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こんな時だから、何とか原則に戻って考えていきたい

編集部 木村朋子
 2005年はじめての号をお届けします。
 戦争、天災・・・と、世界も日本も揺り動かされるような不安な年明けでした。
 こういう時、以前なら私達のグループ(東京精神医療人権センター、東京地業研など)の代表藤澤が、「『それでも人生にイエスと言う』のこと」「憎しみの鎖を断ち切るために」など、新年の巻頭言を、大きな絵を描くように語ってくれたのでしたが、その藤澤も脳内出血で倒れ、闘病生活ももうすぐ丸三年。もちろん私達は、また語り合えるようになる希望を持ち続けていますが。
 精神保健福祉の世界では、昨年の10月に出たグランドデザインや、そこから出てきた「障害者自立支援給付法」が今通常国会にかかる・・・と矢継ぎ早に厚労省から文書、新方針が出され、大混乱の状態です。やはり昨年唐突に出された介護保険への障害者の統合問題は、財界・自治体の反対で今回は見送られました。その論議の中で強く印象に残ったのは、立岩真也さんの「・・・基本的には、財源がないなどと冗談にでも言うな、ということだ。一人ひとりが生きるために必要なものがあり、その水準をそこそこに揃えることは社会の義務だと考える。・・・それを分配すること、分配するために徴収することが社会的義務になる。私は、極論すれば、政府は他のことはしなくてよいと考える」(DPI「われら自身の声」20巻1号)という言葉でした。「財源がない」、「パイは小さくなったのだから」・・・等の言葉を認めてしまって踊らされるのでなく、損得でもなく、生き残りでもなく、原則に戻って考えていくということ。言われてきている中で、「三障害を統合した施策」は、特に精神障害の当事者・関係者が求めてきたことです。一方、新法案では精神科通院医療公費負担(精神保健福祉法32条)が、「自立支援医療費」(何ともひどいネーミング!)として身体障害者の医療費公費負担などとまとめられ、一括して見直し(=病名、世帯の収入の条件を厳しくする)になるということで、「32条を守れ」という運動が一部にあるようです。先月号で小林も書いたように、ここは三障害統合という原則に立つこと、その上で世帯単位でなく、障害者個人の収入に基づく算定にせよと主張することが大事です。(現在東京都は、障害者個人が非課税であれば、32条の自己負担分をカバーして無料にしています)既に身体障害者を中心とする厚労省交渉では「親兄弟からの独立が自立への第一歩」と、世帯単位収入算定への反対が重ねて提起されているとのことです。
 その他地域サービスの新法「介護給付」への当てはめについても、慌てず踊らされ
ず、これまで大切にしてきたことを検証しつつ、踏ん張った対応をしていきたいものと念じています。

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北海道の医者からみた東京の精神科事情

伊東隆雄

(編集部より)
以下の記事は、昨年春、オホーツク海に面した一地方都市で長年での精神病院勤務を辞め、「思うところあって」東京に出てきた精神科医の印象記です。大学の同人雑誌に掲載されたものを、了承を得て転載させていただきました。

 小生は今、東京北区の小さな単科の民間病院に勤務しています。入院患者の大半は分裂病圏です。半年ほど病棟に出入りしていて、あるときふとあることに気がつきました。それは病棟の中で、区の保健婦さんや福祉のケースワーカーさんの姿を見かけないということでした。北海道にいた頃は、毎週うるさいほど(失礼!)保健婦さんやケースワーカーさんが病院に押し寄せてきて、患者の状態がどうなっているだの、これからどうするつもりだの、質問攻めにあっていたわけですが、こちらではとんとそんなことがなかったのです。小生が非常勤だからと思いきや、他の医師のところにもほとんど押しかけている様子はありません。生保の患者が入院して一週間しても二週間しても、担当ワーカーから何の音沙汰もないのです。不思議に思ってあるソーシャルワーカーさんに尋ねてみました。すると、その界隈では、医師から要請がないと行政職員は病院には出向かないとのこと。年に1度か2度の義理訪問以外は顔を見せないということでした。理由を聞いてみると、生活できないほど状態が悪いから入院されているので、行政としてやることがないからとのことでした。一旦入院してしまったら、生活者として見るという視点が完全に欠落しているという印象を受けました。たまに面会に来てもらったらどうかとソーシャルワーカーにいうと、不思議そうな顔をしていました。
 一般科とのミゾ:
 東京都の精神保健福祉課では身体合併症の転院先の紹介事業をやっています。肺炎やイレウスなど、手のかかる合併症の患者を引き取ってくれる病院をさがして、紹介してくれるという事業です。受け手はおもに松沢病院ですが。その話を聞いたときは、素直にすごいなあと感心しました。さすが大東京、親切だなあと。でもよく考えてみるとなんか変だなあと思いました。北海道で合併症の患者が発生したとき、道庁に電話して転院先をさがしてもらうなんて考えられるでしょうか。ありえないことですよね。これは要するに、お上の力で探してもらわないと、受け入れ先が見つからないというお寒い事情だというわけです。
 東京は精神科をもつ総合病院が極めて少ないということがあるかと思います。しかしそれだけではなく、一般病院にとって精神科はいやなところのようです。北区の近くの病院に入院依頼して露骨に断られたことがありました。「うちの○○のドクターはプシ科の患者は診ないんですよ、すいませーん」てなわけです。先日も糖尿病で内科に通院している患者が、意識が朦朧としたり、歩行がおぼつかなくなり、ついに尿閉まで起こして、かかりつけの病院に行ったところ、精神薬の副作用だから精神科に行けと追い返されました。救急車で来院した統合失調症の患者さんの緊急採血したところ、血糖は4百あまり、CPKが数千、LDH,GOTも高値で、どうみても内科のもんでした。あらためて都の合併症ルートで転送しましたが、こんなことがよくあります。とんでもないことだと思います。

