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あらためて「自立支援法」を問題にする

編集部 木村朋子

 自立支援法について、これまで「おりふれ通信」として真正面から取り上げることを避けてきた。三障害統合・給付が義務的経費となり税金で保障される・市町村の福祉計画の明記などよいことも書いてある、全体が(まだ)よくわからない、それなのに皆が恐れと不安を先取りし振りまきすぎてはいまいかという違和感、32条撤廃反対のみを主張することへの恥ずかしさ(当事者の反対はある意味で当然としても、従事者は現金給付で当事者が医療費を支払う先を選べる制度化くらい要求しないと、自らに甘い要求に堕してしまうと思った)等々がその理由だった。
 編集部の中では岡本さんが早くきちんと取り上げるべきと、編集会議で主張し続けてきた。6月の編集会議では、全体が見えなくても「これはおかしい!」と思うことを、ちゃんと整理して発言していこうと話し合い、また6月号に四国・松山の佐野さんから投稿を得たおかげもあって、考えの整理も少しついてきた。7月5日には日比谷公園でもたれた「このままの”障害者自立支援法案”では自立できません!7/5緊急大行動」(文末に大会アピール掲載)に参加し、最終的には11,000人集まったという人々のパワーを感じることもできた。あらゆる障害の人々とデモ行進し「三障害統合」をも同時に実感した。(しかし同じ頃行われ大きく取り上げられた「郵政」のデモは参加者3,000人というのに、こちらの行動・デモは、新聞では毎日くらいでしかとりあげられなかったのは、残念無念!)。

 そこで「これはおかしい!」と思うこと。1.当事者抜きに決めるな!という一貫した全国行動の声の無視。当事者に支持された身体障害・知的障害の支援費制度が、見積もりの甘さによる財源不足を来したという理由で、たった2年できちんとした総括もなしに、拙速に変えられようとしていること。

2.「自立」の考え方について。数時間かけて独力で着替えするより、他者の力を借りて数分で身支度して外へ出、社会参加しようという、自立生活運動が築いてきた自立の考え方など、価値の多様性が、訓練して自分の力でできるようになること、ひいては働けるようになることが自立であり価値であるという旧来の考え一本に押し戻されようとしている。

3.「応益負担」という考え方もおかしい。 自立支援法に福祉はない、ノーマライゼーションという言葉が消えたという指摘もあったが、衣食住を満たし外に出る・社会で生きる、その条件整備は基本的権利であって、「益」ではない。衆議院厚生労働委員会で山井氏も強く主張しているが、障害の重い人ほどたくさんのお金をとるという国は世界のどこにもない。
 
4.自立支援、精神も含めた障害者福祉の統合と言いつつ、何よりの自立支援である精神病院に社会的入院をしている72,000人の退院促進という厚生労働省も認めた方針につながる策が何もない。
 7月末現在、自立支援法案は衆議院を通過し、参議院厚生労働委員会で審議中というところまできているが、遅ればせながらおりふれでも、今後特に基本的な考え方の部分を大切にして取り上げ続けていきたい。

