« キューバからの便り Nさんへ  No2 | トップページ | 韓国の当事者・医療関係者との交流から »

韓国:住民運動の現場で見つけたもの

野宿者運動見習い  吉田亜矢子

 私は野宿者(ホームレス)支援に関わり始めて約1年余り。現在は、野宿当事者による仕事おこしを目的にリサイクル事業や便利屋事業を行うアジア・ワーカーズ・ネットワーク―通称あうん―などに参加させて頂いています。(おりふれ3月号にあうん紹介文が掲載されています。)
 今年2月、韓国へ赴き住民運動の現場に触れる機会に恵まれました。かつてソウルの貧困地域ではいたる所で行政による再開発と強制撤去が行われ、撤去反対運動などが繰り広げられてきました。とりわけ私が滞在中お世話になったCONET(韓国住民運動研究院)というグループは、当事者の主体性や非当事者の関わりのあり方などに篤く、再開発・撤去の激しい時代には地域に入り込み住民の組織化を促し運動を行い、再開発の波がある程度落ち着いた今でも彼らの関わった地域では、住民たちが自らより暮らしよい地域を維持するため協同組合や住民自治会運営、子どもの教育の場作りなど様々な活動に取り組んでいます。渡韓の目的は、その地に蓄積されている、当事者による主体的で協力的な運動を育むノウハウを学んでくること。それが、私が関わるあうんなどの活動の場においても役に立つだろうということでした。
しかしまだ韓国を訪れて日も浅い頃、印象的な出来事がありました。ある時、ボランティアの方が貧困地域の人々に食料を配布するというチャリティ色の強い活動の現場を訪問し、後日、あれは住民を“ただ助けられるだけの弱くてかわいそうな人”にしてしまっているのではないか、あなたたちの言うスタイルと異なるのではないかと疑問を投げかけたのです。しかし、現地の活動家は「確かにあのやり方には問題がある。」とした後で私をこうたしなめました。「皆、活動の手法ばかりを考える。しかし、大切なのは手法ではなくてまず当事者との深い関係を築くこと。我々の活動は当事者の信頼を得るところから始まる。君は日本のフィールドで一体何人の野宿者を理解している?」―当たり前のようでつい忘れてしまいがちなこと。私は訪韓前から、「手法」を学んでくることばかりに囚われて、大切なことが見えなくなっていました。それをこの時まさに指摘されたのです。
 「関係」ということに着目してみると、様々なことが見えてきました。なるほどどの場面においても、活動家や支援者、住民リーダー、住民たちの間には、ごく自然に通じ合う暖かい空気が流れており、それがそれぞれの活動を根元から支えているように感じました。貧しさや、撤去によって住む場を追われるという過酷な経験を経たにもかかわらず生き生きした表情を見せ、自分自身の言葉で語る住民たち。それは決して、単に撤去に対する運動を闘い抜いたという自信からのみではなく、その過程で培われた他者との信頼関係の中で、自分たちの生活、自分たちの置かれている状況、自分たちが望むものなどを自ら捉え返し、分かち合ってきたからこそなのではないでしょうか。
 「深い関係を築く」そんな単純なことから、こんなに大きなエネルギーが生まれるなんて、ではそのために必要なことって何だろう、ただ親しくなればいいというのか―そのヒントをくれたのは滞在中の日常生活の中で出会ったごく普通の人々でした。行く先々で出会う人々の人間関係の作り方が、私が日本で経験するものとは何か異なっていました。例えばコンビニ―都市部で、しかも初めて訪れたにも関わらず店員が気さくに話しかけてきて世間話までしてしまう。たとえば路上で―人に道を尋ねればいつも、わかるまで説明してくれる、迷っている姿を見てわざわざ戻って来てもう一度教えてくれる、しまいには目的地まで連れて行ってくれる。こんなエピソードは数えたらきりがないほどありました。
 出会う人々は皆、何も警戒せず好奇心や好意、関心を惜しみなく表に出し、一歩も二歩も踏み込んで屈託なく接してきました。それは全く厚かましく感じず、むしろ暖かく心地よいくらいでした。日本でも昔はそうだったのかもしれないし、今でも地方や下町にはそんな人間関係があるのかもしれません。でも、私が日本で日常的に知っていたのは、コンビニ店員も路上の通行人も、場合によっては日々顔を合わせる友人などでさえも、相手に必要以上の関心は示さず一定の距離を保っている、そんな関係でした。自信がない、見くびられたくない、優
位に立ちたい、認められたい、上か下か、勝者なのか敗者なのか…そんな思いが背景にあるような気がします。でも、そこには本当の信頼関係ではなくて競合関係しか生まれない。私の関わる野宿者をはじめとする貧困者や被差別者、被抑圧者たちは、周囲の人々からの「自分よりだめな人間」「自分よりかわいそうな人間」という視線の中で、そんな人間関係のしわ寄せを食う最大の犠牲者になっているのかなとふと思いました。
 韓国に渡って学んだことは様々あるにせよ、やはり最も印象深かったのは人と人との関係性の部分でした。それが、まず活動の出発点であり、さらに追求し続けていくものである。それを教えてくれた現地のすべての人々に、大変感謝しています。

|

« キューバからの便り Nさんへ  No2 | トップページ | 韓国の当事者・医療関係者との交流から »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/19973/2138235

この記事へのトラックバック一覧です: 韓国:住民運動の現場で見つけたもの:

« キューバからの便り Nさんへ  No2 | トップページ | 韓国の当事者・医療関係者との交流から »