« 2003年3月 | トップページ | 2003年12月 »

WFMHメルボルン大会報告 ーもう一つの「先進国」オーストラリアの発見ー

 一
 一昨年七月のWFMHヴァンクーヴァー大会、昨年八月のWPA横浜大会のいずれについても本紙上で報告する機会を逸した。ここにオーストラリア、メルボルンで二月二十一日〜二十六日に渉って開催されたWFMH世界大会について、更にはメルボルンを州都(「州」は、米国の州より強力な独立した政府を有する)とするヴィクトリア州の、ニホンにはほとんど紹介されていない先進的な地域精神保健システムについて、膨大な資料を持ち帰ることができたため、これらを報告する。
(なお、この国の自然の美、真夏の陽光、穏やかで善意に溢れた市民達にふれることは、紙面が許さない。)

 二
1.まず、先のヴァンクーヴァー大会との対比を試みたい。即ち、㈰規模の著しい縮小、㈪「儀式性、仰々しさ」の減少、「学術性」の増大、㈫非英語圏からの参加者の減少。

 ヴァンク大会は、何よりも会場入口から受付までの長い赤絨毯の両側に林立する巨大多国籍製薬企業の「財政的援助」への感謝状の列、中でもひときわ目立つイーライ・リリー社への感謝状に大書された「ゴールド・スポンサー」なる文字、によって特徴づけることができよう。

 これと対比的なメルボルン大会の前記の特徴は、「巨大製薬資本の極めてひかえめなプレゼンス」によって説明し得るであろう。

2.私が参加した多くのセッションの中からいくつかを紹介する。
㈰WHOアジア担当総括責任者による、多年の広範なフィールドワークに基づく事実と数値による、決定的規定要因としての「環境因」の説得力に満ちた立証。
㈪ノルウェーの精神保健部門最高責任者が、WFMHの危険な巨大製薬ビジネスとの完全な絶縁を強く求め、多くの共感を得た。さらに半世紀余を経て明らかになりつつある「薬物療法」の危険性を、WFMHが常設機関を設置して調査研究すべきであるとの発言。

㈫米カリフォルニア州で正に強行されつつある、ニホンの「予防拘禁法」に酷似した立法との闘いの報告。

㈬ニホンでの「予防拘禁法」の全容とその非科学性と危険性についての私の報告。

㈭いわゆる『テロ』なるものを、DVなどの「暴力」と同列に位置付け、同様の攻撃を加えたある報告者に対する、両者の「本質的異質性」を強調した私の反論と会場からの大きな賛同。

㈮ブッシュによるイラク侵略に抗議する決議の、理事会での満場一致の採択。

㈯スリランカ・シンハラ族の女性からの「近代西欧精神医学」の完全な欠如下での驚くべき治癒体験と彼女の組織的ケアシステムの独創的実践報告。


 三
 恐らくは殆ど知られていない、極めて優れたこの国の地域精神保健システムを系統的に把握し、ニホンに持ち帰ることは、大会参加以上に私の目的とするところとなった。そして、大会の中で明らかにされた全国レベルでのそれのほか、多くの人々の協力によって、最終的にはヴィクトリア州の統括機構の最高責任者と面談する機会を得、その上でこの州の保健システムの全容を収めたフロッピーディスク数枚を寄託され、追って多数の文献を送っていただけることになった。(これに先立ち、この機構の一施設を紹介され、楽しい交流の時間を持つこともできた。)

 更には隣接するニューサウスウェールズ州(シドニー、キャンベラが所在する)についても、ビデオなど相当量の資料をいただいてもいる。

 ここでは取り敢えず、全国レベルでの地域保健システムにつき簡単にいくつかのデータを紹介する。
㈰九十年代を通じて『全豪精神保健戦略』の下に、次のような顕著な改善が見られている。
(a)当事者の「コンシューマーズ・アドヴァイザリー・グループ」の全集での組織化とその「公的政策決定」への関与。
(b)歳出ベースでの「地域移行」(九二年→九七年)病院比率:五○%→二九%
(c)「地域」へのケアスタッフの移行(九二年→九七年)三○%→四六%
(d)その他「施設」規模の縮小・NGOへの歳出増・総合病院での急性奇病等の大規模な増設、などなど

 さて、上記すべての英文資料の全容を把握し、適切で効果的な方法で紹介する作業には多くの専門家の協同作業が必要であり、これについて多少の成案はあるが、差し当たりこの紙面を借りて、読者諸氏の今後の協力を呼びかけたい。

 なお「病」者集団の山本真理さんから託された英文資料を、現地で増刷して大規模に頒布したことを付記する。


陽和病院患者協会 岡本省三

| | トラックバック (0)

