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韓国の当事者・医療関係者との交流から

福祉ショップわくわく 東谷 幸政

 今年の2月下旬に、福祉ショップわくわく(東京都稲城市)メンバー4名とスタッフ2名が韓国を訪問し、ソウル近郊の城南市(ソンナム)コミュニティメンタルヘルスセンターデイケアの当事者たちとの交流を行なった。3泊4日の短い旅であったが、メンバーのうち3名は初めての海外旅行。この旅のために毎月3千円ずつを2年近く積み立て、ハングル語を学び、日本と朝鮮半島との交流史を学んでの旅立ちだった。
 たまたま、センターと同じ運営母体である龍仁病院の運営するグループホームが空いていたため、韓国での1泊目は韓式旅館という、ビジネスホテル・ラブホテル兼用のオンドル旅館に泊まったが、2~3泊目はホームを無料貸し切りで利用させていただいた。3LDKの新築マンションを2棟。ちょうど6名での旅だったので、全員が個室で利用できた。広いマンションな割に浴槽がなく、シャワーのみという構造には驚いたが、韓国では珍しくないらしい。いたるところに公衆浴場があるため、困らないという。
 今回の旅のメンバーの一人は、稲城市のグループホーム・梨里の入居者でもある。現役の入居者が別のグループホームに泊まるという、珍しいケースで、しかも外国のホームである。みんなから、「日本人で初のケースかもしれない。」「日本のホームとの違いは?」「唯一のエキスパートだ」と言われて、満更でもなさそう。印象を聞くと…日本の世話人が、がっくりしそうだから、ここでは書くのは止めておこう。
 ホームは原則として利用期間は3ヶ月。集中的に関わるため、多少の延長はあっても、長期入所の必要はないという。LDK部分にあるインターネットは使い放題である。受け入れ先の配慮で、水やジュースなどの各種飲み物・冬だというのに高価な果物が豊富に用意されていた。新品のタオルや歯ブラシなども用意され、あまりに親切で細かな気配りに一同、感謝感激感動した。
 今回の旅の観光の目玉は中央高校。「冬ソナ」フアンの女性メンバーの希望を叶えるため、苦労して探し当て、冬休みで学生・教師がいないのをいいことに奥深く潜入し、校舎内の記念撮影に成功した。韓式ドラマの聖地であるこの高校が3・1抗日独立運動の活動拠点だったことはあまりにも世に知られていない。その他、水原城、景福宮、(ともに世界遺産)、民俗村などを観光し、水原女性会という女性団体の事務所を訪れ、交流した。この会の前代表である京畿大学保健センター所長・韓玉子さんが6年前にわくわくを訪問したのが日韓交流の始まり。通訳の鄭さんも会員である。
 当事者交流は、センターでの交流会、スーパーへ一緒にショッピング、鮮魚店での夕食会、翌朝の市場への買いだし、ロッテリアでの茶話会へと続いた。生まれて初めて「食用犬」も見たし、蚕のさなぎを炒めた、ポンテギという、むこうではポピュラーな「スナック」も試食できた。これらは、強烈に食文化の違いを印象付けられた「事件」だった。つぎは、是非そちらが日本へ来てほしいと要請し、再会を約束して別れた。

 7月27日、約束を守って、城南コミュニテイメンタルヘルスセンター所長、龍仁病院医師の高 永さんが来日した。たまたま、稲城のグループホーム梨里の入居者が数人まとまって退所したばかりで空いていたので、2月のお礼に日本のグループホームを3泊、宿泊体験してもらった。さっそく、初日は韓国を訪問したメンバーで歓迎会。翌日夜にはグループホーム梨里入居者と混じっての夕食会にも参加していただく。わくわくでの交流会はじめ、支援センターMEW、多摩総、にしの木クリニック、陽和病院と駆け足での見学や交流が続いた。桜ヶ丘記念病院夏祭りも見学。残念ながら強く希望しておられた、野宿者を支援している精神科医との体験交流は当方に情報がなく実現できなかった。そのかわり、野宿者を支援しているNPOもやいの代表者から、活動現況のレクチャーを受けることが出来た。高さんは昨年まで2年間、ソウル市の野宿者のメンタルケアの責任者だった。ソウル市が約束どおりの支援をしてくれないとして、昨年、辞職したのだが、野宿者支援システムを変えるために、極めて熱心に研究して行かれた。
 30日夜からは、長野県に移動して、地域通貨「湧湧」・自然農の学習と体験をされた。彼は8月から、オーストラリアで1年間、地域精神医療を学ぶために留学するのだが、もうひとつの目的はパーマネント・アグリカルチャーの12週間のプログラムに参加することである。持続可能な無農薬農業を基盤に共生の町創りをデザインすることを学習するのだが、彼自身、過疎の農村での障害をもつ人々との共生のコミュニテイの実現を夢見ている。韓国もソウルへの人口の一極集中で地方農村は過疎が深刻である。空いている小中学校の校舎は数多いらしく、活動拠点は手に入りやすいという。愛読書が福岡正信氏の自然農に関する著作だというのにも驚かされる。森山公夫氏が前から提唱しておられる、「新たな共生のコミュニテイ」創りのイメージに近いものを、韓国の農村で実践しようと、オーストラリア・日本で学ぼうとしている。その熱意・真剣さがこちらにも伝わり、触発される。山梨県長坂町での自然農の見学を終えた後、農家の三井さんに、来年、オーストラリアから帰ったら、1~2ヵ月住みこみで研修させてほしいと申込み、快く了承された。
 高さんの来日が決まったのが直近だったにも拘わらず、見学・交流にこころよく応じていただいた、各団体・個人の皆さんに深く感謝します。

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