{感想} 人権センター  小林信子  
はい、ご指摘の通りとんでもないことです。悪名高き都の精神科救急制度に加え、入院者は行政からも忘れられています。私は長期在院者への定期訪問を続けていますが、担当が替わった福祉のワーカーが挨拶に来るというのも、希少例です。保健師さんが面会に来てくれている人は皆無です。以前はそうでもなかったようですが、保健所の再編とデイケア設置が、病院を忘れさせています。他科の精神科差別というより、医者の精神科への偏見はひどいものです。
体験者の声を集め、医学教育の中でカリキュラムを設けてもらいましょう。同時に、東京は単科精神病院がすでにありすぎたから、精神科が総合病院に設けられなかったのでしょうか。考えてみるに値するご指摘です。

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東京精神医療人権センターに寄せられた相談から

編集部より
 東京精神医療人権センターに寄せられた相談からの報告です。以下東京都知事宛にだされたある家族からの抗議文と都からの回答の文書(一部省略)です。

東京都知事殿                2004年11月30日
    ○○○○
娘の措置診察について以下抗議し、説明を求めます
1 診察が本人も記憶していないような状況で行われたこと
 本人は全く診察を受けた記憶がないと言っております。前夜遅く緊急措置入院
 点滴で眠っていたので眠りからまだ覚めていない状態だったと思われます。
 このような状態での診察は、診察といえるのでしょうか。
2 現に保護に当たっている私を診察に立ち会わせなかったこと。その事につい
 てその後貴下に問い合わせたところ「診察は本人のみで家族は立ち会えない」
 と回答されたこと。
 診察の日時は確かに教えていただきましたがその時間にはどうしても行かれな
 いことを伝えてありました。診察時間をずらせていただくわけにはいかなかっ
 たのでしょうか。法律では「現に保護に当たっている者は診察に立ち会うことが
 できる」ということです。本人の今後ことも考えそのような配慮がどうしてなさ
 れなかったのでしょうか。
詳細については次の通りです。(以下略)

○○○○様 平成16年12月14日
東京都福祉保健局障害者施策推進部精神保健福祉課長

  2004年11月30日付けで、東京都知事及び精神保健福祉課長宛に依頼のあった
 件につきまして、以下のおり回答いたします。

平成16年10月5日、東京都立墨東病院(注 実際は豊島病院)において、○
 ○○○様に対して行った措置診察及び措置入院につきましては、精神保健及び精
 神障害者福祉に関する法律(以下、「精神保健福祉法」という。)に基づき適正に
 行っております。
(中略)
措置診察時ひは、精神保健福祉法第27条第3項の規定に基づき東京都職員が立
ち会い、本人を診察できる状態にあるかどうか、指定医の診察が適法かつ確実に
おこなわれたかどうかを確認しています。診察を行う前には「これから東京都知
事の命令による措置診察を行います。2名の精神保健指定医があなたを診察し、
診察の結果によっては措置入院になることがあります」と本人に告知しています。
今回の診察にあたっても、立ち会った職員が告知を行った際に、ご本人が告知の
内容を理解され、口頭で了解した旨応答されるなど、ご本人が診察を受けられる
状態にあることが確認できており、措置診察は適正に行われています。
 精神保健福祉上は、知事が家族に診察の告知をする義務を明記していますが、家
族の立ち会いは義務付けておりません。しかしながら、家族からのお話も伺える
ようにできる限りの調整はしておりますが、診察時間を大きく遅らせた場合、ご
本人への医療的対応が遅くなるだけでなく、他の措置診察への対応が遅れたり対
応できなくなるなど、緊急に医療を必要としている精神障害者に対する措置診察
及び措置入院制度の適正な執行に支障をきたすことになります。
 保護者の役割につきましては、単に救急車の付き添いだけでなく、入院先の病
院において医師に協力することや、入院者本人の財産上の利益を保護するなど、
重要な役割があります。
 東京都の措置制度について御理解をいただきますようお願いいたします。
 なお、時節柄ご自愛くださいますようお祈り申し上げます。

