しばしの「放浪」を終えて

久保田公子

その1:高齢者福祉・医療の現場を垣間見て
 一昨年の夏から1年半余りの間に、高齢者福祉・医療の現場(主として介護労働の場)を転々とした。デイサービス(3ヶ所)、グループホーム(2ヶ所)、認知症病棟、老人保健施設等、全部で10ヶ所である。最短3日で辞めた所もあり、友人たちに驚かれたが、自分に合う仕事・職場を求めて、またいろいろな現場を見てみたいという衝動にかられての転職だった。もっとも後に述べるような、あちこちの現場で抱いた疑問に根気強くつき合っていく気力・体力が伴っていなかったことも事実である。
 そんなわけで、まとまった報告にはならないが、垣間見た状況をまずはお伝えしたい。

1.デイサービス(NPO法人立1ヶ所、株式会社立2ヶ所)
・利用者に対して「お客様」として丁寧に接している(利用者の前を横切ってはいけないとか、職員が立って見渡していると監視しているように見えるのでやめるよう言われたり等。またこれは不自然だと思うが、利用者を様付けで呼んでいたところもある)。
・元気な方も身体が不自由な方も、認知症の方もそうでない方も、入り交じって利用しており、職員は対応に工夫しながら接している。
・おやつの時間には、コーヒーか紅茶か、砂糖やミルクを入れるかなど、個々の利用者の好みによってお茶が出されているところが多い(職員が一緒にお茶を飲むことは絶対になく、職員はすきを見て隠れて飲まねばならない。「利用者からさぼっていると思われる」というのが理由のようである)
・施設の運営やプログラム等についての利用者を交えての話し合いはなく、職員側が一方的に決めて提供する。画一的な「老人像」があるのか。レクリエーション等のプログラムはどこも似たり寄ったりで、子供じみているものもある。(利用者の多くは満足しているように見受けられたが・・・)。また流れている音楽や室内の装飾も似通っている。
・2ヶ所の株式会社立の内の一方は、かなり営業成績が意識され、サービスの向上も第一義的にはそのためのものであるように思われる。

2.Mグループホーム(株式会社立)
・入居金が100万円余かかり、その他部屋代等が月10数万円かかる。
・暗証番号でしかドアは開けられず、皆一律に1人では外へ出られない。
・お金も一律に全く所持できない。
・週に2~3回、職員付き添いで30分ほどの散歩があり、それが外へ出る殆ど唯一の機会であり、主たるレクリエーションである。
・食事は、業者からパックに詰められて届いたものを、盛りつけのみ入居者に手伝ってもらって職員と一緒に食べる。
・おやつはまとめ買いし、お茶もその時々の希望を考慮することなく、一律に同じものが出される。・・・

以下、全文は、おりふれ通信271号(2008年7月号)でお読み下さい。
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NIMBY? ー外来精神医療学会に参加して

<編集部から>
 去る6月6~7日、東京都練馬区内で第8回日本外来精神医療学会が開催された。
 その中で、ミニシンポジウム「共に生きるまちづくり」は、「生活支援センターきらら」が反対運動にあいながら設立され、地域で理解を得るまでの実践報告だった。
 以下は、立川市で反対運動のため移転を断念せざるを得なかったグループホーム若手職員らの参加記である。

上田有宏
練馬区の地域生活支援センターは、草の根活動によって現在ではなくてはならないものとなっているようです。     
福祉施設をつくる上で頭を悩ます問題の一つとして、地域住民による反対運動が挙げられると思います。最近では反対運動のことをNIMBY(=Not In My Back Yard「うちの裏庭はダメ」の頭文字:ニンビー)と呼ぶようです。施設を建てることは必要だと認識しているが自分の家の近くには建てて欲しくはないという施設建設反対の市民運動のことを指す言葉です。福祉施設以外にもゴミ焼却場・産業廃棄物処理場・葬儀、火葬場等が挙げられ、意外と身近に
存在しています。反対される背景には、治安上の理由や地価下落のおそれ、障害者に対する偏見などがあります。
私が働いているグループホームでも数年前、移転する時にNIMBYに遭いました。結果は移転できませんでした。今、改めて当時のことを考えても、どのような過程を踏めば成功したのかは分かりません。無念でしたがこれが現実なのかと受け入れるしかなかったです。・・・

