精神医療国家賠償請求訴訟の東京地裁結審に向けて

精神医療国家賠償請求訴訟研究会代表 古屋 龍太

◆はじめに

伊藤時男さんを原告とする精神医療国家賠償請求訴訟(以下「精神国賠」)が、いよいよ山場を迎えています。早ければ来春には結審を迎えるかも知れません。本紙でも、これまでの裁判の様子が小峰さん他の方々から報告されていますが、直近の様子をご報告しておきます。

なお、精神医療国家賠償請求訴訟研究会(以下「精神国賠研」)の現在の会員・支援者は635名、20238月の総会で7つの常設委員会から成る運営委員会体制に移行しました。古屋が運営委委員長(代表)に選出されましたので、今後ともよろしくお願いいたします。

◆第14回口頭弁論

2023年125日に第14回口頭弁論が行われました。法廷の傍聴席には43名、報告会には会場37名+Zoom12名の計49名の方に参加していただきました。

今回の裁判では、原告弁護団側から証人尋問の申請がなされました。これまでの裁判で、原告側弁護団は、精神国賠研が集めた当事者・家族・専門職130名の証言陳述書をもとに、「時男さんひとりの身に起きたことではない」ことを示すために、膨大な証拠資料をまとめて提出しています。また、精神医療の政策に詳しい学識経験者として、精神科医・精神保健福祉士など10名の意見陳述書を裁判所に提出しています。今回、法廷における証人として新たに申請されたのは、以下の4名です。

・伊藤時男さん(原告)

・伊藤順一郎さん(精神科医)

・藤井克徳さん(日本障害者協議会代表)

・横藤田誠さん(憲法学者)

原告側からの申請に対して、被告国側からは、「それぞれ意見陳述書も提出されており証人尋問は不要」との見解が示されました。裁判官は、次回裁判期日で原告の証人尋問のみ認め、その他の方は必要が認められれば検討すると告げました。この結果、次回裁判では、原告の伊藤時男さんを証人に弁護団から1時間の主尋問、被告国側から20分の反対尋問が行われることになりました。

  閉廷後に行われた裁判報告会では、今後の裁判の見通しについて、結審に向かいつつある現状が確認されました。本裁判の結果が、仮に原告側の勝訴となれば、被告国側は控訴するでしょう。仮に原告側の敗訴となった場合には、あくまでも原告の時男さんの意思が優先されます。その場で、時男さんからは「できるところまでやる」との決意が示され、参加者から拍手がわきました。

本裁判も最後の山場を迎え、結審に向かおうとしています。ぜひご予定に組み入れて、傍聴席から時男さんの証言を見守り静かな応援をお願いします。

(中略)

〇出版のご案内

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『かごの鳥~奪われた40年を懸けた精神医療国家賠償請求訴訟』

伊藤時男著/古屋龍太編/寄稿:織田淳太郎、門屋充郎、杉山恵理子、長谷川敬祐、藤井克徳、東谷幸政

出版社:やどかり出版、発売日:2023/12/18

四六判:130頁 定価¥1200+税(¥1320

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〇裁判のご案内

精神国賠第15回口頭弁論

2024年227日(火)15時開廷

東京地方裁判所103号法廷

(東京メトロ丸の内線・日比谷線・千代田線

「霞が関駅」下車、A1出口より徒歩1分)

精神国賠研の会員・支援者は14時半までに裁判所ロビーに集合し、若干のミーティングを行った後に入廷します。

裁判閉廷後は、近くの貸会議室に移動し17時頃より裁判報告会を行います。書籍販売コーナーも設けて、『かごの鳥』その他の関連書籍も特価で販売します。裁判報告会はどなたでも参加可能ですので、ぜひご参加ください。

 

<全文は、おりふれ通信429号(2024年1月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ>

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これ以上死亡者を出しては絶対にいけない

滝山病院にアクセスする会 細江 昌憲

 

 12月11日夜、滝山病院内で転退院を希望していた方が亡くなった。これで僕が知る限り、30名もの方が病院内で亡くなったことになる。以下、相原啓介弁護士のX(旧ツィッター)を引用します。

 

 128日、詳細はお伝え出来ませんが、今週になって滝山入院中の方とようやくお一人つながれ、 本日、医師同行で2回目の面会をしてきました。危険な状態で専門病院への転院を前提に転院先を探し始めました。都の調査対象者で退院、転院を希望していましたが、今日までそのままです。心底怒りが沸きます。

