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東京地業研夏合宿から

東京地業研  飯田文子

東京地業研の合宿を7月17日~19日にかけて行った。参加者の話題は、多岐に渡った。その中の一つを紹介する。

本紙2003年7月号(No220)「上妻病院入院者債務問題は一応解決、でも残る問題は・・・」で取り上げた「入院中に病院に作った借金の為に退院が出来ない患者」と「借金がある人は受けれません」という東京都精神保健福祉センターの問題は、決して上妻病院に限らないということ。このことを話してくれた病院職員は、本紙で上妻病院のことを知ったが実は同じ事が彼の勤めている病院でもあったと言う。その事を知ったのも都センターに申し込みをしたところ「借金のある人は受け入れません」と言われて分かったという。 ちなみにその病院では、生活保護で入院している人の日用品費(いわゆる小遣い)からも一律に例えばシャンプー代として一ヶ月3000円を勝手に取っているという。その他にも色々な名目で費用を取っていることを考えると本人の知らないところで病院に借金が出来てしまう事は大いに考えられる。人権センターの小林さんが危惧していたとおり類似のケースが他の病院にも存在していることが明らかになった。

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写真集「ひとりひとりの人」 大西暢夫

大塚病院 佐藤朝子


 だいぶ前に、「精神病院に入院している患者さんを写しています」というカメラマンがテレビで紹介されているのを見たことがあった。そのテレビを見ていたときは、医療従事者ではない人がそんなに頻繁に出入りするぐらい病院は変わってきているのかぁ・・・ それにしても変わったカメラマンだなぁ、ぐらいにしか思っていませんでした。
 おりふれの編集委員会でこんな写真集が出たよという話になったときに、そういえばそんなカメラマンがいたな、と思い出し写真集を見せてもらうことにしました。
 写真に写っているのは、精神病院に入院している患者さんなのですが、なんとも皆『いい』顔をしているのです。満面の笑み、はにかんだ笑み、どの顔も自然体としての『ひと』が写されています。そのときにカメラマンが言っていたことを思い出しました。「撮影する日だけ病院に行くのではなく、何日も病院に通い、写してもいいよといってくれるまで写真はとらないんですよ」そうかぁ・・・ だから皆こんなにいい表情なのか、と改めて感じました。
 悪い子は精神病院に連れて行くぞ!と親に言われていたことが精神病に対する偏見の始まりだったらしいのですが、雑誌の取材で毎月精神障害者を撮影することがきっかけになり、今回の写真集発行になったと
いうことだそうです。
写真に添えられたコメントを読むと、これまた素直な感想で、写すほうも写されるほうも無理なく、そのとき感じた一瞬を大切に写してきたんだなということがよく伝わってきます。患者さんの表情が豊かなのは、普段接している皆さんはご存知だと思いますが、それを写真に収めるとなるとかなり難しいのではないかと思うわけです。その表情を引き出したカメラマン大西さんは、それまでに患者さんとある程度の関係を築いているでしょうし、病院の職員ではない大西さんだから、患者さんも違う表情を見せることがあるのかなと感じました。
「精神病院に入院している患者」としてではなく本当に「ひと」として楽しめる写真集になっている。ぜひ皆さんの職場でもご覧になってはどうでしょうか?

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宅間被告の精神鑑定と鑑定医のメディアへの発言が精神科医と精神医学について語っていること

上野豪志(精神科医)


精神鑑定の内容公表をめぐる迷い
前回のおりふれ通信で木村さんが自由人権協会の「宅間被告人精神鑑定医のメディアへの発言と報道に関する提言」を紹介していた。今までわたしは、精神鑑定医が法廷で証言もし、精神鑑定書が裁判の成り行きにも大きく影響する内容だから、他のところで話さない理由はないのではないかと漠然と思う一方、精神鑑定の内容を他のところで話すのは場違いにも感じていた。まず、そのちぐはぐな感じを法廷とマスメディアの場を区別した自由人権協会の提言が納得させてくれた。
しかし、メディアには精神鑑定ではなくても精神科医の見解がよく出る。メディアが提供する精神科医の見方に人々は何を期待できるのだろうか。

