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時は流れ、私は残されるーロンドンテロに遭遇して

小林 信子

 去る7月末の1週間、5年ぶりにロンドンを訪れる機会を得た。「イギリスにおける地域ケアの最近の発展」の調査団に加わったのである。この記事はその報告をするものではない。報告する義務はあると思うが、今回の訪問でイギリスには地域ケアの発想においてもその背中が見えなくなるほど私たちの国とは距離をあけられたという思いが私を圧倒し、書く元気が出てこないのが現状である。興味ある実践にも出会ったが、それらをつまみ食い的に紹介しても、政策発想の根本が違うので、どれだけ意味があるのか・・という悲観的想いにとらわれているのだ。
さて、私の思うところ、精神医療においても世界的な傾向として、より人権に配慮した多様な地域ケア推進の一方で、「安全な社会」のために管理された病棟における短期間の入院という二極化が進んでいるようだ。今回の私たちのロンドン訪問を受け入れてくれた精神医学研究所のソーニクロフト教授も「イギリス政府は不思議なことに、一方で地域ケアの発展を国の政策として、と同時に暴力傾向が顕著とされる人格障害者を強制入院させるための法改正を目指す(2007年には成立するだろうとうとのこと)という正反対の政策を同時に進めている」と認めていた。外国のユーザーもそれぞれの国で似たような状況を述べていた。
好景気が続くイギリスも、犯罪予防という名目で数年前から監視カメラ導入の法律ができ、続々と設置されてきた。実際目で見て、駅構内はもちろん、街頭やバスや地下鉄の中にも備え付けてある監視カメラの氾濫に改めて驚いた。ダミーがかなりあるとしても、驚くべき数である。「プライバシーにうるさい国民なのに、なぜこれらのことが容認されているのか」ということが、今回の私のテーマになってしまった。7月7日のテロでは、犯人特定にこれらのカメラからの情報が有力な決め手となっていると日本でも報道されている。「安全な社会に住む権利」が世論として形成されてもいる。確かに、イギリスでは刑務所の過剰収容が大問題で、増設されている。人種問題が大きく関わっていて、人口と反比例してアフリカや西インド諸島からの移民やその2世の収容率が高い。つまりは貧困問題でもある。しかしイギリスの精神科医によれば、精神障害者による犯罪はむしろ減っているという。これらの数字があっても、「安全な社会」という世論は、重度の暴力的な人格障害者を予防拘禁する精神保健法改正への動きをやめさせることはできない。さらに、保安病院はすでに長い歴史を持っている。
 ロンドンのテロ実行犯はイギリス生まれで、彼らがイスラム原理主義者になったことで社会にショックを与えたという。同時に、ヨーロッパ各国で動きが活発になっているネオナチや右派の台頭はイギリスでも例外ではないらしい。スキンヘッドの男たちがイスラム寺院の周辺で「イスラム教徒に人権はない」という横断幕を掲げてデモ行進し、警察官に規制される現場を偶然目撃した。
 ブラジル人青年が地下鉄の中で射殺された事件は、「テロ取締り法」の非情な運用と知ったが、人権団体が早速この事件への抗議行動を国会議事堂前で行っていたことにほっとした。誤って射殺されたブラジル人青年の事件は、捜査過程での誤った情報が訂正されないまま尾行され、追跡者に驚いて立ち上がったところを「抵抗」とみなされて、白昼地下鉄の中で押さえつけられ頭に7発もの銃弾を打ち込まれたというギャング映画のような出来事だったといわれている。イスラム教徒を自国内にどれほど抱え込んでいるかいないかは重要な要素だが、それにしても、戦時下のようなすごい法律が制定されているなという思いがある。
精神保健に関わるきめ細かい地域ケアの進展や、利潤追求とは別の“利益”視点の政策を推し進めているイギリス政府が一方にあることが今回の研修ツアーでわかった。好景気に支えられていることもあるが、ホームレスの人々への精神保健専門のチームとNGOなどの共同作業で、ロンドンの最も貧しい地域ですら路上生活者はほとんど見かけなかった。これら政府のやっていることと、人権無視のテロ対策法が共存することが現実の社会ということなのか。日本も似たような経路を歩んでいるのだろうか、考え込む日々である。

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