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松沢病院の病棟案内が整備されました!

東京精神医療人権センター 小林信子

 2004年は「センター」にとって幸先よいスタートとなりました。「おりふれ通信」222、223号で取り上げていた都立松沢病院と当「センター」との面会拒否に対する“抗争”は、とても建設的な結果を生み、患者権利擁護団体としてのチャレンジは成果をあげました。
 まあ、「センター」がしつこく食い下がり、新聞記事にもなってしまったし、それよりも社会の変化を感じた松沢病院が「変わらなくちゃ」と言う意識が全スタッフに生まれ(そう信じたい)、松沢病院として統一した「病棟案内」作成を昨年末から着手していました。今まで各病棟は一国一城そのままで、「病棟案内」もまちまちだったり、患者さんへのお知らせもろくに配布されていない病棟もあったのです。
年末に医事課長と入手の約束をかわし、今年一月中旬に病院側から「完成」の連絡をくれるという思いもかけない親切があり、受け取りに行きました。
 正式な製本前のものですが、各病棟の個性?とPCを駆使した装丁で、ディルームなどに常備しておくものということです。 この中から、患者さんに配布が必要な事項を抜き出して渡すと言う取り決めになったそうです。
 28病棟あるので28冊もあります。平均17,8ページ仕立てで、まず「松沢病院運営理念」があり、次いで都立病院全体で定めた理念不明の「患者様の権利章典」があり、それから病棟の見取り図を含む紹介や規則説明になっています。この規則には未だ理解不可なのものも見受けられますが、それは今後順次取り組みましょう。
「権利章典」についても異議ありです。患者の権利章典なのに「責務」が記載されているのを後存知ですか。例えば9項「納得できる医療を受けるために、医療に関する説明を受けてもよく理解できなかったことについて、十分理解できるまで質問をする責務があります」となっています。この文面では、結果について疑問を持ったり、治療法が正しくなかったのは、患者が理解していないのに質問しなかったからだと言い抜け出来るようになっています。患者というものを知らない傲慢な医療者の態度が反映されています。
「おりふれ」でもこの「章典」に警告を唱えた記事を出しましたが、特別な取り組みをせず反省しています。

 さて松沢病院の「病棟案内」に話を戻し、「センター」が関心を持つ、患者の権利では私たちが主張していたように「面会は原則として(あるいは、基本的には)自由です」という文言が入りました。が、それに続いて「患者様の病状によっては、医師の指示によってご遠慮いただくことが・・・」と続いています。皆さん、家族や友人をどんどん見舞いに行って、この「基本原則」がどのくらい実践されているか「センター」にお知らせください。
 ともかくも、我田引水と言われようが長年「センター」が松沢病院と取り組んできた一つの成果です。もちろん今後も都立病院としての重要な役割を持つこの病院がよりユーザーにとって信頼の置ける病院にするための監視を続けます。

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松沢病院訪問での疑問

作業所フレンドシップ職員           半田佳世子

昨年七月、作業所の元メンバーが松沢病院に入院することになり、関係者の要請があって私も同行しました。その数年前にも入院に同行した際に、面会や病棟での処遇のことで「何故?」と納得できなかったことが多かったので、この間の松沢病院問題に一石を投じたいと思います。

本人が病棟に入り、入院時の手続きを終わって帰りの挨拶をしたいと病棟に申し出たところ、「面会はできない」と言われました。面食らって理由を聞くと「病棟の規則だから」とのこと。今どきこんなことがあるのか!とア然。任意入院なのに閉鎖病棟に入院、病床のつごうでそのようなこともあり得るのでしょうが、「個別処遇はできないの?」の問いに、主治医は「ムニャムニャ‥」民間病院でさえ工夫してやっていることが何故できないのでしょう?
その上閉鎖病棟への入院ということで、医療保護入院の形をとらねばならなくなり、家族に手続きを依頼したところ、家族は拒否。病院のやり方に反発した家族は本人の見舞いにも来ず、家族関係が悪化したのでした。

 さらにこの人が入院した病棟は、そこしかあいてないからと保護室!しかも保護室なのに二人部屋という前代未聞の処遇。保護室ですから二人部屋でも施錠していました。法的にも保護室は一名のはずです。
 また病棟に入って、衣類の一つ一つ、下着にまで名前を記入するのです。退院後それを着て銭湯へ行くの?本人の気持ちは?

