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投稿 「裁判員制度」への「欠格条項をなくす会」の対応についてー「なくす会」に「司法改革推進本部」宛意見書の即時撤回を要求するー

岡本省三

一 3月2日閣議決定され、今国会での成立後、2009年4月からの施行がほぼ確定している、いわゆる「裁判員制度」が、一体本紙と何の関わりがあるのか、読者は自問されるであろう。しかし朝日新聞(3/17朝刊)は、国民の61%がこの制度に「関心がある」との「全国世論調査」を報じていること。この制度が国家権力の目指す一連の「司法制度改革」の目玉の一つであること。さらには他ならぬ「障害者欠格条項をなくす会」が小泉純一郎を本部長とする「司法制度改革本部」宛に、本年2月3日意見要望書を提出し、相当の留保を行いつつも同制度の実現を前提とした要望を行っていることを知って、これを傍観することはできない。
 この恐るべき「制度」に対して、同会が「欠格条項」を含むという理由で、単純に削除を求めるのは、信じがたい「政治的能天気ぶり」と言うほかない。私はやむなく立って、「なくす会」がその「意見書」を即時撤回することを強く要求するため、その根拠を展開する次第である。
 
二 『戦時超管理超監視国家』構築への「国家意思」は、加速度的に全方位的に貫徹され、完成に近づきつつある。「裁判員制度」を目玉の一つとする「司法制度改革」はこの国家総動員へ国民を強行的に統合するために不可欠な残された一環である。
 以下、(イ)この国の刑事司法の現状の概略、それに基づく(ロ)「裁判員制度」の本質を明らかにする。私の文体が毒を含んだ態となっていることに、予め読者のご寛恕を得たく思う。また本文の大要は3/3「なくす会」金政玉氏に電話で伝えてある。氏は「ご意見として承ってお」かれるとのことであった。
(イ)刑事司法の現状(概略)
①起訴された刑事事件に対する一審有罪判決率は99%を遙かに超え、近年限りなく100%に近づきつつある。更に検察側控訴の80%は「逆転判決」に終わっている。この事実は、20年前「宇都宮病院事件」に接した全世界の驚きと等しい驚きを持って現在も受け取られている。
②刑事事件の公判期間は年を追って短縮されつつあり、その過程で被告人側の証人申請、鑑定申請の有無を言わせぬ却下が日常化している。一方検察側がもつ「自己に不利益な」(=被告人に有利な)証拠の秘匿は十年一日のごとく変わりがない。
③捜査令状、果ては逮捕令状すら、ばしば裁判官により吟味されることなく発行されている。
④他国に類を見ない「代用監獄(警察署施設内留置所)」は温存され、急増している。(3/24付け朝日新聞夕刊は一面カラー地図入りで、一切の批判的視点なしに都内の代用監獄大増設ネタをおもしろおかしく報じている。)被逮捕者は24時間留置所内に拘禁され、完全支配下での無制限の取り調べは、一切の録音・録画記録なしに、文字通りありとあらゆる、長年の経験によって「洗練」された手段を駆使して行われる。その目的は供述調書と呼ばれる自白である。ここでは、被逮捕者に保障されるべき代理人弁護士の自由接見権等の法的防御線は、極めて恣意的、超法規的に妨害され、奪われ、裁判官によっておおむね追認される。
⑤自白は、戦前・戦時刑法体系において「証拠の王」であり、それ故戦後の改正によりそれのみでは証拠とできなくなったが、依然として証拠の王であり、④の事情のもとで取り調べ側によって、しばしば自在に作成される。「供述調書」が、重度知的障害者によるものも含めて、多くは公判の場で「任意性」を追認され、被疑者の生死を決する。時折明るみに出る冤罪事件は氷山の一角である。
⑥こうした信じがたい刑事司法の異常さは、例えば取調官に取り入ってのリークに基づくマスメディアによる、逮捕前からの「確定有罪」大報道によって、多くの庶民にとっては少しも異常でなくなる。
⑦加速化する重罰化、あるいは仮釈放までの服役期間の長期化、刑務所の過剰収容と処遇の悪化などは、この国にあってはさして人を驚かせはしない。かくして、国際人権機関の勧告が長きにわたって無視され続けているのも不思議とするに足りない。

