神出病院事件問題の解決のために 第一回

吉田明彦(兵庫県精神医療人権センター、精神障害/双極性障害当事者)

 

はじめに

神戸市西区神出(かんで)町にある大型精神病院・神出病院(入院病床数465床)のB棟4階で起きた、看護師・看護助手らによってなされ続けた暴行・監禁・準強制わいせつ事件(※)のニュースは、瞬く間に全国の人々が知ることとなり、大きな注目を集めることとなった。

※ 医療法人財団兵庫錦秀会・神出病院で、同病院に勤務する男性看護師・看護助手ら6人が、入院患者たちに対し、男性同士でキスをさせる、男性患者の性器にジャムを塗ってそれを他の男性患者に舐めさせる、トイレで水をかける、患者を病室の床に寝かせて落下防止柵付きのベッドを逆さにしてかぶせて監禁する等の暴力行為を1年以上にわたって繰り返し、その様子をスマートフォンで撮影しLINEで回覧して面白がっていたというもの。被害者数は、当初3人と伝えられたが公判で少なくとも7人(検察は10人と主張)と認定され、公判で6人は暴行・準強制わいせつ・監禁等で有罪とされ判決確定した。

だが、この事件に関心を寄せる人々の間でも、現地神戸の我々と他地域の人々とでは、認識に少しズレがあるように見える。後者の多くにとって、事件は、裁判で加害者6人のうちの最後のひとりに判決が下された20201012日、あるいはそれが確定した同月26日に終わったものとみなされているのではないかという心配を我々は持っている。

そのような認識は事実・実情とまったく異なる。地元神戸では、事件を取材してきた神戸に支社・支局を持つ報道各社も、神戸市当局(健康局)も、議会(神戸市会)も、われわれ兵庫県精神医療人権センターを含む協力団体各方面も、そして、精神科病院協会や精神科診療所協会のような業界団体すらも、そのような認識は持っていない。狭義の「事件」の終わり、すなわち加害者職員6人の裁判の終結をもって幕引きとしたいのは、当該病院とその経営法人グループのほかには誰もいないのではないか。

 

常態化していた患者への暴力

まず、神出病院においては、虐待、いや暴力は当たり前のことであった。公判に出された供述調書や被告人らのことば、および神戸市当局が立ち入り調査を通して確認したところ(情報公開請求資料から確認)からは、患者に暴力を加えてはじめて一人前というような空気が病棟を支配し、若い看護師や看護助手はそれに染められていったことが明らかにされている。

刑事事件化された罪は「1年以上にわたって」という期間のものだったが、それより以前から、入院患者にあだ名をつけて呼び嘲弄する、ガムテープでぐるぐる巻きにして面白がる、車椅子に固定して倒す等々の暴力が、6人以外の多くの看護職員によって日常的に繰り返されていた、それがこの病院だった。

加害者のひとりは、暴行に加わりたくないと夜勤シフトを変えてくれるよう看護師長に求めたが無視されたと公判で供述している(この件について、神戸市当局も裁判より前に3月の時点で確認していることが、情報公開資料で確認される)。しかも、その拒絶の理由はその上司もまた暴力の加害者だったからだという。

刑事事件の被告人として裁かれた6人を除く他の暴力に加担した、あるいはそれを止めたり告発したりしなかった看護職員ら、医師ら、法人経営者らの責任はなおまったく問われていない。

私が、昨年7月2日放映の神出病院事件を扱ったNHK ETV「バリバラジャーナル どうなってるの?日本の精神医療」に一緒に出演して以来、交流させていただいている18年間同病院に入院し今は地域で一人暮らしをする男性、Tさんの話を紹介する。

音楽好きの彼が、決められた就寝時間以降もポータブルCDプレーヤーでイヤホンを使って音楽を楽しんでいたところ、看護師がそれをとがめ、それに反発したTさんを取り押さえようとして肘をぶつけ彼は歯2本を失った。ちなみに、彼はこの話を仕方なかったこととして淡々とする。元々、建設労働や船員として働く屈強な男だった彼がこれほどの暴力に対し抗議することを諦めるほどパワレス化されたという事実に、長期の社会的入院の惨たらしさや看護師による暴力の残酷さを思わずにはおれない証言でもある・・・

