連載・精神科のお薬の適正使用と回復についていっしょに研究しよう!  第2回 減薬の準備のためにまずじぶんの薬を知ろう

ジャーナリスト&ファシリテータ 月崎時央

◇薬の飲み心地の専門家は医師ではなく患者です
 お薬を減らしたり適正な服薬にしていくためには、まず服薬しているご本人が自分の処方されている薬についてしっかり把握、理解することが必要です。
 精神科に通院し処方薬を服薬している患者さんの中には、適正な薬で症状が安定している方もいます。しかし私は、長年当事者の皆さんに取材をしていて、多剤大量処方による副作用に苦しんでいる方のほうが圧倒的に多いと感じています。
 そこでこの原稿は、服薬している当事者の方で、薬のメリットよりも、デメリットである副作用のほうを強く実感し、「なんとか薬を減らせないか」と考えている方のために、書いていきます。
 私は5年間ほど減・断薬した患者さんについて集中的に取材してきました。その結果、「これから薬を減らしたい」という当事者の方は「どの薬をどのような理由で減らしたい」とか「減らした結果どんな風になりたい」というビジョンをまず持つことが減薬による回復の鍵だと考えるようになりました。そしてその前提として「自分は何を飲んでいるのか」を知ることが不可欠だと思います。
 薬について不安や不具合があり「減薬してみたい」と漠然と思っているものの、実際には自分が服薬している薬についての情報や減薬のメリットやリスクを把握していない方が大多数です。
 お薬手帳には薬剤名と処方量と飲み方のほかに、一般的な効果が記載されている場合もありますが、これだけでは服薬している薬の詳細はわかりません。
 また、脳に作用する薬を飲んでいることにより、状況を正確に把握しにくい状態になっていること、多剤処方されている薬が一包化されていることなども「自分は何を服薬しているのか?」、薬の効果と限界がわかりにくいことの原因と言えるでしょう。

◇絶対にしては危険なことは精神科の薬の一気断薬
 ここまで読んで「そんなことを言われても、薬のことは専門家ではないのでよく分からないので先生にお任せしたい」と感じた方がいると思います。
 しかし少なくとも「減薬」を今から実行するなら、患者さん自身が主体的になって「自分ごと」としてしっかり把握し計画する必要があります。取材の経験から考えて、お医者さんであっても、減薬を全面的に人任せにするのは危険です。減薬は、医師側に経験的な知見が不足しており、実は難しい治療であるという現実を知っておきましょう。最近は国が多剤処方を抑制し始めたため、医師は以前より減薬に積極的になっていますが、実は医師による無計画な一気断薬のために離脱症状で苦しむ患者さんが増加しています。一気断薬は最もハイリスクです。「回復の力も希望も自分の中にある」と思うことと同時に「自分の身は自分で守る覚悟」が必要です・・・

 以下、全文は、おりふれ通信381号(2019年4月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

|

ザ・ニューステージ賞をいただきました!

おりふれ編集委員 佐藤 朝子

 日本精神科看護協会主催の第26回精神科看護管理研究会に参加しました。場所は滋賀県大津市。滋賀県には初めて行きましたが、京都から2駅で行けることを初めて知りました。滋賀県在住の方々からは琵琶湖は滋賀県の面積の6分の1を占めていることや、関西のおにぎりは味海苔を使ってごはん全体を覆わない、でも海苔巻きは普通の焼きのりだねとか、東京のお味噌汁は赤だしだと思っていたこと、滋賀県には鮒ずししかないなぁ(笑)など、看護とは違う情報も仕入れてきました。

 研修名に「看護管理」とあるため内容は管理に関することで、参加者は看護部長クラスの方が多いのだろうと想像していました。そして、プログラムを見ると2泊3日の合宿タイプで、夕食の時にもイベントがあり、夕食後にも仲間と語り合う時間が設けられているではないですか。他職種の方には「看護の人は熱くてエネルギッシュだね」と言われ、どんな個性派がいらっしゃるのだろうとやや恐怖心を持ち、ビクビクしながら参加しました。
 仕事の関係で2日目からの参加でしたが、前日から参加されている方は夕食で交流し、仲間と語り合う会で交流し、部屋に戻って(4人相部屋)交流し、すでに親密な感じが漂っており、一晩でこんなに仲良くなっているおばちゃんパワーについていけるかなとますますビビッておりました。