 1212日 昨日転院先が決まり、救急救命士同行で救急を手配し、本日正午にお迎えできる事になりましたが、昨夜、突然お亡くなりになりました。私が初めてお会いしてから5日目、滝山から出られるまであと、16時間でした。私は同じ轍を踏みました。非常に強く責任を感じています。

 その人は「早く滝山から出たい」、と訴えたのに数か月間もそのままにされていた。どれだけ寂しかっただろう。希望だけ与えておいて何もしない。人として絶対にやってはいけないことだと思う。同じように、出たい、という意向を伝えたが放置されている方が、未だに入院を強いられている。この方たちは、転退院が進まない理由を対面できちんと説明を受けているのだろうか。それだけは人として絶対にやらなければいけないことだ・・・

 

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学会に初参加して演題発表を体験!

飯田明楽 

 

私は若輩者の20代当事者である。今回、学会に初めて参加し、ジャーナリストの月崎時央氏と向精神薬が原因で起きた自分の体験について共同発表を行った。

奇しくも私の祖父が住む神奈川県横須賀の地で、第66回日本病院・地域精神医学会総会神奈川大会は開催された。今学会のテーマは『生きる基軸を求めて〜基本に立ち返っての提言〜』である。プログラムには医師に限らず、看護師・精神保健福祉士・当事者・弁護士と多種多様な人々による演題が掲載されている。

身体拘束に関する演題を聞いて

学会初日、私は一般演題①のテーマ『身体拘束・人権』の部屋に参加した。

身体拘束や人権にまつわる演題発表では、実際に病院で身体拘束を全廃にした結果と研究、車椅子ベルトの課題について、精神保健支援弁護士制度を活用した患者の権利擁護の報告などが発表された。身体拘束を全廃した研究では、現場スタッフから改めて身体拘束について検討した結果、否定的な意見が多く見られたそうだ。

実は私の祖父は家族が身体拘束を受けている場面に立ち合い、心に傷を被った1人だ。権力ある著名な精神科医がメディアで拘束について賛成的な意見を述べていた事は記憶に新しい。しかし身体拘束は、患者の人権と心を傷つけるのはもちろん、医療現場の医師や看護師だけでなく、祖父のように当事者の家族など、関わる人の心に傷やしこりを残すものだ。

私は当事者として、患者の人権を大切にしようと取り組む多くの発表者の姿勢に希望の光を見出した・・・

 

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当事者の皆さんと一緒に『学会へ行こう』プロジェクトを続けて

ジャーナリスト 月崎時央

 

私は精神保健福祉について‘90年代から取材をしているジャーナリストで、病地学会には以前から時々参加してきた。

2016年頃にメンタルサバイバーチャンネル(代表・不破令 以下MSCと表記)という向精神薬の問題について情報を発信する当事者メディアを作り、現在もその世話人をしている。

  MSC は2017年の松本大会を機に当事者とともに『学会へ行こう』というプロジェクトをスタートし、2018年の東京大会、2022年の京都大会(オンライン開催)でも交流企画『お薬・当事者研究』として多剤処方や誤診の問題を何度かとりあげてきた。

私が『学会へ行こう』プロジェクトを始めたのは、ジャーナリストとしてさまざまな学会に参加してみて、その場がいかに専門家の解釈や言葉で埋め尽くされ、当事者不在で進行しているかを目の当たりにしたためだ。

そういった精神保健福祉の状況の中で、病地学会は、小さいけれど、当事者や家族に門戸を開いている魅力的な学会だという印象を持っており、当事者の皆さんと一緒に学会に参加する機会を大切にしている。

 このため、4年ぶりの対面開催が叶った今回は『向精神薬と眼瞼痙攣についての考察』という演題発表と交流企画『お薬ダイアローグカフェ出張版!薬とリカバリーについて話そうよ』という2つを企画した。

実は、演題発表を行った20歳代の若手当事者飯田明楽さんは、昨年京都大会でM S Cが企画した交流企画『お薬・当事者研究』にオンラインで参加してくれたことが縁で、以来一緒に勉強会などを行うようになり活動をともにしている・・・

 

