が昨年聞いた政府に近い専門家の「2007年には法案が通ります・・」という言葉が不吉によみがえった。

 なお、近年ますます自治権が強化されているスコットランドは、もともとイギリスとは別の精神保健法を持っている。強制的な投薬問題などヨーロッパ人権裁判所による違憲判決が影響したのだと思うが、今年から改正があって、責任能力がないと診断された患者には、強制的な投薬を禁止するということになった。

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