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東京精神医療人権センター第21回総会報告

 6月18日、弁護士会館で上記の会がこじんまりと開かれた。
 昨年度方針にはNPO法人化があげられていた。それは東京都の福祉財団が助成の条件としたためであったが、法人化に伴う事務量等のデメリットを考え、あえて実現はしなかったことが報告された。その他の昨年度方針は今年度にほぼ引き継がれ、2008年度の活動方針は、
1.専従不在になったことから、全員態勢で相談活動を継続する。
2.入院者権利擁護パンフレットの改訂を、助成金獲得も含め、引き続き検討する。
3.医療観察法運用の監視。そこから見える精神保健福祉法の問題にも取り組みたい。
4.拷問等禁止条約、障害者権利条約、その他の国際人権条約と精神医療との関わりの強化、及び政府への勧告の利用を考える。
5.反貧困問題に関わる団体との連携を深める。
これに伴う予算は昨年度より290万円の助成分を減額した117万円、人事は昨年度同様と決議した。
 討議では方針4にある障害者権利条約について、DPI日本会議の宮本さんから「早い批准より、よい批准」をめざし、雇用とインクルーシブ教育をめぐる国内法の改正を条約の批准に先行させたいとの考えが紹介され、これに対して、国内法改正を目指していては批准が遠い先になってしまう。早く批准した上で、条約上の義務となる政府報告書などを使って条約の履行を迫っていく方がよいのではないかとの意見が出された。その他昨年度から続く活動、とりわけ医療観察法運用の監視などについては、小林事務局長を中心に本紙で現状を発信していくことが合意された。
 また反貧困関係では、福田首相宛に社会保障費2200億円削減中止を求める要望書に人権センターとして団体賛同することを決めた。
センター利用者かつ賛同者である立場から、引きこもりがちな人をグループホームに解放して会話の援助などをする活動の提起もあった。        (文責:事務局 木村朋子)

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精神障害者の介助―その問題点と期待 絆社・第1回公開研修会に参加して

NPO法人 コミュニティサポート研究所 齋藤明子

 去る5月25日「スマイルなかの」の会議室で中野区の指定介護事業所である絆社がキリン福祉財団の助成を受けて『手足も動く目も見える そんな精神障害者に介助なんているの? どんな介助が必要なの???』という長いタイトルの公開研修会を開催した。
申込不要、参加費無料といううれしい設定で、少々遅刻して行ったら、すでに始まっていて会議室は人で溢れていた。

●当事者リーダーが語る介助の必要性、欲しい介助
 まず絆社の代表である山本真理さんがタイトルの???の部分を解き明かされた。

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新宿を「解放区」とさせた5・3自由と生存のメーデーデモ

北九州市立大学非常勤講師  藤藪貴治

 2007年7月北九州市において発覚した「オニギリ食べたい」との日記を残して、生活保護を辞退させられた男性が餓死した事件は、いまや福祉関係者の間では知らない人を探す方が難しい。北九州市は1967年より旧厚生省の「天下り官僚」のもと、毎年のように「違法」な生活保護運用で、毎年のように餓死・自殺事件を起こし、その違法な運用システムは、国のモデル「ヤミの北九州方式」として全国のみならず海外にも知れ渡った。
 私は元「ヤミの北九州方式」の福祉事務所にてケースワーカーとして、北九州市職員時代、全国の関係者に「内部告発」として、情報を発信し続けてきた、微力ながら反貧困ネットワークに参画している者である。みなさまはじめまして。
 さて前置きはこれくらいにして、私は5月の連休中に北九州市から東京に上京し、デモ行進に参加して、そこで日本国憲法の素晴らしさを強く実感したことをお伝えさせていただきます。

5月3日、連休中の大勢の買い物客で賑わう大都市・新宿に、テクノをガンガンにならす「街宣車」を先頭に、「仕事をよこせー」「給料を上げろー」と雄叫び、多数の警察官に囲まれながら、路上を練り歩く約1,000名もの集団が突如出現した。これが首都圏のプレカリアート(フリーター)たちによる「自由と生存のメーデー08」の大デモ行進である。・・・