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2023年 編集後記

今年はミーティングやイベント会場で、仲間や知り合いと再会することがぼちぼちあった。嬉しかったり、ホッとしたり、でも悲しいニュースもあって残念な気持ちになりながら、細い糸がまた繋がり出す。生き延びる力をもらえる。でもそんな時、ふと滝山病院のことを思い考えることが増えた。その瞬間、私から糸が断ち切られる感じがして体が冷える。時間は止まる。空気が悪い。こんな思いを抱えている人は私ひとりではないと今は知っている。滝山病院に風を吹かせたい。  まゆみ

 

今年も裁判傍聴をしてきました。国賠訴訟伊藤時男裁判、生活保護引き下げ新生存権裁判など国は強い人の見方しかしないのかと感じた。民間では①母親と②引き出し屋③精神病院3セットで心に深く傷を残した人がいた。俺もやられたと裁判を起こそうと勉強しに来てた人もいた。八王子の訪問では措置入院20 回複数の精神病院に入院してる人と会った。同じ年だったけどいきいき目が輝いて私よりも若々しかった。①警察②精神病院③治安この3セットも考えさせられた。引きこもりの相談引きこもり家族会にも参加した。引きこもりの多さに驚いた!やはり日本は変だと感じた1年でした。現場で自分の目で見れたことがすごく良かった。真実はやはり現場に行くことだ。       小峰盛光

 

ユートピアは地平線上にあります。私たちはそれに一歩近づくと、それは一歩遠ざかります。

私たちはそこに到達することはできません。

では、ユートピアの目的は何でしょうか?

私たちを前進させることです。  ―エドゥアルド・ガレアーノの言葉

世界中で極右が台頭しています。オランダでは総選挙で、極右政党が躍進し、第一党になってしまいました。地球の裏側アルゼンチンでは、極右の大統領が誕生しました。日本でもおぞましい状況が近づきつつあるように感じてしまいます。

私のような無力な者にできることってなんだろう。

小さな抵抗ですが、YouTubeで変なコンテンツを見つけたら、躊躇なくYouTubeに報告します。

来年は、総選挙です。頑張って選挙会場に行き、1票を投じます。 本城

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11.22滝山病院事件を放置しない!入院者の地域移行を進めよう!都議会内集会

地域で暮らすための東京ネットワーク  早坂 智之

 

11月22日都議会内で、「滝山病院事件を放置しない!入院者の地域移行を進めよう!都議会内集会」が行われました。報告と感想を書いてみたいと思います

 

この集会は、多くの団体の共催で行われました。滝山病院事件がNHKの報道で発覚したのが今年の2月。それから9ヶ月。遅々として進まない入院患者さんの地域移行。それに対する怒り。又、滝山病院は以前から死亡退院率の多い精神科病院として有名でした。それを何年にもわたって放置し続けた我々の贖罪の意味が込められていたと思います。

 

集会は15時半に開会。司会挨拶の後は、一般社団法人精神障害者地域生活支援とうきょう会議代表理事の鈴木卓郎さんによる「滝山病院入院患者の退院支援をどう進めるか」と題した基調報告。滝山病院事件の現状・この先、東京都がやるべきこと・支援者である私たちがやるべきこと・市民社会の一員として私たちができることの4つに分けてお話しいただきました。鈴木さんのお話は、分かりやすく示唆に富んでいたと思います。

続いて、れいわ新選組・参議院議員、「滝山病院問題を考える市民と議員の連絡会議」の天畠大輔さんの報告。議員としてできること、市民としてできることの提起をわかりやすくしていただきました。その後、NPO法人トモニの細江昌憲さんからの「滝山病院へのアクセスの会」の設立の経緯と東京都への要望書とその回答書の説明。NPO法人全国精神障害者地域生活支援協議会あみの伊澤雄一さんから「滝山病院へのアクセスの会」の今後の活動方針の説明がありました。

 

ここで時間の関係で、都議会議員の方5名の方の発言。東京都議会生活者ネットワークの岩永やすよ議員、グリーンな東京の漢人あきこ議員、立憲民主党の五十嵐えり議員・関口健太郎議員・阿部ゆみ子議員でした。

 

そして、杏林大学教授・精神科医療の身体拘束を考える会の長谷川利夫さんから、11月20日に行われた社会保障審議会障害者部会の報告がありました・・・

当日の集会の模様は、以下のHPからご覧になれます  

https://www.youtube.com/watch?v=h_rhK-R37wo

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家でもなく、病院でもない第三の居場所を

根間 あさ子

 