編集部より
 東京都の回答は、都職員が適正な診察が行われたか確認していると言うことだが「他の措置診察への対応が遅れたり対応ができなくなるなど・・・・・」と述べられているように措置診察の手配をすることが主と思われる。そのような役割をしている同じ都職員が、第三者として診察を受ける人の権利を守ることがにできるか疑問である。「ご本人が診察を受けられる状態にあることが確認できており、措置診察は適正に行われています。」と述べているが本人、家族にとってはとても納得できるものではないはずだ。
緊急入院時に点滴で眠らせた場合翌日の診察は、朦朧とした状態で頷いたのを理解し、了解したとされるおそれも大きいと考えられる。
また、診察に家族が立ち会う意志がある場合最大限の努力をすることも必要と思われる。

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病院調査に参加して

柏木診療所 看護師   中嶋 康子
 5年間の沈黙(?!)を破って、東京精神医療人権センター・東京地業研が病院調査をすることになり、私も調査員になった。調査の目的は、5年間の変化を相対的に見ること。調査員はそれぞれの病院を評価するのではなく、話をきちんと聞いてくることが課されている。私達より数段上を行く、病院管理者の話に巻き込まれないためのシミュレーションを交えた研修会も行われた。前回を上回る4人体制の調査員配置で、いよいよ調査開始だ。
 医療の現場から離れて早10年(2年前から出戻って医療職で働き始めたが)、病院調査は初めてなので病院をよく知っているとはいえない私だが、比較の対象がない方が見えやすい点も多いと思って参加した。10年以上前、病院の建物はどこもそれほど違わないように見えた。違いはそこのスタッフの働き様だったり、システムであったような気がする。けれど今、病院の違いは拡がっていた。いくつかの病院の中には、時代が止まってしまったような所もあって、「建物は戦前のではないか。」と反省会で話したこともあった(これは間違いで、1960年代のものだった)。そうかと思えば、病院のイメージを払拭するようなところもあった。絨毯の敷いてある廊下、木目調の家具が設置された部屋、暖かいトイレ、バリアフリー(これは病院なら当たり前なのかもしれないが)。調査する私達もつい、建物に目が奪われがちになる。「古い・汚い・閉鎖的」とつい精神病院をステレオタイプでまとめたくなってしまうが、それは違うということを教えられた。  
 建物だけでなく、対応してくれたスタッフもまたいろいろたっだ。「長期の患者さんの退院については医師が決定権を持っている。自分たちは・・・」「病院で自分の身の回りのこともできない人が、退院して生活できるとは思えない。」等々時代が戻っていくような説明をしてくれた人もいたが、全体としては、現状を率直に話し、将来的な展望を持った説明をしてくださった方が多かった。(これは、調査を受け入れてくれる病院の特徴といえるのかもしれない。)ただ、評判の良い病院であっても、地域の福祉施設との溝の深さを感じさせられた。医療からは地域の福祉が何をしているのかわからない。医療は悪で、福祉は善か?という話を聞いた。医療機関と特別な関係を持っていない福祉施設の多くは、医療の現場を知らない。そこから見える医療は、病気に対して絶対的な権限を持ち、必要とあれば強権を発動し地域から連れ去ってしまい、連絡もない。受診の話でも待ち時間の長さは聞くが、充分に話を聞いてもらっていると感じている人は極めて少ない。薬の調整を直接主治医に話せる人の少ないことにも驚かされる。医療機関の担当者と連絡を取ろうと思ってもなかなか話が通らない。等々、福祉の現場から見る医療は、地域と離れた存在に見える。
 今後さらに制度が変わっていく中で、医療と地域、医療と福祉の協力体制は重要になってくる。対立をあおるような考え方もあるようだが、病気を抱えた人が生活していくうえで、両者が対立していては豊かな生活を進めることは出来ないと思う。協力していくことは、一枚岩になることでも、どちらかが擦り寄っていくことでないことはもちろんだが、今のようにお互いのことを知らなさ過ぎることも問題だと思う。地域の人間は医療の現場に出向くこと、医療の事情を知ることを今よりももう少し積極的にやっていく必要があるだろう。医療の現場ももう少し、医療にかかっている人の地域の生活に関心を持つ必要があるだろうし、医療に関心のある人を受け入れる度量の広さを持ってもらえないだろうか。とりあえず、ボランティア団体の病院調査のようなところから・・