<以下、全文は、おりふれ通信400号(2021年4月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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「いのちのとりで裁判」 ~大阪地裁判決から生活保護を考える~

元生活保護利用者 和久井みちる

 

1.大阪地裁判決

「勝った!」

その時、大阪の弁護士さんからSNSに第一報が投稿されました。

2021年2月22日は大阪地裁で、生活保護の引き下げは違法だ・・ということを争う「いのちのとりで裁判」の判決が予定されていた日でした。私も判決が気になって、今か今かと報告が投稿されるのを待っていたのです。

「勝った!」とは、つまり「生活保護の引き下げは違法だ」という主張が認められたということです。

 

2.「いのちのとりで裁判」

「いのちのとりで裁判」は、2013年から実施された生活保護費の引き下げはおかしい、これは違憲だ・・という主張をして、全国で当事者の方1000人近くが原告となり、国を相手に争ってきた裁判です。残念ながら、私はこの裁判が始まったとき、すでに生活保護の利用者ではなくなってしまっていて、原告として一緒に参加することはできませんでした。その裁判は今、日本中で繰り広げられています。そして、今回は2020年6月25日の名古屋地裁判決に続く、二つ目の判決でした。名古屋判決が、偏見に満ちた無理解な判決だったので、大阪地裁の判決を聞いた人たちは飛び上がって喜びました。抜けるような青空の下、大阪地裁前で若手弁護士二人が「勝訴」「保護費引き下げの違憲性 認める」という旗を掲げた映像は、新聞やテレビのニュースでも大きく取り上げられました。

 

3.大阪地裁判決

 大阪地裁の判決文は100ページを超えるほどあり、法律的な文言は私には理解しきれないこところもいくつもあります。しかしそれでも、判決を読んでみて、裁判官が当事者の声をしっかりと聴いてくれていること、その上で引き下げの決め方のおかしさ、違憲性を指摘してくれていることはよくわかりました。さらに、「健康で文化的な最低限度の生活」は、ただ「健康な最低限度の生活」とは違う・・とも言っています。「死なない程度に生きていればいい」ということではなく、「文化的」なのだ、ということです。それはつまり「人間らしく」と言い換えてもいいと私は思います。この判決を考えるにあたって、裁判官自身が「健康で文化的な最低限度の生活」とは・・を自分の中に問い、考えた証なのではないでしょうか。そう考えると、「世論がそうだから」「与党がそう考えているから」とも受け取れるような名古屋判決は、本当に薄っぺらな、思慮のない判決だったと今さらながらため息が出てしまいます・・・

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ハーディング氏講演会「ヨーロッパの恣意的拘禁防止制度と新しい法的枠組み」

東京精神医療人権センター 木村朋子

 

2月号でお知らせした表記の講演会を、323ZOOMで視聴した。この講演は昨年春ハーディングさんが来日して行われるはずだったが、コロナ感染症の影響で1年延期されオンライン開催となったものだ。家にいながら無料でジュネーブにいる人の話がライブで聴ける。時間とやる気さえあれば、勉強の機会は無限大という今の時代をあらためて思った。

 

講演は冒頭、法改正を繰り返し、スタッフの人権研修を行い、地域でのサポートを充実させて退院促進しても、なお精神病院内での人権侵害は頻発しているという事実を確認する。そして障害者権利条約委員会とWHOは、権利条約(CRPD)に基づき強制処遇廃絶というパラダイムシフトを追求している と述べる。

 

司法精神科医であるハーディングさんが活動するCPT(拷問及び非人間的なまたは品位を傷つける取り扱い、刑罰の防止に関する欧州委員会)が、ヨーロッパ各国の精神病院、入管・刑事施設など、人が本人の意思に反して入れられる施設に、事前予告なく、いかなる時間であっても立ち入り、入所者と直接(立ち合いなしで)面会、診察し、カルテほか法的書類を閲覧する強い権限を持つことは、以前から小林信子さんに聞いていた(おりふれ通信199810/11月号に日赤看護大でのハーディングさんの講演録として小林さんが書いている)。しかし今回の講演で、CPTの活動は、ヨーロッパ評議会という欧州の国連のような組織の、閣僚委員会(2004年「精神障害者の人権及び尊厳の保護に関する勧告」を決議)、議会(決議に拘束力はないが47ヵ国からの324人の議員が目下の政治的・社会的問題について活発に議論し、改革のための発想が生み出される場であるという。ここで2019年に「精神保健における強制を終わらせる」決議がされている)、そしてとりわけ欧州人権裁判所と連動して、効果的な働きをしていることがよくわかった。