このままの"障害者自立支援法案"では自立はできません!7.5緊急大行動 アピール

1)現在の生活水準を絶対に後退させないでください。障害保健福祉関連予算を大幅に増やしてください。これまでの予算水準はあまりに低すぎます。特に、地域生活基盤の緊急整備を行ってください。
2)「応益(定率)負担」の導入はやめてください。所得保障の確立が図られないまま導入されれば、障害者の生命を削ることになります。また、本人が負担できない場合に家族に負担が及ぶことは避けてください。働きながらの費用負担も納得できません。
3)難病や発達障害、高次脳機能障害といわれている人びとなど、すべての障害を障害者自立支援法の対象としてください。
4)市町村審査会の構成メンバーに、障害者の地域生活について経験や知識等が豊富にある当事者を構成メンバーに加えて下さい。審査会の役割は「障害程度区分の二次判定」にとどめ、非定型的支給決定の審査は行わないようにしてくだい。
5)重度障害者が安心して自立生活ができるサービス水準を確保して下さい。そのために、重度障害の一人暮らしを想定した国庫負担基準を設け、一日24時間の介護保障が可能になるようにしてください。
6)障害者の社会参加にとって重要なサービスである移動介護は、個別給付として下さい。個々のニードに基づいて利用できるような仕組みを継続してください。
7)コミュニケーションの保障は、あらゆる制度利用と社会参加の基本となるものです。手話通訳や要約筆記等のコミュニケーション支援については、国が責任をもって財源保障をする仕組みにしてください。
8)自立支援医療は凍結してください。精神通院公費医療、育成医療、更生医療を継続し、本人や家族の負担増を前提にすることなく、安心して受けられる医療制度をそのまま続けてください。
9)一人ひとりのニードと障害に応じた働く場や日中活動の場をもっと増やしてください。雇用と福祉の一体的な体制を図り、雇用や仕事の発注面で、企業ももっと応援してください。とくに、雇用に就けない人のための働く場を拡充し、地域活動支援センターについては個別給付としてください。
10)障害程度によるグループホーム・ケアホーム等への振り分けを行わず、また、グループホーム内のホームヘルプ・ガイドヘルプ利用を存続してください。
11)障害児福祉に関して、発達・育成期にあることをふまえて、現行の公的責任による施策を維持してください。
                                                2005年7月5日
          「このままの”障害者自立支援法案”では自立はできません!7.5緊急大行動」参加者一同
                                 

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「ちょっと待て!心神喪失者等医療観察法6・12の集い」報告

病院ソーシャルワーカー  古井美樹子

 6月12日、国分寺労政会館にて「ちょっと待て!心神喪失者等医療観察法6・12の集い」が開催された。集会は「国立武蔵病院(精神)強制隔離入院施設問題を考える会」と「心神喪失者等医療観察法(予防拘禁法)を許すな!ネットワーク」の共催で、都内以外にも遠方からの参加者もあった。
 会の内容としては、これまでのネットワークの活動の経過と医療観察法の問題点を指摘する龍眼さんからの基調報告に続き、衆議院議員石毛えい子さんの講演。ここでは「障害者差別の現在を考える」と題して、昨年の障害者基本法改正の流れの中で障害者差別に関して「何人も障害者に対して障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない 」という文言が入ったにも関らず、心神喪失者等医療観察法案の審議過程に障害者差別についての議論が深くなされなかったこと、また国会内で法案をいかに通すかというテクニカルな問題に流れがちである現状を残念に思うと話された。そして、障害を持つ方のおかれている環境、特に労働や教育の面で、それぞれに応じて然るべき便宜をはかるリーズナブル・アコモデーションの理念が現場に反映されていくようにするのが課題であること、障害者雇用促進法や障害者自立支援法においても達成されていないし、差別禁止を規定した障害者基本法の改正が役割を果たしていないと語られた。石毛氏の講演の中にあった、「法案をいかに通すか」ということに傾倒する流れは、障害者自立支援法案の審議過程にも共通して感じられる。一人ひとりの人権や生活を左右する重大な法が、根底からの議論や吟味なく成立することに憤りを感じる。
 講演の後は会場に集まった参加者からの言葉。「この法に対し、皆で戦っていきたい」との決意や、「これまでゴミとして扱われてきた精神障害者を、さらに治安のために入れておこうとする『危険ごみ処理施設』が造られようとしているのである」とする訴え、「精神障害者が自殺するしかないと思う背景には社会の問題があり責任がある。生まれてから死ぬまで差別をされずに生きられる社会を皆で作ろう」との呼びかけといった、さまざまな声があがった。
 また弁護士の池原穀和さんは、心神喪失者等医療観察法に対して我々がどう対処していくかという3つの方針を示された。1つはもし入院になる人がでてきた場合、地域の人やPSW、弁護士等第三者がとにかく病院の中に入っていくこと。これは見えないところでこそ人権侵害が起こるということの他、最大3ヶ月とされる鑑定入院期間中に保護室を利用する可能性が高いと考えられるにも拘らずこの法律に人権保障の規定がなく侵害を受けたときの救済が保証されていないといった法自体の欠陥も関係している。2つ目は施行させないこと。施行させてしまったとしても反対の声や廃止に向けた運動を起こし続けること。3つ目はこの問題を社会全体のものとして共有し、大きな市民運動にしていくこと。当日も集まった参加者からは、この運動をこの場だけではなく、全国区のものとなるように呼びかけて広げていかなくてはならないとの強い声があがった。
 医療や社会復帰という名目で、多くの欠陥がありながらも施行されようとしている心神喪失者等医療観察法と、就労支援や自立のためという名目で成立しようとしている障害者自立支援法。2つの法が個人や精神医療、障害者福祉のあり方に与える打撃は大きく、それは人間の尊厳と権利に打撃を与えることにもつながるのだと感じている。7月15日に施行をむかえる心神喪失者等医療観察法に対しての怒りとこの法のあり方の不当さを実感させられた会であった。 (6月記)