 今回の研究会のテーマは「精神科看護の語りと流儀」で、長年精神科看護に携わってこられた方々を講師に、昭和から平成にかけての精神科医療を取り巻く情勢を振り返り、ご自身が大切にしてこられた看護、今後も伝えていきたいことを話されました。50年前の入院患者に対する扱い、看護師は患者に拒否されることは想像していなかったが、拒否されて初めて看護師も考え方を変えなければならないと気づかされたと、今では当たり前のことですが、先人の方々が地道に努力されてこられた結果だったのだなと理解しました・・・

 以下、全文は、おりふれ通信381号(2019年4月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

 

 

 

 

 

|

追悼 小林信子さん

 先月の七瀬タロウさんに続いて、今月も訃報です。長く東京精神医療人権センターの専従を務め、おりふれ通信編集部のメンバーでもあった小林信子さんが、3月1日すい臓がんで亡くなりました。享年71歳でした。
 小林さんはここ10年は精神保健の世界からは引退されていましたが、1986年10月から約1年、スペイン政府の国費留学生として、フランコ時代以後の民主化の時代のスペイン精神医療改革-イタリアの改革に学び精神病院を廃止して地域医療をつくっていく-を体験に行ったことが、精神医療改革に関わる人生への転機でした。おりふれ通信に、情熱的かつ長文の「スペイン便り」を寄せてくれ、私たちに国際的視点をもつことと、改革のための明確なビジョンをもつことの大切さを伝えてくれました。スペインの留学期間が終わるとイギリスに渡って、リッチモンドフェローシップやマインドでも研修。帰国直後の1989年1月号のおりふれでは、学んできたことを関心を持つ人々に分配し利用してもらいたい、精神保健を日陰の存在から国民的関心事へ変えたい、そしてMIND日本をつくりたいと、熱い思いを書いています。
 具体的には、おりふれの会の前身である「精神医療をよくする会」のコーディネーターとしてさまざまな活動をし、東京精神医療人権センターが、振興基金から事務所家賃と人件費の助成金を得てからは、専従スタッフとして人権センターの顔となりました。人権センター事務局メンバーは弁護士の他は、医療や福祉の現場で働くいわゆるワーカー職ばかりだったので、小林さんは「レイパーソン=専門職でなく市民的立場で働く人」である自分が必要なのだと言っていました。
 専従であったからこその、松沢病院に長期間措置入院している人々への毎月訪問(一人からの依頼で始めたのが、希望者が増えていきました)、医療観察法ができてからは、国立精神・神経センター病院の医療観察法病棟への定期面接活動など、継続する地道な活動に取り組み、一方ティム・ハーディング氏、DPIや監獄人権センター等国内外の人権にかかわる人々と一緒に、国際会議、条約委員会などの場で、日本の精神病院の実情を問題にする働きもしていました。
 10年ほど前、精神保健の世界からは引退されましたが、お母さんを介護する生活の中、一昨年夏すい臓がんが分かり、治療を続けながら昨年1月お母さんを見送ることとなりました。その後、自らの療養の方向として、最後まで入院せず在宅単身生活でという方針を決めて、協力してくれる医療者を得ていました。その医師が往診に来た際に「私の担当している中で最も立派な患者さん」と、小林さんを評していました。
2月27日小林さん自身が希望して24時間ヘルパーを付けることになったと聞き、お見舞いに行くと、その前の週にはベッドに座って一緒にビールを飲んだのでしたが、もう起き上がることはできませんでした。でも話す言葉ははっきりしていて「これが私の運命だったのよ」と静かに言いました。小林さんは、不当なことへの正しい怒りの人というイメージの強い人でしたが、静かな悟りの人になっていました。
信子さん、お疲れさまでした。
木村朋子

 

 おりふれでは、編集会議の後、食事会をするのが習わしとなっています。これが通称「 文子ん家 」です。そもそも私は、食い物につられて編集委員になったような気がしております。普段の貧しい食生活の中で、唯一、家庭料理を味わう機会でも有ります。有り難い限りです。
さて、小林さんがまだ編集会議に来られていた頃なので、10年程前でしょうか。小林さんが、スペインで覚えたという、熱したオリーブオイルにサイコロ状のパンをくぐらせるだけという、シンプルな、料理(?)を振舞って下さったことがあります。これがとても美味しかった事を覚えています。
小林さんの人権擁護の為の長いあいだのご尽力に対し、私達仲間一同、百万回のありがとうを別れの言葉とさせていただきます。
 小林さんありがとうございました。
本城一信

 