 

CPTは2018年~19年にかけて、欧州評議会域内47ヵ国のうち、34ヵ国を訪問し、精神病院への訪問は21ヵ国61病院にのぼるという。(2020年の訪問がコロナ禍でどうだったのか、聞きもらしてしまった。)内訳ではトルコ、ロシア8病院、ギリシャ6病院、フランス、アイルランド5病院などが目につく。訪問結果は、勧告を含む報告書としてその国の政府に送られ、政府は6ヶ月以内に回答しなければならない。これまでに立ち入り調査を拒否した、政府、施設はないという。

 

CPTと欧州人権裁判所との協働・相乗効果は、下の写真のように、裁判所がフランス、ストラスブールに牛のようにとどまり緩慢な動きではあるがどっしりと存在感がある一方、CPTは鷺のように自由にあちこち飛んでいき、牛のもとへ見聞をもたらすと例えられた・・・

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おりふれ40周年、400号を記念して

編集部 木村朋子

 おりふれ通信創刊号が1981年4月1日に発行されて以来40年経ち、今号が400号です。たこの木通信400号の報に、そういえば私達も・・と気づかされたのでしたが、40・400というキリのよさにめでたさを感じ、記念に何か、ということになりました。

バックナンバーをめくってみると、柏木診療所のスタートとともに始まった「精神医療をよくする会」(以下「よくする会」)機関紙としての当初は元気いっぱい。創刊号に代表藤澤敏雄が、「おりふれ通信(これはある患者さんが「おりにふれて」集まる会を持っているという話をしてくれたことから命名されました)には、精神医療と人間に関するさまざまなことを掲載していこうと考えています。闘病生活のこと、行政の動き、家族の悩み、精神病院の現状などです」と記しています。

 

1992年に「よくする会」は解散することになりました。92年5月号に飯田文子が「おりふれ11年間をふりかえって」で、81年~84年末は、保安処分や精神衛生実態調査反対の運動、個別病院闘争など敵がはっきりしており、論調も明確だったが、85年以降全体的に曖昧になっていき、89年~92年5月については、敵が見えなくなり焦点がぼけてしまっている。精神病院統計の情報公開裁判や人権センターの記事はあるが、はっきりした主張をもって書かれるのではなく単なる報告記事になっている、それらのことは「よくする会」の混乱とも関係があると思うと書いています。

編集部で話し合って、「よくする会」が解散してもおりふれ通信は情報紙として残すことにしました。要するに私たちがまだやりたかったのです。そこで今に続く3つの編集方針①精神病院問題に力を入れる ②個別の小さな運動を紹介する ③世界の国々の中の日本という視点を持つ をもって再出発しました。

 

それからまた30年。思うことのひとつは、やはり記録を残しておくことは大事ということです。東京地業研、東京精神医療人権センターの活動の記録ということもあります。今回30数年ぶりに病院統計の非開示決定に審査請求をするにあたって、1986年の公開請求から裁判の過程について、順を追った記録として再度コピーをとって皆で読みました。人権センターについても、1989年6月に全国人権センター交流会を2日間にわたって京都で開いたことを思い出しました。大阪、京都・滋賀、島根、兵庫準備会、岡山マインド、東京の6か所が参加。今埼玉、神奈川の人権センターが新しく始まり、新たな交流ができてきている中、昔交流会で話し合った内容は何かの参考になるかもしれないと思いました。

法改正、精神科救急、相次ぐ病院不祥事(宇都宮、大和川、栗田、朝倉・・・)、生活保護、欠格条項などのさまざまなテーマも、時の流れの中で次々に形を変えて出てきます。1997年6月号に小林信子さんが精神神経学会参加記として「抑制とESに異議あり」を書き、それを読んだ浜野徹二医師が8月号の「再び往診について」で、「私の20年の民間病院での経験では、拘束が必要だったのは自傷行為の激しい人と、全くの拒食で補液が必要な人のみでした。それ以外の場合に拘束したことはなく、必要も感じず、そのために回復が遅れ支障があったという印象は持っていません。そういう私の体験からして学会で堂々とマニュアルとしての拘束や電気ショックの発表がなされているという報告は、20年も学会に参加していない者にとっては大変な驚きとともに、それがいわゆる先進的・良心的な病院でなされているということは二重の驚きでした・・・正直なところ反吐を吐きたい心境です」と書いています。現在に続く問題です。