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精神障害者は障害年金査定でも差別?

全国「精神病」者集団会員 山本 真理

 先に障害年金と手帳の級に関するアンケートを「おりふれ通信」に同封していただいた。
 各地の仲間そして家族会の協力もあり、アンケートは722通集まった。匿名調査のためお一人お一人にご報告をする手段がないので、ここにご報告させていただく。さらに詳しい報告は長野英子のサイトの以下からダウンロードできる。
http://popup.tok2.com/home2/nagano2/gsmaterial.htm
任意抽出でもなく、コピーをして集めてくださった方も多く回収率も不明であるので統計的な分析は不可能であるが、たとえば以下のような声が自由記載に寄せられている。
・ 援助はそれだけ(年金)だから非常に困る。(2級から3級に落ちた)
・ 年金が少なく生活に困っています。今は両親が生きていて生活のよゆうがなく、遊ぶお金も少しは欲しい。
・ 私は今でさえ1種1級ですが、年々障害が進行していき不自由さが増しているのに、年金は全く増加しませんから困っています。長生きすればするほど困る気がしている。遠まわしに死へ誘導されちゃってるのかもしれない。バカにされているのなら、やめてもらいたい。将来不安です。
・ 生保受給しているのですが、手帳が3級になり加算が全くなくなりました。生活していくのに不安を感じます。3級でも多少の加算がつけられないものでしょうか。

自立支援法案では強引に「応益負担」が唱えられているが、精神障害者の所得保障の実態はなんら明らかにされないままに、32条の撤廃や負担増が強行されようとしている。
しかし年金を受給している精神障害者のほとんどは定期的に級の審査を受けており、診断書提出のたびに不安から病状悪化を招くものもいる。ひとり暮らしをしているから1級のはずがないという指導がされる地域もある。1級の人に医療費無料の施策がとられたら、1級の人が級を下げられる、などという地域もある。級を切り下げられたための自殺者すら出ている。わたしたちは非常に不安定な年金収入に頼らざるを得ない。生活保護受給者の場合でも3級となってしまうと、障害加算が0となってしまう。障害者ではなくなるのだ。
級別の人数統計すらないので精神障害者の所得保障を論ずる基礎資料すらない。仮に「応益負担」を論ずるなら、基本的な所得保障の実態把握は最低限の条件である。
上記の声を持って国会議員に訴えご協力をいただいて、厚生労働省より精神の障害による障害年金受給者の級別人数と年次推移の統計を入手した。共済年金は厚生労働省にはなく国民年金と厚生年金の人数であり、精神の障害には知的障害と神経障害も入るので、より詳細な分析にはもう少し資料および時間が必要である。
しかし添付のグラフにみられるように、精神障害の場合に他障害に比べ障害程度が低く査定されている疑いがある。さらに厚生年金と国民年金による級別構成比は極端に違う。1級の構成比の年次推移によると財政状況に障害認定が左右されている疑いもある。
自立支援法案では原則すべてのサービス受給について障害程度の査定がされることになっている。そうなれば今現在サービスを受けている精神障害者も「手も足も動く、目も耳も大丈夫」という形でサービスを拒否されていくことは十分予想される。そして障害程度認定自体が財政状況に左右されていくこともありうる。審査の透明さとい
う掛け声もむなしい。
そもそも精神の障害とはなんなのか、それすら専門職間でも意見の一致を見ていないのが現状であり、私たちの困っていること=ニーズに耳を傾けられない実態は先に大田区の例を報告したとおりである。いま必要なのは名目だけの三障害統合ではなく、私たち「精神病」者本人を中心としたより詳細な研究と討論が必要であるのは言うまでもない。そして何より一人一人の障害者が声を上げられる、人権主張とそれを支えるサービスこそが求められている。