 保護者の選任手続きのためPSWとの面接に同席したところ、保護者になることを渋る家族にPSWは「それならもう一度医者と話し合って下さい」とはねつけるように言い放ったのでした。家族ができない状況を何とか知り、どうすればいいかを一緒に考えるのがPSWの仕事でしょ!?と思わず言いたくなりました。

 「天下」の松沢病院がこの体たらく!何十年も前の精神病院のままではありませんか!都民として松沢病院に使われる税金を返してもらいたいくらいです。
 松沢病院のスタッフの方々、特にPSWの方々、困難な状況でしょうが、当たり前の精神科医療、精神障害者の当たり前の生活のためにお互い尽力しましょう。

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今年のおりふれ

編集部   木村朋子

 1月の編集会議で今年の編集方針について話し合いました(新年早々合併号になってしてしまったので、比較的余裕があったのです)。従来からの、
①精神病院問題にこだわる 
②地域の実践を伝える 
③世界の中の日本という視点を持つ 
の三点は変わりません。
 ただ、②の地域実践をあまりにも知らないので、ネットを利用していろんなグループのホームページに(その方面に詳しい編集部員を中心に)目配りしたい。
 また①は、古くからの収容主義的精神病院の問題に加え、新しい精神病院問題ともいうべきことがらを継続的に考えたいと思います。すなわち精神科救急や急性期の濃厚治療、あるいはEBM(エビデンス・ベイスト・メディスン=科学的証拠に基づいた医療)の名の下に、ぐるぐる巻きの拘束、拘束・点滴・オムツを使っての過鎮静治療、電気ショック療法などがはびこっている問題です。人権センターへの相談でも拘束、電気ショックを含む例が増えているように、何よりもやられる側で「いやだ!」と言う人が多いというのが最大の問題。また③にも関連して、昨年8・9月号で紹介したようにハーディング教授が、「日本では患者を退行させる拘束がルーティンのようにやられている!他の国で見たことがないほど。治療者がそれになれてしまっているのも恐ろしい」と警鐘を鳴らしてくれたように、またも日本の常識、世界の非常識となりつつあるらしいという問題でもあります。

 ほかに具体的なことでは、昨年強行採決され来年の施行が予定される「心神喪失者医療観察法」の問題は、ごまめの歯ぎしりであるにしても目を離さずにいきます。今号にも最終ページに小平市での集会の案内を乗せています、よろしく。

 また昨今新聞紙上をにぎわしている「介護保険に障害者も統合されるのか」という問題も意識して取り上げたい。新聞も厚労省精神保健福祉課長も、「貧弱な精神障害者福祉が他に追いつく好機、財政難でこれまでのような社会復帰予算もままならないんだし・・」という論調ですが、障害者福祉の側からは支援費が始まりたった1年で変更論議することの、朝令暮改、乱暴さが言われています。障害者協議会がこの問題を検討するホームページ
http://www.normanet.ne.jp/~jadh/jdnews2004も開設しています。

 ホームページといえば、昨年のこの欄で「おりふれ」電子版を開くと公表したのですが、遅れに遅れようやくこのほどココログhttp://www.cocolog-nifty.com/ というニフティというプロバイダーが始めたブログをつくるための道具(ブログとは「日々更新するタイプのウェブサイト」のことを指す、「WEB」(ウェブサイト)と「LOG」(日々更新、日記)から生まれた造語のウェブログが縮まったものだそう)を使って、近々試験的に始めるめどがたちました。
 ということで、にわかインターネット修行中ですが、たくさんの恐いと思う点はありつつやっぱり使えるものではありそう。前頁でふれた有沢ゆみ子さんの昔の文章を読み返して、「今これを読んで勇気づけられたり、気づかされたりする人も多いに違いない、ホームページに載せればいろんな人に読んでもらえる!」と思ったりしています。ホームページについて、詳しくはまたお知らせします。そっちもよろしく。

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