(ロ)「裁判員制度」の本質
 (イ)を前提とした上で、3/2の閣議決定以来、多量の報道により国民に刷り込まれつつあるこの制度の概要をまず説明する。
①死刑・無期懲役刑に当たるような刑事事件に限って、20才以上の国民はすべて(もとより相当の例外規定を含み、その一が「なくす会」が問題とする「欠格条項」である)国民の義務として裁判員となることを強制される。裁判員はその関わった評議につき完全な守秘義務を、懲役刑の脅迫下死に至るまで強制される。
②合議体は裁判官3人、裁判員6人で構成され、評決=判決は裁判官一人の賛成なしには成立しない。合議体は犯罪事実の認定、量刑の確定など刑事裁判手続きの全てを行うとされる。
③裁判員は、選挙人名簿からクジで選ばれた候補者名簿に基づき、「事件が起訴され初公判の日取りが決まった時」(この重要性は後述)、地裁によりクジで選ばれ、検察官等の審査で不公平な裁判をする恐れがないことなどが確認されて裁判員に任命される。これら手続きは全て刑事罰を伴う強制力をもち、辞退することにも厳格な制限を課される。
④裁判員は公判への出頭、宣誓、評議への関与を刑事罰の下に義務づけられる。
 以上、裁判員制度の概略を述べた。問題はこの後に来る。
⑤裁判員となる「市民の負担軽減」のための「審理の迅速化」を目的(口実)として、前代未聞の「初公判前の整理手続き」なるものが導入される。それは「双方の主張の内容」「証拠の開示」について採否・順番を予め決定し、時間のかかる鑑定も公判前にすませてしまうという暴挙である。
 従って裁判員が関与する公判なるものは、審理すべき内容が既にほとんど決定されてしまった後に催される、被告人、証人の口頭尋問など、「ショー」に過ぎなくなる。事実、推進本部側がTVで豪語するように、死刑、無期懲役という極刑が「早ければ1~2日」「長くても1週間」で決まってしまう。
⑥もとより(イ)で明らかにしたこの国の刑事司法の惨状の全ては丸ごと温存されることは言うまでもない。
⑦そして裁判員制度は、今後ロースクールで大量生産される法律実務家の登場を待って本格化する「司法改革」という名の司法体系の超反動化のうち、最も当たりの良いものとして最初に出てくる尖兵に他ならない。
⑧またこれまで国家権力が独占してきた、死刑などの合法的犯罪行為に、裁判員となる一般国民を否応なしに加担させる機能を持つことも忘れてはならない。

(ハ)結語
 かくして危険性が明々白々なこの「裁判員制度」について、それが「心身の故障のため裁判員の職務に著しい支障のある人」と除外していることをもって、国家の権力犯罪への一般市民のほとんど唯一の合法的抵抗手段である「検察審査会」と同列に論じ、後者で実現していることを「裁判員制度」でも求めるとする「なくす会」の見識を許すことはできない。私は同会に対して、その意見書の即時撤回を要求する。

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心神喪失者医療観察法と地域精神医療を考える集いに参加して

作業所勤務 星丘匡史

3月13日(土)に小平市にある小平学園教会で集会が行われた。こじんまりとした会場に30人くらいが集まった。特別病棟が建つ予定の国立武蔵病院のある小平市の住民や議員に現状を知ってもらい、問題意識を持ってもらい、議会などでも取り上げてもらうことが目的で、呼びかけ人の市議会議員をはじめ10名ほどの議員が参加していた。それぞれの議員が問題意識を持っているようで頼もしく思えた。

 富田先生と池原先生の話。
 前提として、精神科医療の現状をその歴史からかいつまんで分かりやすく話された。精神科病床34~35万床は全国的にも、東京を見ても、偏在傾向あり。精神科特例有り、結核、ハンセン病と同じく医師:患者=1:48。措置入院制度が高度成長時には安易に使われていた。福祉的な使い方が30%を超えていた。1984年には宇都宮病院事件が起こった。少しずつ良くはなっているが、20年前とさほど変わっていない。
 3ヶ月での退院が7~8割だが、殺人となると3ヵ月で退院させるのは主治医としては勇気がいる。間違って入院しているかは検証できない。再犯予測はできない。病気が治るとは関係ない。特別病棟に入院して指定医療機関に通院することになれば医療中断は起こりやすくなる。
 擬陰性と擬陽性、再犯する可能性ありと判断された人の中に再犯しない人の数(監禁された人の中に必要がなかった人の数)と、再犯可能性なしと判断された人の中で再犯する人の数。前者は圧倒的に多いが、後者が一人でもいたらすべてが監禁されてしまうだろう。普通の裁判は三審制をとっており、判決に不服があれば上告できるが、この法律では抗告できる(不服申し立て)とされており、閉ざされた法体系と言える。不起訴になった人や、責任能力がないと判断された為に無罪になった人を対象に判断するのはそもそもおかしい。
 英国ブレア政権下では犯罪を犯しそうな人(?)を拘禁できる法案が出されている。予防的に働くとブレーキが利かなくなる。
 フロアーからの質問に、親と関係が悪いために医療保護入院をさせられたが何とかできないか→保佐人を決めると保佐人が保護者になれる。
 18ヶ月で退院させるとなっているがそのまま強制入院になるのでは?→精神保健福祉法とこの法律は関係ないので(まったく別なので)連携もできない。
 