 

|

連載・精神科のお薬の適正使用と回復についていっしょに研究しよう!第1回

ジャーナリスト&ファシリテータ 月崎時央

一気断薬は危険な行為なのでやめましょう
  今回から精神薬のことを連載いただくことになりました。つっきーこと月崎時央です。さて精神科に通っている患者さんやそのご家族なら、精神科の薬の「多剤大量処方」という言葉を耳にしたことがあるでしょう。日本の精神科における多剤処方は国際的にも問題になっていて、厚生労働省も規制をかけていますが、なかなか改善が難しい問題です。この原稿では「向精神薬の適正処方」というテーマをみなさんと一緒に考えていきたいと思います。

 お読みいただくにあたり、まず書いておかなければならないことがあります。それは「減薬は時間をかけて少しずつゆっくり計画的に行う」という大事な原則です。精神の薬をたとえ1剤でも衝動的にやめたり一気に断薬することは大変危険ですのでご注意ください。 
 その理由は毎回少しずついろいろな方法で説明していきますが、まず精神科の薬は脳に作用する強力な薬です。「増やすより減らすほうが難しい」とも言われていて、急激な断薬は、不眠や体調悪化だけでなく自殺企図や暴力的衝動などの重篤な症状を起こす場合もあり、ひどい後遺症が残ることすらあります。このため「減薬」は、まず落ち着いてじっくり考え計画してから取り組むべき、いわば年単位の「治療」であることを、最初に心にとどめてください。 

薬に対する考え方が180度変わった回復者との出会い
 さて、以前の私は、家族としてもジャーナリストとしても「精神科の病気は慢性疾患なので医師の処方した薬は例え大量でも一生飲み続けなければならないものなのだろう」と漠然と信じていました。しかしそんな私が、薬についてそれまでと違う考え方をするようになったのは、4年ほど前のある出会いがきっかけでした。「20年近く服薬してきた精神薬を断薬して元気になったんです」と素敵な笑顔で語った30代後半の男性の話しを聞いたとき、私の心の中に「患者さんたちは本当に適正な量の薬を服薬しているのだろうか?」という小さな疑問が芽生えたのです。それ以来、私は薬を減らしたりやめたりして、以前より回復した人を求めて全国各地に取材に行き、50名以上の減・断薬体験者に話しを聞く機会を得ました。私は元気に回復した人が、個々にどんな方法で薬を減らしていったのか、またどんな暮らしの中で回復を得たのかを聞き取り考えてみることにしたのです。
 その結果、確かに急性期には薬で鎮静が必要だったかもしれないが、現在は症状が落ち着き、今ならもっと少量で体調を維持できそうな方、また逆に薬の効果より副作用が強くそれに苦しんでいる方がかなりいることも確信しました。そして同時に精神科の薬を減らす場合には、様々な「離脱症状」がでることが多く、それを乗り越えることがいかに難題であるかもわかってきたのです。

 そこでこの原稿では、精神科の薬の減薬とはいったいどんなことなのか?どうすればうまく回復するのか?といった具体的なノウハウや考え方について、5回にわけて一緒に考えていきます。まず第1回目の今回は、治療経過を振り返って整理してみることから始めましょう・・・

 以下、全文は、おりふれ通信379号(2019年3月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

|

私のリカバリーストーリー

黒岩 堅
 まずはWRAPについて説明させてください。
 最初にメアリーエレンさんというアメリカの精神疾患当事者が、120名以上のうまく生活できている当事者たちにアンケートを採りました。アンケートから共通する5つの大切なことが浮かび上がりました。5つの大切なこととは、希望、個人の責任(主体性)、学び、権利擁護、サポートからなります。
 希望とは暖かく自分を応援、個人の責任(主体性)とは自分で意思決定、学びとは人生あらゆることに学び、権利擁護とは自分の声をあげる、サポートとはどう支援しあえるかというイメージが私にはあります。

 この他にも元気に役立つ道具箱というのがあり、これは私が元気を取り戻せる方法です。ひとつはNetflixでアメリカのドラマを1シーズンみます。コールドケース、エレメンタリー、CSIなどを一気見します。悩み事が多いときにはとても効きます。一気見が終わったあと、悩み事を忘れてしまいます。ほかには、ソウルフードでもある寿司を食べます。出来ればスーパーで半額になっている寿司を食べると、満足感が上がります。頭だけ疲れているときは8000歩ほど歩いて、体も疲れさせて寝ています。

