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全日空精神障害者搭乗拒否事件に日弁連が警告

編集部 木村朋子

 おりふれ通信2002年2・3月合併号に池辺進さんが、「飛行機搭乗拒否事件と精神障害者差別問題」を投稿されて以来2年が経った。友人と沖縄パック旅行を終え空港で帰りの飛行機を待っていた時、突然「あなた方二人は精神病者。精神病者は飛行機に乗る資格がない」と、搭乗拒否され、抗議もしたが、翌日東京からの家族の迎えを得てようやく帰ってこられた。東京に戻って調べてみると、全日空の社内規定では、精神障害者は「搭乗不可旅客」とされ、例外として(1)医師・看護師の同伴がある(2)専門医の診断書があり付添者がいる場合には搭乗を認めると書いてあり、許せない差別!と問題にしたものだった。マスコミにも訴えて取り上げられ、その後全日空の社内規定は、精神障害者を搭乗不可とする文言を廃止、かわりに「自身に危害を及ぼす恐れのある行為を行う者」「他の旅客に不安感もしくは不快感を与える言動をする者」などの表現に改定された。このことは、本紙編集部のメンバーでもある陽和病院患者協会の岡本さんが「社内規定は非公開」とする全日空に公開を迫り、ようやく閲覧を認めさせて、2002年11・12月合併号に報告している。

 池辺さんらは東京精神医療人権センターとともに2002年4月、日弁連に人権救済申立をも行っていたが、去る3月29日付けで日弁連から結果報告があった。結論として、日弁連は全日空に以下の2点を警告している。
1「精神障害者」を「搭乗不可旅客」とする当時の社内規定に基づく搭乗拒否は、憲法で保障された移転の自由を差別的に制限する違法行為なので池辺さんらに謝罪すること 
2全日空は、その後改定された現行社内規定においても池辺さんに対する搭乗拒否は正当だったと主張していて、再び同様のことが起こるおそれがあるので、精神障害者の移転の自由を差別的・過度に制限しないよう社内規定の解釈、運用を改めること
さらに石原伸晃国土交通相宛に、同様の差別的搭乗拒否事件の再発防止のため、全日空に対して現行の社内規定の解釈・運用の指導を行うよう要望書を出している。
 この警告書・要望書の根拠として添付されている調査報告書は、池辺さんらの主張に始まり、全日空とパック旅行を主催した近畿日本ツーリストの担当者への事情聴取や、那覇航空の現地視察を含む20頁に及ぶものである。一読して、素人にもわかりやすく、弁護士会は時間はかかっても、丁寧にきちんと仕事をしてくれるものだと感心した。

 それにしても驚いたのは、差別と偏見がいかにささいなことを問題視し、かつその内容を伝言ゲームのようにゆがめていくかということである。旅行社のツアーコンダクターは、業務終了時、池辺さんらから二人が分裂病とうつ病であると聞いたこと、およびツアー中のできごと=ツアー2日目池辺さんがトイレに行って戻ってきた際、片足がビショビショに濡れていた・ツアー参加者から「(池辺さんと思われる人が)夕食のバイキングを手づかみで食べていた」と聞いた・朝食の時カフェテリア方式のコーヒーをカップに注いだその場で飲んでいたなど、を特記事項として報告したという。池辺さん達の行動は、もしかしたら他の参加者達の間でユニークであったのかもしれない。しかし「コーヒーをその場で飲んだ」ことまで特記して報告されるのでは、ツアコンの監視が恐くておちおち旅行も楽しめない。
 さらに全日空側は、帰路便の出発前、旅行社から「他の客とトラブルを起こした」「精神分裂病だと言っている」「バスの中で失禁した」という報告を受けたという。(他が全部実名入りの日弁連の調査によっても、この連絡をした旅行社社員が誰かは不明で、またトラブル・失禁の事実も確認されていない。)この報告を聞いた全日空社員が二人に会いに行くと、「喫茶店のテーブルの上をティッシュペーパーなどでゴミの山にしていて、通常ではないと感じた」、「何かはっきりとした異臭を感じ、その時はわからなかったが、後で失禁した尿の臭いであることがわかった」という。
 全日空は、搭乗拒否の決定は主治医と連絡を取り、病気であることがはっきりしたので当時の社内規定に基づいて行ったという。しかし沖縄まで迎えに来るよう要請された池辺さんの家族は「朝食の時手づかみで食べ、バスの中で放尿した」と聞かされたとのことである。