 

連載で心に残っているのは、80年代有沢ゆみ子さんの「病を体験してシリーズ」、小林信子さんの「スペインだより」、96年8月~98年3月久良木幹雄さんの「出会い紀行」、2004,5年の久保田公子さん「『当事者職員』として働いてみて」などです。アーカイブとしてせめてオンラインで読めるようにしたいと言いつつなかなか手がつきません。

 

もともとが「折にふれて」という姿勢ですし、今後についても勇ましいことは言えませんが、この40年で最も目覚ましいことは当事者パワーの進展で、うれしいことにおりふれも例外ではありません。そのことも力にして、当面つづけていくつもりですので引き続きよろしくお願いします。

 

 

 

400号  

編集部員求む!

闘いに臨む者は皆陣列の前にあれ

年を経ていささか閉塞感のある編集部。

ここはぜひ柔軟な若い力で

新しい風を吹き込んで下さい。

来たれ若人!    本城



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精神病院での新型コロナ感染拡大 人権状況も危機的

有我 譲慶(ありが・じょうけい)


認定 NPO 法人大阪精神医療人権センター理事・看護師

 

精神科入院者がさらされている危機

 新型コロナウイルス感染流行の中、精神科入院者はかつてない危機にさらされている。

1つ目は、精神病院では大規模クラスターが多発し、国内の感染率の4倍ものリスクにさらされている危機。2つ目はコロナ対策の名のもとに面会も外出も極端に制限され、人権状況が危機にある。

 

閉じ込められながら国内感染率の4

 私は「精神科病院・コロナ」などの複数のキーワードによるGoogleアラート検索と病院のWEBサイト、自治体のコロナサイトなどをチェックして、精神病院における新型コロナ感染状況を集計してきた。

 その結果、把握できた分だけで、2021年2月16日時点で、73病院の入院患者を含む院内感染があり21病院では終息していない。陽性患者数2,842人、死亡患者数47人、陽性職員ら802人で合計3,644人だった。報道されない院内感染も多く、病院のサイトのチェックで偶然見つかる事も多い。したがって、すべては把握しきれないが、少なくとも入院患者の感染は国内感染率の4倍、死亡率4倍と驚くべき状況だったのだ。100~200のクラスターとなっている病院ほど、死亡などの転帰や指定医療機関への転院者数を明らかにしない傾向があり、実態の把握は困難だ。職員のみの感染は73病院よりはるかに多く、集計では省いた。

 感染率、死亡率は、東洋経済オンラインの「新型コロナウイルス国内感染の状況」の最新集計から。日本の人口は125,930,000人とし、精神科病院の入院者数は、厚生労働省の「病院報告2018年1日平均在院患者数」より214,956人として計算した。(報道でつかめない総合病院・大学病院の精神病床入院者は含んでいない)

 

大規模クラスターが多発

 患者と職員を合わせた院内感染規模で5人以上が「クラスター」と呼ばれる。1~4人:13病院、5~19人:13病院、20~39人:13病院、40~59人:10病院、60~99人:14病院、100~199人:7病院、200人以上:3病院。私が把握した73病院のうち88%がクラスターであり、40人以上のクラスターは47%にもなる。しかも、100人超が10、そのうち3病院は200人超と爆発的である。しかしほとんどテレビで報道されることはない・・・

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坂口恭平『苦しい時は電話して』 (講談社現代新書)を読んで

香澄 海

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 この本の帯には著者の携帯電話の番号と「死にたくなるのは懸命に生きてるからーそのエネルギーは、きっと転換できる」という帯文が書かれている。

  例えば、ある事例では「やりたいことが何も浮かばない」という相談者と一緒に「やりたいこと」を探したりする。この本は躁うつ病の当事者で何度も「死にたい」を経験し、これからも悩み続けるだろうと思う著者が、「死にたい」ときのことや、これまでどう対処してきたのか、何故相談電話を始めて10年以上続けているのかが書かれている。