 ではWRAPに出会う前の私を書かせてください。
 小学校、中学校、高校、大学通じて友人もいませんでした。そしていじめも何回も受けてきました。いじめられている最中の私は助けを求めることが出来ず、ここにいる私は私ではないと一生懸命言い聞かせました。
幸い多少記憶力はよかったので、大学にはいけました。が、苦労して就職したところでは仕事はさっぱりできませんでした。
 7回の転職をし、7社目ではリストラされました。それは39歳の時でした。そして私はリストラされるときに、会社の部長からこんなことを言われました。「小学生でもできることがお前には出来ない、お前は決して成長しない、お前は発達障害だから病院に行ってほしい。」
リストラされたときに、それまで会社に依存していた私は、全ての人のつながりが切れました。残ったのは絶望だけでした。3カ月ほど家に引きこもりました。でも障害者手帳も取れたので、失業手当を目当てに外に出かけるようになりました。

 リストラされた当時は、運よく精神の障害者が障害者雇用率に算入されるようになったときでした。私はどんな会社があるのだろうと、仲間たちと就労の情報交換をしながら、それは心の助けになりました。落ちる会社が増えるたびに「いい加減就労をあきらめなさい。もう40歳なのだから、もう変わらないわよ。」と支援者や他の当事者たちに言われ続けました。そんなときにも就労を目指す人がいることは助けになりました。一緒に就労を目指す人たちがいたおかげで私は就活できたんだと思います。
なんとか105社目で内定をいただき、私の障害者就労は始まりました・・・・

 以下、全文は、おりふれ通信398号(2019年3月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

|

630調査開示請求の活動全国に拡がる!

東京地業研 飯田文子

 

 2月12日、参議院議員会館で「630調査の今まで通りの情報開示を求める院内集会」が開
催されました。この集会で、各地で私達と同様に630調査を元に個別病院ごとの情報を利用してきた仲間達が初めて一堂に会したのです。基調報告、当事者からの訴え、各地域からの声(大阪、東京、奈良、埼玉)、弁護士としてとの発言があり、その後、集会アピール文*が満場一致で決議されました。集会には、新聞記者も取材に来ており、その後幾つかの新聞に630のことが、掲載されました。
集会後の2月19日、集会代表が、アピール文*(根本大臣宛要請文)を厚労省に提出し、記者会見を行い、これも幾つかの新聞で報道されました。
一方各地の活動も地道に行われており、兵庫県、神戸市は、従来通り開示すると兵庫県精神医療人権センターに回答しました。神戸新聞によると、記者の取材に対して《兵庫県は「県の情報公開条例に基づき検討した結果、患者個人が特定される恐れはないと判断した」と回答。神戸市は「調査票をそのまま出すことはできないが、これまでのと同じ内容は提供できる」とした。》これは、東京都に対して情報開示請求をした結果、開示されなかった私達としても大きな希望となります。これから都に対して審査請求をする予定ですが、大きな武器となるでしょう。

* 集会アピール文
精神保健福祉資料630(ロクサンマル)調査は、個々の精神病院の情報がわかる貴重な資料である。今まで全国において、市民が各自治体に対して情報公開条例に基づき開示請求し、精神科病院の状況がわかるように情報誌を作成するなど地道な活動が行われてきた。しかしながら、近事、この630調査の情報開示請求に対して非開示決定が相次ぐ事態が発生している。
昨年の8月21日に毎日新聞は、精神病床のある全国の病院で、50年以上入院する精神疾患をもつ患者が全国で1773名いると報道した。これは全国の630調査を丁寧に開示請求してわかった人数である。同時に鹿児島県の精神科病院に55年入院している80歳の女性を取材し、生の声を掲載している。これらは素晴らしい調査報道であり、これにより国民の知る権利が実現されることは望ましいことである。ところが日本精神科病院協会は、その2ヶ月後の平成30年10月19日に「精神保健福祉資料(630調査)の実施についての声明文」を発表し、この中で上記毎日新聞の報道に触れながら「個人情報保護の観点から問題点が多い」としたのである。さらには、「患者の個人情報につき責任を持つ立場の精神科病院としては、必要な措置が行われない場合は、630調査への協力について再検討せざるを得ない」ともしたのである。
言うまでもなく、630調査の中には、個人情報保護法でいうところの「特定の個人を識別できるもの」は存在しない。それにもかかわらず、「個人情報保護」を連呼し、調査そのものの非協力をちらつかせる態度に理は無い。むしろ630調査にあるような医療に関する情報は、非常に高度な公益性があると考える。情報の共有化による医療の質の向上、患者の医療選択権の保障の観点からもその公開は極めて重要である。
これに対して国は、昨年7月3日の参議院厚生労働委員会の答弁で「国の方で、都道府県が公表するなとか、そういうようなことを決して申し上げるつもりはございません。」としている。これは正しい態度である。しかしながら、国はその10日後の7月13日にその答弁に反し、各都道府県・指定都市宛文書を発出し、その中で630調査について「個々の調査票の内容の公開は予定しておらず」などとし、「管内の精神科医療機関に調査への協力依頼・調査票の送付を行うに当たっては、その旨を明示した上で協力を求めること。」としたのである。これは明らかに7月3日の政府答弁に反している。さらには同文書では、医療機関から提出された調査票について「個人情報保護の観点から、各自治体において定められた保存期間の経過後に速やかに廃棄」することまで求めているのである。
このような文書を発出されることにより630調査の非開示決定が全国で相次いでいる。現に各自治体は、何故今回から開示を非開示に判断を変更したかについて、厚生労働省の同文書、日本精神科病院協会の声明文をあげて説明している。
私たちは以上のような状況を早急に改善することを国に対して強く求める。 具体的には、以下の通りである。 1 平成30年7月3日の政府答弁通り、国から自治体に対して630調査の個々の調査票は非公表であるなどということを述べることを止めること。厚労省発出文書によって発生している事態については、国は責任を持って、7月3日の答弁通りの内容が実現されるように何らかの措置を行うこと。 2 個人情報でない貴重な情報の「速やかな廃棄」を推奨するような取り返しのつかないことを止めること。                  