精神鑑定が注目されるようになった
重大な犯罪に当たる行為は人々を不安にさせる。まして昨今話題になる少年たちの犯行の動機が分からない場合はなおさらである。宅間被告のように理不尽にも辛い人生を生きてきたので人生を終わりにしたいが、自分独りが悔しい思いを残して死ぬ無念を少しでも晴らすために理不尽に死ななければならない人間をなるべく沢山道連れにしたいという犯行の場合はどうであろうか。そのように追いつめられた気持ちを察しられないでもないが、通常は容易に受け入れ難い行動であろう。他人事と無視し切るのが難しい一方で、自分とは無縁のものとして納得し安心したい裏腹の気持ちが起こるのも自然である。
何が彼をそうさせたかと問い、社会評論家が出てきて彼を追いつめた社会状況を解説するのがお決まりの時代もあった。いつのころからか、誰もが社会的に追いつめられてきた所為か。精神科医が社会評論家に取って代わるようになった。健康な人間とは違って治療して治る病気で、その病気の故に自分や周囲の現実についての評価が歪曲され、非現実的な行動として犯罪に当たる行為がなされたとなると、その現実離れの度合いに応じて本人が問われる責任の重さが加減される。精神科医が行う鑑定の目的は犯罪に当たる行為の責任を本人に問えるか否かの判定で、行為の必然性を解明するものではない。
宅間被告は、精神鑑定で人間が備えるべき感情をもとから欠くなど治療をして治るものではない人格の障害があるとされて死刑が宣告された。精神鑑定で治療の対象となる病気ではないというのであれば、精神科医がそれ以上犯行について説明すべきことはないはずである。

精神医学の見方には問題がないのか
治療して治る見込みがないから病気とは言わないで、人格の障害という特別な種類の人間だと言う。ユング派のグッゲンビュール・クレイグは「魂の荒野」のなかで、精神病質といわれる人間が存在するという事実から目を背けず直視するよう主張している。人格障害の類型は精神医学理論の所産で社会関係を個人に押し込んだ仮象に過ぎない。種を明かせば司法制度や刑務施設の枠組みを無条件に受け入れた司法精神医学の経験に淵源するこの種の人間像は、近代刑法が前提にする社会関係を捨象した独立自存の人間モデルの欠陥を埋め合わせる辻褄合わせに案出されたものである。宅間被告に会ったことはないが、宅間被告は絶望しているように見える。自棄的である。ひどく苛立っている。怒り狂っている。かつて、人との関係を損なう攻撃的な言動を何とかできないかと精神科のクリニックを転々としたと言う、その自制できない攻撃性に依然として現在も苛まれているようである。
人間の行為の必然性をその内的な動機のみに求めるとすれば、宅間被告が自ら選んだ人生の決着は彼の気ままな選択の結果なのか。自分でつくった筋書き通り、理不尽に殺された子どもの親たちの恨みの声のなかで死刑を宣告されることだけが彼が手に入れられる自由ではなかったのか。これは彼の運命なのか。精神鑑定の見方は本人が敷いた自滅の道を全うするのに一役買っただけで、鑑定の見方もまた宅間被告と絶望をともにするばかりである。精神鑑定医も拘置所も宅間被告の激しい苛立ちさえ治療の対象として認知できない見方を共有している。

隔離・収容の時代の残りかす
宅間被告が自由な意志において行動したと見る精神鑑定はおかしい。おかしさは、この精神医学理論が本人の悩みや苦痛を解決するためにつくられたものではないことから来ている。従来の精神医学理論は、隔離・収容の時代の産物である。DSM-ⅣTRは脱施設化の時代の精神医学診断のはずである。しかし、DSM-ⅣTRの人格の障害という見方には隔離・収容のメンタリティの残りかすがある。それは人格障害がDSM第1軸の主訴を中心とした症状分類と異なり第2軸の人格の評価としての記述であることからも分かる。本人の人権を守るためには精神鑑定の目的を明確に意識することが重要である。精神鑑定による宅間被告の評価は精神医学理論による宅間被告の見方である。宅間被告の行為をその内的な動機に還元する見方である。精神鑑定は精神科医の無力さが宅間被告の人生の岐路を分けていないかとか、宅間被告がどのようにして自分の人生に絶望し自棄的な行動に駆り立てられたのかとかを明らかにする役には立たない。
プライバシー侵害に不用心な精神鑑定の内容の公表という早とちりは、なお脱施設化に遠い日本の精神科臨床に対応して、払拭しきれないままに残存し日本の精神医学自体に潜んでいる隔離・収容の時代のメンタリティに由来している。自由人権協会の批判的提言は精神科医がなおも引きずっているこの問題を気づかせてくれる。

 

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「心身喪失者等医療観察法」成立、1年が過ぎて

七瀬 タロウ(精神医療ユーザー)