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「移送費を削らないでください」

精神医療ユーザー  石井真由美

 私は精神医療にかかって25年、10年位前から生活保護を受け、一人暮らしをしています。その間、様々な理由で医療機関を変えざるを得ないことがありました。先日も精神障害者の自助グループで、仲間と話し合ったばかりですが、信頼できる精神の医療機関や医師を見つけることは、今だとても困難です。
 多くの仲間は、どんなに遠距離でも良い主治医を見つけられれば、可能な限り通い続けます。精神の病気、障害を抱え生きていくには、医師や専門家の影響がとても大きいからです。

 私は5年位前までは、電車で一本の診療所に通っていましたが、そこの主治医が亡くなり、半年がかりで次のクリニックを探し出しました。結果、通院に1時間以上、バスと電車を乗り継ぎ、片道490円かかる医療機関に辿りつきました。そして、私の生活をトータルに支えて貰うため、クリニック近くの地域生活支援センターにも通所することになりました。なので、両方の移送費を合わせると、ひと月、約6,000円かかります。
 今現在、私の住んでいる区では、移送費を支給してくれています。おかげで、自分で選んだクリニックやセンターに通い続けることができています。それにより治療、服薬の中断や入院もせず何とかやってきています。
 でも、もし移送費が無くなってしまったら、症状の出方により、私はまた医療機関を変えなくてならなくなるかもしれません。唯一、通所できている支援センターにも通えなくなるかもしれません。
 生活保護になり、大変でしたがカウンセリングに通うこともあきらめました。狭められた選択肢の中から、何とか必死に築いてきた支援環境が一気に崩れてしまったら、これはもう堪りません。
考えると不安になり無力感で一杯になります。

 移送費がかかる理由で、もうひとつ、精神障害者への差別の問題もあります。やはり多くの仲間が、差別や偏見を恐れ、自宅付近の医療機関は避け、少し離れた病院へ通っています。
私も差別や偏見の目がとても怖いです。
 移送費がカットされれば、私達の行動範囲やネットワークはとても狭まり、分断されてしまいます。これ以上、人間関係や居場所がなくなってしまったら生きていけません。症状が悪化し、孤立したら、かえって多くのサービスを使うことにもなりかねません。

 ほとんどの人達は様々な場所へ移動し生活していると思います。勤め先、学校、病院、友達付き合いなど、全て自分の住んでいる市区内で生きている人の方が少ないと思います。

 重なりますが障害を抱えながら生きることは、今の社会では全てにおいて、選択肢が少ないです。
もうこれ以上、私たちを追い詰めないでください。
必要な医療機関や施設などの移送費は削らないでください。

[編集部から] 
以上は編集部メンバーでもある石井が、国会議員ヒヤリングで発言しようと準備した文である(実際にはもっと短いものになったが)。
 前号巻頭でお知らせしたように、厚生労働省が4月1日に発した「生活保護の通院交通費を7月から原則的に出さなくする」という趣旨の通知に対する抗議と撤回要求の行動が続いている。同じく4月1日に厚労省が発した「医師が生活保護者に薬を出す時は、後発医薬品(ジェネリックとも呼ばれ、開発にお金をかけた新薬発売の一定期間後に、より低価格で販売される同内容の薬)があればそれに限る」という趣旨の通知は、あまりに差別的であるという理由で、すぐに撤回されたが、通院交通費については「撤回しない」と繰り返すのみとのこと。厚生労働省交渉のみではらちがあかず、国会議員を対象とする働きかけもこのところ毎週行い、与党議員の参加も増えている。最近の報道によれば与党議員からも、「毎年社会保障費を2,200億円ずつ減らすのはもう限界」との声が出始めており、何とか全体的な解決が図れればと思う。