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People Say I’m Crazy を見て

陽和病院南4病棟  荒井 桂子

 昔小さいころ見たことがあるような映画自主上映でした。小さいころ、ある小さな映画を見ました。近所のお兄さんが映してくれた映画です。なつかしいオレンジ色の映画です。夕日みたいな、さみしいような映画です。アパートのせまい部屋で見ました。私たちくらいの年頃の子どもばかり、何人でしょうか、6~7人あつまって見ました。よくわからなかったけど、いい映画でした。私もその時何だろうな?と不思議に思いましたけど、オレンジ色がすごく心にのこりました。今でもあの夕日のようなオレンジ色が心にうかびます。さみしいような、悲しいような、ノスタルジックな映画でした。海の水の味みたいな感じがします。
 これからどうなるんでしょうね私たち、退院して。でも、世の中はどうなるんでしょう。するとあのお兄さんが映してくれたオレンジ色がうかぶんです。きっとなんとかなるよ、大丈夫だよって言ってくれるんです。やさしく、不安にはなりません。あの時見たオレンジ色があるからでしょうね。
 あの映画People Say I’m Crazyもいい映画でした。心がきれいな人の映画です。あの映画を見ると心があらわれるような気がします。何の欲もありません。ただ、笑って、怒ってそれだけです。ひとりぼっちはいやだ、そういっているんです。人はひとりぼっちでは生きてゆけません。だからきっと、病気になってしまうんでしょう。なかよくしましょうね、みんなね、ね、ね。さみしいのってやだもんね。

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サルサと葉巻だけでなくーキューバの精神保健―

                        http://pb.rcpsych.org/cgi/content/full/26/5/185
S. R. Collinson, T. H. Turner
Psychiatric Bulletin (2002) 26: 185-188 より仮訳

この文章にあるキューバの精神病院(HPH)に、ほとんど同じ時期に訪れる機会があった(おりふれ通信211号で紹介)。少し古くはなってしまったが、私の文章で足りなかった部分もあるのではないかと考え、この場で再度紹介したい。 訳責 中嶋 康子

