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リスクアセスメントは科学か?

PSW  羽間平人

 おりふれ編集部の木村朋子さんからリスクアセスメントについて書いてみないかとすすめられたのは、2月に東京精神医療人権センターの勉強会でリスクアセスメントについて発表させていただいたときのことなので、はや半年以上前のこととなってしまいました。こんなに遅くなってしまったのは、私の怠惰さによるところが大きいのはもちろんですが、心神喪失者等医療観察法などというその出自自体非論理的な制度(「池田小事件をきっかけに、殺人などの重大な事件を起こした心神喪失者の円滑な社会復帰を促すため、与党プロジェクトチームが強力に推進した」と自民党ホームページにもありますが、この事件のTさんは通常の刑事司法手続きにより死刑が確定した上、異例の早さで刑の執行がなされており、社会復帰することもありません。)に導入されたリスクアセスメントなる概念の怪しさなどに興味を持っていただけるものだろうかと先延ばしにしてしまったということもあります。

 このリスクアセスメントというものは、刑事司法の分野では、少なくともアメリカ合衆国においては仮釈放審査などで広く用いられている方法のようです。再犯のおそれを評価して、それをもとに処遇を選択するというやり方です。

 リスクアセスメントは「保険数理統計的方法」とされていますが、これは関連する(あるいは関連するであろうと考えられる)要因を数理的に解析して評価する方法というほどの意味です。

 類似の方法としては、医学における疫学epidemiologyが挙げられます。疫学とは、(1) 疾病異常の頻度と分布の把握 (2) 発生要因の発見 (3) 因果関係の判定 (4) 対策の樹立 という方法です。当然ながらこの方法は、疾病の本態への指向性を有するものです。本来は風土病などの伝染病の研究として行われていたものですが、現在は慢性非伝染性疾患を対象として化学物質の人体への影響なども研究されています。精神科領域ではアルコール症の人種間有病率の較差に着目して、アルデヒド分解酵素の寄与が明らかにされたことなどが有名です。一方、保険数理統計的方法では,多変量解析が用いられ、コンピューターによるデータ処理が必要という意味では「科学的」(あるいは「科学風」)ですが、因果の機序はブラックボックスに留まることになりがちです。解明を目指していると強弁することは可能ですが、少なくとも「医療観察法」が対象とする再犯のおそれを現在のアセスメントツールで解明することは到底不可能です。

 アセスメントツールとして有名なHCR-20(Historical,Clinical and Risk Management 20 Items)についてみると、

H-1 過去の暴力 H-2 初犯暴力時の年齢 H-3 対人関係上の不安定性 H-4 就労問題 H-5 物質乱用 H-6 精神病 H-7 精神病質 
H-8 早期の不適応 H-9 人格障害  
H-10 保護観察上の失敗

C-1 内省の欠如 C-2 ネガティブな態度
C-3 精神病の症状の病勢 C-4 衝動性
C-5 治療への反応性不良

R-1 計画の実現可能性欠如 R-2 不安定化要因への暴露 R-3 個人的なサポートの欠如  R-4 服薬コンプライアンス不良 R-5 ストレス

という20項目の評価点の合計で、潜在特性である「再犯のおそれ」を評価するというものです。

 このリストだけでも、H-6精神病とH-9人格障害はDSMではⅠ軸診断とⅡ軸診断の合併としてとらえることも多いのでこれはともかく、H-7 精神病質はいかにも屋上屋を架すという印象を持たれる方も多いと思います。しかも、「精神病質」という歴史的概念がいつの間に復権したのかと奇異に感じられる方も多いでしょう。1990年代にPCL(Psychopathy Check List)と再犯の研究が数多くなされ、このPCLは、HCR-20などのツールに取り入れられているようです。「精神病質」の概念の検討がなされてというより、項目としての有用性からアセスメントツールに採用されるのだろうと考えられます。

 リスクアセスメントとは、「再犯のおそれ」を数量的に評価する方法であるとしても、ある個人に関する評価はアセスメントツールによる評価点でしかないのです。つまり、リスクとは、リスクアセスメントツールによって測られたものというレベルです。これは、常識的に考えれば、トートロジーとして一笑に付されてしまう程度のものですが、結果的に役に立てば有効な指標であるというのが、保険数理統計的方法の論理(「操作的定義」と呼ばれることもあります。)です。