 一方で各自治体の動きも気になるところだが東京都は、5月15日付けで都内の福祉事務所宛にお知らせを出した。内容は、1.厚労省通知文中、電車・バスの交通費を出してもよいとする「へき地等」「高額」の解釈について厚労省に問い合わせており、回答がくるまで従来どおり必要最小限の実費を出すようにする。2.厚労省通知文中の「福祉事務所管内(の医療機関を受診すべし)」の範囲は、二次保健医療圏を基準とすることが望ましい、というもので、二次保健医療圏の一覧表を付し、これに近接地域を加えるなどこれまでの給付実績を踏まえた設定も可能であるが、一般世帯の通院状況に比して著しく広範になることがないよう配慮されたいとしている。
 精神科病床は、私たちの要求にもかかわらず、二次医療圏ではなく全県1区で整備すればよいことになっているので、入院施設は多摩地域に偏っており、それをそのままにして通院交通費は二次医療圏内でなければ出さないというのは不当だし、実情にあわない。実情にあわない一律の線引きなどはやらない方がいい。区市の福祉事務所では国の動きの先棒をかつぐかのように「交通費は出なくなる可能性がある」と言い、保護受給者に脅威を与えているところもある。石井さんが言うように既に保護受給者はたくさんの不安・無力感におそわれている。また今回の問題を通じて、交通費が出ることを知らなかった(知らされていなかった)人たちがたくさんいたこと、知っていたけれどうるさいことを言われたりイヤな目に遭う機会をできるだけ減らしたいという理由で請求しないできた人たちも少なくないことを知った。
 今後行政交渉とともに、権利としての生活保護をきちんとしていくためにも、個々のアドボカシー活動が重要と強く主張したい。(木村記)

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「自己表現展」報告

本城一信

 今年も平川病院の造形教室の「自己表現展」(15回目)が八王子の中央図書館の地下展示室で開かれた。連休だったせいか、人の出足は今一つだったが、内容的には充実していたと思う。
 どうやら絵を描くという行為には、人の心を癒す力があるらしい。・・・

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投稿詩 「生きていこうよ」

水村伊織
“生きていること”ってね
意味だけじゃないんだよ
理由があるから “生きている”んだよ
みんなそれぞれ違うけど
探せばきっと 見つかるはずだよ
たとえ ひとつでもいい
理由があるから “生きてゆける”んだよ
苦しみの山を下れば
楽しみや癒やしの谷が やってくるよね
それが“生きていること”だと思うなー
自殺はしないで・・・
“生きてゆこうよ”
みんな みんな “生きてゆこうよ”

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本の紹介『精神科のくすりを語ろう 患者からみた官能的評価ハンドブック』

保健師 橋本みどり

 ウェブサイト「精神科医 熊木徹夫の臨床感覚の広場」内の掲示板に書き込まれた記事に熊木氏が加筆修正編集しメールマガジンに掲載したものをもとにした本だそうです。

 精神科の薬を実際に服んでみた感想というのをなるべく多く知りたい人にはちょうど良い本だと思います。

・・・説得力ある服薬体験談を多く集めたことで、同じ薬であっても本当に多様であることがこの本の興味深いところだ。・・・

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あと出しジャンケンの弁Ⅹ ネオリベラリズムと「福祉」の運命 -ネオリベラリズムは「福祉」を極小化する-(補論その2)

岡本省三
 
    「私が本当に信ずるのは、批判的精神の存在、および専門家の特殊利害や常識論的見解を超越して        その批判精神を発揮する能力と意志をもつ市民の存在である」(E.W.サイード 『イスラム報道』2003)

「Beers Criteria日本版」批判その2ー「ダメな薬」はわずか70種類?!ー

[読者に]
①前稿中の手書き原稿との異同のうち、文意を甚だしく損なう三個所のみその「正誤」を示す。(イ)8頁18行目「Beers Criteria日本語版」の「語」を削除 (ロ)8頁下から13行目「未知の述語」→「術語」(ハ)9頁下から2行目「代表制」→「性」②この種のPolemik(論争)での対象論文からの長短の引用は「」で示されねばならない。また私がその随所に打ち込んだ[!][?!]の類は批判を一層効果的なものとする「薬味」として重要な役割を果たす。更には、私の(良かれ悪しかれ)凝縮され、かつ漢字熟語を多用した文体においては、しばしば読者の集中力を保ち、特別の記銘を求める手段として「」または“”も意図的に用いられている。これによる論旨の明快化、通読の容易化は明らかである。従って「活字バージョン」がそれらの多くを「消去」しているために読者に無用の困難を課していることにつきその寛恕を請うものである。

[前置き]
 予告の「リストの紹介」は、行文の示す通り今回はその「解釈」によって代えられる。なお対象論文は次の「国立保健医療科学院」のHPで見ることが出来る。http://www.niph.go.jp 