  この本の中で特にハッとさせられたのは、「死にたいことを周囲に漏らすことが大事」というところだ。誰にも「死にたい」なんてなかなか言えない。でも、「死ぬくらいなら、少しくらい迷惑でも」話したらいい、と著者は言う。実際、彼は2人くらいそう言える相手がいて助けられている。それがこの「いのっちの電話」を始めた強い動機でもあった。本家のいのちの電話にほとんど繋がらないと聞いたので、2011年から電話番号を公開して自分で始めることにしたそうだ。(著者の調べによると、2016年5月一月にいのちの電話にかかってきた件数は5万5千件、そのうち繋がったのは3200件で6%)

  死にたい人はだいたい悩み続ける力がある。ただし、ぐるぐる同じところをまわっているだけで疲れ果てて、また自分を否定して、不安の固まりになって、また死にたくなってしまう。自分もそうだ。だから、悩むエネルギーを少しずつ「やる」エネルギーに置き換えていこうと提案する。今日これからの予定とか明日の予定を一緒に具体的に考える。歯を磨くことから始まり、悩む時間も1時間と決めたりする・・・

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当事者活動するようになった理由

当事者 小峰盛光

 お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません。

 私は精神保健法第27条の規定に基づく診察の結果、同法第29条の規定により、1994年4月14日措置入院になりました。あれから入院退院を繰り返し、通院していました。昼はサウナ、夜は合コンをして何気ない日々を送っていました。しかしある日社会保障改革が始まり、支給額が下がり、手帳の等級も下がり、生活ができなくなりました。困りました。まず、なぜこんな風になるのか、まったく分からなかった。同じ病院に何十年と通院していて、他の当事者との繋がりもないため、これは外に出るしかないと思い、ここから病院探し、医師探しが始まりました。当事者にとって何十年も行っていた病院をやめるということは本当にどうなるか不安だったが、外に出たおかげでいろんな方に会うことができた。

 

 2016年3月、精神医療国家賠償請求訴訟研究会に入会しました。ちょうど精神医療国家賠償請求訴訟研究会のパンフレットができた時期だったので、各集会、当事者会などに配りにいくことになった。ある時、生活保護引き下げ裁判、医療観察法裁判などがあることを知り、東京地方裁判所に傍聴に行き、裁判終了後の報告集会に知識が豊富で発言力のある当事者の方々が来ていて感動した。今までは当事者は病院と医者の言うことを聞くしかないと思っていたが、闘う当事者がいることを知り、「これだ!」と思いました。自分は文句やいちゃもんをつけるのは得意なので、これは楽しいと思うようになりました。これが元気回復プランだ。国が教えてくれない本当の病気回復プランだと思うようになりました。各所を回るのが楽しいです・・・

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630情報公開運動まだまだ続きます

東京では2019630調査結果はすでに全面開示されていますが、2017年分については、患者一覧表の部分が非開示となり、2019年夏に情報公開審査会に対し不服を申し立てたのに対し、今年1月になって、東京都の決定通り非開示という審査結果が届きました。しかし審査結果の書きぶりに疑問を抱いた弁護士さんの頑張り(東京都に対するオニ電)で、左の新聞記事にあるように、私たちが提出した反論書や意見陳述の場を設けてほしいという要望は審査委員に渡っていなかったことがわかりました。都の情報公開課はお詫びとともに審査のやり直しをするということになったので、さらに待つことになるのですが、私たちの意見陳述の場がもたれるかということが一つの焦点です。というのは、私たちが最初に情報公開請求した1986年には東京でも審査会で意見陳述するのが普通でした。「居眠りしていた審査委員もいた」との報告記事が、おりふれ19868月号にあります。しかし東京都は審査件数が膨大等の理由で、ここ10年以上意見陳述を一切やっていないというのです。昨年1112月合併号で紹介した奈良県の小林時治さんは、その後も情報公開についていろいろアドバイスのメールをくださっています。「奈良県の意見陳述の場で『先生方は、閉鎖病棟へお入りになったことがありますか?』と質問したら、場の雰囲気が変わったという体験をしました。役人と違って案外、世間常識、普通の感覚が通用する場合があります」ということでした。なるほどと思いました。審査委員を居眠りさせてしまうようでは、こちらの失敗ということなのですね。(木村記)

