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書評『自分らしく街で暮らす』ー当事者(わたしたち)のやり方(オリジナル「 PACE 」ローリー・アハーン、ダニエル・フィッシャー 斉藤・村上訳)

精神医療ユーザー 七瀬タロー

 多くの精神病者は、初めて、精神科病院やクリニックを、訪れた際、内心かなり強い「抵抗感」があったはずだ。自分から、受診した場合、周りから勧められた場合はもちろんのこと、まして(半)強制的につれていかれた場合など、「肉体的抵抗」をされた当事者さえ多いことと思う。
 そして、とりあえず、医師の質問に答える形で「症状」を話す 。病名はしばしば「告知」されず、薬の処方箋を渡され、それを、飲むように指示される。そして、2週間に一度の診察で、決まりきった質問(食欲はありますか、良く眠れますか、何か変わったことはないですか等々)を受け、症状(例 いらいらする 、不安がある)を、訴えると、新しい薬が、新たに処方され、調子が良いですと答えると、じゃあ徐々にお薬を減らしていきましょう、というのがほとんどのパターンだと思う。
 いわゆる、「精神病」に関する、「医療/リハビリテーションモデル」は、「精神病」を基本的に脳の科学的不均衡と捉え、薬と専門家の提供するケアを一生受け続けることによって、時に永久的に「精神病」から、「回復」しないものとみなされ、「精神病」のレッテルをはられた自分自身もその診断と指示に従わざるを得ないとされてきた。
 さて本著では、「精神病」に関する、エンパワメントモデルが、提示されている。P.21の対比にあるように、「あなたは精神病にかかっている」のではなく「コミュニティで生活しづらい深刻な感情的苦痛を経験している」のであり、その苦痛は「喪失、心的外傷、及び支援の欠如によるもの」だとされる。必要なのは専門家より信頼出来る仲間や友人のサポートであり、本人中心の自発的な自己によるコントロール、回復のペースの進め方、服薬に関しても、自分で選んでセルフ・マネージメントの技術を獲得し、深刻な感情的苦痛から「回復」するための、助けになる、手段といちづけられている。
 セルフ・マネージドケア(自己管理ケア)という概念は、本著のキーとなる概念であり、「回復」のための技術として、具体的に述べられている。
 まず、感情のレベルで人とかかわることの重要さが、不快な気持ちを表現することも含め、本著では非常に強調される。「世間では、『唇を噛んで』耐えなさい。感情、特に悲しみ怒り、恐怖を表に出してはいけないと言われてきた。これらの感情を表現できることは、回復に不可欠である。」

 私は、作業所と病院(デイケア)と家のいわば「三角形」の間を、往復している精神病者が、不必要なほど、「笑顔」を浮かべているケースによく遭遇する。精神障害者の「役割演技」をさせられているのではないか、と思うこともしばしばである。最近の感情に関する社会学的、歴史学的研究(「感情社会学」「感情の社会史研究」)によっても、感情自体が、社会的・歴史的な産物でもあることが、論証されているが、感情を表現すること、感情レベルで人とかかわることが、重要であるという主張は、「あなたはコミュニティで生活しづらい深刻な感情的苦痛を経験している」という、本著での「精神病」理解から みても、「回復」のうえで、極めて重要だと思われる。なお最近流行のSST等には、このような観点は、ほとんど欠けているようにおもわれるが、専門家の方のご意見はいかがなものであろうか?

 セルフマネージドケアには、具体的なテクニックとして、縫い物や書き物、絵を描くといった気分を良くすることの発見、瞑想 、体、ヨガ、鍼、栄養といった、ホーリスティックヘルスの採用等もあげられている。また、よくなるためには困難や「回復」に関して部分的であっても自分で責任を取ることが重要だともされる。
 またその一方で自分を許すことも、同時に強調される 。そして責任を果たすことに伴う潜在的な危険は、問題に関して自分自身を非難しすぎることであり、これは、自己懲罰につながりやすい。本著は、「失敗も繰り返しながら、学んで成長していく」という「自立」の考え方と、同様の発想の「回復」観にたっている。その上では、自分に少し寛大になること、あなたを許してくれる友達がいれば、より容易に自分を許すことが出来る、とある。そして心から安心し信頼出来る人、体験を分かち合える人、そして人間的な人の存在が「回復」にとって、何よりも重要だと本著では主張されている。そして、またユーモアは重要なファクターであり、ある人は自分のケア提供者について「彼と会うと私は笑いっぱなしだった。彼がいると笑えた」。そしてインタビューされた人の大半は、専門家的なよそよそしさは「回復」への妨げであると述べている。

 最後に、私が、若干気になった点を二~三述べてみたい。
まず「精神病」理解、そしてそれにもとづく「回復」概念が、通常の精神医学とはかなり異なっている。その点を考慮せずに、この本を読んだ各種「専門家」が何かのヒントを得ること自体は良いことだと思うが、「自分で自分の『回復プラン』を立てなさい」等と言い出したら、これは本末転倒であろう。
 基本的には、ピアサポート、自助グループの方々が参考にすべき本だと思う。またこの「回復」概念が成立するには、各種社会的・経済的サポートも、当然必要とされる。しかるに、昨今の情勢を考えると、様々な困難も当然予想される。また特に「回復」の概念を、かなり慎重に理解しないと、「回復」の強迫神経症になりかねないとも思う。
入手方法・連絡先
080-1036-3685(平日13時~16時)
E-mail : rac0207@yahoo.co.jp (出来ればメールでお問い合わせをとのこと)

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