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指定医研修見聞記

柏木診療所 岩田柳一

 私は精神保健指定医である。旧精神鑑定医からの移行措置で1988年度に指定されて以来、今年度で3度目の更新で、去る1月19日に日精協主催の指定医研修会に出てきた。
以下は、その印象記である。
研修の日程は、はじめは2日間だったが1996年度から1日になり、内容もスリムになっている、しかし、識者の講演を延々と拝聴し、短い質疑応答が行われる、という形式は同じである。因みに今回の演題と要旨は次のとおりである。

1、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律と精神保健福祉行政の現状」
厚労省 精神保健福祉課長 矢島鉄也

指定医の役割と取り消し処分の実例に始まり、病床、入院者数、社会復帰施設、問題病院事例、精神保健施策、重点実施5ヵ年計画、関係予算、と続き、「心神喪失等医療観察法」の概要と2002年10月の指定医申請に関する通達の説明までスライドを駆使して、1時間の猛スピードの講義である。
はじめに渡された分厚い精神保健福祉法詳解と精神保健ハンドブックを熟読すれば、行政側として指定医に必要な事項は全て伝えたということになるのだろうが私を含めておおかたの医師はそれぞれの個人的関心にそう2,3のポイントを押えたか、お役所の建前には興味ないと、聞き流したに違いない。資料を紐解けば文言は出てくるが、私が感じる限り、指定医が入院者の人権に常に配慮し告知し、診療を進めるべきであるという人権擁護に関する具体的指導や助言はなかったように思う。
行政側にとってそれは当たり前なこと、という解釈なのかもしれないが、現行指定医の実態、レベルを考えると研修体制の不備は否めない。
講演の後「医療観察法は保安処分なのではないか」と言う批判的質問がフロアから出されたが、厚労省側の説明では飽くまで治療が目的で、できるだけ18ヶ月で退院させることを目標に具体的治療プログラムを充実させていこうとしている、という答えであった。

2、「精神医療審査会について」
神奈川県精神医療審査会会長 愛光病院理事長 竹内和夫

日精協の理事でもある民間精神病院の理事長が精神医療審査会の会長というのも変だが、このあたりは日本の事情と言うしかない。
内容の前半は精神医療審査会の実態報告で、各自治体で審査の実施時期や結果の状況にばらつきがあるという指摘だったが、退院請求の審査結果で入院または、処遇不適当という審査結果になった例が福岡県で極めて多い、という報告が特に目を引いた。演者の話しによると審査の仕方が他県と異なり、直接、当事者、家族を審査会に呼んでヒアリングするということだったが、それが他の県で何故採用されないかの説明はなかった。
 後半は医療保護入院の入院届の書き方についての懇切丁寧な説明であったが、「読みやすい字」で書いて欲しいと何度も強調していたのが印象に残った程度。

3、「成年後見制度について」
東京家庭裁判所判事 浦野真美子

通り一遍の制度の説明であったがフロアの質問で「後見人に選任された家族が財産を使いこんだ事例がある。どうしたらよいか」というのがあった。裁判所は監視しているそうだが実態としては報告書を出させるだけらしい。その結果、後見人を解任できるとは言っても、費消した財産を取り戻すには家族相手に民事訴訟を起こさねばならず、現実的な救済策はなさそうである。どうにも腑に落ちない話しである。と、ここまでで午前の部が終了。

4、「精神障害者の社会復帰及び精神障害者福祉」 くじら病院 上村神一郎

地方の病院の二代目院長が、がんばって福祉施設をサテライトに一杯作って病床を減らしたと言う奮闘記で、それなりに興味深かったが、もともと過疎で人口に比し精神病床数が多かった地域らしいので正常化しただけと見るのは辛辣過ぎるか。


5、「事例研修」シンポジウム
仁大病院 舟橋利彦 大和病院 石井一彦多摩湖病院 鎌田康太郎
厚労省 精神保健福祉課 課長補佐 三好圭 日精協顧問弁護士 木ノ元直樹
 
研修の締めくくりに、約2時間半にわたり事例をめぐるシンポジウムが組まれている。日精協の研修委員、3名が1ケースずつ事例を紹介し、これに厚労省課長補佐と顧問弁護士が助言すると言う構図である。
事例の詳細は省くが、入院者間の傷害、入院中の自死、離院した入院者の通行人への傷害と、いずれも精神病院でのトラブルから法的問題が生じた事例で2例は民事裁判となったとの報告である。いずれも重いテーマであるが、このメンバーから想像できるように専ら法的解釈と妥当な手続きと対応方法についての解説である。
事件は病院の体制の問題や治療の中味などとも密接な関係があるにも関らず、これらが問われることはなかった。このうち離院の事例は39条1項通知義務違反が問われた、稀なケース(一審で病院に損害賠償責任を認定)である。病院医療から離れて久しい私には「そういえばあったな」くらいの条文だが、この項は旧精神衛生法が1965年に改悪されて以来そのまま踏襲されている無断退去者に対する措置に関する条文である。
これは「精神病院管理者は…中略…所轄警察長に次の事項を通知してその探索を求めなければならない。」という義務規定で社会防衛的要素の強いものである。弁護士の解説では離院した人が起こした傷害が重大だったため、病院には重大な法的過失がなかったにもかかわらず、「発生結果から被害者救済に傾き法39条が形式的よりどころとされてしまった印象が強い」と言うことで、ここから先は私の想像だが、39条のような法律もあって、そこをつかれると大変だから、問題を起こしそうな離院者がいたら、警察に文書ででも通知して後で責任を問われないようにしましょうね、というニュアンスであった。
法自体の是非はともかく、このような取り上げ方だと病院管理者が責任逃れに病院の規制を強めかねないと危惧される。

以上、駆け足で内容を紹介したが、総じて言えるのは、研修が役所と指定医双方のアリバイとなっているとの感である。勿論、制限された研修時間で指定医の質が維持されるとは誰も思わない、個々人がどのように法と人権を理解し実践するかが問題だが、最大限度、と最低限度を示したに過ぎない法の条文すらおぼつかない指定医が多い中で(私も偉そうなことはいえないが)指定医が精神医療において果たすべき役割、その根本理念を、まず指し示す必要があるのではないか、責任逃れや事なかれの方策を強調するのでは何のための研修か、わからない。

私見で恐縮だが、精神保健福祉法は本質的には人権制限法である。それゆえ、運用は慎重を期さねばならない法自体にその被害を最小限に食い止めるための仕掛け、すなわちデュープロセスは存在するが、これも所詮は手続きに過ぎず、人への思いや畏れのレベルではない。このため法を遵守するだけでは足りず、より深い理解と人権への配慮が必要であるが、法に規定されていることすら守られていないのが実情である。
厚労省も医学界も細かい手続きや書類にばかりこだわらないで、人権にまつわる基本的な考え方を示して指定医の質向上を目指したらどうか、現状はあまりにお粗末である。残念ながら今回の研修でも利用者の人権擁護についての真摯な議論はなかった。


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