 従って、リスクアセスメントは、役に立っているかどうかの基準に照らして初めて成立しうるという性質のものですが、現在のところ「偶然よりまずまずましな」(moderately better than chance)というレベルに留まっているようです。このbetter than chanceとは、ある集団を全く再犯と関係のない基準で(名前の50音順など)並べたのと比べてという意味です。そして、どれほど有効かの評価の基準としてAUCというものが考えられています。この基準は、感度と特異度からアセスメントツールを評価するもので、感度とは再犯した者のうちハイリスクと判定されていた者の比率、特異度とは再犯しなかった者のうちローリスクと判定されていた者の比率を言います。感度と特異度は、いわゆるトレードオフの関係にあり、どのようなツールを用いても、当然のことながら、全員をハイリスクと判定すれば感度は1となるが特異度は0になり、全員をローリスクと判定すれば感度は0となるが特異度は1になります。○×式に喩えると、全問×と回答すれば正解が×の問題についてはすべて正答(感度1)でも正解が○の問題についてはすべて誤答(特異度0)となります。逆に全問○と回答すれば正解が×の問題についてはすべて誤答(感度0)でも正解が×の問題についてはすべて正答(特異度1)となります。通常○×式の場合は、正解が○×半々程度に作られていることが多いと思いますが、リスクアセスメントの場合再犯の比率は様々なので、好意的に考えれば、再犯率の異なるデータの間でツールの有効性を比較するために必要な指標ということになるのでしょうが、感度と特異度のとる値を2次元的に評価するという指標は、分母に標本全体がとられていないため全標本のうちでどれくらい予測できているかがつかみにくいという欠点があります。AUCは0.5から1までの値をとり得るとされています(相関係数などに比べて値だけは大きくでる基準ですが、本質的な問題ではない。)。これの意味するところは、全くランダムな方法(名前の順のような)でリスクを予測(!)した場合のAUCは0.5となり、完全に再犯を予測できるツールが(もしあったとすれば)AUCは1となるということなのですが、正確にはツールを開発したときの限られたデータでは0.5から1までの値(0.65くらいあれば、よいとされているようです。)をとったというだけで、本当に予測に用いた場合にその程度の有効性が保証されているわけではありません。数理統計的な方法には、偽相関という現象が知られています。例えば、英語の学力を予測する場合、学力レベルの比較的均質な私立中学の男子生徒を対象とするならば身長は英語の学力をかなり予測できると考えられます。身長と英語力自体には因果がなくとも、英語教育を受けた期間と英語力は高い相関があり、英語教育を受けた期間は年齢でほぼ決まってしまうので中学生男子では身長と高い相関があるため、みかけ上は身長と英語力に相関が生じるのです(中学生女子では、身長と年齢の相関が低いため、身長と英語力の相関も低くなります。)。リスクアセスメントのように多変量の場合、偽相関を指摘することは困難で、ツールを定期的に改訂していくことが必要になります。アメリカの仮釈放審査などでは、裁判所管区ごとのツールの開発が推奨されているほどで、普遍妥当性を有する再犯リスクアセスメントツールなどあり得ないものと考えられます。現に、統合失調症の診断は、上記のHCL-20ではハイリスクの要因とされていますが、別のVRAGというツールでは全く逆の要因とされています。これは、開発時には有効とされていたツールであっても実際にはAUC0.5を割り込む(名前の順番よりもはずれる)可能性が存在することを示唆しています。

 結局のところ、リスクアセスメントパラダイムとは、先の○×式の喩えに戻れば、与えられた問題個々の正誤を検討するのではなく、問題群を仮定された潜在特性である「×っぽさ」の順に並べかえることに血道をあげる営為と考えることができます。

 この滑稽な努力の社会的背景は、合衆国の刑務所事情にあると思われます。欧米では刑務所の過剰収容の問題は一般的ですが、特に合衆国では、受刑者に対して過剰収容を理由に提起された行政訴訟の賠償金を払う必要が生じる反面、仮釈放された受刑者が仮釈放期間中に起こした重大再犯事件の被害者から仮釈放処分によって被害が生じたとして提訴されるといったことがあります。過剰収容を緩和する為には仮釈放が必要であり、これに何らかの「科学的な」基準を明示して後のタイプの訴訟にも備える必要があるのです。いずこも同じ「箱物」の都合とは言え、「医療観察法」では、わざわざ「箱物」を作って、それを埋める都合なだけに、実際の運用に関心を持ち続ける必要があると考えるのは、筆者だけではないと思います。

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