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投稿・グランドデザイン(案)先取り実態の大田区で暮らして

全国「精神病」者集団会員 長野英子
 今厚生労働省は、グランドデザイン(案)というものを出し、三障害統一の「障害者自立支援給付法」(仮称)なる法案を準備し、障害者の地域での暮らしを破壊しようとしている。この流れは、国家は治安と防衛以外何もしない、分配をしないという宣言であり、いずれは改憲、生活保護も名称を「自立支援法」とでも名称をかえ、一切の福祉から国家が撤退するという方向への一里塚である。
 2002年11月に大田区に転居して23年ぶりの1人暮らしをはじめた。23年間家族による介護によって暮らしていたわたしは何もかもに途方にくれていた。引越し荷物の整理ができず困り果てて、主治医を決めるより何より即精神障害者ホームヘルプサービスを申し込んだ。窓口の保健師さんは家庭訪問を受けた。わたしは引越し荷物の片づけを手伝ってほしいと訴え、できれば荷物片付けのためにある程度まとまった時間の派遣を一定期間してほしいと要請した。ところが保健師さんいわく、「精神障害者というのは人と長時間いると疲れるから、せいぜい1度に1時間、まあはじめは30分」。さらに患者会の荷物については、ヘルパーは手伝えないとも説明していった。私は、これは患者会の荷物これは私物などと分けられるものではなく、すべてが私の生活であると主張したし、少なくとも私物と判断されたものについては片づけを手伝ってもらえると信じ込んでいた。
ところがようよう、2003年3月から月4回1回1時間の派遣が決められ、それでもなお片づけを手伝ってほしいといい続けていたが、7月になって何の理由の説明もなく月3回1回1時間に減らされた。私は行政不服審査法に基づき異議申し立てができると確認した上(後にこれは誤りと判明)で異議申し立てをし、同時に担当の課長にも質問状を送り、課長の回答文書で、そもそもヘルパー制度では引越し荷物の片付けはしないことになっているという事実を知った。
 わたしは2003年の2月に相談に行って以来8ヶ月間まったく情報を理解できないままで、ひたすら期待をし続け、放置され続けたのだ。最初の相談以来、ヘルパー制度で、何ができて何ができないかの説明すらなかった。
わたしは現在週1回1.5時間の支給を受けているものの、2つある部屋のうち1部屋は事務所と認定され、寝室と台所のみの掃除、というヘルパー派遣であり、いまだに片付かない荷物のために、衣替えもできずに風邪をひくという生活を送っており、ヘルパーをめぐる行政の対応、モニター訪問による消耗も重なって1昨年2回、昨年1回の入院もしている。
ともかく「困って相談に来た障害者」をいかに水際で追い返し、支給を始めたらモニター訪問で消耗させて、いかに支給を辞退させるか、という対応といわざるを得ない。入院が決まっていると告げているのに、早朝アポイントなしの訪問ということまでするのが大田区のやり方である。過剰な期待を持たせないこと、安全保障観の確保こそ支援の大前提と考えるが、その前提を踏みにじっては支援とはもはやいえない。その上で希望者が少ない、ニーズがないというのが大田区である。
私たち抜きで私たちのことを決めて始まったヘルパー制度のそもそもの欠陥であり、さらに権利主張をささえるサービスのないことが重大な欠陥である。わたしの入院費に比べれば、わたしのささやかなヘルパー派遣要求のほうがはるかに安上がりのはずである。
 身体障害者の場合も、2004年度から「大田区居宅介護支援費(移動介護)の支給決定に関する要綱」で移動介護は一律上限32時間(1日約1時間)を上限とするとした。これに対しこれまで124時間の移動介護を受けていた鈴木敬治さんが異議申し立て、区に対して決定見直しと要綱の上限規定撤廃をもとめる署名運動をしている。この一方的支給削減につき、「32時間に同意しろ、同意しなければ0にする」と保健師が脅迫して回っている。さらに斉藤保健師は「最近の若い女はひどい、だから障害者がどんどん生まれる。24時間介護保障などできるはずはない」とまで発言している。 グランドデザインどおりになって、すべてのサービス受給について障害認定がされるようになるとのことだが、まず追い返せ、削れ、という対応の大田区のやり方が、全国化することは間違いないし、すでに身体障害者については都内のいくつかの市・区で大田区同様の対応が始まっている。鈴木敬治さんの呼びかけている、同封の要綱撤廃の署名へご協力を訴える。
大田区の移動介護一律制限撤廃署名についてくわしくは、
http://popup.tok2.com/home2/nagano2/0412suzuki.htm

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