    平成31年(2019年)2月12日           

    630調査の今まで通りの情報開示を求める院内集会 参加者一同

 

|

630調査について東京都との交渉その後

東京地業研 飯田文子

 おりふれNo.376(2018年11月号)で報告した続きです。
 11月9日、前回「どうせ開示されないから」と都側に言われて請求を見送った調査票の5票、6票の情報開示請求をしました。請求書提出時、中村係長他1名の係員と相談しながら請求書を作成したので、全面黒塗りよりは、少しは黒塗りでない部分もある物が出てくるのではと甘い期待をしていました。2週間以内での回答期限に対して11月16日2ヶ月の延期の通知がきましたが、その理由が「本件開示請求に係わる公文書が大量であり」ということでしたので、都は真面目に検討していると考え更に甘い期待を抱きました。今年に入って1月4日、決定通知書が届きましたが、驚いたことに全面非開示の通知書でした。甘い期待は、本当に甘い期待でした。

1月22日、全面黒塗りであろうCDを受け取りに再び都庁にに行き、中村係長他1名の係員と話しをしました。私たちは、誰が、どのような検討をして、どんな理由でこのような決定になったのかを聞く予定で臨んだのですが、中村係長の返答は、木で鼻をくくったような簡単なものでした。「判断は担当課の自分達がした。理由は、文書に書いてあるとおりです。」「時間が掛かったのは、総務部、福祉局、生活文化局の判断を待っていたからです。何の異論もありませんでした。」以上終わりという感じでした。それでも、精神病院協会の圧力や厚労省からの圧力は無かったのかと聞くと「自分達の判断です。」と「それに厚労省の文書は貴方たちが請求している平成29年度については関係ないですよ」と指摘されました。最後に私たちは、今まで保障されていた権利を侵害されたことに対する怒りがあること、27年も前に勝ち取った権利について掲載した「おりふれNo.377(2019年1月号)を渡して帰ってきました。

 ところで開示しない理由についてですが、都が提示してきたのは、「条例第7条第2号」「①特定の個人を識別される可能性があるため。②個人の人格と密接に関わる情報であり、公にすることにより、個人の権利利益を害するおそれがあるため。」ということでした。
 東京都情報公開条例第7条2号をそのまま転記すると「個人に関する情報(第8号及び第9号に関する情報並びに事業を個人の当該事業に関する情報を除く。)で特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし、次に掲げる情報を除く。イ 法令等の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報 ロ 人の生命、健康、生活又は財産を保護するため、公にすることが必要であると認められる情報 (ハについては略)
27年前と同様にロについて争うこととなるが、今回は、イについても慣行として公にされてきた経過があるので争うこととなります。

|

お薬当事者研究

松本葉子

 2018年12月13日、14日、第61回日本病院・地域精神医学会総会東京大会が、タワーホール船堀で開催された。1日目、交流コーナー「お薬・当事者研究」に関わったのでその思い出を書きたい。