6月くらいから病棟建設を予定しているようだが十分な説明はまだない。国立武蔵病院で、ごく近所の人たちを集めての説明会はあるようだが。今後も継続して勉強、啓発の機会を作っていくとのこと。次回は5月22日(土)国分寺労政会館。

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進め“あうん”

あうん手伝い 小林正士

“あうん”の設立からおよそ1年半がたちました。そもそも“あうん”設立の趣旨というのは、野宿者(ホームレス)・生活保護受給者など様々な理由による生活困窮者が、より活き活きと自立した生活を送れるよう、古着・雑貨のリサイクルや、便利屋など、「当事者の手による、当事者のための仕事おこし」であります。現在、“あうん”のスタッフは寮生活1人、アパート暮らし3人(内生活保護2人)、支援2人の併せて6人です。そして主に、「便利屋あうん」を中心に仕事を行っている数名の隅田川のテントの仲間達が関わっています。
 野宿者は、当然ながらはじめから野宿していたわけではありません。以前は普通に仕事に就き生活していた人がほとんどです。それが突然、何らかの理由で仕事を失い、住居を失い野宿に至ってしまうことがあります。たとえば建設現場で働いていたが、不景気で仕事が減ってしまい食べていけなくなる。そして仮に住み込みの仕事であった場合、仕事を失うと同時に住む場所も失ってしまいます。そのようなことで一度、野宿状態に陥ってしまうと本人の努力だけではなかなかそこから脱出するのは困難となります。仕事を探すにも年齢制限の壁や住所が必要であったりして、思うように仕事に就くことができないのが現実です。
 しかしながら仕事の経験はあり、働く意欲もあり、働く能力、技術を持っているのに働ける場所がない。それならば働く場所それ自体を自分たちでつくり、そのような場所を広げていこうという取り組みを“あうん”では行っています。
 リサイクルショップあうんでは、今では毎日来る常連のお客さんも増え、フィリピン、韓国、バングラディシュ等、国際色豊かで、特にフィリピンから来ている女の子達は、昼休みや日曜日に毎日来てくれます。お店の中でお客さん同士仲良くなったりと、色々な交流が始まっています。「あうんは大人の駄菓子屋さんなのよね」これはあるお客さんの言葉です。何があるかワクワクする。いろんな出会いがあり、集える場、それが“あうん”なのだそうです。地域の人達に“あうん”の存在意義を認知してもらえたことはとても嬉しいことです。
 また、あるお客さんが「○○さん元気?」とスタッフの元気な顔を見にお店に足を運んでくれるという話があり、続いてそのスタッフが「そういう人が一人でもいてくれることはとても嬉しいことだよね」と話していました。
 昨年7月からは、新事業として「便利屋あうん」がスタートしました。その出発点として私達が着目したのは、福祉事務所ルートの仕事です。私達はこれまで多くの野宿者と関わってきたことの結果として、多くの元野宿の生活保護受給者とも関わりがあります。その中でわかってきたことですが、生活保護の人が引っ越したり、施設に移るためにアパートを引き払ったりする時には、生活保護費の中から「移送費」といった類の費用が出ます。この時の引っ越し作業は、福祉事務所に出入りしている業者が委託を受けて行ってきましたが、これを「一般業者に委託するのではなく、野宿者や生活保護受給者のための就労支援に活用してほしい」と福祉事務所に依頼したわけです。今では福祉事務所からの依頼も増え始め、同時に地域からの仕事の依頼も徐々に来るようになりました。それまでのリサイクルショップあうんでは、接客、販売が主な仕事であるのに対して、便利屋あうんでは引っ越しや引き払いが中心なので、皆気合い、力が入り、汗を流しながら作業を進めます。そんな皆の姿は本当に眩しく輝いています。
 今後も“あうん”では、仲間と仲間のつながりを深めながら、当事者の手による働く場所の開拓、自分たちの手による仕事おこしに取り組んでいき、さらにそれを広げ
たいと考えております。私達の活動を今後とも是非よろしくお願いいたします。