 より一層問題なのは、日弁連の調査に対し、全日空がこれらの予断と偏見に満ちた対応を恥じることなく、「(池辺さんは)ゴミを散乱させたり、異臭がしたり、意思疎通が困難であったことから、改定された社内規定でも、機内で他の旅客に迷惑もしくは不快感を及ぼす可能性が認められる者として、付添人なしでの搭乗を拒否することになる」と開き直っていることである。日弁連報告書は、全日空が根拠としている「ゴミの山」「異臭」は、「搭乗拒否行為を正当化するため、あるいは『精神障害者』に対する偏見のため、誇張されたものと解さざるを得ない」という。社内規定の「機内で他の旅客に迷惑もしくは不快感を及ぼす可能性」も、より細かく「運行の安全を脅かし」あるいは「機内秩序を著しく乱す」行動が予想されることと、定義規定を設けており、これに照らして今回の搭乗拒否は到底認められないはずとする。
 結論として、「社内規定を外側の形だけ変え、精神障害者に対する差別的搭乗拒否を継続しようとする全日空の態度は強く非難されるべき」と警告を発することになった。強制力を持つものではなく、しかし日本の弁護士全員が加盟する団体の重みはあるものなので、多くの人が知り、航空会社を見張り、同じような目にあった場合の反論材料にする形で活かしていかねばならないものと思う。
 池辺さんらには、全日空からお詫びと「引き続きご利用いただくようお願い」の手紙が送られてきたという。 

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東京都への公文書開示請求について

東京精神医療人権センター 飯田文子

昨年10〜12月、都に対して幾つかの公文書を開示請求した。その内容は以下の4点である。  
①都精神医療審査会の委員名簿
②都立松沢病院の各病棟の入院案内書ある いは説明書、各病棟の見取り図、各病棟 の看護者数、医師数
③都立松沢病院に関連した訴訟の内容と件 数(過去5年間)
④措置入院のための移送に関する事前調査 及び移送記録票(現在までの件数)、医 療保護入院及び応急入院のための移送に 関する事前調査及び移送記録票(現在ま での件数と結果)

①、②、③については、東京精神医療人権センター(以下センターという)が松沢病院入院中の方を継続して訪問しているが昨年8月突然病院側から訪問拒否された。(これについては本紙2003年10,11月号に掲載)センターは、9月精神医療審査会に「処遇改善請求」をした経緯がある。この中で精神医療審査会、松沢病院について私たちももっと知っておかなくてはならないこととして請求した。④については、昨年秋警察から都立墨東病院を経由して入院となった方達から移送途中手足を縛られぐるぐる巻きにされたという訴えが何件か続いた。その頃群馬県では、県議会で移送について県警と県保健予防課が対立していた。それは、精神保健福祉法の改訂により2000年4月から通知「精神障害者の移送に関する事務処理基準について」が出され、「移送は、都道府県知事の責務、都道府県職員が移送の対象者に同行する」「必要に応じて補助者を同行させることができる」「移送の体制は、都道府県知事の責務で整備する」とされた。群馬県は、午後10時以降翌朝までは、移送業務を警察官が代行し、3年後に見直しをすることになっていた。3年後の2003年4月に県が出した案は、午後5時15分以降翌朝まで警察官の代行とする通知の内容とは更にかけ離れたもので、それに県警が反発したのであった。墨東病院関連の訴えを含め都の移送の実態はどうなっているのか知りたいと考え請求した。

情報開示請求の窓口で4件の請求をしたところ①については、開示請求に該当するが②、③、④については開示請求に該当しないので各行政担当者と折衝することとなった。その結果は、以下である。
①開示請求をしたが名簿の氏名と所属を黒塗りしたものが開示された。ちなみに私達が知る範囲では長野県、埼玉県、奈良県、大阪府が審査委員名簿を公表している。
②各病棟の入院案内書については、本紙2004年1,2月合併号で報告したものが手に入った。病棟見取り図、各病棟の看護者数、医師数については松沢病院事業報告書を閲覧・コピーした。
③今年3月末、都病院経営本部より回答があった。5年間の訴訟数は6件、全て民事、全て原告敗訴。原告は、入院していた当事者3名、家族3名。訴訟内容は、誤診1件、過剰な投薬等1件、貧困な治療2件、後遺症1件、自由の制限1件。
④今年3月初旬、都健康局より回答があった。2000年4月から2003年12月までについて質問したが、回答は、2002年3月までのものであった。2000年4月以降についても移送の実施体制に変更はないという回答であった。センターの知るところでは、2003年4月から一部の警察署へ診察班の派遣を始めたはずだが、それは変更には当たらないのか。また、2000年の法改訂を都はどう受け止めているのか改めて聞きたい。

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ある熱帯魚のつぶやき

小林信子

私はトゲチョウチョウウオというありふれた熱帯魚よ。この南太平洋ランギロアのラグーン内のサンゴ礁の浅瀬を棲家にしていて、いつもペアで仲良く生活しているわ。
でも近頃は、私たちの主食のコケが生えている岩礁がホテルの開発でどんどん削られてしまい結構生活しづらくなっているのよ。その代わり観光客が気まぐれに与えてくれるフランスパンをいただくけれど。太らないかしら。先祖から伝わる自然のたべもののほうが体に良いに決まっているわ。

 あっ、人間がバシャバシャと近寄ってきたわ、見に行ってみよう。私たちは好奇心おうせいなのよ。日本人らしい中年女2人連れよ。スノーケリングがうまいわね。でも馬鹿ねー、こっちに手をのばしてくるわ、私たちに素手で触れるとでも思っているのかしら。
この2人「10年前はこんなじゃなかった、もっと魚がうじゃうじゃいたのに・・」といっているわ。10年前に来たことがあるっていうのかしら。私たち10年前は知らないけれど、確かにここ4,5年はホテルが大きくなって、地形も変わって海も濁って、仲間もめっきり少なくなったわ。その代わり、海の中の人間は多くなったわね。