 私は普段は薬剤師として働いているが、18歳からの数年間、抗精神病薬という種類の薬を数種内服していた。薬は、私にとっては副作用ばかりがきつくて、最終的には断薬してしまった。その後、薬剤師になり、薬局で患者さんと接する仕事に携わってきた。仕事をする中で、過去、薬を薬剤師からもらっていた患者としての私の気持ちと、一般的な薬剤師としての役割(患者さんに薬を飲んでもらうことが最終目標になっているような)に、埋められない溝があることに気づいた。さらに、特に精神科においては、薬の効果、副作用について、患者さんの主観的経験がないがしろにされてしまうという事実を目の当たりにした。患者さんが薬を嫌がれば、それは病状が悪化しているサインだとさえされてしまうこともあった。若い頃、自分の意思で薬をやめ、回復してきた私が、一般的な薬剤師としてだけ働くことは難しかった。
 当事者研究はべてるの家ではじまったものだが、薬のテーマにしぼった当事者研究を、二か月に一回ほど、仲間と続けてきた。そこでは、内服当事者の主観的経験をできるかぎり丁寧に表現することを心掛けた。内服当事者の主観的経験に耳を傾けることは、記憶の中の若い頃の私の存在に意味を与える重要な実践だった・・・

 以下、全文は、おりふれ通信378号(2019年2月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

 

|

追悼 七瀬タロウさん

七瀬タロウさんが2月4日亡き人になりました。
私は、いつの頃からかお説教ばばあになっていますが、彼は、その相手の一人でした。
説教相手が一人いなくなりました。 いいだ

僕は初めて彼を知った日や初めて彼と会った日をはっきりと記憶していない。様々な活動を通じていく中で、正直それほど親しくなかったかもれしれないけれど、都内某所へ行った時には挨拶代わりに彼の方から手を差し出してくれ、固い握手を交わした事は今でもはっきりと憶えている。その後何度も一緒に飲んだ事があり、僕の目から見た彼は大変頭が良く、時にズル賢い部分(具体的には割愛させて下さい)もある、でも憎めない兄ちゃんといった印象で、僕がとある手術をして入院していた時、何年も会っていなかったのに誰に聞いたかお見舞いに来て下さって、その時はすごく励まされリハビリを頑張れました。まさか、そのお見舞いで会ったのが最後だなんて未だに信じられない。というか、死んじゃったってまた嘘なんでしょう?チーズなんかを買っていつもの場所で飲みませんか‥‥?  故人のご冥福をお祈りいたします。       林まさき

|

投稿 精神障がい者の労働について

丘 俊夫

 精神障がい者が、就職1年後に同じ職場で働いている割合は49.3%と、身体・知的・精神・発達の4障がい(ママ)の中でも最も低く、精神障がい者の離職率は4障がいの中でも最も高い(朝日新聞 2018年10月1日)。なぜこのように高いのかを、主に病者の視点から考察してみた。
 第一に薬物の使用が挙げられる。マイナートランキライザーを服用しても何もしなければ、眠くなる、口渇などの副作用があり、働く以前に薬の副作用というハンディがある。薬物は鎮静的に作用することが多いため、活動的な労働は長続きしないことが多いのではないか。精神障がい者が疲れやすいというのも、薬物の服用が密接に関連していると思われる。そもそも感覚的に過敏な人がこのような病気になりやすく、その過敏性を和らげる働きが薬物にはあるため、思考、行動が鈍くなりやすくなるのではないか。また私の経験則ではあるが、薬物の長期服用は気分の波の幅をより大きくするような気がする。そして抑うつ症状が長引くことにもつながると思うのだ(だからといって薬物療法に反対というわけではない)。
 第二に障がいの特性が挙げられる。心の病とは「人との関係性の病」とも言われる。病の特徴として、人と人との間に「快」を築くことが難しいという言説を聞いたこともある。例えば労働時間内で、仕事をしている時間より休憩時間中に同僚といることの方が苦手だ、という話を聞いたことがある。何を話してよいかわからずに、対人的な緊張感が増すというのだ。私も分かる気がする。また、症状自体も病名に拘わらず、抑うつ的な症状は出やすく、何年にもわたあって会社という組織で、コンスタントに力量を伸ばし続けることは難しいかもしれない・・・・

 以下、全文は、おりふれ通信378号(2019年2月号)でお読み下さい。ご購読(年間2,000円です)のお申し込みは、本ブログ右下のメール送信で。または FAX042-524-7566 立川市錦町1-5-1-201 おりふれの会へ

|

«630統計情報公開運動アーカイブ