<あうんからのお願い>
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「殺してもいい命」などない~映画「半落ち」を観て

多摩あおば病院PSW 西隈 亜紀

 若年性アルツハイマー型痴呆の妻が、壊れていく自分に怯えて夫に「殺して」と懇願し、夫は妻の首を絞めた。夫は現職の警察官であり、殺した2日後に自首する。この2日間に何をしていたのか・・・。直木賞候補にもなった横山秀夫の小説を原作にした映画「半落ち」は、妻を殺した警察官が抱える“ある事情”を縦軸に、事件に関わる警察、検察、弁護士、裁判所、新聞社等の組織の硬直化やそれぞれの現場担当者の葛藤を横軸に絡ませながら、ヒューマンタッチに展開する。一応ミステリーなので、空白の2日間について私は一切触れない。私がここで書きたいと思ったのは、映画を観ながら警察官の“事情”にさんざん涙しつつも、共感しきれていない自分に気付いたからだ。この映画を、情に流され感動して観終わるのは簡単なことだが、精神医療従事者である私にとってはそれだけでは済まなかった。「痴呆だからといって、可哀想だからといって、殺してもいいのか」という思いが強く残ったのである。
 そうした意味から、私が映画の中で最も共感したのは裁判官であった。事件は嘱託殺人(依頼されて殺すこと)で、執行猶予がつくかどうかが量刑の焦点なのだが、裁判官は求刑通り懲役4年を言い渡した。執行猶予はなく刑務所に収監されるということである。「子供のことを覚えているうちに、せめて母親として死にたい」と叫ぶ妻を不憫に思う警察官の状況などが明らかとなる公判は、情状酌量があって当然の運びだったにもかかわらず、裁判官は厳しい判決を下した。彼自身もまたアルツハイマーの父を在宅で看ている身であった。裁判官は、「自らの手を汚して殺す優しさ」と「殺さない優しさ」の間で揺れ、「殺さない優しさ」こそが大切だと判決したのだ。
 
 「生きていていい命」と「生きていてはいけない命、殺していい命」があるのか。命に軽重が、価値の違いがあるのか。誰がそんなことを決められるのか。決められるはずがない――。これらのことは、私には、どうしてもゆずれない一線であった。
 私は、20歳代を新聞記者として働き、その間、安楽死や脳死・臓器移植、出生前診断の是非など、「命の選別」につながる事柄に関心を払い続けてきた。取材した多くの医療従事者や施設職員が、「現場は大変なんだ。きれいごとではすまない。あんたたちマスコミにそれがわかるか」といった怒りや、「家族が望んでいるから」という反応を示した。正しい答などない問題だが、私はそのたびに反発した。
 その後私は転職し、医療従事者となった。「現場」の側に来たということだが、私の思いは変わらない。例えば、賛否両論を承知の上で、今でも私は「脳死を人の死」とは思っていない。
 日々、心に病を抱える人々と接し、「死にたい。生きていても、なんにもいいことがない」という言葉を何度も耳にし、そして実際に自死を選んだ人々ももう何人も見てきてしまった。また、家族の苦しみも見聞きしている。誤解を恐れずに言うと、本当のところ、私も時々ふっと惑う瞬間がある。だが次の瞬間には惑いを打ち消す。「生きていてはいけない命などない」と、自らに強く言い聞かせるのだ。
 
 映画を観た後、原作の小説も読んでみた。“ある事情”が明らかになるところでやはり泣いてしまった。それでも、妻を殺してはいけないという私の一線はゆずれなかった。裁判官が警察官に問いかけた「介護保険制度を知っているか。奥さんを生かそうとは思わなかったのか」という言葉に、強く共感を覚えたのである。(※多摩あおば病院院内報に掲載したものを転載しました)