私が応援している、クライシスを入院せずに凌ぐ場所を作った精神保健福祉士と看護師の二人の私財を投入しての取り組みが、クラウドファンディングによって、あともう1年は続けられそうな見通しが立ちました。

 

家でも病院でもなく

第3の安心できる居場所を提供することで

じぶんらしく生活を続けてほしい

新しい可能性に出会ってほしい

既存のサービスや制度で解決できない

・もっとこうだったらいいのにな

・こんなサービスがあったらいいな

に寄り添える活動を目指しています

(マヤッカのいえfacebook 4月20日)

 

「マヤッカのいえ」の小さなパンフレットです

小さく折り畳んだパンフレットを広げていくとあなたに当てたメッセージが現れます

そこは「マヤッカのいえ」という、築50年以上の昭和な一軒家です。みんなでおしゃべりしたり、一緒にシナモンロールを作って食べたりできる茶の間があり、縁側から小さなお庭を眺めることも出来、疲れたら横になれるお部屋もあり、安心して相談できる応接室もあり、というこころ安らげるおうちです。この家には、混乱した人の話をゆっくりとていねいに聴いてくれる人がいて、大概の人は、2、3日過ごせれば、落ち着きを取り戻すことが出来るのです。

私達はたしかに時には混乱します。そういう時は、普段とは違う場所で、誰かに守られて過ごす時間が必要です。私自身も厳しい状況の時に、多摩総合精神保健福祉センターでのショートステイを利用し、家から距離を取る時間が助けになりました。休息入院を使うことも選択肢でしょう。でも、今のような精神科病院が混乱した全ての人に合っているとは思えません。ちょっとだけいつもの場所から離れて休むだけで十分な人もきっと多いと思うのです。

そういう意味で、この二人がやろうとしていることは現代においては時代を先取りしていると言えます。しかし、西洋医学がはびこる以前の日本では、地域において精神的な危機状況にある人を支えてくれる諸々の取り組みが、全国どこでも普通にあったことを私たちは思い出すべきかもしれません。

参考文献「精神病の日本近代」兵頭晶子2008 「洛北岩倉と精神医療」中村治2013

月に1、2回カフェが

開かれています

自分で作ったシナモン

ロールの味わいは

何とも言えない

美味しさです

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<追悼>

金松直也医師へ 

 金松医師が1110日になくなったという知らせを受け取りました。

 私が、何の問題意識もなく、食べるために公務員―東京都保健所の精神衛生相談員になったとき、仕事の相棒として東京都立精神衛生センターから派遣されてきたのが、金松医師でした。精神医療・福祉について全く何も知らない新人の私は、金松医師が言ったり、行ったりすることに、いちいち疑問をいだき、質問していました。例えば「この人はてんかんだから・・・」「この人は精神分裂病だから・・・」と言われると、「てんかんだからと言ってどうして?」「精神分裂病だからってどうして?」みたいなことを。そんな私に対して、金松医師は「あなたはおへそが曲がってついている」と言っていました。それが1967年のことです。今は2023年。56年経ちました。

 金松医師は、その後東京都を辞めて、長野県立木曽病院で長らく勤務医をしながら、長野県の地域精神医療に携わっていました。その後も「おりふれ通信」読者として、ずっとお付き合いが続いていました。

 コロナで人付き合いが疎遠になる少し前に、久しぶりに昔の仲間と長野県で飲み会をもち、酔っ払ったのが金松医師に会った最後でした。

金松先生、いろいろありがとうございました。  飯田文子

 

追悼 中田智子さん

おりふれ通信の購読者であり、立川市の精神保健福祉に尽力された中田智子さんが亡くなられました。中田さんは、市内の精神障害者の草分け的な作業所を長く運営されました。作業所の連絡会(立精連)を立ち上げたり、市の自立支援協議会などの委員も務めたりと立川市の精神保健福祉に大きな役割を担い続けた人でした。中田さんの語った作業所運営の理念として印象深いのは「学ぶ、働く、遊ぶ」というもの。それは精神障害者に限らず、社会に生きる人間として大事なことと思われます。また、食の大切さにもこだわっておられました。何より、楽しそうに活動されていた姿、ユーモアあふれる物言いが想い起こされます。大事なものを沢山残してくれた中田さんに感謝です。   山本則昭