[一]課題の設定
 対象論文は自ら、「単純化され過ぎ」の「批判」の余地、更に「非網羅的」「代表」的なものへの「限定」を認めつつもなお平然として、わずかに70種類(一般名)の「リスト」を以て「わが国の専門家委員らのコンセンサスにより、高齢患者における不適切な薬剤処方の基準が示された」と「国際的(?)な研究グループ」の名において「宣言」することを躊躇していないのは実に驚嘆に値する。
 この大胆不敵・自信満々が、実は「リスト製造」自体、彼らが時には公然と、時にはdefacto(事実上)承認している如く、「高齢者医療」の絶対的劣化・解体作業過程で不可避的に生ずべき事態に正面から対決しうる「最良のツール」の「開発」を直接の目的とし、「特命を帯びて」片付けた“お仕事”であることを既に知る我々にとっては十二分に納得できることである。いかほどスカスカであろうとなかろうと、左様なことは彼らにしてみれば一向に差し支えがないこと、それを深く銘記するのがここでの我々の役割である。でも、いや、それにしても彼らのあまりといえばあんまりな、カエルの王様モドキの「自信」のカラクリは、ここで全面的解明を要する課題であろう。

[二]「スカスカリスト」の“魔法が解ける・・・”(『夏の夜の夢』から)
[A]第一に次の圧倒的事態を確認しなければならない。即ち、いかにスカスカであろうと、この「リスト」が「高齢患者」用「処方箋製作家たち」のおよそすべてに対し「絶対的な自己規制力」を行使することである。(ご自身の安泰、「安全安心」に無関心な御仁が万々一おられれば話は別ですが)とにかく「リスト」からだけは絶対に処方してはならぬ!のだ!! 「その逆に」(前引)このことだけを肝に銘じておきさえすれば、およそその余のありとあらゆる薬剤(ゴマンとあり)は全部OK。「不適切」ではないことを、この「国際(?)研究グループ」はその身に負ったおよそすべての「権威」によって「保障」しているのである。例の「処方時における医師の自由が制限される」(原文)ことも心配ご無用である。
[B]ただ一つ肝腎なこと。それはNLの究極目的(既述の通り)に良く「奉仕」するための(「出来合い」でケッコウ)「権威の太鼓判」つきの「何か」がただ「存在」することだけ。「“存在”が自己目的」、必要なことのおよそすべてであって、その「良し悪し」など二の次、三の次、正しく「第二義的問題」に過ぎない。かくして今「リスト」は「存在」してくれるのだ!ヤッタア!というものであろうよ。
[C]ここでようやく「対象論文末尾謝辞の残り」をご披露する刻が来た。「本研究は文部科学省研究費補助金の一部およびファイザーヘルスリサーチ振興財団の研究助成金の研究費により行われた」
 グローバリゼーション(NLの同義語)のこの時、苛烈な国際競争に勝ち残り、そして(例の)「報いられる」こと。それは何よりもこの「先端科学」(だそうです)領域にも「国家プロジェクト」を集中させ、最優先の予算配分を行うこと・・・。この「リスト」はその「成果の結実」のまずまずの一例である。あの方々の大言壮語・自信過剰(たしかに!)・鼻息の荒さ・勇み足の数々、皆さんもうぜーんぶ納得!でしょ。(要は「産官学協働一体化」!)
[D]次に進もう。もうオサライするまでもなく、「国益」=「ビジネス・マネー」。ここにその“系”(corollary)がある。「ビジネス」=「巨大製薬資本」今国際的合従連衡もただならぬ「戦さ世」。「わがクニ」勢は劣勢と伝え聞くが、とにかく頑張レ!! という訳で、その「弱点」のイロイロを官学民挙げて克服中である、曰く、「治験」に時間がかかりすぎる。曰く、「単純化」が遅れている。曰く、M and Aが少ない。もっとTOBで「規模拡大」を。曰く、とにかく「改革」をもっと進めよ。ペースダウンしてる!
 かくして「頑な」の悪評を流されていた某学会もようやく「理事会企画シンポ」で「治験問題」を正面から採り上げるところまで進んできた。また、「治験」のリーダーが「薬事審議会」を牛耳っているのも、要するに「泥棒が自分の裁判官を務める」のも「時代の要請するところ」であり、俯仰天地に愧じるなし、だ!(皆さんチト風呂敷が拡がりすぎデス)
 本論に戻って。巨費を投じて「開発」に成功したせっかくの「薬剤」が「不適切」?「冗談じゃない!」。かくして「わずか70種類」のシロモノが目出度く誕生したのである。
(「その2」終わり)

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