 西側の保健の最優先事項の観点から、境界的な性質を与えられている精神医学にとって、全く異なった政治システムを持つ国が精神病をどう扱うかは、常に調査する価値がある。
 キューバは40年間合衆国から通商を禁止され、ソ連の崩壊を受けてかなり厳しいものとなった。合衆国は、食品の販売を禁止、特に合衆国の製薬産業の優位を与え、キューバが世界水準の新薬を市場から購入するのを半分は止める効果をもたらした、薬品や医療品の制限を厳しく行った1989年から1993年の間にキューバの国内総生産は35%下がり、75%輸入が縮小した。特に医薬品メーカーによる薬品や医療品の制限を厳しく行った。それにより、必要な資源の入手が難しくなったが、キューバの人々の健康状態を保つことについては、逆に予防的初期ケアのシステムを発展させ、幼児の死亡率はワシントンDCの半分である。それだけでなく、バイオテクノロジーや家庭医療においては、発展途上国のための人的資源としてキューバで開発されている。また、キューバの医学校では世界中の多くの発展途上国の医師が勉強している。
 キューバ憲法は、医療を受けることは全ての国民の権利であり、政府の責任であることを明記している。医療システムは、一般的で包括的な医療に基づき、薬などは低価格ですむようになっている。カストロ政権は、首尾一貫して医療システムの資源に投資していた。現在キューバには6万人の医師がおり、214人に1人の割合で医師がいることになり、この数は世界一である。272病院と442のクリニックがある。2001年に新しく4つの精神保健の中心と作業療法の複合体の開発が含まれるプロジェクトが組まれている。「革命的医療」の教義は保たれており、精神保健の遺伝子的局面だけでなく、予防や社会的なリハビリもまた重要であるとされている。このような事を確認するために我々は、2001年1月に首都ハバナの西にあるマソラ(Mazorra)として知られるハバナ精神病院(HPH)を訪れた。
 HPHは1853年にヨーロッパ型の収容所として作られた。敷地は7ヘクタールあり、広々とした芝生と花壇に囲まれた1階建てのパビリオン型の建物からなっている。1959年にHPHはキューバでただ1つの公立病院で、それ以前は全て私立のクリニックだけだった。私達が会った医師は、病院が「狂人の家」と呼ばれていた1959年以前については話すのは気が進まないようだった。しかし、私達は病院の広い保管所で広範囲な記録を見せられた。1859年からの病院の写真は、植民地時代のパターナリズムのイメージから、バチスタ時代の絶望を通過し、カストロ体制化の人道主義的変化へと続いている。1959年からの写真は清潔な白い服の患者達が自分達の病院を建てる手伝いをしている所を見せている。
1959年以前は、HPHには2000床の病院に、診断名もない患者が6000人も収容されていた。彼らはマットレスもないベッドに、ロープや手錠でベッドに拘束されていたり、きちんとした部屋でなく、廊下や床で生活していた。また、ハンセン氏病などの身体疾患のある患者達も収容されていたし、小児病棟もあった。患者達は様々な精神症状を呈していた。当初からの責任者であったデュキュンヘ医師の指導の元、精神科医と心理士のチームにより、患者の病気の診断を行いながら病院を変えていった。そして1960年代にはヨーロッパに行き、新しい治療法を獲得した。主にフランスやスペインで経験したリハビリテーションモデルを取り入れていった。それらの2つの国とは現在でも職業的な協力関係にある。現在HPHでは2000人の入院患者がおり、別の2000人が地域で生活している。キューバ全体には3つの精神病院があり(カマグエイとサンチャゴ・デ・キューバ)、HPH以外は500~600床である。また14の州には総合病院に併設された20~30床からなる精神病棟がある。HPHの入院者は、リハビリテーションが必要な統合失調症の患者がほとんどである。
キューバには1000人の精神科医がおり、そのうち200人は小児専門医である。医学生は3年間の一般医療、更に3年間の特別なトレーニングをつんで精神科医になる。150人の医師がHPHで働いているが、50人は精神科医ではない。HPH内には身体疾患用のクリニックが併設されており、レントゲンや、心電図、脳波など身体疾患の検査設備がある。患者に手術が必要な時は総合病院に転院する。精神病院は急性期や救急、法廷で扱われるような事例や、リハビリテーションまでのあらゆる特殊性を備えている。65歳以上の老人は、重要な法的な事例のみ引き受けている。
