« 11/20 心神喪失者等医療観察法(予防拘禁法)を許すな全国集会 | トップページ | 保護室を空っぽにする (2)―道立緑ヶ丘病院急性期病棟の試みー »

日本病院・地域精神医学会 神戸総会に参加して

佐藤朝子・木村朋子
 10月1~2日に神戸で開催された学会に参加した。発表は分科会と一般演題に分けられ、シンポジウムも同じ時間帯にプログラムされていることと、さらにシンポジウムの一部が有料だったこともあり、全てに参加できたわけではないが、参加した一部について感想を述べたいと思う。
 まず「訪問サービス」の分科会に参加したが、各施設や機関では個々に努力されているのだろうが、利用者にとって使いやすいものにまだなっていない、横の連携がうまくできていないという報告が多かった。もちろん利用者のニーズはそれぞれ違うので、100%カバーできるものではないが、担当者の「センス」によって、使いやすいものになるかどうかが決まってくるのだろうか。
 分科会の発表は一題30分程度とゆったりとしていたが、一般演題のほうはそんなタイムスケジュールではなく、時間がおしていいてゆっくり質問ができなかったと聞いた。分科会と一般演題の違いがよくわからなかったが、同じ時間に発表が重なると聞きたい演題を聞くことができないことがあるため、プログラムの組み方を工夫してほしいと思った。
 シンポジウムのひとつに「これからの薬物治療について、大切にしたいこと」をテーマに話し合われたものがあった。その中で神戸大学で抗精神病薬ののみごこちアンケートをとっているという報告があった。薬物についての勉強会を行なう前と後では薬ののみごこちがどのように変化するかというものだったが、アンケートのスケールがわかりづらく、利用者の感じ方で服用のメリット、デメリット感が違ってくると思うので勉強会の効果なのかどうか判断しづらい部分があったのが残念だった。
 他にも調剤薬局の薬剤師がシンポジストで参加しており、地域の資源を活用していくための視点としてはおもしろいと思った。 神戸大学の取り組みも実際は診察の場面で服用してどうか、服用することによるメリットは何かを個別に話す時間があればいいのだろうが、そんな時間がないのが現状ならば薬剤師と連携するのもひとつの方法なのかなと感じた。
 発表者のモラルとして問題ではないかと感じたことは、ある発表で利用者の今までの経過が事細かに報告され、近隣の関係者であれば、利用者の特定ができるような内容のものがあったらしい。しばらく前から、発表にあたっては利用者の了解を得ているか、あるいは特定できないように配慮することがあたりまえになってきていたと思っていたが、まだこのような例が残っている。
 あたりまえだと思っていたことがあたりまえでなく、あたりまえでなかったことがあたりまえになってきている時代である。いろんな意味で「取り残されない」ようにしていきたい。       (佐藤記)
 私も薬物治療についてのシンポジウムが印象に残った。べてるの家のメンバーの一人が、「以前は幻聴が出ると殺虫剤でやっつけるように対処し、幻聴はいけないもの、幻聴がでると主治医に申し訳ないと思ったが、浦河に来て『幻聴さんはあってもいいもの』と言われ、そう思えるようになって本当に楽になった」と発言。薬物療法で有名な八木剛平氏が、我が意を得たりという感じで「多くの精神科医は症状を消すために薬を使おうとするから多剤多量投与になる。薬は日常を楽にすることくらいしかできない」と。ここではあたりまえの暮らしが語られ、ホッとした。    (木村記)

|

« 11/20 心神喪失者等医療観察法(予防拘禁法)を許すな全国集会 | トップページ | 保護室を空っぽにする (2)―道立緑ヶ丘病院急性期病棟の試みー »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/19973/2370006

この記事へのトラックバック一覧です: 日本病院・地域精神医学会 神戸総会に参加して:

« 11/20 心神喪失者等医療観察法(予防拘禁法)を許すな全国集会 | トップページ | 保護室を空っぽにする (2)―道立緑ヶ丘病院急性期病棟の試みー »