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考える葦からの出発

新しい地域活動支援センターを創る会 西澤光治

社会参加というけれど

 新しい地域活動支援センターを、杉並区上井草地区に開設しようとここ数年にわたり、自分の持てる小さな力でもって、奮闘あるいは休み、挑んではみるもののかえって悩みを増やしたり、それこそ力尽きてへとへとになるなど、もし、周囲の皆様が好意を持って支えて下さるのでなければ、既に過去において捨て去られた話題に違いない。

 新しいとは、何が新しいのか? 新しい何かあるのか? すぐ質問の矢が飛んできそうで、即答を求められれば、私の幾十年間の人生を振り返りつつその中からひとつふたつを即座に選び答えとすることとなる。善男善女、社会がこのような人々から成り立っているものと仮定して、それなら精神病を患う人がいないとは、しかし現実にはあり得ることであり、精神病を負いながら社会へ進出を図り首尾よくいくかと言えば、こちらはバラバラで、いく者いかぬ者長くは続かない者、一挙解決ではないことだけは言える。

 かつては、社会復帰と言われた時代を経てきた者で、その旗印が社会参加と入れ替わっても、前後共に、難行苦行を軽くすることはなかった。

 いわゆる当事者活動の経験を少々もつ者で、遠近周囲の何十人かの様子をそれとなく知っている。そのうち、職業に恵まれて傍目にも順調にいったと言えるのは例外といって差し支えない程、すなわち僅少でしかない。大多数にとり、各自の目標とした人生を夢のまま、実情は逆境にあって、更にものも言えない状況で、健康まで害する者がいくらかいる。

 このような思いをしながら70歳にまでたどり着いた者の、現状批判を含めた未来構想が、新しい地域活動支援センターを称するその中にパッケージされている。しかし、もう少し、当事者とその周囲の人との相互関係を見ておく・・・

 

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630調査、さいたま市が情報開示を拒むのは何故???

埼玉県の精神医療を考える会 村田京子

 おりふれ202010月号で木村朋子さんが報告してくださったように、令和元年度630調査情報開示請求に対し、東京や大阪では全面開示、埼玉県でも隔離・身体拘束数以外は概ね開示であるにもかかわらず、さいたま市では、ほぼ全面黒塗りの開示決定でした。しかもマスキング(覆い隠す)情報がある場合は電子媒体での提供不可と紙での提供となったので、衝撃の「のり弁」調査票が届いたのでした。

佐藤光展氏が、神奈川精神医療人権センターHPに<さいたま市が忖度のり弁を提供!/海苔まみれにされた病院も理由わからず困惑広がる>という記事を、のり弁写真付きでアップhttps://kp-jinken.org/room/してくださっているので、ぜひご参照ください。また、東洋経済新聞辻麻梨子記者が、さいたま市に取材し、<精神病院「情報開示に消極的」な姿勢への大疑問>という記事https://toyokeizai.net/articles/-/398941の中で触れてくださっています。こちらもぜひご参照ください。

さいたま市へは、昨年122日に審査請求書を提出、この度(119日付)弁明書が届きました。

非開示理由は「個人を特定できる可能性」と「病院の正当な利益を害するおそれ」の2点ですが、弁明書の中にはこんな記述がありました。「他人には個人が識別できなくとも、本人が開示されたことを知れば精神的な苦痛を受けるおそれがある情報と判断する」「市がむやみに開示することで当該病院と患者の信頼関係に不測の事態を招きかねず、延いては病院の事業運営に影響を与えるものである」。

さいたま市が患者さんや病院に対して、また630調査について、本当にこう考えているのかはわかりません(本当にこう考えているとしたら、それはそれで驚きです)が、こうまで言って開示を拒むのは何故なのか? 本当の理由、判断の根拠を知りたいものです。

上記、辻記者の記事の中に、多摩あおば病院中島副院長の言として「630調査にあるような情報は、出すのが当たり前」「精神疾患を持つ人の受け皿をどう見つけていくかは、病院だけの責任ではない」「みんなでどう支援していくかは社会の問題です。別に隠す必要はないんです」とありました。私が一市民として情報公開を求めているのも、患者や家族の苦しみ、病院の大変さや問題を共有し、社会全体で少しでも改善したいと願うからです・・・

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