 人間が「天然の水族館」と呼んでいるパス(外洋と環礁内との通路)の近くにはたくさんの珊瑚の仲間や、怖いサメや大きな魚も来る場所があるのだけれど、この日本人はそこを見たらなんと思うかしら。かっては、私たちのねぐらだったのだけれど、数度の大嵐やエルニーニョと言うのもあって海底砂が珊瑚にかぶさり、私たちのよりどころの珊瑚がかなり死んでしまったの。だから私たちは気分転換に、それとフランスパンをもらえるから人間のいるホテル近くにきているのよ。
遠い祖先は同じなのに人間って本当に救いがたい生き物ね。自然との共存とか言っているらしいけれど、私たちには何の恩恵ももたらさないわ。先祖返りというか、私たちのような魚になりたくてダイビングとやらが一般化したために、ブクブク泡を立てながらのべつ幕なしに彼らが私たちのテリトリーに侵入してきて本当に迷惑。大きなサメやマンタが通るパスは強い流れがあるのだけれど、ダイバーはこれら魚界の王者を見るために珊瑚礁にしがみつくから、どんどん壊れていっているって仲間がいっていたわ。この日本人もその一味かしら。

観光客を喜ばせるために大きなグラスボートも入ってきて、船長が私たちの仲間を銛で生贄にして、仲間がわんさと食べに来る様子を見せるのよ。自然の摂理だからしょうがないけれど10年ぐらい前はここにもたくさんつまぐろサメがいて、獲付けサメショウとかいっていたそうよ。今はサメもめっきり減ったわね。私たち海の世界の食物連鎖がまったく狂いだしていることを知っているのかしら。

 50年ほどまえから漁業の産業化が始まって以来、乱獲による仲間の数が減り続けているのですって。当時と比べると延縄漁の一本の網にかかる魚の数は十分の一になっているらしいわ。私達の仲間のかつおやマグロやカジキ、サメなどの大型魚がどんどん減ってきているし、餌になるいわしなども乱獲するから個体が大きくならないし、プランクトンが増えすぎたりして自然の摂理が狂ってきているのよ。
 私たちは死んだら他の魚のえさになり他者を助ける運命になっているけれど、人間はどうやって他人を助けているのかしら。人間は弱肉強食をしないとでも言うのかしら。私たちの生活の場を脅かし、仲間を自分たち人間の食料にするのは当然と思っているのだからたいしたことしてないわよね。戦争というお互いに殺しあうことすらしているらしいわね。私たちは殺し合いはしないもの。
 そういう人間が、今また、秘境の南の島開拓ブームとか言って近代的なホテルをどんどん建てて私たちだけのパラダイスに侵入してきているのよ。でもそれではかっこ悪いから《自然との共存》をするとかいっているらしい。人間の間では何となくかっこよく響くらしいけれど、私たちは別にお願いしたけではないし、共存などする必要はないもの。

この広い海を縦横に泳ぎまわる私たちの王様である誇り高きマグロを小さいときに捕まえて、大きな生簀の中で太らせて売ることもしているだって。ひどいわね、魚の品位を汚す行いよね、これが共存なのかしら。人間の餌としてしか私たちをみなしていない証拠よね。私たちは母なる海に護られて今まで無事に来ていたけれど、この日本人の住んでいる国ではとっくから魚の人工飼育が行われているといってるわ。陸上の動物である鶏や牛などはもっとずっと昔から家畜にされてきているのよね。だから、私たちの先祖からの怒りと呪いが時々噴き出して、BSEとか、鳥インフルエンザなどで反乱して食料となることを拒否する戦いをしているのよ。人間が生き延びるということは自然を破壊するということよ、つき詰めれば決して《共存》ではないのよ。それをおためごかしばかり言って。

 ああ、なんて罪深いことよ!共存に近いと人たちと認めてあげてもよいアイヌ人やアメリカ先住民などは確かに「自分たちは大地の一部分として存在している。空気も、森も水も自分たちの先祖である」といっていたらしいけれど、近代人に滅ぼされてしまったものね・・・。それら近代人の子孫は、最近受精卵を体外に取り出して診断し、子供はほしいけれど自分の望む性別の子供でなければ抹殺するという自然の摂理に踏み込むことまでしているんですってね。傲慢よね。
 そういう人類だから、私たちの住む島からそう遠くないところで、つい最近まで核実験を行なっていたのよ、いつまた再開されるかわからないの。暗い気持ちになってきたわ。

 この休みが終われば私たちはこれから冬を迎えるので、北半球の人間が夏休みでここにやってくる7,8月までは少し静かかな。とはいえ、私の命も他の仲間にささげる時期に近づいてきたから、人間がくれるパンでもせいぜい食べて太っておきましょうかね。この海がこれ以上壊される前に仲間のために役立てるのは幸せかもね・・・・・。

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