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スィートタウン心の旅@静岡へ行ってきました。

おりふれ通信編集部 木村朋子

 

 

 寺澤暢紘さんのお誘いで、11月小春日和の日曜日静岡へ行ってきました。寺澤さんは、おりふれ通信昨年11月号、12月号に「なぜ精神障害者は議会の傍聴ができないのか」を寄せてくださった方で、長年静岡で「心の旅の会」という精神医療についての市民運動の会をしておられます。毎月の定例会は、会員の情報交換、バイオリン演奏などをして、内容を「心の旅の会々報」として発行。今回は年に一度の、人を集めて精神医療のことを知ってもらおうというイベント「スウィートタウン心の旅」でした。この会もコロナで3年間は内輪の集まりとなっていた由。以前は、バザリアの映画会や浦川からベてるの人々を招いた会などで100人もの人が集まったこともあったそうです。

 

今回は、静岡県沼津市のふれあいグループ精神科病院での昨年末の虐待事件に次いで、NHKの番組「ルポ死亡退院~精神医療・闇の実態~」等で滝山病院事件が社会問題化したことで、精神科病院の問題を取り上げようということになったそうです。そこで私が、長らく滝山病院の630統計を見てきて気づいていた問題、それが事件になり、今どのように入院者の退院促進が進んでいるか(いないか)というお話をするためのお招きでした。

  

この間おりふれ通信紙上でずっと取り上げてきたことをお話ししました。情報公開で得た死亡退院率の異様な高さや、看護職員数の極端な少なさと圧倒的に非常勤であることなど問題はずっとわかっていたのに、明るみに出し変えることはできなかったが、データがあったから今回の弁護士・テレビの働きが生まれ、議員・マスコミもデータを見て続く動きを作ってくれていること。身体障害当事者である天畠大輔議員や、大田区(生活保護入院者が地元八王子市より多かった)の鈴木敬治さんが、精神障害者が閉じ込められ、虐待されたことを、我がことのように問題にし、発言・行動されていること。東京都の入院者への意向調査で、滝山病院から退院したいと意思表示した人が、5月時点で39人いたにもかかわらず、9月時点で34人がそのまま残っていたこと、その間22人もの人が亡くなっていたこと。地域の相談支援センターやグループホームなどで働く人々が、東京都に退院支援に参加したいと言っているにもかかわらず、都は個人情報や家族の反対等を理由に退院支援の輪を広げようとしてこなかったことなどです。みなさん熱心に聞いて下さり・・・

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10月3日滝山病院前行動のこと

特定非営利活動法人こらーるたいとう  加藤眞規子

 

はじめに

 私は現実的に滝山病院に入院している患者さんが、一日もはやく、一人でも多く安心安全な場所に退院されることを願うばかりです。その応援がしたいです。そのために、私自身の健康を大切にすること、足元のNPOこらーるたいとうの活動を丁寧にすることに努力していきたいと思っています。

 

1 滝山病院へ初めていったこと

 930日に立川市の特定非営利活動法人トモニの細江昌憲さんと滝山病院へ伺いました。行きも帰りも八王子駅―滝山病院間はタクシーを使いました。「103日午後3時頃に要望書を提出させていただきたい」と申し入れに行ったのです。内容的には「入院中の患者さんを速やかに全員退院させてほしい。私たちもできる限りの協力・応援をさせて頂きたい」というものでした。

 八王子駅へ戻り細江さんとお別れをして、私は再度、北口6番バス乗り場から西東京バス「工学院大学経由樽原町行」に乗ってみました。滝山病院へは、「陶鎔(とうよう)小学校前」で下車し、長い坂を登っていきます。バス代は370円(片道)、乗車時間は30分ほどかかります。このバスは、毎時6分、26分、46分に出ています。

 私はできれば103日滝山病院前行動に参加して下さる方々全員が「要望書」を提出するところに立ち会えるようにしたいと思っていました。しかし滝山病院内に入ることは無理かもしれないと思いました。すでに呼びかけ文に応えて賛同者賛同団体はかなりの数になっていたからです。

 滝山病院は「非常に辺鄙なところにある」といわれて来てみると、バスで賑やかな八王子駅周辺に出ることができ、もよりのバス停から10分から15分歩く精神科病院は都内に結構あるのではないかと思います。