精神病院にいる多くの患者はキューバ精神保健法による強制入院者である。総合病院の精神科に入院している患者は、ほとんどが同意による入院者である。入院に至る過程はイギリスと似ており、2人の精神科医(そのうちの1人は入院病院の医師)と家族の署名を必要とする。最初に72時間の指示が出され、その後長期になる場合は3ヶ月毎にレビューがなされる。キューバの精神保健法が最後に公布されたのが1983年であり、カナダのシステム(患者の権利や同意をとること)が参考にされた。
治療は一般的にはリハビリテーション・社会療法・作業療法・薬物療法を併用したものである。特に作業療法には力を入れている。社会主義者の変化や、他のマルクス主義者の精神病に関する理解を得た時の評価と同様に、HPHの医師らは「薬物療法とリンクした社会療法」についても語り、キューバの職業作業療法が、単なる運動療法を越えて情緒的・社会的便益の両方の生成を目指したもので、欧米の限られた方法よりも発展したものだと考えている。電気ショック療法も行われているおり、有効であると考えられているが、専門家の中でも意見が分かれている。薬物については一般的な向精神薬や抗うつ剤は使用されているが、非定型薬は大変限定されている。オランザピンについては話されたが、それはフランスやスペインからの限られた病院や施設からの援助に頼るしかないようだった。プロザックは三環系抗うつ剤と同様使用されている。
病院には2000人のスタッフがいる。彼らはよく訓練され、患者と熱心に対話しスポーツや音楽療法等の活動に熱心に従事していた。また、私達は患者達による音楽ショーに出席した。
精神疾患以外の診断名としては拒食症や過食症はわずかしかなかった。病院には薬物依存専門病棟(DDU)があったが、外国人のためのもので、ベネズエラやコロンビアのスペイン語圏の人達がいる。それは特別な収入を得る方法に見えた。キューバは麻薬の取り締まりが大変厳しく、薬物乱用者は大変少ないが、ラム酒が広く飲まれているためアルコールの問題は抱えている。しかし、最近コカイン依存者が発見され始めた。DDUでは集中的なグループセラピーが行われており、他の国でも使われている方法である。
患者の多くは週末に家に帰り、日中だけを病院で過ごし作業療法などを行っている。また「夜間病棟」があり、日中は仕事をするなどして外部で過ごし、夜を病院で過ごしている。地域ベースのチームがあり、ハバナ地区(人口300万人)で活動している。それぞれの患者には担当のソーシャルワーカーがいて、地域ベースでの治療を受けている。地域では、精神科医を志している医学生が一つのテントで2ヶ月間ごとに交代するシステムをとっており、注目すべきことである。キューバの医療の中で精神科医のステイタスは高くない。
地域で起きる「不幸な事件」について医療チームとして十分に協議されていたり、法的な手続きを踏んでいた場合、医師が法律家から攻撃されることはない。私達を案内してくれた医師は、患者の開放を決定する時の責任については、資本主義社会との間とは違いがあると感じている。それは資本主義社会の精神科医は、患者を開放する時のいかなる決定についてもある種の責任を負うことである。患者は地域の機関でフォローされ再発を予防している。精神障害者の事件がスキャンダルとして扱われることはない。それは、報道機関の考え方にもよるし、医者がメディアに権力を持たせないことにもよる。
キューバ内での資源は不足しているため、キューバ政府は新しく外国人向けの特別な医療や、生活の質の改善を提供した、ヘルスツアーを企画した。これにはスペイン語圏や、北米の人々が訪れている。
最後に、キューバの精神医療は全体的によく組織され、熱心なスタッフに支えられていた。懐疑的な西側の人間は、私たちが、見せるため専用のものを示されたのかと疑うかもしれない、しかし、病院全体の印象は、注意の行き届いた、よく組織された機関だというものだ。カストロの42年間の政権は、貧困や欠食や病気を包括的な社会福祉政策によって根絶したことは注目すべきことである。ここで行われていることは、世界の精神保健に携わる人々への現実的政治上の教訓になることではないだろうか。

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