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書評 『統合失調症からの回復』 リチャード・ワーナー著 西野直樹・中井久夫監訳 岩崎学術出版社刊

共同作業所パオ職員  梅林 和夫

 まず始めに著者を紹介する。米国コロラド州ボルダー郡精神保健センター所長、コロラド大学助教授、精神科医師である。
 著者はこの本を書いた意図を「はじめに」のなかで以下のように述べている。「社会階級または経済状態は、統合失調症者が病気から回復するか否かに影響するだろうか」「元来の意図は抗精神病薬の治療導入以前の統合失調症の自然経過がどのようであったかを明らかにしようというものであったが、この単純な目標は、精神医学が大幅に承認している現下の思いこみは不正確であることを分からせてくれた。私たちは、治療を受けていない統合失調症の予後に悲観的でありすぎ、現代の治療の有益性を過信しているのではないだろうか」「抗精神病薬は統合失調症の長期予後をさほど改善していないことがわかった。精神病院の開放化も精神病者の地域医療も抗精神病薬だけでは可能でなかった」「現代の地域医療の多くは、実際には到底治療と言える代物でなく、精神病者は、食べ物や避難所など基本的なニーズすらままならない薄汚くて貧弱な生活に追いやられている」。
 上記のことを論証するために著者は精神医学のみならず、社会学、歴史学、経済学の方法論を駆使している。特になぜドイツのエミール・クレペリンが早発性痴呆(統合失調症)を予後不良とし、スイスのオイゲン・ブロイラーが予後良好と見たのかを当時のそれぞれの国の経済状況(ドイツ・19世紀末大不況による貧困と失業、スイス・20世紀初頭の順風満帆な繁栄時代)が大きく影響しただろう事を経済学的視点で説明(患者の退院にあたっての仕事の確保の違い、退院率の違い、結果として病院の目的機能の違い〈治療して地域に返す、隔離し管理する〉)する方法は非常に分かりやすい。また、精神病院の退院率の向上が抗精神病薬登場以前に始まっていたことも説明されている(それぞれの時代・地域の労働力の不足が患者を労働力として地域に引き出した)。
 以上のようなことを書くと、著者がこの本を社会科学的なアプローチのみで記述しているかのように思われてしまうが、決してそうではない。第3部の《治療》の部分で「統合失調症の転帰は、1954年の抗精神病薬の導入によっても改善されていない」とし、予後良好な統合失調症患者にたいしての抗精神病薬の投与は有害であるとし、抗精
神病薬無投与治療、急性精神病エピソード状態へのマイナー・トランキライザー投与療法が記されている(もちろん治療環境の重要性についても詳しく述べている)。その生物学的アプローチとしては神経化学者マルコム・バワーズの「シナプスにおけるドーパミン過剰説ではなくドーパミン受容体の過感受性説」を基盤に展開している。そのほか「働くこと」と言う章を設けさまざまな分析提言をおこなっており、4月から施行された障害者自立支援法が就労を重視していることを考えると何かと参考になるだろう。
 さて、私がこの本で特に関心を持ったのが、マルコム・バワーズの「ドーパミン受容体の過感受性説」である。英国統合失調症協会(英国の家族会)医療顧問のデイヴィット・ホロビンが書いた『天才と分裂病の進化論』(新潮社)にも「ドーパミン受容体の過感受性説」が展開されている。ホロビンの説の一部は統合失調症の症状改善にビタミンやミネラルを重視する「分子整合精神治療」グループとも重複するが、その真骨頂は統合失調症についての進化論的解釈である。『統合失調症からの回復』と『天才と分裂病の進化論』を併せて読むとなかなか興味深い。
 ともあれ、現在の統合失調症をめぐる状況では、どこかに新たな仮説(物語)と新たな治療像が求められているのだと思う。

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