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支援ネット・病院訪問

通所授産施設「明和荘タイムス」 通所者 北岡 久

 長期入院問題への関心が高まっているようである。
 これに対応してというわけではないが、町田精神保健福祉支援ネットワーク(略称支援ネット)でも、この問題への取り組みを活動の重要な柱として行っている。支援ネットは町田市内の精神保健福祉関係の施設(授産施設、作業所)関係者および利用者によって構成されており、「町田」と付いているが、べつに市が運営しているわけではない。だが、市内の社会福祉協議会から助成金を受けているし(他の福祉財団からも助成金を受けている)、月1回の定例会には市役所の福祉課から出席があったりするし、正式発足の時には来賓として来て頂いた。また病院関係者とも直接的ではないが、協力関係を結んでいる。
 長期入院問題への具体的な取り組みとしては、まず、地域での生活を伝えるための小冊子製作。地域で暮らしている人達へのアンケート、生活していく際に必要な関係機関の一覧、場所を示した地図等で構成されている。アンケートの質問内容は「入院体験について」「退院時の不安や戸惑い、悩んだこと」「退院後の生活(金銭面について、病状について、地域の良いところ)」。施設利用者(作業所利用者)に対するアンケートなので、「施設の良い点、悪い点」「将来について」という内容である。入院者が読んだら気を悪くするだろうというものや、単に「ある」「ない」式の答えもあるのだが、当事者-支援ネットではこう言い表している-の率直な声だということで、そのまま載せている。詳しいことは、私は知らないが、編集の手を入れていないことがかえって高い関心を呼んでいるようである。希望者には販売もしている。
 第二は小冊子を持っての病院訪問。これは単なる配布ではなく、小冊子の紹介でもなく、もっと直接的に入院者と会って話をし、交流を持とうというものである。ここでもやはり当事者自身の口からということで考えがまとまっている。当事者の言葉として、入院時、退院時、現在の地域での生活-良いところや、悩みも含めて-を入院者に対して話してもらい、それによって病院以外の生活を知ってもらう。一病院につき当事者が4~5人、関係者が2~3人でチームを作る。既にシュミレーションを重ね、検討されたが、病院の悪口大会にならないように-入院者はそれを聞いて溜飲を下げるかもしれないが-配慮することや、できるだけ当事者中心にすることが確認された。病院側には快く協力してもらっている。この病院訪問の具体的な進め方であるが、当事者の話以外に支援ネット・小冊子の説明、作業所とはどのような場なのかという話等が予定されているが、明確に決まっているわけではない。私の考えでは、支援ネットや小冊子の説明は簡単に終えて、作業所やグループホームについても、やはり当事者の話として語ってもらった方がいいと思うが、その場の状況によるだろう。こればかりは回数を重ねなければわからない(作業所やグループホームをよく知らない人に説明するのは案外難しいのである)。
 2月10日に最初の病院訪問を終えた。場所は病院内の食事をしたり、テレビが置いてあったりする広いホールであった。看護部長、看護師長が同席していた。ケースワーカーが居なかったのは意外であった(居たかもしれないが、私には目につかなかった)出席者は17人、それ以外にホールに4~5人居た。訪問後の感想は、入院者の出席の数が多いと、こちらの話が全体に届いているか不安に感じる、ということである。こちらも10人居たのだが、向こうの数はずっと多く感じられた。それくらい距離を感じたということである。横長のテーブルに一列同士向かい合わせに座っていたのだが、端の方で近くの者同士、話が始まってしまい、何の話をしているのかよくわからないまま進んでしまうので、結局テーブルを二つに分ける格好で質疑応答などを進めなければならなかった(それでも「交流」できたといえば言えるのかもしれないが)。時間は一時間半ぐらいだったと思う。一病院に訪問を重ねていくことが計画されているので-病院側もそう希望していた-一回につき人数を絞り込んでいった方が「親密さ」-こんな言葉が適切かどうかわからないが-が出るのではないかという印象である。
病院訪問の時期は、いつ頃になるのかなかなかメドがたたなかったが、ここのところ相次いで予定していた病院の訪問の日程が決まってきた。病院側が積極的に協力している証だろう。後は、こちらの当事者の動きがどうなるかだが、現在のところは関係者側の後押しによるのだろうが、チームはできあがってきている(といってもまだ「予定」の段階だが)。振り返りをおこない、反省点をふまえながら、今後積み重ねていく考えである。まだまだ一歩を踏み出したばかりというところであろう。

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