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普通の市民の目で精神病院を見るーその① どうしてコミュニティの常識とこんなにかけ離れているの?!

コミュニティサポート研究所 齋藤明子

 今年初めに小林信子さんから「精神病院調査に参加しますか」と聞かれ「はい!」と即答した。というのは、障害当事者活動にかかわって何十年(身体)十何年(知的、精神)になるが、身体、知的障害者はいったん入所施設を出ると、まず絶対に施設にはもどらない。たった一人公営住宅からグループホームに入った人(身体障害)を知っているが、その理由はたぶん仲のよい友(同じ障害)が運営責任者で入居者もほとんど友達だったからであろう。
 しかし精神障害者の場合、ときどき人が消えることに気が付いた。「○○さんどうしたの?」と聞くと「入院している」という。「いつ退院するの?」と聞くと答えはたいてい「わからない」である。「そうか、盲腸の手術や骨折のように治癒の過程がはっきりしていないんだ」と思った。さらに驚いたのは「入院しろといわれているが、入院したくない!」という人がいて、いろいろ聞いてみると、その人が或るワーカーの悪口を言い、ワーカーがその人の主治医に入院を進言したという。他の病気ではあり得ないことではないだろうか。「悪口を言う」というのが症状を表すのかどうか、素人の私にはわからない。でも体温や血液検査、超音波やCTスキャンの結果を見せられてあなたはこうですよ、と説明されるほどには入院理由がスッキリしない。ワーカーとの人間関係によっては悪口は根拠のあるものかもしれない。小声で「懲罰としての入院はあるの」と、この業界人に聞いてみたら「もちろんあるわよ。“困ったちゃん”にしばらくどこかに行ってもらいたいということもね」と言われた。それではソビエト連邦時代のロシアが、反体制運動は精神病者のすることであるとして、精神病院に監禁していたのと同じではないか。。

精神病院は何故、市民による訪問調査を拒否できるのだろう?
「入院したくない!」と言っていた40代の人が入院し、病院内で流行っていた風邪でほどなく亡くなったと聞いて、地域で暮らしている精神障害者を本当に支援するためには、精神病院について知る必要があることを痛感した。民間とはいえ大部分の病院は患者自身が負担する治療費で成り立っているわけではない。運営資金の大部分は税金や保険料であろう。ならば民間病院であっても公的な存在である。一般市民の訪問調査を拒否できるはずがない、という私の予想は甘かった。‘99~2000年の前回調査で人権センター・地業研の訪問調査を受け入れた都内の精神科単科病院は全体の半分以下の35病院だったと聞いて、病院のガードの固さに驚いた。
最近いささか評判の悪いアメリカだが、障害者に対する差別を全面的に禁止した「アメリカ障害者法(ADA)」成立以前に、障害に基づく差別を禁止した法律は1973年の「リハビリテーション法」であった。この法律は連邦機関だけでなく連邦から補助を受けている企業にも適用された。つまり公的なお金が入っている組織は対社会的な振る舞いに関して、公的な機関と同じ規律に従うことを義務づけている。日本では税金が注ぎ込まれている法人の義務は、政権政党を支持することと、天下りを受け入れることのように思えてならない。人権センターと地業研が行う訪問調査でお願いしているのは病院の責任者への1時間程度の面談と病棟を見せてもらうことである。会員制クラブなどではない公共施設に対する要望として不当なものではないだろう。患者さんについて聞く項目はないのでプライバシーの侵害もない。何故そんなに隠したいのだろうか?(つづく)

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