 2003年7月10日に、医療観察法が、衆議院で可決、成立して、丸1年が過ぎた。その後も、医療観察法をめぐる、ガイドラインの問題、社会復帰施設や小規模作業所の予算削減の問題、障老介護保険一本化の問題等、わたし達をめぐる様々な問題が生じた。
本稿では、今後、肯定的に捉えていけるような、歴史の大きな流れのようなもの、あるいは、筆者がそう感じたことを中心にまずは述べてみたいと思う。

 まず、私は昔のことはほとんど知らないのだが「精神障害者運動」内部での、風通しは、一時期よりずいぶん良くなったのではないかと思う。私は80年代に大学に入学したのだが、70年代に入学された方々、あるいはそれ以前の方々と「用語法」、「運動スタイル」のようなものに関して、若干違和感を感じることも、少なくなかった。わたしより、もっと若い世代の方など、違和感がさらに強いのかもしれないし、大学に進学されなかった方たちにとっては、一部「異星人の会話」のような面さえあったかもしれない。
 しかし、この間、いわゆる「地方」の方を含め、多くの当事者と直接顔あわせる機会がこの間大変多かった。私を含め、さらにもっと若い世代で、積極的に発言、表現する人が少しずつ増えてきたことは、率直な事実である。
 また、1年4ヶ月間の間の、幾度にも、わたる集会に、JDやDPIの方や元ハンセン氏病の方達、部落解放同盟の方々が足を運んでくださり、障害者運動、ハンセン氏病者「隔離・収容政策」問題、被差別部落問題といったものから、私たち自身学んだものは大変大きかった。
 現在「支援費・介護保険問題」の集まりに、「精神障害者」が、各種集会に参加し、また私たち自身もこの問題等での、学習会等で各種障害者の方と会う機会も相当ふえた。
 また原理的、理念的な議論(例えば「強制医療一般」の是非等)は、運動内部で、常にあったが、一方で理念を追求し他方で、現状から出発するという観点は一応共有されてきたように思う。また諸外国の先進的な事例も十分とはいえないまでもの間運動に徐々に吸収されてきた。
 むしろ、精神科医や社会復帰施設関係の人々のほうが、とりあえず「政府塩崎修正案」で「少しでも、現状がましになるのなら」と考えた、甘い期待感を日々裏切られているのが、実情ではないだろうか。
 現在、「介護保険」という、新しい制度に、甘い期待感を上記の方々は抱いているようだが、結局のところ、原理的、理念的な議論抜きに、なにがしかの「財源」がつけば、なにがどうなるという性質の問題ではない点に、精神障害者家族の団体や、精神障害者の全国組織といわれる団体も、いい加減気づいて欲しいと思う。
 なお、私が国際廃案要請行動のために、2003年2月のメルボルンでのWFMH(世界精神保健機構)の会議に持参した本は以下2冊です。
「火」以後 / 渓さゆり. 六法出版社,1994.8精神医療ユーザーのめざすもの/ メアリー・オーへイガン 解放出版社,1999.10

 後者から、一部引用しておきたい。
「わたしたちが自分の経験を自分の思想と結びつけられなかったり、自分の思想を自分の実践と結びつけらたられなかったら、もはや変革への強い力を持つことはできなくなります。それどころかわたしたちの運動は、自分たちの人間性を奪った体制の模倣をしてしまうことすらあります。運動は最初は過激で思想的にも強いのですが、成長すると穏健になり明確さを失っていく傾向がよくあります。成長し様々に変化するわたしたち自身の運動においても、基本的な問い掛けはかつてに比べると失われてきたようです。
 本書全体でわたしが勧めることはただ一つ、私たちがこの基本的な問い掛けに戻ることです。」(P.216-217)
これは、まさしく万人に当てはまる言葉ではないだろうか?
むろん各種「制度改革」は重要だろう。しかし、「革新」厚生労働省官僚に「過剰」な期待をかけたり、率直に言ってお金がいまだ落ち続ける仕組みの家族会や精神科医の組織の「代弁主義」に、いつまでも、しがみついていても仕方がない面も、現状、多々あると実際思う。

この1年4ヶ月で、「政治の世界」の力学は、自分なりに、痛いほどわかったとも思うが、「基本的な問い掛け」が、いまだ圧倒的な「力関係」の中で失われてしまわないよう自戒の言葉の意味も込めて、あえて長文を引用させて頂いた。
My Journey Begins(わたしの旅は始まる)〔上記M.オーへイガン引用書P.17より〕

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