 滝山病院の受付のところに、パンフレットが置いてありました。そして並んでおいてあったパンフレットは「民間救急移送」のものと、「心肺蘇生法」のものでした。これだけ見て、入院を決められてしまう患者さんもあったのだと思うと、大変恐くなり、つくづく患者さんが他人事とは思えなくなりました。まっとうな精神科病院では、民間救急移送を使ったり、患者さんが裸に近い状態で運び込まれたりした場合は、入院を断る病院もあります。

 患者さんを精神科治療に繋げることはいわば関わりの正念場であり、多くの仲間が「精神病になったことよりも、酷い病院に強引に入院をさせられたことのほうが傷になっている」と訴えています。こらーるたいとうの電話相談に寄せられる相談の中に、「いい病院を紹介して下さい」というものがあります。「いい病院」は一人ひとりの方との相性の問題もあり、難しい質問ですが、「やめておいたほうがいいという悪い病院」については答えるようにしています。患者さんもご家族も情報の少ない中で非常に大切なことを決めるのですから、私たちはなるたけ正しい情報を得る努力をして、答えてきました。

 

2 103日(火曜日)滝山病院前行動

 事前の呼びかけに、33団体、個人が賛同してくださいました。当日230分現地集合。6070人が滝山病院前に集まりました。しかし結局、私たちは滝山病院の門のチェーンの中には、入れてもらえませんでした。理由は事務長がインフルエンザに罹患して不在であること、「患者さんの最後を看取ることのどこが悪いのか」ということでした。しかし要望書を渡すときは、玄関の前で渡すことになりました。

 午後230分から3時までの間、チェーンの外側の急な坂で、参加者同士で、自己紹介と今日参加した理由等を伝えあいました。

以下、一部の方の発言を紹介します。

天畠大輔:私は参議院議員の天畠大輔です。私は14歳の時、医療ミスにより四肢麻痺、発話障害、嚥下障害、視覚障害を負いました。障害があることで人生の選択肢は本当に狭かったです。幸運なことに、昨年7月からは参議院議員として国会で仕事をさせていただいています。

この滝山病院で虐待事件が発覚してから半年以上が経ちました。入院患者の皆さんに心を寄せ、議員として私なりの方法で貢献することはできます。今年320日の予算委員会質疑で滝山病院のことを取り上げました。その際には精神科病院問題を議論する時に人権擁護の観点が足りていない点を重視しました。もちろん、虐待防止発見の仕組み、診療報酬、不正請求の追求、生活保護行政として適正だったか、などの検証と改善は必要です。

しかし、より急ぎ重視されるべきは、虐待を受けた方、間近で見た方、今も病院内に残っている方たちの退院、転院、新しい生活のための支援ではないでしょうか。当事者性の回復、つまり自らが直面する困難がどのようなものかを自覚し、病院をはじめ社会全体に訴えていけるようになっていく。そのような当事者性の回復過程を、病院内外の支援者が支えていく仕組みが必要です。

今年8月には市民団体の皆さんと一緒に「滝山病院問題を考える市民と議員の連絡会議」を立ち上げました。本日時点で280もの個人団体から賛同をいただいています。今日、滝山病院に要望書を持参されたのは、長年、地域生活や権利擁護活動を担ってきた障害当事者や支援者のみなさんです。虐待事件とその後の入院患者さんたちの処遇を気にかける市民がこんなにもいらっしゃいます。 適切な医療、適切な地域生活支援を受けながら、どんな障害があっても自分らしく暮らせるようにしたい。病院側の皆さんには、この要望書に少しでも歩み寄っていただきたいと願っています。ともに頑張っていきましょう。

相原啓介:今日、こういう形で申し入れと、小さい集会みたいな形をとったことは、とてもよかったと思います。「滝山病院をどうする」という問題が残っていますし、もっと構造的な問題――こんなことを繰り返さないようにどうしたらいいのかという問題があります。天畠議員がおっしゃったように、今100人ぐらいの方が残っているわけですよね。それで退院したいと言っているけれども、全然実現しない。残念ながら虐待が今もないかどうか、わからないです。非常にずさんな治療で、寿命よりも早く亡くなってしまう方もおそらくいるんじゃないかと私自身は思っているところです。中に現実にいらっしゃる方と直接つながりたい、お手伝いしたいという声を、今日届けられるのは、とても大きな意義があると思っています・・・

 

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