「当事者職員」として働いてみて

久保田公子

 私は、共同作業所で八年間働き、さまざまな事情で疲れ果てて退職し、うつになった。

 ブランクを経て現在の職場である地域生活支援センターで「当事者職員」として働き始めてから一年半になった。このセンターの運営母体は、身体障害をもつ当事者の方たちが中心となって作り上げた団体であり、「当事者職員」が何人か働いており、私もその一人として採用された。私はちょうどうつが回復し始めた頃であり、病いになった経験を生かしながら、長年の私の課題であった利用者・当事者との平たい対等な関係づくり、あるいは「当事者主体」とか「される側に学ぶ」といった言葉で表現されるものの中身を、今までとはまた違った視点で考えていけるのではないかと思い働くことにした。

 十数年間、精神保健福祉の現場で支援する側として働いてきた私にとって、自らが病いを経験したことの意味は、いろんな面で大きかった。まず感じたことは、当事者との対等な関係づくりをめざしながらも、当事者との間に未だに壁のようなものを作っていたことに気づいたことだった。というのは、今から思えば退職する以前からすでにうつ状態になっていたのに、友人などから受診・服薬の勧めがありながらも、薬を飲み患者となることへの抵抗感があったからである(収容主義的で医療とは名ばかりの精神病院に勤めていた経験から、医療への不信感もあった)。そして限界にきてからようやく受診し、医師の言葉に納得し、うつを認めたことを通して、誰もが病いになることがあるのだということに本当の意味で気づかされたように思う。

 また、「当事者職員」として働くということは、全く新しい経験であり、得たものが多い。そのひとつは「健常者職員」であったときにはなかった双方向の関係を実感するときがあるということである。例えば、些細なことかもしれないが、利用者の人から「最近調子はどう?」と聞かれて自然に答えられたり、ときには自分の方から「最近疲れ気味」などと言うこともある。以前は、職員はいつも元気でまるで何の問題も抱えていないかのように思われ、またそう振る舞わざるを得なかったような気がする。さらに以前は、利用者に対して課題のようなものを把握しようとする姿勢が抜け切れなかったのだが、自分が病いになってからは、一緒に問題を考えるとともに、利用者が苦しみやつらさをどう乗り越え付き合ってきているのかを知り、学びたいと思うようになった。

 このように得るものを実感すると同時に、戸惑いと揺れの中で整理しきれないものも抱えてきた。とりわけ「当事者職員」という存在の意味合い、あるいは「当事者職員」と呼ばれる事の意味合いについては考えさせられることが多い。私は共同作業所で、当事者である上司のもとで働いたことも、またメンバーであった人に職員になってもらい共に働いてきた経験もあり、これらの貴重な経験とも重ね合わせながら、この未整理な事柄についてこの機に改めて考え、言葉にしてみたいと思う。

 「当事者職員」が雇われる意味や役割は、言うまでもないことかもしれないが、当事者の気持により寄り添いやすく、また当事者の視点に立った支援ができるということだろう。ただ当事者同士が互いの気持を全面的に理解できたり、当事者だからといって当事者の立場に立つことができるかといえば、必ずしもそうではないとも思う。私自身のことを考えてみてもなかなかそうはいかない(支援する側としての経歴の方がずっと長く、当事者としての経験が浅いということも影響していると思うのだが)。先に述べたように、壁は以前よりはずっと崩れたにしても、それぞれの人が置かれた状況や病いのありようは個別性を持っており、そう簡単に理解しうるものではない。さらにあえて付け加えると、利用者と対等な関係を築きたいと思っても「当事者職員だから」と軽んじられたり、静かにしているだけで具合が悪いと思われたりしてしまう悲しい現実もある(このことについては、当事者が日々さらされる社会的差別の現実として、また差別を内面化してしまうことの反映として受けとめている)。

 次に「当事者職員」と呼ばれることについてであるが、私は率直に言って違和感を持った。「当事者職員」であることは、当事者性を前面に出して働いていくことであり、「当事者であること」に立脚し、そこに自らの生き方としてのアイデンティティーをもって働いていくことだと思う。私の場合はどうかというと、私にとって病いは私が持っている「ひとつの要素」であると思っている。そしてその一つの要素である病いの体験を生かして仕事をしたいと思っているのだが、同時に私には他のいくつかの要素自らが依って立つものがある。「性差別を受ける側の女であること」「労働者であること」「精神保健福祉の従事者であること」など。こうしたいくつかの立場にたって私は生き、働きたいと思っているのである。

 こう考えると、その人を「当事者職員」と呼ぶかどうかは、その人自身がどのようなアイデンティティーを持って、どのような立場で働こうとしているかによるのであって、他者から、外側から名付けるものではないのではないだろうか。
 一年半経った現在、私の「当事者職員」としての立場は次第にあいまい化されているように感じられる。利用者からは「半分当事者だから」などと言われることもある。回復するにつれて当事者意識が希薄になってきているのも事実である。でもこのあいまいさが、私にとってはありのままの姿であるように感じている。

| | トラックバック (0)

« 2003年3月 | トップページ | 2003年12月 »